第160話 打ち上げ(前編)
レオン・アトゥールとの戦いが終わった事は、水崎警部や調部長など、いろいろな方面から栞の耳に入る事となった。ただその時の声が、全員が一様に終わったという安堵の声に包まれていたのが印象的だった。
特に詩音にいたっては、栞たちと一緒に居られる上に、姉である調部長も高校進学で少なくとも3年間の日本滞在の延長を決めたために、ものすごく嬉しそうな表情をしていた。さすがは日本へ行った姉を追っかけて単身日本に乗り込んできただけの事はあるというものだ。
というわけで、解決の報から一週間経った日のこと、浦見市内の市民ホールの一部を借りての慰労会が開催される事となった。
こう考えるのも無理はないだろう。犯罪者集団のブレーンは確実にレオンだったと見られているのだから。残った連中では資金などの面から見ても、実行はほぼ不可能と見られていた。
まだ完全な解決ではないけれども、これで草利中学校を巡った一連の事件は解決を見たはずである。
心配に思う栞だったものの、お祝いムードに水を差すまいとおとなしくしていた。
「栞ちゃん、どこか痛むの? 浮かない顔してるけど」
真彩が栞を心配して声を掛けてくる。
「ああ、まあちゃん。何でもないよ」
にこりと微笑む栞。笑ってごまかそうというわけである。しかし、真彩はこれで十分だったらしく、安心したように栞から離れていった。
むしろ面倒なのはこいつの方だった。
「しおりん、やっぱり気になるのか?」
わっけーだった。
普段は大声でふざけているわっけーだが、その実は勘も鋭い天才少女なのである。今回の事件の解決にはかなり彼女の活躍によるところが大きかった。
ところが、栞に話し掛けてきたわっけーの言葉から察するに、わっけーも解決の本質を見出せていないようである。
主犯格であるレオンは捕まって本国に強制送還されたとはいえ、まだその手下は逃走を続けているからだ。頭脳と資金の面で難があるとはいえ、伝手がないとは限らない。だからこそ、わっけーは警戒を解けないというわけだ。
「気になるのは同じみたいね。でも、一応これは草利中学校の噂の解決を祝う席だから、これでいいんじゃないのかしらね」
「まぁ、確かにそうなのだ」
栞の説明に、わっけーは渋々ながら納得していたようである。
「確かにそうですね。そちらの方は私たちもどうにか協力致しましょう」
「調部長」
「うたあね!」
そこへ近付いてきたのは調部長だった。
「レオンが絡んでいたわけですし、バーディア一家の不始末にもなります。なので、私にも責任はあるのですよ」
にこやかに話をしてはいるが、内容は実に重かった。
「うたあねには責任はないのだ。それでもやるというのなら、あたしだって手伝うのだ」
「うふふ、詩音はいい友人を持ちましたね」
わっけーの言葉に、感慨深く笑顔になる調部長である。
「いやはや、私たちは出番なしでしたね」
「本当、知らない間に解決しちゃってるんだもの。困ったものだわ」
やって来たのは飛田先生と千夏だった。
確かに途中からは完全に蚊帳の外だった。栞は今さらながらにそれを思い出して苦笑いをしていた。
「いえいえ、千夏を遠ざけて下さってありがとうございます。居たら絶対面倒な事になっていましたから」
「そうかそうか。そう捉えてもらえたのなら、私も役に立ったみたいですね」
「ちょっと、栞?!」
栞が酷い事を言うものだから、千夏は思わず栞の頬を思い切り掴んでいた。
その様子を見て周りは笑っている。栞は頬を思い切り引っ張られているが、雰囲気自体は和やかだった。
「
頬をつままれたまま、思い出したように調部長に声を掛ける栞。
「詩音なら、軽部副部長とカルディと一緒にあそこに居ますよ」
栞の言葉をすんなり解読した調部長は、詩音の居る方向へと視線を向ける。そこでは水崎警部と勝、真彩の双子に加えて、見た事のない女性が立っていた。
「ああ、あれはまぁままなのだ。しおりんは見るのは初めてなのか?」
見た覚えがないので頷く栞である。
「ならちょうどいいのだ。みんなで挨拶に行くのだ」
「ちょっ、ちょっとわっけー?!」
突然わっけーに腕を引っ張られる栞である。おかげで千夏の頬っぺたつねつねからは逃れられたものの、状況としては落ち着かないままだった。
栞はわっけーに腕を掴まれたまま、水崎警部たちのところまで連れてこられたのだった。
「まぁぱぱ、まぁまま、久しぶりなのだ」
「おお、恵子くんか。ずいぶんと大活躍だったな」
「ははは、よすのだ。あたしは悪い奴が許せなかっただけなのだ」
水崎警部が褒めると、わっけーは一瞬照れるも真面目な顔をして切り返していた。
「『能ある鷹は爪を隠す』とはいうけれど、本当にうまく本性を隠してましたね、恵子ちゃん?」
真彩の母親に言われた瞬間、わっけーの顔が凍り付いた。
どうしたのかと思った栞だったが、真彩の母親の顔を見てそれを悟った。
顔は笑顔だというのに、まったく笑っている感じがしなかったのだ。おそらくわっけーは、散々何かやらかしてきたのだろう。わっけーは少しずつ視線を逸らしていた。
「それはそうと、あなたが高石栞さんね?」
「は、はい」
「そう、話は真彩や夫から聞かされているわ。本当に成人しているとは思えませんね」
失礼だなとは思った栞だが、それを思い切り飲み込む。一応社会人なので、取り繕う癖がついてしまっているのだ。
「初めまして、真彩と勝の母、
真珠と名乗った真彩の母親。その雰囲気はただ者ではなかった。
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