第10話 意外な関係

「真彩、勝。来たか」

 校門で立っていた男性が真彩たちに声を掛ける。

「お父さん!」

 真彩が男性に声を掛ける。その声に、栞も男性の方へと顔を向ける。すると、その視界に飛び込んできたのは、どこかで見た事のある人物だったのだ。

「えっ? す、水崎すいさき警部?!」

 混乱する栞。

「やぁ、高石くん、久しぶりだね。とは言っても、会ったのは一回だけだったかな」

 思わぬ人物の登場に、栞は固まってしまっていた。

「驚くとは思っていたけど、想像以上に驚いてくれたわね、お父さん」

「まぁそうだろうね。多分、真彩たちの事は偶然できた友だちだと思っていただろうからね」

 父と娘の会話である。この家はまだ良好なようで何よりだ。

「ま、まーちゃんと勝くんって、警部さんの子どもだったの?」

 栞は指で差しながら確認するように話す。

「まぁそうだね。そういう詳しい話は、とりあえず場所を移してしようか」

 水崎警部の言葉に、栞は周りを見る。下校中の一年生の視線が集まりつつあった。よく思えばここは校門なのである。そこで騒げば当然注目が集まってしまうのだった。

「そ、そうですね。移動しましょう」

 栞たちは水崎警部の車に乗り込み、校門から移動していった。


 やって来たのは、浦見市内にある、とある割烹料理のお店だった。いかにも和という落ち着いた雰囲気の漂うお店で、それはそれは高そうなお店だ。

 駐車場に車を止めた一行は、のれんをくぐって中へと入る。外から感じた通りに落ち着いた雰囲気の店であり、障子や畳などの和のテイストあふれた内装だった。よく見れば、カウンター席と座敷の二種類しかなく、テーブル席はなかった。

「予約していた水崎だ」

「あら、お待ちしておりました。奥のお座敷へどうぞ」

 和服を着た女性の店員に案内された部屋は、障子で区切られた座敷だ。そこへ全員靴を脱いで入っていく。

 注文は取られなかった事から、おそらく事前予約の段階で料理も指定してあるのだろう。ここは割烹料理屋さんなので、栞は人生初のちゃんとした割烹料理を味わう事になりそうだ。

「高そうなお店だから驚いているようだね。ここは行きつけの店でね、昨日真彩から高石くんの事を聞いて、すぐに予約を入れたんだ。材料とか下ごしらえとかあるから、かなり無理強いする事になったがね」

「そ、そんな無茶を?!」

 あの後すぐとは、恐ろしい行動力である。そんな無茶を聞き入れちゃうあたり、この店とは馴染みになっているのだろう。栞はただただ驚くだけだった。

 しばらくすると、お茶と食器とお通しが運ばれてきた。

「本来、割烹料理は目の前で作ってカウンターで味わう物なんだが、最近の流れでこの店も座敷を取り入れたんだよ」

「そうなんですね」

 水崎警部の説明に、栞は初耳といった反応を見せる。

「そういう反応を見る限り、高石くんはこういう店は初めてのようだね」

「ははは、同窓会で行った時も居酒屋チェーンでしたからね。実際、初めてですね」

 栞は恥ずかしそうに笑っている。

 そうしているうちに、でき上った料理が次々と順番に運ばれてくる。今の季節は春なので、旬が春の物が多いようである。

 その料理を食べながら、栞たちはいろいろと話をしている。

「それにしても、まーちゃんたちの父親が水崎警部だなんて。……もしかして二人が調査員になったのは、警部のせいなんですか?」

 栞が真顔で水崎警部に尋ねる。

「いや、私の方は巻き込むつもりはなかったんだ。ただ、私が電話口で話しているのを盗み聞きしていたようでね」

 水崎警部が巻き込んだ事を否定すると、栞はゆっくりと真彩たちの方を見る。

「うん、お父さんの言う通りだよ、栞ちゃん。今度入学予定の学校で怪しい事が行われているなんて、警察官の子どもとしてはどうして許せなくて」

 真彩が肯定する。

「真彩が聞かねーから、俺まで巻き込まれちまったんだよ。ホント、勘弁してほしいぜ」

 一人の証言と二人の肯定、これは事実で間違いないようだ。

 栞が確信した目の前で、勝は真彩の皿から一品取って食べた。

「あ、こら、何するのよ」

「そりゃ、真彩。お前がこれ、嫌いだからだよ。食ってやったんだからありがたく思え」

「そういう問題じゃないでしょうが」

 それをきっかけに、真彩と勝がけんかを始める。これを見た水崎警部は、聞こえるようにわざと大きめに咳払いをすると、二人はぴたりとけんかをやめた。

「真彩、勝、やめないか。常日頃からちゃんと分別が付けられるようじゃないと、調査員は務まらんぞ?」

「うっ、ごめんなさい」

 真彩たちは謝っていた。それを見て、栞はくすくすと笑う。

「こういうところは子どもっぽくて可愛いですね」

「年の割にはしっかりしているんだがな。しかし、まったく恥ずかしいところを見せてしまったようだね」

「いえいえ、年相応っぽくていいと思いますよ」

 栞は口元を押さえながら笑っているが、対照的に水崎警部はため息を吐いていた。

 とりあえず、一旦話を終わらせて、溜まってきた食事を食べ進めていく。

 食事が終わりに差し掛かった頃、栞は思い出したかのように、水崎警部に質問をぶつけてみた。

「あのすみません、一ついいでしょうか」

「なんだい、高石くん」

「警部は、草利中学校の校長先生について、何かご存じでしょうか?」

 栞のこの質問に、水崎警部の表情が強張る。

「……高石くん、その質問をする意図は、何かな?」

 栞はその重い声に、一瞬体を震わせる。何か地雷でも踏んだのだろうか。しかし、これについてはちょっとはっきりさせておきたい栞は、臆せずに言葉を続ける。

「……実は、新聞部の部長さんからお聞きしたんです。部長は、三年間顧問である校長先生を一度も見た事がないと。ですので、どういう方なのか気になったんです」

 栞のこの言葉に、水崎警部はしばらく黙り込んでしまった。

 と、ここでデザートである和菓子が運ばれてきた。それを受け取った後、水崎警部はようやく口を開いた。どう話すか悩んだのだろう。

「すまないね、草利中学校の校長については、私の口から話す事はできない。だが、いずれ時が来たら、向こうから姿を見せてくれると思うよ」

 はっきりと”言えない”と口にする水崎警部。言えない、いや、言ってはいけない事情があるのだと察した栞は、それ以上追及する事はしなかった。

「高石くん」

 栞が納得したところで、水崎警部が声を掛けてくる。

「はい、何でしょうか」

「いろいろ納得いかないところがるかも知れないが、とりあえず今はうちの子どもたちの事をよろしく頼むよ」

「はい、お任せ下さい」

 このやり取りで、水崎警部との会食は終わった。

 結局、まだまだ分からない事が多いというか、むしろ増えた会食であった。

 自転車の事もあって中学校に送ってもらった栞は、これからの学校生活調査を続けていくにあたって、気合いを入れ直した。

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