👍 一寸法師(2)法師、都へ行く

 お伽話とぎばなしでは、おわんの舟に乗って住吉の海岸を出発した一寸法師は、いとも簡単に鳥羽とば(現在の京都市伏見区)の港に到着したことになっている。

 しかし、いくらなんでも、これはおかしい。


 第一に、お椀を漕ぐかいが、はしという1本の細い棒では、いくら漕いでもその推進力は微々たるものである。プロペラのように猛烈な速さで回転させれば、あるいは推進力が生まれるかもしれない。しかし、その場合は、お椀の両側でそれを行う必要がある。そうでなければ、お椀はただ、くるくると自転するだけだ。

 また、箸の長さでは、海の底を突いて進むことも不可能だ。

 しかも、淀川よどがわに入れば、後は鳥羽まで川を遡らなければならないから、相当の推進力を要する。

 第二に、いくら湾内を海岸沿いに進んだとしても、多少の波はあっただろう。お椀は上部が広がっており、上に覆いもないから、波を被れば簡単に転覆・沈没しただろう。雨が降れば雨水が椀内に溜まり、ますます浮力が失われる。

 第三に、空からの脅威も忘れてはならない。とびや鷹などの猛禽にさらわれて、餌食になるのが関の山だ。


 有体ありていに言えば、唱歌にもある「お椀の舟に箸の櫂」というのは、子供騙し、出鱈目、真っ赤な嘘なのだ。  

 では、法師はどのようにして住吉から都まで移動したのか? これから、真実をお話ししよう。


 前話で触れたように、都へ出発する日の前日、法師は床下に置いてあった「乗り玉」に乗り、前話の冒頭に登場した「母玉ははだま」に戻って、その内部に入るなどしていた。

 翌日住吉の海岸をお椀の舟で出発した法師は、お爺さんお婆さんや見送りの人達が帰っていったのを確認した後、再び海岸に戻ったのだ。

 お椀と箸の櫂では、到底都まで行けるはずのないことは、法師にはよく分かっていた。しかし、自分の正体を悟られないため、一芝居打ったのだった。

 法師は、母玉が埋まっている所まで、歩いて戻った。


 ところが何と! そこには背の高い大女おおおんなが立っていた。母玉を掌に載せ、法師に見せつけるかのように、顔の横に掲げている。大女はありふれた着物を着てまげを結っているが、背丈は6尺(約180cm)くらいもある。

「待ってたよ。大人しく操縦器をよこしな。さもないと、お前を食っちまうよ」

 法師は焦った。同時に、目の前の大女は、人間のなりをしているものの、オニのジャジャに違いないと思った。ジャジャはいつ、この星に来たのか?

「お前、ジャジャだろ? 人間のふりをしても、俺にはすっかりお見通しだ! お前が着ている服、寸法がまるで合っていないからみっともないぞ。それに、その母玉は、俺のものだ。返してもらおうか」

 素直に返すはずもないが、対処方法を考えるための時間稼ぎに、言ってみた。

「ホホホホ。余計なお世話さ。女物で、あたしに合う服なんて、この星にはないんだよ。お前こそ、ナメクジから人間に変身したつもりだろうが、ちっちゃいままだねぇ。何だって? この玉がお前のものだって? 盗っ人猛々ぬすっとたけだけしいとはお前のことだ。これはあたしのものだよ。20年前、あたしから盗んだだろ?」

 図星だった。だが、法師も負けてはいない。

「お前こそ、30年前、俺の親からそれを盗んだろ? 盗まれたものを取り返して、何が悪い!」

「ふん。だからどうだと言うんだ? つべこべ言わず、操作器をこっちに渡すんだよ」

 ジャジャは、法師に向かって突進してきた。

 法師はすかさず、懐から操作器を取り出して、指で押した。

 すると、母玉から無数の鋭利な突起物が突き出して、ウニのような具合になった。

「ギャー!」

 ジャジャが突起物に貫かれた手を強く振ったので、母玉は遠くへすっ飛んでいった。

「覚えてやがれ。この借りは、きっと返すからな!」

 捨て台詞ぜりふを残して、ジャジャは森の中へ走り去った。

 フゥ。危ないところだった。呟きながら、法師は、ウニのようになった母玉に近付いていった。操作器を操作すると、突起はみな引っ込んで、元の丸い玉になった。法師は出入り口を開け、中に入っていった。

 母玉は、たちまち空高く舞い上がったかと思うと、都の方角を指して飛び去った。


   *

 

 京の街は、難波なにわの里とは比べ物にならないほど賑わっていた。

 大路、小路には盛んに人が行き交い、五条大橋の上も、人で溢れていた。

 すると、空から石のようなものが飛んできて、五条大橋を渡っていた一人の男の頭を直撃した。石のようなものは橋の上を転がって、下を流れる鴨川かもがわに落下した。

 その男は哀れにも頭を砕かれて、頭から血を噴出させながら、その場に崩れ落ちた。たまたま傍にいて男を見た人々の、驚きと恐怖は察するに余りある。みな叫び声をあげながら、一刻も早く男のそばから離れようとした。

「おい! どいてくれよ。早く逃げないと、お前も頭を吹っ飛ばされるぞ!」

「なんだよ。押すなよ」

「乱暴はお止め下さい! 乱暴は」

「何があったんですかね。見てきますから、ちょっと道を開けて下さい」

 橋の上は、押すな押すなの混雑ぶりだ。

 騒ぎを聞きつけて、二人の検非違使けびいし(当時の警察官)がやってきた。

「石を投げたのは誰だ! すぐに名乗り出ろ!」

 しかし、名乗り出る者など、一人もいなかった。


 石のようなものは、一寸法師が乗り込んだ母玉だった。

 河原のよしの中に着地するはずだったが、長年操縦していなかったから、勘が鈍ったのだ。

 ここは鴨川の川底だ。母玉は、水中を潜航することもできる。法師は、明日の朝まで、川底に潜んでいることにした。


 翌早朝、母玉は飛び立って、河原の葦の中に着陸した。母玉から乗り玉が出てきて、河原から街へと転がっていった。五条から四条、三条へと転がっていく。

 乗り玉は、中にいても外の様子が見られるようになっていた。

 法師は、都の賑わいぶりを見て、驚いたり感心したりした。


 そのうちに、乗り玉に興味を示した野良犬が、後を追ってきた。野良犬は数を増していき、ぞろぞろと金魚の糞のように付いてきて、鬱陶うっとうしい。それに、街中で目立つとまずいだろう。

 そこで、犬たちを引き連れて、人気ひとけの少ない場所に行った。突然、乗り玉を反転・跳躍させると、前の方にいた3頭の鼻先をしたたか叩いた。

「キャィーン!」

 犬の群は、恐慌状態となって走り去った。


 そんなふうにして、数日都の街を見て回っていると、「三条の宰相さいしょう殿」と呼ばれる人の屋敷の前を通りかかった。ひときわ大きくて、豪勢な屋敷だ。

 法師は、この屋敷の門を叩くことに決めた。とはいっても小さすぎて、実際に門を叩くことはできない。

 法師は屋敷のそばで乗り玉を降り、屋敷に入っていった。

「お頼み申します!」

 法師は、なりに似合わない大音声だいおんじょうで呼ばわった。

「お頼み申します!」

 たまたま邸内にいた宰相殿が、これを耳にした。

「おや? これはなかなかしっかりとした、良い声だ。誰の声だろう」

 声にかれた宰相殿は、縁側に出ていった。

「お頼み申します!」

 宰相殿は、不思議なこともあるものだと思った。声はすれども、姿は見えない。そこで、庭に出てみることにした。

 宰相殿は、縁側の下にあった下駄をこうとした。

「私を、踏み潰さないで下さい!」

 下駄の下から、声がするではないか。

 ますます不思議に思った宰相殿は、そっと下駄を持ち上げた。そこに、一寸法師がいた。その小ささに、宰相殿はびっくりした。

「お前、名は何という? どこから来た?」

「はい。私の名は、一寸法師と申します。摂津国せっつのくに難波なにわの里からまいりました」

「難波からだと? ずいぶん遠くから来たものだな。お前の小さな体では、さぞかし難儀な事であったであろう」

「いえ。三条の宰相さまにお目通りできた今、道中の難儀など何ほどのことがありましょうや」

「なに! 麿まろに目通りするために来たというのか。うい奴じゃな。して、お前の得意な事を申してみよ」

「私は諸芸に通じておりますが、中でも得意なのは、武芸でございます」

「武芸だと? ハハハハハ。ねずみ相手の武芸か?」

「いえ、そうではございません。では一つ、座興をご覧に入れましょう。そこに、猫がおりまする」

 先ほどから、庭の植え込みの下に1匹の猫がうずくまっていて、二人のやり取りを眠たそうに聞いている。

 法師は、とことこと猫のすぐ前に進み出て、いきなり針の剣を抜くと、前に揃えて出していた猫の足先を一突きした。

 驚いたのは猫だ。

「ギャー」

と叫ぶと、背を丸め、毛を逆立てて、今にも法師に飛びかかろうとした。

 法師は慌てず、懐から銀色の扇子せんすを取り出して、パッと開いた。

 すると、あーら不思議。猫はたちまち大人しくなり、扇子を持った法師に頬ずりし始めた。法師が扇子を遠くに放り投げると、猫はそれを追って、行ってしまった。

兵法へいほうでは、戦わずして相手を負かすを上策といたします」

「ほほー! 一寸法師とやら。麿はお前が気に入ったぞ。召し抱えるゆえ、今日から当屋敷に住むがよい」

 こうして一寸法師は、三条の宰相殿の家来となったのである。

 なお、法師が猫を手なずけたのには理由があった。銀色の扇子には猫が大好きなマタタビの粉が塗り込んであった。扇子を開いた拍子に、マタタビの匂いが辺りに広がったのだ。


《続く》

 


 

 



  


 


 


 


 

 


 

 

 


 

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