第13話 陸上部にて
あれよあれよという間に一週間が経った。
週が明けた月曜日の事、この日は全員部活に参加するようにという通達が、陸上部には出されていた。
これは、新聞部との掛け持ちになっている栞も対象となっている。そんなわけなので、この日は新聞部には顔を出せないという事を、栞は真彩に伝えておいた。
さて、肝心の草利中学校の調査だが、これといった進展は見られなかった。栞たち学生側の最大のネックは、言わずと知れたわっけーの存在である。真彩とは親友だから仕方ないものの、栞にまで何かとちょっかいを掛けてくる。その上、あのくそデカボイスである。対応するにも撒くにもひと苦労なのだ。
ちなみにわっけーはテニス部に所属したので、放課後は解放される公算は高いのだが、そこは部活動必須の草利中学校なので、どうにもうまくいかないのである。
(いや、本当にわっけー一人でここまでやりにくいなんて……。もうちょっと空気読んでくれるといいんだけどなぁ)
栞は部室までの移動中も、周りを見回しながらわっけーの対処を考えていた。しかし、結局のところわっけーの対処は理恵に頼むしかなかった。栞はため息を吐くと、部室に入ってとさっさと着替えを済ませた。
栞がグラウンドに出てきてから5分後、顧問である松坂先生が部員たちの前に姿を現した。
「おはよう、諸君」
「おはようございます!」
松坂先生が挨拶をすると、部員たち全員が大きな声で挨拶を返す。さすがは運動部員、とても元気がよい。
「よし、今日は最初にミーティングを行う。全員近くに寄って座りなさい」
松坂先生の声に、部員たちがきびきびと動く。そして、あっという間に扇形に並ぶと、その場に全員腰を下ろして座った。二年生、三年生はともかく、入学したての一年生もしっかりできているあたり、覚悟を持って陸上部に入ってきたのだろう。
「よし、全員揃ったな。では、早速始めるとしよう」
部員たちが静まり返る。松坂先生から漂ってくる威圧感が凄まじい。
「我が草利中学校女子陸上部は、今年も無事に新一年生を迎え、総勢30名という大所帯となった。一度紹介した部員も居るようだが、改めて自己紹介する。私が顧問の松坂修子だ」
ミーティングが始まり、松坂先生が話し始める。
それにしてもさすがは運動部の顧問。声が大きいのはもちろん、しっかりと一言一句が聞き取れる。自身も運動をしていたのだろうか、体格もかなりがっちりした感じである。
「これから諸君にはいずれ大会に参加する時がやって来るだろう。しかし、毎回全員が大会に参加できるとは限らない。大きな舞台に立つためにも、常日頃から己を鍛え、目標を持って挑め。きっと結果は自ずとついてくる」
松坂先生が何やら語り出すが、栞はこれに云々と頷きながら聞いている。栞も常日頃から心掛けている事なので、共感しかないのだ。
「たとえ参加できなくても、恨みっこはなしだ。負の感情は成長を妨げる。常に前を目指すんだ、いいなっ!」
「はいっ!」
松坂先生が話を終えると、全員が元気よく返事をする。
「よし、今日は全員揃っての初顔合わせだ。というわけで自己紹介をしてもらう。名前とクラス、それと得意種目を手前から順番に言ってもらう。得意種目が分からなければ希望種目でも構わないぞ」
この声に、手前から順番に扇の弧に沿って自己紹介が始まった。さすがに30人も居ると、たとえ10秒程度で終えたとしても、全員終わるまでには相応の時間を要した。
「よーし、全員終わったな」
松坂先生は一発手を叩いた。
「これからグループに分かれての練習を始める。短距離は副部長の
部員たちはそれぞれのグループに分かれる。それを確認した松坂先生は、
「本当は私が直に見るべきなのだろうが、すまないが急用ができてしまったのでここで失礼する。葦賀、後はよろしく頼むぞ」
「分かりました」
こう言ってグラウンドを後にした。
栞はその様子を目で追ったが、どうも松坂先生はいらついた様子だった。本当に急に差し込まれた会議か何かなのだろう。栞はそう思ったが、とにかく今は部活と短距離担当の副部長の方へと振り返った。
こうして、今日の練習が始まった。
柔軟体操から軽くジョギングをして体を温める。こうして体をほぐし終わると、100mを数本走る事になった。
100m走5本を全力疾走ともなれば、慣れた人でもそれなりに息が上がるはずなのだが、どういうわけか栞は呼吸がまったく乱れていなかった。それどころか、まだ数本走れそうである。
「……高石さん?」
「はい、なんでしょうか」
「どうして、……平気なの?」
「鍛えてますから」
あっけらかんとする栞に、他の短距離部員は唖然としていた。だが、対照的に栞は、久しぶりの短距離全力疾走にとても満足げだった。
この日の部活を終えて、制服に着替えた栞は自転車置き場へと向かっていた。そこでふと目を向けた先の光景に、どういうわけか違和感を感じる。
(あれ? 確かあそこは校長室よね? なんでカーテンが閉まっているのかしら)
真上に見覚えのある光景があったので、その真下の校長室だという事が分かった。新聞部や写真部のような部活動であれば、カーテンが閉まっていても違和感はないが、春先のこの時期にカーテンを閉める事はあまりないので違和感を感じたようである。
不思議に思いながらも自転車に荷物を入れて、再びその前を通りかかる。すると、
(んん? さっきは確かに閉まってたはずなのに、カーテンが開いている?)
さっき閉まっているはずだった、校長室のカーテンが開いていたのである。中はもぬけの殻で、人が居たような形跡が見受けられない。
(ん-、見間違えたのかな? ちょっと部活頑張りすぎちゃったかしら)
自転車置き場までの往復時間はほんのわずかなので、栞は部活疲れによる見間違いとして大して気にも留めなかったようだ。
さっさと帰ってお風呂に入りたかった栞は、そのまま一路帰宅の途に就いたのだった。
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