大人のための日本昔話

あそうぎ零(阿僧祇 零)

🌸 花咲か爺さん(1)ここ掘れ、わんわん!

 昔、江戸の下町にある裏長屋に、お爺さんとお婆さんが住んでいた。

 名を善兵衛ぜんべえとキヨといい、善兵衛が小間物こまものの行商をして、細々と生計を立てていた。売り物の糸や針、白粉おしろいかんざしくしの類は、どれも安物ばかり。したがって、お客はもっぱら長屋住まいの貧乏人だった。


 その日は朝から土砂降りの雨だった。

「酷い降りだ……。商いは休むとしよう」

「そうしなされ、お爺さん」

 すると、入口の戸をコトコトと叩く音がした。

「はて、何かな?」

 善兵衛が戸を開けると、濡れねずみになった子犬がいた。

「見慣れぬ犬だな。親とはぐれたのか?」

「どれどれ」

 キヨもやって来た。

「震えてるね。こんなに濡れては、さぞ寒いじゃろう」

「どうするかね。追っ払うわけにはいかんし……」

「家に入れてやりましょう、お爺さん」

「そうじゃな」

 二人は子犬を「ポチ」と名付け、飼うことにした。

 貧しいこととて、餌といっても残飯くらいしかなかったが、ポチはどんどん大きくなっていった。


 ところで、善兵衛・キヨが住む長屋から10丁(約1km)ほど離れた町の表通りに、大きな小間物問屋があった。屋号を「赤螺屋あかにしや」、主人の名を黒兵衛くろべえといった。赤螺屋は、小間物問屋としては江戸でも五本の指に入る大店おおだなで、お城(江戸城)の大奥にも出入りを許されていた。ところが、黒兵衛にはある際立った特徴があった。人並外れただったのだ。

 例えば、外出した際の歩き方だ。ふつう草履ぞうりを履くが、どうしても地面を擦るような歩き方になりがちだ。これが、黒兵衛に言わせると大問題なのだ。そのような歩き方をすると、草履が早く擦り減って、ダメになってしまう。だから、草履を履いて外を歩くときは、ぴょんぴょんと、あたかも子供が庭の飛び石を跳んで進むようにしなくてはならない。そしてもちろん、この歩き方を自分ばかりか、店の者全員に行わせているのである。

 世間の人はこれを見て「赤螺屋のひょいひょい歩き」といって笑ったが、そんなことを気にする黒兵衛ではなかった。毎晩、店の者達の草履を自ら見分し、減りの速い者がいれば注意し、例のひょいひょい歩きをもう一度教え込むという念の入れようだった。


 さて、ポチが善兵衛夫婦のところに来て1年が経ったある日の朝、ポチが突然激しく吠え始めた。

「おい、ポチ。どうした?」

 ポチは、しきりに外に出たそうな素振りを見せている。

「外に何かあるのかえ?」

 キヨが出入り口の戸を開けると、ポチは飛び出していった。しばらく行ってから振り返ってしっぽを振り、二人を呼んでいるようである。

「婆さんや、行ってみよう」

 二人は、ポチの後を追った。

 ポチは、雑草ばかりで何もない空き地に入り込んでいった。二人が息を切らせて近づくと、前脚でしきりに地面をたたながら、吠えている。善兵衛にはその吠え声が、「ここ掘れ、わんわん!」と言っているように聞こえた。

「婆さん、ここにいてくれ。家からくわ持ってくるから」

 家から鍬を持ってきた善兵衛は、ポチが前脚で叩いている場所を掘り始めた。しばらく掘り進めると、何か固いものに当たった。手で土を取り除け、中にあった物を摘まみ上げると、なんとそれは、小判だった。

「まだまだ出てくるぞ。婆さんや、家からざるを持ってきてくれ」

 さらに掘り進めると、歌の文句にもあるように、大判・小判がザクザクと出てきたのである。全部集めて数えてみると、およそ700両に達した。


 この話はたちまち広がり、江戸中で評判となった。すると、あれは自分が埋めた物だとお上に訴え出る者も現れた。しかし、例の空き地は所有者がはっきりしないから、大判小判はすべて善兵衛夫婦のもの、という奉行所の裁きが下された。

 この出来事を境に、夫婦の境遇は一変した……、と思われるかもしれない。ところが、そうでもなかった。ただ、二人は近くに小さな小間物屋の店を出した。店は主にキヨが切り盛りし、善兵衛は引き続き行商に出た。もっとも、小間物は以前より値の張る高級品を扱うようになり、行商先は御家人や旗本が多くなっていった。

 大金を手にしても浮かれ騒ぐことはなく、夫婦の暮らし向きは堅実だった。そればかりか、10日に1回ほど例の空き地で炊き出しを行い、貧しい者達に無償で食べ物を振舞った。

「私らが豊かになったのも、ポチとこの空き地のお陰。少しは世間様のお役に立たねばばちが当たる」

 善兵衛はそう言うのであった。善兵衛夫婦の評判は、ますます高くなった。

 ポチは、善兵衛が行商に出ると、いつもお供をした。これがまた、行商先の女房・奥方に大好評だった。いつしか、ポチの頭を撫でると福が来るという評判が立ち、ポチ目当てに善兵衛の訪問を待つ人も増えた。もちろん、小間物の売り上げも上々だった。


 ある日、善兵衛はポチを伴って赤螺屋を訪れた。小間物の仕入れのためである。

 以前、安物ばかり扱っていた時は、そんな大店で仕入れることはなかった。しかし今は高級品が中心だから、主に赤螺屋で仕入れている。

 いつもは、手代てだいや番頭が善兵衛の相手をした。ところが今日は、主人の黒兵衛自身が店先に現れた。

「善兵衛さんですね? 近ごろは、ずいぶん羽振りがよろしいようですなぁ」

「これはこれは。ご主人のお出ましとは、恐縮です。いつもお世話になっております」

「お世話になっているのは、こちらですよ。たいそうな売れゆきだそうですね。どんどん売ってくれれば、卸元のこちらも儲かるというもの」

「はあ」

「その犬が、今評判のポチですな?」

 黒兵衛は、ポチに鋭い視線を向けた。ところが、ポチはプイとそっぽを向いてしまった。

「はははは。嫌われましたかな」

「なにせ、畜生のことですから。ご勘弁下さい」

「その後も、『ここ掘れ、わんわん』をやってるんですか?」

「いえ。あとにも先にも、あの時一回だけなのです」

「ふーむ。ところで善兵衛さん。折り入ってお願いがあるのですが」

「お願い? 私のような者に、いったい何でしょうか?」

「なに、大したことじゃありません。ポチを二三日お借りしたいのです」

「え? そ、それは……」

「いけませんか? それ相応のお礼はさせていただきますよ」

「ポチを預かって、何をなさるおつもりですか?」

「知れたことです。ここ掘れ、わんわん、ですよ」

「ですから、あれ以来ポチは……」

「こんなこと言いたくはないんですがね、善兵衛さん。素直に私の言うことを聞いていただかないと、今後の仕入れに差し障りが出るかもしれませんよ。他の大店だって、私とはみな昵懇じっこんの間柄ですからねぇ」

「困りましたな」

「ほんの二三日ですよ」

「ポチがいうことを聞かなくても、邪険じゃけんにしないで下さいよ」

「約束します」

「分かりました」 

 黒兵衛が目配せすると、店の若い衆二三人がやってきて、ポチを抱きかかえて店の奥に運んでいってしまった。


 善兵衛は、ひとりで家に帰った。

「お爺さん、ポチは?」

「赤螺屋にいるよ」

「え! 図に当たったのかい」

「ケチで欲深だからね、赤螺屋は」

 なぜか、二人はポチを心配する風でもない。むしろ、喜んでいるかのようだ。


《つづく》




 

 

 


 



 

 

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