2ND GAME
Ⅱ-Ⅰ:リトルプレイヤー
すっかり日も暮れ、街灯や照明が備えられていない梓をはじめとする死んだ子どもたちのサッカーコートを、月明かりだけが照らしているだけだった。
そんな中、ボールを蹴る音がちいさく弾んでいる。
「リフティングはボールをあまり高く上げないで……」
と、確認するように、子どもたちの中で一番ちいさいが好奇心だけは人一倍強い椿がボールを蹴っていた。
五回目くらいのところで、ボールの中心を蹴り損ない、ポンポンとはねるようにボールは転がっていく。
それを椿は追いかけていると、ボールが止まるや、椿は顔を上げた。
「目、悪くなるわよ?」
ボールを拾い上げたましろが注意する。
「大丈夫。私ずっと暗い部屋で勉強とかしてたから、目強いんだ」
椿は屈託のない笑みを浮かべた。
「――そう……」
ましろはその表情を見るや、表情を暗くする。
それを見て椿は首をかしげた。
「お姉さんが一緒に練習してあげようか?」
「――ほんと? それじゃぁ、えっと梓ちゃんから教えてもらった……」
椿が小躍りするようにはしゃぐのを見て、ましろはどこかこの子の見てはいけない部分を、見てしまったような気持ちになっていた。
――翌日の夕刻。
いつもより早めに来ていた和成は、練習を始める前にメニューの確認をしたあと、先に来ていた梓とみんなが集まる前にと雑談をしていた。
「へぇ、コーチがサッカーを始めたきっかけって、その人に助けてもらったからなんですか?」
目をランランと輝かせながら、梓はたずねる。
「俺がまだ年長組だったころだったかな、近所の小学生がボール遊びをしてて、それに混ざろうとしたんだけど、あいつら俺が小さかったからからかったりしてたんだよ。で、転んだ時にわざとボールをぶつけてきたりとかさ」
「酷いことするんですね」
梓は頬を膨らませる。
「でもその時、小学四年生くらいのおねえさんが助けてくれたんだ。そいつらに勝負を仕掛けて、あっという間に勝っちまったんだよ」
和成は立ち上がり、近くにあったボールを手に取ると、リフティングを始めた。
「その子が今度上がる学校の生徒だって後でわかって、近所のクラブに入ってる事も知ったんだ」
「それじゃぁ、その女の子と会えたんですか?」
梓がそうたずねると、和成は表情を暗くする。
「いや、俺が来た時にはもうクラブにいなかったんだよ」
そう話す和成の表情は、無理して笑っているようにしか見えなかった。
「コーチ、そろそろ時間ですよ?」
明日香が呼びに来ると、和成はボールを高く蹴り上げ、それをキャッチする。
「よし、今日は主にシュートの練習をしたいと思う。この前やっと優がボールを怖がらないで受け止められるようになったしね」
和成は大声でそう言うと、優は恥ずかしそうに顔をうつむかせた。
ボールが取れるようになったことで、みんなから注目されたことに、ではなく、和成から名前を呼び捨てにされたことが恥ずかしかったのである。
他の子供たちも一緒で、『ちゃん』や『くん』付けではなく、統一して呼び捨てにして欲しいという、子供たちからのお願いであったが、子供たち同様、和成もまだ慣れていなかった。
いつもの基礎体力をつけるためのタッチライン往復20周(4.12キロメートル)を皆たおれることなくクリアし、5分休憩を挟んだあと、軽くパスワークやドリブルなどの基礎練習を終えると、和成がペナルティーマークの上にボールを置いた。
「それじゃぁシュートの練習だけど、ボールとキーパーをちゃんと見ること。軸足をしっかりと踏み込んで」
和成はそう言うと、ボールから離れ、首にかけていた笛をピッと鳴らした。
「優、いくぞぉ!」
一番手の武がシュート体勢に入ると、優は腰を少し落とし身を構えた。
ボールが蹴られ、ゴールの左へと流れる。
優は瞬時にそちらへと体を向け、手を出した。
――パシッと音がするわけもなく、ボールはゴールに入った。
「うわ、惜しい」
と、朋奏が口惜しい声をあげた。
それを見ながら和成は小さく笑みを浮かべる。
練習を始める前、和成は優にGKの練習法を耳打ちしていた。
「優、今日の練習、優をGKにしてのシュート練習があるからな」
そう云うと、優は不安の表情を見せる。
「大丈夫。GKの練習にもなるし、なによりこの前やったことを思い出せばいい」
優はそのことを思い出しながら、相手の動きを見る。
先日、和成が優にやった問題も、ボールをよく見る練習方法であった。
和成が手を抜いていたとは云え、子供たちよりも強いシュートだったのは言うまでもないが、そんな中、優はすべてのボールに書いてあった数字を言い当てている。
それが功を奏し、優は冷静にボールを見る事ができた。
「明日香、この前ロングパスのやり方教えたよね?」
和成にそう言われ、明日香は小さくうなずいた。
『えっと、確か軸足を蹴る方向に向けて』
明日香はシュート体勢に入る。
その時、明日香の軸足である左足は小さく右に向けられていた。
「それ入れたら、コーンの片付けな」
突然和成がそう云うと、
「ふぇっ?」
と、浮ついた声をあげながら、左にいる和成を見遣った。
体が左に向いたことで、右足が左へと流れる。
優は、簡単に取れるなと思った時、ボールは蹴った明日香が思った左にではなく、右へと小さく曲がっていく。
優はそれにおどろき、対処しようとしたが、ボールを手にかける事ができなかった。
「アウトフロントキック?」
と、梓が和成を見遣る。
アウトフロントキックは、利き足の小指の付け根で蹴ることをいい、そこで蹴るとボールに右(左足はその逆)の方へと曲げる事ができる。
ただ、明日香の場合は、突然言われ振り向いたときに偶然なっただけであるが……
「優、ボールはかならずまっすぐじゃないってことも頭の中に入れておけ」
和成がそう云うと、体勢を崩していた明日香がゆっくりと立ち上がり、和成を睨んだ。
「あ、ははは……大丈夫か?」
苦笑いを浮かべながら、和成は明日香の手を取り、立ち上がらせた。
「……いいなぁ、明日香」
と、ましろと梓が呟いた。
――その後、全員で5本ずつシュートを繰り返していった。
「――つかれたぁ」
と、優が胸元をパタパタとさせながら愚痴を零す。
「でも50本中、40本は取れたんだから、まぁまぁじゃない?」
ましろがそう云うと、
「そ、そうかな?」
優は照れ臭そうに頭をかいた。
実際は、ボールがゴールポストを外れたのが一人頭3本であるため、それよりもキャッチできた数は少ない。
それでも、ましろや梓が優を褒めたのは、取れたことよりもボールに怖がらなくなったことにあった。
やはりGKがボールを怖がっていては、護るものも護れなくなってしまう。
「あれ? そういえば椿は?」
明日香はコートの方を見遣る。
そこには、和成と一緒にドリブルの練習をしている椿の姿があった。
「キックフェイントをした後、ボールを踵で軽く軸足の方に蹴って、うしろの方に切り替える」
そう説明するが、椿は足を絡ませて転倒してしまう。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
椿は立ち上がると、転がったボールを追いかける。
『やっぱり、足に違和感があるなぁ』
「コーチ、練習再開しよ」
「なぁ椿、足を悪くしてるとか、そんなのない?」
和成がそうたずねると、椿は首をかしげた。
「どこも悪くないよ。ほら、ちゃんと飛べるし、走れるし」
椿はその場でジャンプしたり、軽く走った。
「そ、そうだよね? それじゃぁ練習を再開しようか?」
「――おーっ!」
と、練習を再開するか、ターンする時、足を絡ませる。
「椿、大丈夫?」
梓たち女の子や、男の子たちが駆け寄ってくる。
「椿、今日はもういいんじゃないかな?」
和成は中腰になって、椿を立ち上がらせる。
その時、和成は椿の言いえない表情を見るや、言葉を失った。
「私、やっぱり
椿が啜り泣くような声をあげてたずねる。
「な、なにを云って……」
「そ、そうだよ。椿が邪魔だなんて誰も思ってないから、ねぇ、みんな?」
優や明日香が他の子供たちにたずねる。みなそうだとうなずいて見せた。
「……ほんと?」
「ああ。それに練習ってのは失敗してもいいんだよ。いいかい? 誰でも最初からうまいわけじゃないんだよ」
「そうだよ。私だって梓にシザーズのやりかたを教えてもらったり、コーチからロングパスのやり方教えてもらわなかったら、みんなの迷惑かけてたし」
「わ、私だってこの前やっとボールが怖くなくなったんだよ?」
明日香と優が椿を励ますように、それこそ自分の失敗談を誇りのように語った。
その失敗があるからこそ、どこが駄目なのかを知っており、それを克服しているからこそみんなの役に立っている。
「それに椿には椿のやり方がある」
和成はそう言うと、椿の頭を撫でた。
「へへへっ、褒められた」
その言葉がまるで椿が無理して笑っているような気がしたましろは、物言わぬ悪寒を感じた。
「あ、あの……朋奏さん、椿がまだ生きてた時何をされてたんですか?」
「――どうしてそんなことを訊くの?」
「昨日、椿が遅くまで練習してたから付き合ってたんです。ここって外灯がないから、ボールが見えなくなりますよね? でも、椿はそこにあるのがわかってるって感じで、ボールを追いかけられていたんです。いくら私たちが死んでるからってそんな力があるんですか? そうじゃなかったら、昨日椿が言ってた『ずっと暗い部屋で勉強とかしてたから、目強いんだ』ってのがずっと気になって、普通そんなことしてたら目を悪くしますよね?」
ましろは考えていた不安を朋奏にぶつけた。
自分を含めた子供たちをここに集めたのは華蓮であるが、それをまとめているのは朋奏である。
「――確かにそんなところで勉強してたら、目を悪くするわね。でも、あなたが聞きたいのはそこじゃないんでしょ?」
「椿、何かされてたんじゃないかって……。ドリブルの練習に付き合ってた時も、コーチに教えてもらってた時も、かならず足を絡ませてるんです。まるで軸足の踏ん張りができてないって感じがして――」
ましろがその先を云おうとした時、
「ましろ、シャワー行こう」
と、梓が声をかける。
「呼んでるわよ?」
朋奏が行くようにと促す。
ましろははぐらかされたと感じ、朋奏を少しだけ睨んだが、小さく頭を下げ、梓たちのところへとかけていった。
「――もうあの子自身は覚えてないのに、ちょっと見ただけでわかるなんて……」
朋奏はそう呟くと、梓たち女の子たちを見遣った。
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