第162話 いずれ迎える日
打ち上げの翌日、栞は千夏と一緒に市役所に呼び出された。
話があるなら昨日の打ち上げの時にすればいいのにと、心の中で文句を言う栞である。
それはともかくとして、真彩たちと別れて一人自転車で市役所に向かった。
こうやって市役所にやって来るのは決算書を見に来た時以来だろう。市役所の前に立つ栞はいつになく緊張した面持ちだった。
呼ばれた先は上階の会議室なので、とりあえずは以前の職場を見ないで進む事ができる。ここには栞は少し安心した。市役所の階段は窓口スペースより入口寄りにもあるのだ。
栞は階段を上って市役所の4階へと赴く。ここが来るように言われた市役所の会議室があるフロアなのである。
廊下を進んでいき、栞は目的の会議室を見つける。
「会議室D、ここね」
大きな会議室を3つにパーテーションで区切る事のできるタイプの部屋。その中の一つが呼び出された会議室なのである。
中に入ると、すでに市長と生活課の課長が座っていた。
「昨日ぶりです、市長、課長」
ぺこりと頭を下げる栞。しかし、中学校の制服でのそれは、違和感しか感じないというものだった。
「待っていたぞ、高石くん。とりあえず腰を掛けてくれ」
市長が声を掛けてくるので、頭を下げて反応する。栞は下座、入口から近い席に腰を掛けた。
しばらく待つと千夏が姿を見せるが、その隣に居た人物に驚かされる。
「飛田先生?!」
「おや、高石くんですか。ええ、私も呼ばれてるんです」
声を上げる栞に対して、飛田先生は実に淡々と反応していた。
「何を驚いてるの、栞ちゃん」
「外まで丸聞こえだぞ」
そこにさらに驚かされる事態が。さっき別れたはずの真彩とその双子の弟である勝まで姿を見せたのだ。となると、そこには当然この人が出てくる。
「すまない、少し遅れてしまったようだ」
水崎警部だった。
どうやら向かっている最中にたまたま真彩たちを見つけて乗せてきたと思われる。
とりあえずこれで、飛田先生を除けば草利中学校の調査員の初期メンバーが揃った事となった。
「本当にみんなのおかげで、草利中学校の噂の真相がだいぶ明らかになった。ここまで頑張ってくれた事を素直に労いたい」
扉を閉めると、市長がこう切り出してきた。
「まったくですね。正直こんなに短時間でほぼ解決するとは思ってもみませんでした」
それに続くのは課長だった。
「大体は栞のおかげね」
自慢げにする千夏。千夏が胸を張る姿に、栞と飛田先生が呆れた表情をしている。
「栞ちゃんはすごいですよ」
それに乗っかる真彩。栞を一番間近で見てきているので、これはこれで説得力のある反応だった。
「私一人の力じゃありませんよ。調部長たちバーディア一家にわっけー……脇田さんの協力あってこそというものでしょう」
あまりに持ち上げてくるものだから、栞は謙虚に発言していた。実際、多くの協力者が居たのだ。その人たちを無視して自分だけの手柄にされるのはよくないのである。
「高石くんは本当に謙虚だな。うちの部下にもそういうところがあればいいんだが……」
苦笑いをしている水崎警部である。
「しかし、根田間市の麻薬混入事件など解決していない部分があるので、私ども警察としてはまだ完全解決とはしがたいですな」
すぐさま切り替えて発言する水崎警部。
確かにそうだ。草利中学校の事件は解決しても、そこで主犯とされた男たちにはまだまだ余罪はある。一部は逃走中、一部は未解決、さらには関連の疑われる事件もある。警察の戦いはまだ終わっていないのである。
水崎警部の発言を聞いて、市長と課長が顔を見合わせる。そして、何か通じ合ったのか小さく頷くと、栞たちの方へと顔を向ける。
「草利中学校の調査団の解散日時についてだが、今の話を決めて正式に決定しようと思う」
ついに出てきてしまったこの話題。これを聞いて、栞と真彩が身構える。
会議室の中に、いい知れない重い沈黙が漂う。場に居る全員が息を飲んで市長の発言を待っている。
そして、その沈黙を打ち破るかのように、ついに市長の口が開かれる。
「草利中学校に対する調査はほぼ完了したと見る事ができる。それに伴い、草利中学校調査団の解散日は年度末、来年の3月31日とする事にした」
ついにその時が決まってしまった瞬間だった。
この発言を聞いて、真彩が栞の方へと顔を向ける。その顔はどこか寂しそうな感じに見えた。
とはいえ、いずれ終わる事が分かっていた話だ。栞の方はどちらかといえば割り切ったような表情だった。これが大人と子どもの違いなのだろう。
「潜入捜査員である高石栞と南千夏は、その日をもって浦見市役所生活科所属の職員に戻ってもらう。いいかな?」
「はい、承知致しました」
栞はしっかりと返事をしたのだが、千夏の方はちょっと迷いがあるようだった。視線が時々飛田先生の方に向いていたので、理由は丸分かりだった。
思うところはそれぞれにあるのだろうが、栞の二度目の中学生生活も終わる日が決まってしまった。残り少なくなったとはいえど、精一杯今の生活を満喫しようと思った栞なのである。
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