Ⅳ-Ⅱ・ピボーテ/同時刻
能義の表情に陰りが見えたのは、公園で発見された変死体の検死結果を見たからであった。
――身元不明の男性。身長164センチ。
中肉中背。死因と思われる外傷なし。
毒物の検出あり。
……以上が、検死結果である。
「毒か……」
能義は、ゆっくりと刑事課のソファに座った。
「身元についてはまだわかっていないようです。事件から二日以上経ってますけど、捜索届け自体がないようですよ。今はDNA鑑定をしているそうですが」
「犯人が財布とか、身元がわかるものを持ち出したと考えるのが妥当だな」
芝川の話を聞きながら、能義は静かに目を閉じた。
すこし疲れた以前に、今日が息子――直之の試合がN市の小規模のサッカー施設で行われるのだ。さてどうやって抜け出そうかと考えていた。
「あの死体はいつあそこに置かれたんだろうな?」
「たしかに妙ですよね。普通、死体を捨てるなら林の中とか、森の中、人目につかない場所でするでしょう」
「俺も最初はそう思った。だが発見されたのは公園の中、しかも人が行き来する場所だ」
能義は頭をかきながら、梓やましろ――畑千尋のことを考えていた。
彼女たちもまた、今回の事件と似たような状況なのだ。
誰もが利用する公園で暴行され、無残な姿となって発見されている。
「今回の件、上からの指図は?」
「今のところはまだみたいです」
ということは、今までの事件とは関係がないということだろうか。
そう思いながら、能義はけげんそうに、
「なぁ、もし上が犯人を知っているとしたらどうする?」
と、柴川を見やった。
「そんなことがありえるんですか?」
ギョッとした顔つきで、芝川は聞き返す。
「ありえると言う考えを持ったほうがいいな。お前、畑千尋の遺体がどこで遺棄されていたのか覚えているか?」
「たしか、噴水のある公園の近くにある竹林の中で発見されてましたね」
「あそこは人目につかん以上、死体を隠すのにはいい場所だろうが、そうとも限らん。もっと隠すとしたら誰も入り込まない場所だ。つまり犯人は死体を発見させるためにしているとしか考えられん」
能義は、梓・椿・明日香・優・ましろの死体が発見された状況を確認するよう、芝川に促した。
ただし、死者となった彼女たちの名前を知っているのは、直接会った能義しか知らないため、生前の名前を伝える。
「たしかに妙ですね。発見されているのは噴水の中と竹林の中。なにか意味があるんでしょうか?」
「ほう、その根拠は?」
「わかりませんけど、犯人は暴行を加えた後、遺体を遺棄しているか、その場から逃げているかのどちらかじゃないでしょうか?」
「つまり、竹林の中で発見された遺体と噴水で見つかった遺体。犯人はそれぞれ違うという考えか?」
しかし能義にとって、それは納得のできない考えだった。
そもそも、殺人事件が起きた時期が違うのである。
最初に殺された妃春香は今から十二年前に殺された。
もし、芝川の考えがそうなのだとしたら、なぜ上は捜査をストップさせるのか。
警察が捜査を打ち切る理由としては、それより上の圧力によるものと考えられるが、私立に通っていたとはいえ、梓たちは特に上流家系ではない。
そうなると考えられるのは加害者がそちらに関係のある人物かどうかと考えられる。
しかし、竹林の中で遺棄されていたからといって、同一の犯人とは限らない。
強姦殺人といえども、突発的なものと計画性のあるものかのどちらかである。
璃庵由学園の生徒があの公園の中を通ることを知っているとすれば計画性のある犯行。そうでなければ突発的にしていたといえよう。
それに事件の時期がバラバラなのと襲われた女子児童、つまりは梓たちになにか共通するものがあったのか……。
そもそも、ましろ――畑千尋が一人で下校していることを、犯人はどうやって知ったのか。
「芝川、公園で発見された変死体だが、ほかになにか特徴はあったか?」
「いえ、得には。ただ身長を考えると、多分ですけど中高生じゃないですかね?」
能義は、芝川の『中高生』という言葉を聞き返した。
「あの身長から考えるとそれくらいじゃないですかね?」
「しかし、164だぞ? 探せば大人でもいるだろ?」
「うーん、検死の結果なんですけどね、肺の中にヤニがなかったそうなんですよ」
「禁煙家かもしれんぞ?」
「そうなりますかね? ただ毒殺によるものと考えたら、ミイラ化しているのにそれが検出されたのがどうも」
それに関しては、能義も違和感を持っていた。
先輩である百乃が云った言葉を考えると、今は秋も深まる十一月。
男女の判別できる唯一の手段であるモノが、辛うじて残っていたとはいえ、殺された時期が曖昧なのである。
そもそも、まるでその時に発見されるように仕向けたとしかいいようがない。
つまり、殺された時期によってその早さが違うのである。
警察の判断では発見された時期を逆算して、殺された時期は約二ヶ月前と判断されているが、9月ともなればまだ残暑残る時期だ。
「百乃警部補の話だと夏場は腐敗速度が速い。ほら、食べ物が腐るのも夏場や梅雨時の方が多いだろ?」
「たしかにそうですね。しかしなぜ被害者は殺されたんでしょうか?」
毒が検出されている以上、事故によるものとは考えられなくなった。
「自殺……とも考えられんが、それだったらわからない場所に――」
能義は、ハッとした表情で立ち上がった。
「どうかしたんですか? 先輩」
「犯人は、どうして見つかるような場所に遺体を置いたんだ?」
それが一番の謎だった。
それは奇しくも梓たちが生前襲われた事件に関してもそうである。
竹林で発見された熊川憂・横嶋幸・畑千尋は、時期的にも発見が遅れれば腐敗し、身元がわからない危険性があった。
逆に噴水で溺死した妃春香・亜草ひばりに関しては、すぐに見つかっているのである。
「もしかしたら、気に入らなかったのかもしれませんね?」
「どういうことだ? 生前の写真を見たが、みんな可愛らしい少女だったぞ?」
能義にとっては、写真以上に彼女たちのことを実際に見ている。
「いや、そういう意味じゃなくてですね? 襲われた少女になにかあったんじゃないかってことですよ」
「共通するところか。しかしあの子達に共通すること」
能義は、たまにではあるが仕事の合間を縫って、息子である直之の練習風景を見る事があった。
その中には当然、暴行殺人事件の被害者である、梓たちもおり、彼女たちの雰囲気をみることはある。
『特に共通するようなことは――いや待て、梓さんがやっていた習い事って……』
それは、今でもやっていることだった。
「芝川、被害者の身元がわかったら、なにをしていたのかも調べてくれ。生憎まだ上からのストップ命令は出ていないようだしな」
そう言われ、芝川はうなずくと、部屋を出ていった。
『もしかすると、梓さんは通り魔に遭ったのではなく、顔見知りによるものか』
能義は立ち上がるや、一服のために部屋を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます