甘い言葉は私にとって怖い

 私は何も問題の起きない平穏な毎日を過ごしている。

 おかえり!もう手放さないぞ私のマイライフ!

 …って思ったじゃん?そしたらね?


「ちよっと私たちの浅野あさのくんに何したのよ!」


 私ね今、女子にね放課後に校舎裏に呼び出されて囲まれてるの。

 平穏が秒速で消え失せた瞬間である。


「な、何したかって言われても…私知らないし…」

「好きな子出来たって言って別れよって言われたのよ!」


 真ん中にいる方が手で顔を覆って泣いている。

 てかあの野郎私に好きって言ってきた時に関係持ってるやついたのかよ最低だな。


「それで…あの、なんで私が?」

「聞いたのよ!そしたら貴方の名前が出たの!あんたみたいな芋女のどこがいいのよ!」


 ストレートな悪口!…いや、気にしないけどさ?

 全く傷つかないのは私のメンタルが鋼なのかなんなのか。

 早く帰ってゲームしたい…推しの成分を吸収したい…。


「帰っていい?ゲームしたいから」

「浅野くんとゲームどっちが大事なのよ!」

「ゲーム」

「え?」

「あんなゴミカスな性格ブス男よりゲーム」


 信じられない!と言いたげな顔をする女性陣。

 あれのどこが良いのだろうか?


「浅野…ダメだ名前言うと吐き気してきたゴミカスの良いところってなに?どうしたらあれに好意を持てるの?」

「まず顔が良い」


 顔…?某アイドル育成ゲームの子の方がかっこ良いな。


「ちょっと意地悪なところがキュンとくるのよ」


 ギャップ…?

 イケおじが猫にデレデレなゲームのシーンを見た私にとってそれは威力足りねぇなぁ。


「さ、さり気ない優しさとか…」

「ほー」


 それならかいの方が出来ているな。

 男女平等に優しいし。


「そっちって女の子にしか優しくしてないんじゃないの?」

「え…そ、そんなことは…」


 同性に優しくしているところを見た事ないらしい。

 本当に海の方が一枚も二枚も人として上手だということが私の中で確定した。


「浅野って人は貴方たちにとっては格好良いんだろうけど私にとっては格好悪いのと思うよ。考え方の違いだからさ私は貴方たちを否定はしないよ」


 帰りたい!そんな話どうでもいいから帰りたい!

 早くそこを退いて欲しいんだ!本当にそれだけで良いんだよ!

 そしたら私がダッシュで家に帰るからさ。


「本当に帰っていいかな?!私も忙しいからさ!」

「帰すわけないでしょ!」


 私の肩を掴まれた。

 力加減を間違えているのだろうこのゴリラはミシミシと肩が音を立てている。


「い、痛い!離して!」

「じゃあ浅野くんに近づかないって言って!」

「あっちから近づいてきてたから私に近づくなって言われても困るんだけど?!」

「じゃあ視界に入らないようにして」

「んな無茶な?!」


 どれだけ暴れても離さない。

 私だって本当は女の子に対してあんまり暴力とかしたくない…すね蹴ろうと思ったんだけど、痣出来てなんか文句言われるのも嫌なんだよね…。


「じゃあ本人に言ってよ!近づかないでって」

「それ言われても俺離れないよ?」


 女子では無い低い声がした。

 皆ほぼ同時に声の方向を顔を向けると、そこには私にとっては諸悪の根源といえる存在である浅野成哉あさのせいやだった。

 私以外の女子たちは黄色い声を出している。

 私の肩を掴んでいた手も癪だが、それのおかげで離れた。


紅井あかいちゃん、俺さ君のこと本当の本っ当に好きになったんだよ」

「な…?!」


 私はそれを聞いて言葉が出ない。

 彼はそれを見て嬉しそうに笑った。


「あ!もしかして紅井ちゃん喜んでる?両思いってこと?」

「そんなわけあるか馬鹿が!」


 私は鞄を肩にかけ直した。

 女子たちは私を睨んできている。

 私は睨み返した。

 すると小動物かのように顔を青ざめさせていた。


「二度とこの!カス関係の呼び出しとかしないでね?嫌がらせとかしてきたら私潰すからそれもやめてね?」


 ニコニコと笑顔で私はその言葉を吐き捨てた。


「最悪!最悪!」


 私は急ぎ足で帰路につく。

 後ろには笑顔で私の速度に着いてくる浅野。


「紅井ちゃんそんな急いでどうしたのー?俺とお話しようよー?」

「お前との時間より推しの方が大事に決まってるだろうが阿呆が!」

「そういう欲に素直なところ好きだよ」


 甘い砂糖を煮詰めたような吐き気のするセリフ。

 気分が悪くなる。

 私は視界がぐわんぐわんと歪んだ感じがしてその場でしゃがんだ。


「紅井ちゃん?!大丈夫?!」


 浅野が伸ばしてきた手を私は勢いよく払った。

 ベチン!という音がした。

 私は今どんな顔をしているのだろうか?

 恐怖が表情に出ているだろうか。


 そういうところがすき。

 その言葉は私にとって心が満たされる言葉ではなかった。

 昔は嬉しかったけど今ではトラウマスイッチの元である。


















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