👍 一寸法師(3)姫君をたぶらかす

 一寸法師が三条の宰相殿に召し抱えられてから、3年ほど経った。法師は16歳となった。

 初めのうちは、三条の宰相殿をはじめ、奥方様や3人のお子様――姫君1人と若様2人――、侍女や家人けにんなど邸内の人々は大いに法師を珍しがった。法師がそれらの人々の前で、剣舞を披露したり、鼠退治を成功させたりすると、喝采を浴びた。

 しかし、やがて皆飽きていしまい、三条の宰相殿からも、あまり声がかからなくなった。今ではもっぱら猫を従えての邸内見回りと、鼠退治の任に当たっている。


 難波の里で、お婆さんの萎びた子袋を使って人間の姿に変身したものの、人間のように成長することはなく、一寸法師のままだ。

 このままでは、一生鼠退治で終わってしまう。それでは、何のためにこの星に来たのか、分からなくなる。それに、いつオニのジャジャがここを嗅ぎつけて、襲ってくるか分かったものではない。

 ここはやはり、もう一度人間の子袋を借りて、人間のように成長できるよう生まれ変わらねばならない。そのためには、子袋が必要だ。しかも、若くて生きのいい子袋が……。あるではないか、すぐ近くに。おあつらえ向きの子袋が。


 ある日、法師は姫君――千姫せんひめ――の部屋に赴いた。

「一寸法師ではありませんか。どうしました?」

 三条の宰相殿の3人の子のうち、千姫のみは先妻の子だ。したがって、現在の母は継母けいぼだった。

 決して美人ではなく、いや、十人並みの顔貌とも言い難かったが、たいそう優しい性格の姫であった。

「姫様には、ご機嫌麗しゅう――」

「どうしました。改まって」

「一寸法師、一生のお願いがございます」

「一生のお願いですって? ホホホ。何ですか?」

「必ず、かなえて下さいますか?」

「それは、聞いてみなければ分かりません」

「叶えて下さるとお約束いただけないうちは、お話しする訳にはまいりません」

 ずいぶん強引なやり方だが、優しい姫君は、つい、約束してしまった。

「いいでしょう。私が出来ることであれば、叶えて進ぜましょう」

 一寸法師は、しめた! と思ったが、顔には出さず言葉を続けた。

「私の部屋は狭く、そして隙間風が入ってひどく寒いのです」

「そうなのですか……。では、とと様に部屋を替えて下さるよう、お願いしてみましょう」

「いえ。今夜から、姫様のお部屋に来させていただきたいのです」

「何ですって! それは出来ません。殿方をお泊めするなんて」

 千姫は頬を赤らめ、狼狽している。

 一寸法師は、自分も「殿方」の部類に入るのかと思い、まんざらでもない気持ちがした。

「私メなど、殿方のうちに入りません。それに、近ごろ都では、恐ろしいオニが出没し、若い女をさらっていると聞きます」

「まぁ、恐ろしいこと」

「真夜中に、姫様のお部屋にオニが来たら大変です。私が命に代えてでも、きっとお守りします」

「でも……」

 姫は、まだ迷っているようだ。

「姫様のお部屋で、面白いお話をたくさんお聞かせいたしましょう」

「面白い話……。分かりました。でも、父上に黙っているわけにはまいりません。明日、お許しを得るようにしましょう」


 翌日、千姫が三条の宰相殿に許しを請うと、あっさり許された。恐らく、一寸法師など「人畜無害」の存在だと思われたのだろう。それに、事実、近ごろ都の治安は乱れており、人を食らうオニも跳梁ちょうりょうしているらしい。


 その夜さっそく、一寸法師は千姫の部屋にやってきた。身の回りの世話をする侍女と入れ替わりだった。

「一寸法師、まかり越しました」

 入り口近くで平伏する法師を見て、千姫は微笑んだ。

「どうしたのです。しゃっちょこばって。もそっと近くに来なさい」

 意外なことに、千姫は落ち着き払っている。むしろ法師の方が、肩に力が入っているようだ。何しろ、これから首尾よく成し遂げねばならないことがあるのだ。

「はは」

 法師は、這うようにして膝を進めた。

「もっと近く……。ほら」

 千姫は両手で法師を持ち上げると、自分の膝の上に載せた。近くには、小さな火鉢がある。

「どうです? 温かいでしょ?」

「は、はい」

 温かみと同時に、姫の体から発する、得も言われぬ芳香が、法師を夢見心地にした。姫は法師とほぼ同い年だ。当時としては、もう一人前の女なのである。

「では、面白い話をなさい。確か法師は、難波から来たのですね。難波とは、どんな所ですか? 父上、母上は、どんな方なのです?」

 姫は、とても好奇心旺盛のようだ。法師は姫の求めに応じて、いろいろな話をした。


 やがて、眠くなった姫は布団に入り、微かな寝息を立てて眠ってしまった。

「ふー。やっと寝たか」

 法師は、指で姫の頬をつついてみた。まるで気が付かない。

「始めるとしよう」

 法師着ている物をすべて脱ぐと、小さな巻貝の殻に入れた椿油を、全身に塗った。着物や貝殻は、部屋の壁と壁の隙間に押し込んで隠した。

 そして、布団の中に潜り込んでいった。


 翌朝、法師の姿は屋敷から忽然と消えていた。邸内の人々は、鼠の返り討ちに遭ったのではないか、野犬に食われたのでないかなどと噂し合った。

 しかし、それも束の間で、やがて皆の頭から、法師の記憶はきれいに消え去った。

 ただ、千姫だけはそうではなかった。あの朝、股間に違和感を覚えて確かめると、油にまみれ、そのうえ出血していた。一寸法師の仕業に違いないと思った。想像するだにゾッとするが、もしかして、法師が自分の体内に入り込んだのではないか? しかし、そんな事、誰にも言えなかった。

 やがて、千姫の腹が膨らんできた。半年を過ぎるとだんだん隠すのが難しくなり、ある日とうとう継母・夕月ゆうづきの方に見つかってしまった。夕月の方は、ただちに三条の宰相殿に知らせた。

 千姫は、父に呼ばれた。隣には継母がいて、厳しい視線を姫に投げかけている。

「姫、が出来たというのは、まことか?」

「はい。とと様」

「して、ややの父は誰か」

「分かりませぬ」

「なんと⁈」

 その時、夕月の方が口を挟んだ。

わらわは知っております」

「誰だ?」

「ちょうど半年くらい前、屋敷で雨漏りがありました。それで、職人を呼んで修繕させましたね。中に、筋骨逞しい若者がおりました。相手は、あの者に違いありませぬ」

「な、なんだと! そのような下賤の者と!」

「いえ、違います! そのような者は知りません」

「ふむ、そうだろうな。お前がそんなふしだらな事をするはずがない。すると、相手は誰なのだ? 正直に話せば、許してやらぬこともない」

「それが……、本当に分からないのです。信じて下さい、父上」

 本当は目星は付いていたのだが、ここで一寸法師を持ち出しても、到底信じてもらえそうもない。

「分からないのではなく、言えないのです。それが、何よりの証拠。こんなことが世間に知れたら、当家の一大事――」

 夕月の方は、ここを先途と責め立てる。

「姫は下がってよろしい。追って沙汰するから、部屋で謹慎していなさい」

 実は、このやり取りを聴いている者がもう一人いた。腹の中の一寸法師である。

「おのれ、夕月の方メ! 姫に濡れぎぬを着せおって」

 自分がしたことを棚に上げて憤る、一寸法師であった。


 姫の処分はすぐに決まった。

 勘当・追放という厳しいものであった。夕月の方の強い意向が働いていたからだ。

 元々、夕月の方は、千姫を嫌っていた。継母ということもあったが、それよりも、千姫の平凡な容貌が気に食わなかった。夕月の方の一族は、美男美女ぞろいであり、その評判は都でも広く知られていたのである。だから、2人の若君はそろって、美男子だった。そんな中で、身近に凡庸、いや、それ以下の顔貌の持ち主が自分の子となったことが、どうしても我慢できなかった。何とかして、千姫を遠ざけたかった。

 だから今回の出来事は、夕月の方にとって渡りに船であった。それに、夕月の方は都でも特に有力な一族の出で、その意向に逆らうことは、夫といえども難しかった。


 翌日、身の回りの世話をする侍女一人を伴って、千姫はひっそりと屋敷を出た。見送る者は誰もいなかった。

 向かった先は、東山ひがしやま鳥辺野とりべのの手前、六道の辻ろうどうのつじ近くにある茅屋ぼうおくであった。

「堅苦しい屋敷暮らしより良さそうね」

 世間知らずのためか、そういう性格なのか、千姫は意外に楽しそうだ。

「でも、姫様がおかわいそうで……」

 侍女のが、涙ぐみながら、心細そうにつぶやく。

「私は大丈夫。元気な子が生まれるよう、仏様にお願いしましょう」

 二人で念仏を唱える毎日であった。

 いよいよ、臨月を迎えた。三条の宰相殿の手配で、産婆がやってきた。

 無事、元気な男の子が生まれた。その顔は、一寸法師に生き写しだった。千姫は、赤子を「一寸法師」と名付けた。


 ところがここで、一寸法師の身に、とんだ災厄が降りかかったのである。

「このややは、あたしが預からせていただきます」

と言って、産婆が生まれたばかりの法師を持ち去ろうとするではないか。

「それはなりません! いったい、どういうことなのですか」

 千姫が問いただす。

「夕月の方様のお指図でございます。これ以上は、お答えしかねまする」

 出産直後のこととて、千姫には産婆を阻止する力は残っていない。

「お止めくだされ」

 侍女のいとが、産婆に取りすがった。すると、柄に似合わぬ馬鹿力で、産婆はいとを突き飛ばしてしまった。

「誰か。 誰か……」

 千姫は、弱々しい声を上げるばかりであった。


《続く》


 

 

 

 


 



 


 

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