第12話 草利中学校の給食

 さて、週が明けて月曜日。この日から一年生も午後の授業が始まる。そうなると昼食の時間が発生する。

 草利中学校は給食制の学校である。栄養士の資格を持つ先生が選んだ食材を使い、学校内にある給食室で調理を行って学生たちに振舞われる。

 草利中学校は一介の公立中学校である。なので使える予算というのはそう多くないはずである。だが、部活動にしてもこの給食にしても、しっかりとした設備が整えられており、市としてもその資金の出所には疑いを持っており、こうして調査に乗り出しているのだ。

(いや、部活動が盛んとはいえ、この設備への投資は並々ならぬものがあるわね。本当に、どこからそんなお金が出てくるのかしら)

 毎年の市への決算報告は、数値上の怪しい点は認められなかった。だが、最近の聞き取りで分かった中学校内の状態からすると、予算外の部分でのお金の動きがあるという疑いが出てきたのである。

 栞は朝のホームルームを適当に聞き流しながら、学校の図面を改めて見返している。先週は短かったせいもあって、疑わしい点を認める事ができなかった。というわけで、今週から本格的に活動を開始させる事になった。

 草利中学校に関する噂は、あくまで聞き取りで出てきた情報である。それだけでもよく分からない情報がたくさん出てきたのは驚きである。

 一方で、市の職員が実際に中学校に乗り込むのは、実のところ、今回が初めてなのである。こういった秘密裏に調べるという手法を取ったのは、学生たちへの影響を考えての事らしい。確かに、いきなりいい歳のおじさんたちがずかずかと乗り込んできたら、学生たちは驚くだろう。だが、他に方法はなかったのかと、栞はため息を吐いていた。


 さて、いよいよ本格的に始まった授業だが、さすがに最初の授業とあってかくだらない世間話だったり、簡単な方針の説明だったり、授業らしからぬ授業から入っていた。授業が進んだのは先週の時点で行われていたものくらいである。

 それにしても意外だったのはわっけーである。普段は歩く拡声器のごとくバカでかボイスだというのに、授業中は同一人物かと疑いたくなるくらい静かで、真面目に取り組んでいた。

 という感じで、一部衝撃を受けながらも、今年度最初の給食の時間を迎えた。

 給食の時間となると、各クラスの料理と食器がそれぞれのクラスごとにワゴンに乗せられている。4時間目の間に各学年の階層にエレベータで運ばれ、配膳室の壁際にクラスがでかでかと掲げられた状態で置かれている。そこから生徒が自分のクラスの分を探し出して運ぶという方式なっている。

 昨今の食品アレルギーの問題に対しても対処済みである。この希望があった生徒には、その食品抜きの給食が個別に教室に配膳される。基本的には他の生徒と差のないメニューとなっている。ちなみにこの個別メニューは、入学前の段階で市から各家庭に広報でアンケートが配られており、その回答によって決められている。その結果は入学式の日の配布プリントという形で知らされるようになっている。

(確か、草利中学校の給食費は月3,780円だったわね。月に21日あったとすれば一日あたり180円って事か。4月と8月は徴収無しで、余った分がプールされて使われているんだっけか)

 さて、問題の給食だが、思った以上にしっかりしたものだった。育ち盛りの学生相手となれば、栄養士も本気を出してきていたのだ。

 配膳が終わって、教室に「いただきます」の声が響き渡る。午前中の授業を終えて、空腹に耐えかねた育ち盛りの学生たちの食欲はすさまじかった。

 その給食を食べてみた栞。それは本当に衝撃だった。単価の割には味付けはしっかりしているし、汁物などの具も多い。予算の割にはしっかりとした食事なのだ。おそらく市場に出せない型落ちの良品などを農家から仕入れているのだろう。涙ぐましい営業の姿が目に浮かぶ。

 それにしても、通常学生はどんな時も賑やかなイメージなのだが、あのわっけーですら黙々と食べている。別に黙食を推奨されているわけでもないのに、まったくもって不思議な光景だった。まぁ、それくらいに食べる事に集中しているのだろう。せいぜい聞こえてきたのは「うめーっ!」とかいう男子学生の叫びくらいだった。

(それにしても、配膳の時のエプロンと帽子は懐かしかったな。いずれあの格好しなきゃいけないのかぁ。当番制だもんなぁ)

 栞は昔の給食当番の事を思い出してしみじみとしていた。


 そして、昼休みになる。


「栞ちゃん」

 真彩が声を掛けてきた。

「なに、まーちゃん」

「ずいぶんと給食を味わっていたなって思ってね」

 真彩の言葉に、栞はきょとんとする。まあ、実際しっかり味わっていたのだが、給食に関していろいろ思うところがあったからである。

「10年ぶりだからね、給食って。ついつい懐かしくなっちゃったのよ」

 栞は真彩に顔を近付けて、ごまかし気味に答えた。

「あ、確かにそうだね」

 そう言って真彩は笑う。

 そんな二人のところに、やかましい声が近付いてきた。

「おお、しおりん、まあ、なんだか楽しそうだな! あたしも混ぜろーっ!」

 大方の予想に違わず、わっけーだった。後ろから羽交い絞めにでもするように飛びついてきたので、栞は両手でわっけーを押し返す。

「うるさいわね。用があればこっちから声を掛けるわよ。少しは空気を読めーっ!」

 栞とわっけーがぎゃあぎゃあ言ってる横で、真彩と理恵がやれやれという感じで佇んでいる。

「本当に、この二人は仲がいいわよね」

 真彩がこんな事を言うので、

「どこがっ!」

 と栞とわっけーが声を揃えて返してきた。あまりの息の揃い具合に真彩と理恵は笑うしかなかった。

 結局、この栞とわっけーのやり取りは昼休みが終わるまで続いたのだった。


 放課後、栞の片割れである千夏は、いつも通り学校の植え込みなどの世話をしていた。

 千夏の家は農家であるために、小さい頃から土いじりが好きだった。そのために、この世話の最中もずっと鼻歌を歌うほどにご機嫌だった。

 部活動が無い日の生徒などが下校していく中、千夏は一つ一つ世話をしていく。千夏は用務員と間違われながらも、下校する生徒たちと挨拶を交わしていた。

 そんな中、千夏は後ろから不意に声を掛けられる。

「いやぁ、南先生。精が出ますな」

 驚いて後ろを振り向く千夏が見たのは、草利中学校の教頭だった。

「き、教頭先生。驚かせないで下さいよ」

「いやいや、すまん。あまりに熱心だったからつい、ね」

 笑いながら教頭は謝っている。そして、プランターの花を見ながら、

「うーん、美しい。一つ一つ、丁寧に世話がされているのがよく分かりますな」

 千夏の仕事ぶりを褒めてきた。

「あ、ありがとうございます」

 千夏は一応お礼を言う。

「きれいな草花は心を落ち着かせます。このまま精進して下さい。はっはっはっ」

 言うだけ言うと、教頭は帰宅するのか駐車場の方へと歩いていった。

(うーん、教頭先生ってよく分からないのよね。目は優しそうなんだけど、腹の内が分からないというか……)

 教頭を見送った千夏は、その人物像がよく分からなくて首を傾げていた。

 しかしながら、この教頭も疑わしい対象なので、気軽に声を掛けるわけにはいかない。そう思った千夏は、その後も黙々と植物の世話をしていくのだった。

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