Ⅲ-Ⅴ:メイア・ルア
奇妙な光景であった。
能義と芝川は、大きな池のほとりに、青いシーツで包まった異物が発見されたという通報を受け、現場へとやってきたのだが――。
「芝川、おまえどう思う?」
「見たところ……、160センチ後半くらいですかね」
能義の問い掛けの真意はそれであった。
「女性だったらありえるかもしれないが、こりゃぁ中学生くらいか」
「最近の子供は発育がいいですから、小学生って可能性もありますよ」
まぁ、見てみればわかるか……と、能義はシーツを剥がした。
そこには、蛆虫が集り、両目が窪んだ赤褐色の
体のあちこちが腐り爛れ、男女の判別さえできないでいる。
さらに云えば、汚物をさらに腐らせたような、まるで真夏の日に、そのまま放置され続けたかのような、とにかく、どう表現すればいいのかもわからないほど強烈な臭いが、あたりを漂っていた。
芝川は思わず目を背け、嗚咽と咳払いを繰り返す。
能義も経験上、見慣れているとはいえ、耐えられず、腕で口と鼻を塞ぐ。
「遺体の状況は?」
うしろから声が聞こえ、能義と芝川はそちらに振り返った。
「これは
「能義さんと芝川か……。遺体の現状はどうだ?」
百乃という、四十歳ほどの男性が、能義と芝川にたずねる。
「見ての通り、ほったらかしにされていたようですけど」
能義は、あまり遺体を見ないようにしながら報告する。
「どこか気になる点でもありますかい?」
「腐敗速度ですな。この公園は人の出入りが多いですし、遊具もありますから、少なくともすぐには見付かっているはずです」
「仏さんの顔は、なんともまぁ哀れなものだな」
百乃は手を合わせ、遺体を拝んだ。
「小学生か中学生か……。近くやポケットの中に身分証みたいなものはまだ見付かっていないようです」
「犯人が抜き取ったってことでしょうか?」
芝川の質問に、能義と百乃は恐らくと答えた。
「問題は、能義さんが云う通り、腐敗速度じゃな」
百乃はゆっくりと死体を、それこそ穴があくほど見始めた。
「腐敗がだいぶ進んでいるな。しかし、立冬も過ぎておるし、夏みたいに暑い日に捨てたのならばまだわかるが――」
「芝川、お前は機捜(機動捜査隊)と一緒に周辺の聞き込みをしてくれ。特にあの遺体が包まったシーツがいつ捨てられたのか、それに関してもな」
能義の命令に、芝川はうなずき、機捜とともに周りの人たちに聞き込みを始めた。
「さてと……、ここにいつ捨てられたかじゃな」
「いつ殺されたのか、それがわかればいいんですけどね」
「しかし誰かが気付くはずじゃよ? こんなに大きなものが公園の中に、それこそみんなの目に入るほとりに遺棄されておったんじゃから」
百乃の云う通りである。
普通は気付くのだ。コレだけ大きなものを不法投棄されていれば、いやというほどに――。
「もしかしたら、他のところに遺棄していたんじゃ」
「つまり、それによって腐敗が進んでいたと――、まぁ考えられんわけがないが」
百乃はしまりがない声をあげる。
それに対して、どうしたのかと能義はたずねた。
「今は十一月じゃろ? 夜も涼しくなってきたし、日中も過ごしやすくなってきた。遺体を外に遺棄したとしてもここまで酷くはならん――。それに……」
「それに……?」
能義は、百乃の最後に呟いた言葉を聞き返すように繰り返した。
「夏なら三日で見たくもないくらい腐り爛れるが、今の時期だと一ヶ月くらいから爛れる可能性がある。つまりはそれより前に捨てられたか、お前さんの云う通り、ここではないどこかで遺棄していたってことになるし、その可能性もできん」
百乃は、視線を腰より下のほうへと向けた。
「やはり爛れておるな。判別はDNA鑑定しない以上わからんか、恐らく男性と考えてもいいかもしれんな」
身分証が見付かったとしても、これが遺体のものなのかどうかもわからないほどに爛れ腐っている。
体のあちこちに骨が見えており、遺体が小中学生のものだとすれば、胸の膨らみに関してはまだ判別し難いものであった。
ふと、能義は空を見上げた。雲ひとつない空にポツンと月が辺りを照らしていた。
その後、機捜とともに聞き込みを行っていた芝川が戻ってくると、遺体が捨てられた時期について、誰一人知る者がいないと云うことと、よくジョギングにくる男性に話を聞くと、今日の朝はこんなものなかったと云う証言を得ることができた。
つまり、遺棄した時期は今日の昼頃にあたるが、やはり、どう考えても人目もつかずに捨てることなど、ましてや陽炎のように表れ、誰にも見付かることなく遺体を捨てた――としか思えなかった。
そんなことが起きていようとは露知らず、梓たちは激励会の真っ最中であった。
「みんな、ちゃんと野菜も食べないとダメですからね」
朋奏の言葉に、子供たちははーいと答えるのだが、比率的に肉の消費の方が多い。
「あ、あの……コーチ」
何気なく、本当に何気ない素振りで、ましろが和成に声をかけた。
「どうかしたのかい? ああ、箸がお肉に届かないのか」
テーブルの上には鉄板がふたつあり、それぞれに届くようになっているのだが、ましろが届く範囲に肉が置かれていなかった。
また、ましろは手にお皿とお箸を持っていたので、和成は取ってもらいたいと思ったのだ。
「そ、その……、突然なんですけど、コーチの誕生日っていつなんですか?」
「俺の誕生日? 十二月二十四日だけど?」
「それじゃぁ、クリスマスイブなんですね? なんか素敵だなぁ」
優が頬を染める。
「誕生日がそうなだけで、俺自身が素敵なわけじゃないよ」
「謙遜しなくてもいいじゃないですか。みんなコーチのおかげで上手くなってきたんですから」
「そうそう。朋奏ちゃんの教え方だったら、多分パスワークも上手くできてなかったと思うぞ」
武がそう云うと、朋奏はムッと頬を膨らました。
「はいはい。話の腰を折るようであれだけど、ちょっとこっちに耳を傾けてくれるかな?」
華蓮が柏手を打ちながら、和成たちに注目するよう促す。
「大会に出る以上、チーム名を考えないといけないでしょ? それでこんな名前を考えたんだけど」
華蓮は紙袋の中から、掛け軸のようなものを取り出し、それを広げて皆に見せた。
『ポニーテールFC』と、大きく書かれている。
「それって、華蓮さんが考えたんですか?」
「ええ。そうよ」
「わたしは可愛いと思うな。FCはフットボールクラブの略ですか?」
優がそうたずねると、華蓮は首を横に振った。
「いいえ、FCはフラワーコニアーズの略称よ」
子供たちは、その言葉に首をかしげる。
「フラワーコニアーズって、誰か英語で書ける人いる?」
明日香がそう云うと、和成はバックからノートを取りだした。
「フラワーだから、スペルはflowerだよな? コニアーズか……」
和成は、Cを基準に考えて行く。
「コニアー……コニアー」
深く考えている和成を見ながら、華蓮は少しだけ額に汗をかいていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、そこまで深く考えなくてもいいと思うんだよ」
「――っ? どういうことです?」
朋奏がそうたずねると、華蓮は和成にノートを貸してほしいと言い、自らがその綴りを書いた。
『hurawakonias』
それを見てから、全員が華蓮を見遣った。
「これって、なんて意味があるんですか?」
「ぎゃ、逆に呼んでみて」
そう言われ、梓たちは、そう言うことかと納得する。
綴り自体に意味はなかった。逆に読むと『sainokawaruh』。
つまり、賽の河原をローマ字にして逆にしたものだっただけなのだ。
「最後のuhはなんですか?」
「それはね、元のやつを逆から呼んだら、『アラワコニア』ってなるでしょ? それだとちょっと可笑しくなるから、色々と付け足したのよ」
「今更だけど、やっぱり私たち死んでるんだよね」
「ずっとみんなと楽しく練習してたから、すっかり忘れてた」
恭平がそう云うと、他の子供たちも同感だと言った形でうなずいていく。
――みんな、悔いの残らない試合をしよう。
誰が云ったのかは定かではないが、みな同じ気持ちであった。
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