4TH GAME

Ⅳ-Ⅰ・ピボーテ


 和成はポニーテールFCのスタメン構成を練っていた。

 攻撃オフェンスにおいて、直之とましろをFWに置いてのツートップ。

 全体を見渡す冷静さがある梓を司令塔ゲームメーカーとして、フィジカルが強い明日香を中継MFに置いて、攻撃オフェンス防御ディフェンスの両立を考える。

 一瞬の判断が勝敗を決めるのはどのスポーツでも同じことだが、ことサッカーは判断力が要求される。

 そういう戦略に対しては、梓がうまく回せると考えていたのも事実であった。


「あー、くそっ! 決まらねぇっ!」


 和成はペンを走らせていたコピー用紙をクシャクシャに丸めた。

 それをうしろにあるゴミ箱へと投げ入れる。――が、ゴミ箱のふちに当たり、外へとこぼれおちていく。

 それがすでに20枚ほど続いており、ゴミ箱の周りには丸められた紙が大量に落ちていた。


「……スタメンで椿ちゃんを出すのは自殺行為だもんなぁ」


 勉強机に突っ伏しながら、和成は理想的な試合運びに思考をめぐらせていた。

 椿の瞬発力はチーム内でもトップを争えるほどなのだが、いかんせん体力面に問題がある。

 しかもスタメン、つまり最初から出すとすればマークをつけられるのは確実。

 それは攻撃面でのましろと直之、アシストと攻撃を両立できる梓にもマークはつけられる。

 和成は置時計を見やった。午前0時を過ぎている。


『――いよいよ、明日なんだな……』


 できる限り最高の、自分たち以外にもすごい選手がいる。

 その楽しさを子どもたちにも伝わればいい。

 そう考えながら決めるが、結局決まったのは午前2時のことであった。



「かわいいっ!」


 と、声をあげたのは椿であった。彼女の手にはポニーテールFCのチームユニフォームが握られている。

 袖は薄ピンクに白の無地で、胸のところにタンポポがあしらわれており、袖と裾に白のラインが入っている。


「これがチームのユニフォームなんだ」


 ましろは、ユニフォームをベンチに置くと、カッターシャツを脱いだ。


「ましろちゃんって結構あるよね?」


 椿がそう云うや、他の女の子たちがましろの肢体を凝視する。


「ちょ、ちょっと! なに見てんの?」


 ギョッとした表情で、ましろは慌てて胸元を隠した。


「スタイルいいなぁ」

「ちょっとねぇ、大体みんなたいして変わらないでしょ? 死んだ時代が違うとはいえ、同じくらいの年齢なんだからぁ!」


 怒った表情でましろは云ったが、全員が優を見た。


「――いや、あれは規格外でしょ?」


 と、明日香がつぶやく。

 優はキョトンとした表情を浮かべたが、梓たちが自分の胸を凝視していることに気付き、「ひゃう」と、小さな悲鳴をあげた。



 号令がかかり、ユニフォームに着替え終わったポニーテールFCの面々が、和成と朋奏、華蓮の前に集った。


「よし、全員集ったな」


 和成がそう言うと、子供たちが「はいっ!」と、返事を返す。


「うん、みんないい顔してる。早く試合がしたくてたまらないんだろ?」

「どんな人が出るのかな」

「それより、うまくできるのかな」


 子供たちおのおのが私語をする。


「はいはい。今はコーチの話を聞きなさい」


 華蓮が柏手を打ちながら、子供たちに和成の話に集中するよううながした。。


「それじゃぁ、今日の試合に出すスタメンを発表する」


 和成がポケットから畳んだ紙を取り出し、ひろげた。

 子供たちは緊張した顔で喉を鳴らす。


「まずはGKを優。背番号は、まぁ着替えてる時に知ってると思うが、キーパーは1番だって相場が決まってるがな」


 名前を呼ばれ、優はギョッとした表情を浮かべる。


「返事は?」

「あ、はいっ!」


 優は慌てて、上擦いた声で返事をした。


「みんなも、名前を呼ばれたらちゃんと返事をする。しない人は来てないってことにするぞ!」


 そう云われ、子供たちは大きく返事をした。


「それじゃぁ次はDF。2番・悟、3番・恭平、4番・陽介」


 名前を呼ばれた三人は返事を出した。


「次はMF、5番・明日香と6番・梓」


 前の三人と同様、梓と明日香も、大きな声で返事を返す。


「最後、FWは7番・直之と8番・ましろ」


 ましろと直之も、大きく声をあげる。


「以上スタメン8人。名前を呼ばれなかったからって他のみんなも油断するなよ? 少年サッカーでは試合中の選手交代が自由なんだ。いつ出されても可笑しくない」


 名前を呼ばれていない武、智也、そして椿は大きく返事をした。

 三人はそれぞれ、9番に智也。10番を武、11番を椿と背番号が割り振られている。


「よしっ! さて……、ここでみんなにいい報せがある」


 和成が、神妙な面影で子供たちに言った。


「いいしらせ?」

「みんなが倒したいって思ってる『河山センチュリーズ』だけど、どうやら決勝まで当たらないことがわかった」

「つまり、最後まで当たらないってことですよね?」


 明日香がそう言うと、和成はうなずいた。


「でもさ、その間にあいつらが負けるってことも」


 智也がそう言うと、和成は頭を振った。


「いや、ここ一週間、他のチームの練習風景をオーナーにお願いして映像に撮ってきてもらったのを見てたんだけど、あいつらが負ける要素はなかったよ」


 そう云われ、子供たちの表情が暗くなる。


「でも、これはみんなにとってもチャンスなんだ」

「わたしたちにとってもチャンス?」

「みんなはまだ他のチームと試合をしたことがない。レベル1の勇者がいきなりラスボスに当たったらどうなる?」

「そりゃぁ、一撃でやられるに決まって……、そうかっ!」


 武が声を張りあげた。


「あいつらに当たるまで、おれたちにとってはいい経験になるってことですね」


 武の言葉を理解した子供たちも、納得した表情でうなずきだす。


「それとな、これはみんなに云っておきたい事なんだけど――、サッカーの試合はひとりでやるもんじゃない。周りにはみんながいるんだ。それだけは忘れるな」


 その言葉に子供たちは首をかしげる。


「いや、最初からそのつもりですけど」

「あっ、そうだったな」


 和成はハッとした表情で言った。


『――そうだったな、ひとりじゃない。みんなでやるから面白いんだ』


 グッと拳を握りしめる。

 子どもたちはもちろん、和成個人も『河山センチュリーズ』がしたことに思わないことはなかった。

 だからこそ、この大会は弱者が強者を叩き落とす下剋上であった。


『大会出場のクラブは、スタンドまでお集まりください』


 場外アナウンスが聞こえ、子供たちは一層険しい表情を浮かべた。


「よしっ! みんな行くか」


 和成の号令に、子供たちは大きく返した。


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