第3話 リーズの王城へ
日が暮れきってしまう前に、ゴースト体のフェアトリアはリーズ城へ向かった。リーズ城は港町から少し離れた高地にあり、海を隔てた崖際にそびえている。白と青を基調とした鮮やかな街並みに比べると、灰色の王城は堅牢な石造りで、近寄りがたい雰囲気ではあったが、海の女神を崇めるリーズ国の静かな信仰心が見える。
海を隔てた交易を行う国は、女神イルージュを奉る。船と船乗りたちの安全を守るため、国王は海と接しない、しかし常に女神に贈り物ができるような場所に城を築いた。外側は堅牢に、しかし内側は華やかに。女神イルージュは紺碧の貝殻と真珠を好むため、街はその色に染め上げる。海を守ることに忙しい女神を守るため、陸の城は強そうな鋼色に、そして堅牢にしておく。
フェアトリアは王城の入り口を守る門番の横をすり抜け、玄関ホールと回廊を横切り、最上階にある王の自室を目指した。シアンのことがあってから、途中ですれちがう見張りの兵の誰かが自分の存在に気づかないかと少し期待したが、彼らは無情にも正面からフェアトリアの体をすり抜けていった。
もしゴーストの神がいて、それを信仰する民がいれば、間違いなく女王に君臨できるわね、と皮肉っぽく思う。
リーズの王の自室は、王城の見た目とは裏腹に色彩豊かで、温かな装いだった。床の絨毯も、大きな窓にかかるカーテンも、天蓋付きベッドを覆っている垂れ幕も、繊細な刺繍が施された上等な品で、襞もたっぷりついている。調度品は異国から輸入しているのだろう、この辺りでは見ない極彩色の変わった壺や絵画、不思議な形をした椅子が二脚置かれていた。
王の部屋に入った後は、隠れる場所を探すこと。それこそ、王がぐっすり寝入るまで隠れていなければならないので……
フェアトリアはもぞもぞと、王のベッド下の隙間に潜り込んだ。小柄なので、うつ伏せの上体で頬杖をついても頭はベッドにぶつからない。
さて後は、運次第だ。
王がちゃんと一人でこの部屋で眠ってくれること。別荘に行っている彼の正妻が戻ってこないこと。作戦の途中で、満月に雲がかからないこと。
「雲のことは心配しなくていいよ」
脳裏に、港街で一時的に別れたシアンの声が蘇った。
「満月がちゃんと顔を出すように、必要な分だけとっておくから。作戦がうまく行ったら、俺も後で合流するよ。それと、王は夜九時にはきっと眠るし、それまでは誰も自室へは近づかない。きみも肩の力を抜いて、ゆっくり休んでるといい」
不思議で謎めいたことを言う青年だ。それに、とっておくって、どういう意味かしら。
考えれば考えるほど怪しいのに、彼が協力者でいてくれることが心強い。ゴースト体になってから、思考回路もおかしくなってしまったのかもしれない。それとも、寂しさの裏返しか。誰かと言葉を交わすことが、警戒心を遠ざけ、安心感を生んでしまっているのだろうか。
何にせよ、作戦を成功させ、船を出してもらうことだ。
フェアトリアはゴースト体になるだけですんでいるが、アレンジア国はもっと悲惨な状況になっている。いまのところ、アレンジア国に関する変わったうわさが他国に届いてないのは、女王陛下が魔法で国全体を上手に隠しているからだろう。その魔法だって、いつまで持つか。
時間がない。とにかく、早く神々の魔法を手に入れなくては。
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