第161話 打ち上げ(後編)

 真彩の母親は雰囲気がただ者ではなかった。あまりの強者感に身構えてしまう栞たちである。

「真珠、あまり凄んでやるな。こういう場なんだから少しは和ませてくれ」

「そうですわね」

 水崎警部がため息まじりに言うと、真彩の母親が一気に雰囲気を変える。

 なんというか、ものすごく柔らかな物腰の人のようである。

「まったく、警察官の妻だからって、その雰囲気に合わせる事はないんだぞ。そういうところは悪い癖だな」

「うふふ、職業柄仕方ありませんよ。そこの栞さんみたいに自然にできた方がいいじゃないですか」

 水崎警部たちのやり取りに、首を傾げる栞たち。

「お母さんは女優なのよ。結構顔を出すから忙しそうに見えないけどね」

「子どもたちために、家を空けすぎるような真似をしたくないだけよ。夫の仕事が仕事だから余計にね。だから、仕事はかなり選ばせてもらっているわ」

 怪しげに笑う真彩の母親。

 そこへ、草利中学校の校長がやって来た。

「おお、真珠か、帰ってきてたんだな」

「ここ1か月はずっと居りましたけど? 校長先生も相変わらずとぼけた事を言いますのね」

 どうやら、水崎夫妻はそろって校長とも面識があるらしい。わけの分からない状況に、互いの顔を見合わせる栞たちである。

「校長の弟である義人とは幼馴染みなんだよ、私たちは。その関係で校長とは面識があるんだ」

 水崎警部の説明ですとんと納得のいく栞である。

「ふふっ、義人くんとは私を取り合いましたね」

「昔の話だろうが……」

「そこのところを詳しく!」

 真彩の母親の言葉に、水崎警部は苦言を呈し、栞は食いついていた。さすがは20歳越えの独り身。他人のコイバナには興味津々なのである。

「ふふっ、義人くんが居ない時にするのはよろしくないわ。ごめんなさいね」

 にこやかに断られる栞だった。

「それはそうと、義人くんはまだ入院中?」

「仕方ないだろうが、脇腹を撃たれてるんだからな」

「そっか。とりあえず無事ならいいわ」

 真彩の母親の反応に、何か引っ掛かりを覚える栞だった。もしかしたら、と感じたのだった。

「っと、せっかくのお祝いの席ですのに、湿っぽくなってしまいましたね。まったく、校長先生の無茶振りに付き合ってきたかいがあるというものですわ」

「……お前も校長の手伝いをしていたのか」

 水崎警部が驚愕の表情を浮かべると、真彩の母親はにこりと微笑んでいた。

「まぁまま、すごいのだ」

 意外とわっけーは目を輝かせて食いついている。本当に変わっているところがあるわっけーなのである。

「それはそうだ。真珠くんはドラマの撮影であちこちに行くからな。その際にちょちょっと情報を集めてもらっていたんだ」

 なるほど、それで校長はたくさんの情報を持っていたというわけなのだ。一人ではどうあがいても行動範囲が限られてしまう。だが、複数人ともなればそれは一気に広がるのだ。これも昔の伝手があるからできるものなのである。

 しかし、その事実に水崎警部は表情を曇らせた。

「知り合いを手伝っただけなんですから、問題はないはずですよ。校長先生は今は一般人なんですからね」

「まぁそうだがな……」

「あなただって、どれだけ捜査に協力して頂いてるんですか。今さらなんですよ?」

 歯切れの悪い水崎警部にガツンと言う真彩の母親。さすがにこれには水崎警部もたじたじだった。

 この姿を見た栞やわっけーたちは、ついおかしくて笑ってしまった。

「こうやって慰労会が開けるというのは、感慨深いものですね。まだ完全解決ではないでしょうけれど、ひと区切りついたというのは嬉しい限りです」

「ええ、まったくです」

 真彩の母親の言葉に、栞は頷いていた。

「ささ、高石さんもおひとついかがでしょうか」

 真彩の母親が栞に声を掛けて何かを持ち出してくる。

「ちょっと、お母さん。それお酒じゃないのよ!」

「あら、高石さんは大人なのよ? 何か問題あるのかしら」

 真彩が慌てて止めようとしているが、真彩の母親はきょとんとした顔で真彩を見ている。

「そ、それはそうなんですけれど、栞ちゃんは今は中学生扱いなんです。ダメです、絶対ダメだと思います!」

 しどろもどろになりながらも、真彩は必死に訴えていた。

 確かに今年の栞は23歳だ。成人しているのでお酒はまったく問題ないはずである。

 ところが、潜入捜査のために一時的ではあるが中学生という立場になっている以上、栞は対外的にお酒が飲めない状態になっていたのであった。だから真彩は必死に止めているのである。真彩は真面目なのである。

「真彩が止めるなら仕方ないわね」

 真彩の母親は結局酒を諦め、ジュースを栞のグラスに注いでいた。その姿を見て、ものすごく安心する真彩だった。

 わっけーは近くで料理をつまみながら、そのやり取りをにこにこと眺めていた。

「これうまいぞ。二人も食うのだ」

 こんな中でもマイペースなわっけー。これには思わず癒される栞であった。近くで見守っていた詩音もくすくすと笑っていた。

 和やかな雰囲気のままパーティーは終わりを告げる。

 草利中学校を舞台として始まった一連の事件は、これで終焉を迎えてくれるのか。これからの捜査に注目が集まるのだった。

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