Ⅲ-Ⅲ:ハーフタイム


「智也っ! ボールを跨ぐ時は細かく大胆にいけっ! 武っ! ディフェンスは相手との間合いに気をつけろっ!」


 DFを含んだドリブルの練習中のことである。

 ボールを持った智也を武が追いかけるというものなのだが、目の前にDFが来た場合、フェイントで抜く以外は禁止となっている。つまりパスが出せないのだ。

 智也がシザーズを仕掛けるが、動作にもたつきがあり、簡単に取られてしまう。

 ボールの主導権は武となり、10メートルほど走ってから攻守交替となった。

 また武が智也からボールを奪われた場合も同じように繰り返していく。

 それを徐々に1対1、2対1と追加していく。


「武っ! いつもの癖が出てるぞ。視線はボールじゃなくて相手に向けろっ! ボールは足の感覚だけでいい。抜く時は相手の視線とその先に意識を向ける。視線を行く方向とは逆にしたりして相手を翻弄してみろ」


 和成の怒声を聞きながら、子供たちは練習に励んでいる。


「くそっ!」


 智也からボールを奪われ、武は舌打ちをする。


「悔しかったら、次は取りにかかってこいよ」


 智也のボールとなり、武がボールを取りにかかる。

 そしてボールを奪い取り、


「へへっ! 奪ったぞ」


 と、含み笑いをして智也を見た。


「くそっ! もう一回だっ!」


 智也はボールを奪いにかかった。



「精が出ておりますな?」


 能義が練習を見に、コートへとやってきた。


「あ、刑事さん。お久し振りです」


 和成がそれに気付くと、軽く会釈する。


「しかし、見てて楽しいですな。武くんがボールをカットすると、智也くんも負けじとボールを取りかえしている。ほかの子どもたちもみんないきいきと楽しそうにプレイしている」

「スポーツで一番大事なのは楽しむことなんです。俺はそれが教えられたらいいんですけどね」

「いや教えられてますよ。先ほど河山センチュリーズの練習を見てきたんですけどね」


 それを聞くや、和成は驚いた表情で能義を見た。


「ど、どんなかんじでしたか?」

「わたしの息子もそこにいたんですよ。今から八年くらい前のことなんですけどね。刑事なんてやってると、息子の練習どころか、試合にも見に行けないわけじゃないですか、忙しくって……。だからどんな練習をしてるのかって気になったんですよ」


 能義はそう言いながら、寂しそうな表情を浮かべた。


「あなたたちの練習と見比べると、練習精度は明らかにあちらの方が上ですが……わたしはこちらのほうが好きですね。みんな心からサッカーを楽しんでいる」


 能義の言葉に、和成は少しだけ笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」

「いえいえ、お礼を云うのはこちらのほうですよ和成さん。息子が楽しそうにサッカーをしているなんて今まで見ていなかったんですから」


 能義は和成に頭を下げる。


「これからも、あの子の……いいえ、あの子たちのためにもよろしくお願いします」


 和成は、その言葉に答えるようにうなずいた。


「ところで、あいつらの練習はどうでした?」

「河山センチュリーズの……ですか?」


 能義が聞き返すと、和成はうなずいた。


「私が見に行った時は紅白に分かれた練習だったんですけど、赤に対して、白が積極的ではなかったですね」


 能義は、河山センチュリーズの練習風景を事細かく和成に教える。


「あの監督がしそうなことだ。多分白はただの棒人形になっていたってことですね。取りにいこうとするがボールを取りにいかない。そんな感じでしょ?」

「ええ。まったくそんな感じでした。それと、これはあの人数でのサッカーだから起きることなんでしょうけど、人数が妙に集まっているのも気になりましたね。周りにはいくつかスペースができていました」

「11人制だとFWとMFが相手のゴールを攻め、DFがゴールを守るというシステムがきちんとできてます。でも、8人制は全員で攻める場合もあるから、変にスペースができやすくなる」


 和成はそう言うと、ノートにコートの絵を書いた。

 そして、○を自分、●を敵として説明していく。


「例えばゴール手前に味方がいた場合、ボールを持った○がパスを送ろうとすると、その近くにいる●がボールを受け取らせないように自分の近くにいる○をマークします。その時は○の周辺を見て、パスが通るところを瞬時に判断して送るか、いっそのことドリブルを仕掛けてるんです。●はボールを取りにアプローチをかけてくる可能性もありますし、逆にボールを持った○にパスカットを仕掛けてくる可能性もあります。一瞬の迷いで勝敗が分かれるんです」


 和成は書きながら説明していく。


「だけど、パスを出す側も周りを見れば、フリーになっている選手がいる場合がありますから、そっちに送って、ワンツーで相手を抜ける可能性もあるんです。スペースを作ったり、デコイランを使ったりして、確実に相手のゴールにボールを入れる」

「つまり考える時間は一瞬だが、可能性は無限にあるということですね?」


 能義がそうたずねると、和成はうなずいた。


「だから、8人制サッカーのゴール前は両サイドのスペースができやすい」


 和成は、ピッチを見遣った。

 視線の先では、優をGK、悟と恭平をSBサイドバックとして、オフェンスに直之と明日香が攻め上がっている。

 ボールは直之が持っており、明日香が少し先にいる。


「相手と味方をよく見て、どこにパスを送ればいいか瞬時に判断しろ。敵は1秒も待ってくれないんだからな」


 直之はボールを蹴り上げ、明日香にパスを送るが、横から恭平が走り込み、ボールをカットする。


「うわっ!」


 ぶつかった時の反動で、明日香が倒れた。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫。ありがとう」


 明日香は恭平の手を借りて立ち上がる。


「もう一回だ。今度は明日香と直之が守る番」


 彼らも、智也と武同様、ゴール側での攻守交替による練習をしていた。



「はぁ、はぁ……」


 と、肩で息をしていたのは椿と梓だった。

 それともう一人、ボールを持っているましろも、小さく肩で息をしている。


「彼女たちはなにを?」


 能義がそうたずねると、


「まぁ、見ててください」


 と、和成は答えた。


「次、いくよ」


 ましろはドリブルを始めると、横サイドから椿に勝負を仕掛けた。

 ぶつかるほどの手前まで行くと、右足のインステップでボールの下を切るように浮かばせると右足のアウトフロントでボールを蹴った。いわゆる『逆エラシコ』である。

 それに釣られて、椿は後退りしてしまい、進路を広げてしまうため、ましろはそこをついて、椿を抜き去ろうしたが……。


「んぐっ!」


 椿が瞬時に対応し、ボールを奪いにかかった。


「きゃっ!」


 ボールを奪う瞬間、ましろと椿は足を引っ掛けてしまい、転倒してしまう。


「ふたりとも大丈夫?」


 梓が声をかけると、


「わたしは大丈夫。椿は?」

「わたしも平気。ふたりとも練習しよう」


 椿はそう云うと、ボールを梓へとパスをする。


「今度はわたしだね」


 梓はボールを軽く足の裏で転がすと、ましろ目掛けてドリブルを仕掛ける。

 そして、右足をうしろへと下げ、シュートの体勢に入ると、ましろはそれを止めようと身体を前へと出した。

 梓は瞬時に右足の勢いを殺し、ボールをましろの股の間へと通していく。


「またそれっ?」

「引っ掛かるましろが悪いんでしょ? シュートするとは限らないんだから」


 ましろが小さく愚痴を零すのに対して、梓は小さく笑みを浮かべた。


「よし、みんな手を止めてっ! 休憩しよう」


 和成がそう呼びかける。

 子供たちは、和成と朋奏の前に並び、その場に座った。

 朋奏はクーラーボックスからドリンクを取り出し、子供たちに渡していく。

 死霊とはいっても、練習による疲れが出ているため、こうして水分補給も忘れてはいけない。


「みんな、飲みながらでいいから、ちょっとオーナーの話を聞いてやってくれないか?」


 和成はそう言うと、華蓮を見やった。


「えー、最初は梓と椿だけだったただの玉遊びも、こうして一緒になってやってくれる子供たちや、和成くんみたいな素敵な指導者に教えてもらっていくうちに、見違えるほどあなたたちは上手くなっていったと思います」


 華蓮はそう云うと、和成のほうへと振り返り、頭を下げた。


「本当にありがとう」

「別にいいですよお礼なんて。俺もみんなと一緒にやってて楽しいですから」


 和成がそう云うと、華蓮は小さく笑みを浮かべた。


「本来、親より先に死んだ子供は、それに対しての罰を受けなければいけません。ですが親自身によって殺された子供も年々増え続けています。獄という言葉は囚人を牢屋に閉じ込めることを意味しており、今後地獄で苦しい思いをしなければいけないあなたたちを思い、本当は赦されていない現世での練習、人との接触を地蔵菩薩の監視の下やってきました」


 華蓮の言葉に、朋奏は子供たちを申し訳ない表情で見渡した。


「そんな顔しないでよ朋奏ちゃん」

「そうだよ。わたしたちこうやってみんなとサッカーしてるの楽しいんだからさ」

「みんな……。でもこれが終わったらあなたたちは想像もつかないほどの苦しみを味わうのよ?」

「わかってる。でも今はみんなと1秒でも長くサッカーがしたい」


 梓がそう云うと、朋奏は顔を歪めながら、崩れるように泣いた。


「ごめんねみんな……ごめんね……。それと――ありがとう」


 朋奏の肩を優しく抱えながら、華蓮は彼女を立ち上がらせる。


「そこで、あなたたちの練習や、サッカーを真剣にやっていることを見込んで、今度この町で小さな大会が行われようとしています」


 それを聞くや、和成は能義を見遣った。


「あの、部外者が口出しすることじゃないのはわかってるんですけど? つまりその大会に子供たちを出そうと?」


 能義がそうたずねると、華蓮はうなずいた。


「ええ。ルールは8人制。交代要員は三人まで。ちょうどあなたたち11人全員が出られます」


 華蓮が促すような言い方で、子供たちに大会の説明をしていく。


「どうするみんな?」


 智也がそうたずねると、


「その大会に女子は大丈夫なんですか?」


 明日香がそう華蓮にたずねる。


「ええ。男女混合は認められています」


 それを聞くや、梓たち女の子は互いを見るや、小さくガッツボーズを取った。


「コーチッ! わたしたちその大会に出たいです」

「さぁ、どうします? コーチ」


 華蓮が揶揄からかうような口調でたずねる。


「……その大会、もしかして河山センチュリーズも出るんですか?」


 和成が華蓮に聞くと、ましろ以外の子供たちの表情は一瞬にして固まった。


「――ええ。確実に出ますね」

「そうですか」


 和成はそう呟くと、子供たちを見渡した。

 そして、小さく笑みを浮かべる。


「直之っ! 梓っ! この前、何もできないで無様に負けたよな?」


 そう訊かれ、直之と梓は悔しそうに顔を歪めた。


「その大会で……、あいつらにひと泡吹かせてやりたくねぇか?」

「――やりたいです」


 梓が小さく呟く。


「梓なんて言った? 俺、耳が遠くなったのかなぁ?」


 和成がとぼけたような声で自分の耳に手をかざした。

 それこそ相手をバカにしたような態度だった。

 が、それは自分たちをここまで強くしてくれているという梓たちからすれば、本音を言えと促しているようなもの。


「あいつらにひと泡吹かせたいですっ! あの時負けたことが悔しくって、でも、みんなと一緒にやってることをバカにされたことのほうがもっと悔しくって、あいつらをこらしめてやりたいって思わなかった日はなかったってくらい悔しかったです」


 梓は普段なら出さないほどの大声で叫んだ。

 心のどこかにあった悔しさが、言葉と一緒にこみ上げてくる。


「俺も、何もできないで抜かれたのがすげぇ悔しかった」

「あいつらにおれたちが上手くなったってところを見せてやろうぜ」

「ええ。それに椿にボールをわざとぶつけたお礼もさせないといけないしね」


 子供たちはそれぞれ声をあげながら、士気を高めていく。

 みんな、大間たち三人にバカにされたことが悔しかったのだ。


「それじゃぁ、みんな大会には出るのね?」


 華蓮が確認を取ると――。


『はいっ!』


 子供たちは声を合わせて答えた。


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