六十七話 「キスでもする気か?」


 一、最弱の家族に敗北し、もう守る存在なんていないのだという事を自覚させる事。

 二、人間に敗北し、どのような力を持ってしても人間に勝てない事を自覚させる事。

 三、魂のありかを探し出し、敵陣地の要人の肉体を奪う事。

 四、どのような傷を負っても死なず、不死者にする必要がない事を自覚させる事。

 五、――

 六、――


 イリスと何度も話し合いを重ねた。

 どれだけ強気に行こうが、イリスにとって外せない要素が複数あるようで「それは飲めない」と拒否すると、「ならまた、私と一緒に根競べする?」と脅される。


 想像以上に、無理難題を押し付けられる。


 今の私は中間管理職。

 頭のネジを全て紛失した上司から馬鹿みたいな負債を押し付けられ、事情を把握していない、且つ、ほぼ無関係な人材にあれこれ指示を出す。


 この仕事を満了出来たらバットを持って報復しに行ってやる……。


「折レルノカ?」


 私の未来――というか現在――の姿を想像してそれに化ける偽物が挑発するように言った。


「それ以外に選択肢がない。これは折れるのではなく、そうするしかなかっただけだ」

「フーン……マ、それデモ良いと思うケドネ」


 自身・条件を満たす他者が死亡した事を認識したら、時間が一日巻き戻る。

 尚、本人を封印しても時間が一日巻き戻る。

 後者に関しては、自分が封印される事を「死」と認識しているのか、封印される前に「自死」する手段を持っているのか、はたまた術者を封印するという行為そのものが時間を巻き戻す条件に含まれているのか……。


 何にせよ、その調査をする時間もなければ、本人に聞いた所で教えてくれるような気もしない。


 ……が、竜王家は皆チート級の能力の持ち主だ。

 格闘ゲームだったら、「え、流石にその仕様は不具合じゃないんですか? いくらなんでも強すぎませんか?」と運営に抗議したくなるような力を与えられている。

 そう考えると……「封印される」という結果を「自死」と認識している可能性があると見て良いだろう。


「が、『どうせ、思い通りに動いてくれるのでしょう?』と思われているのがとても気に食わない。何処かで確実に手のひらを返す」


 虎視眈々と、時機をうかがうのだけはやめない。


「チョット、暇だからコウジと遊んでクルネ」


 そう言い、私の偽物はドロンと床に吸い込まれるように消えていった。


 おかしな奴だ。

 だが、一体……あいつは何者なのだろうか。

 私と同じ見た目――である事にひたすら文句を垂れていたら2Pカラーみたいな色変えで煽って来た――奴に思いを馳せる。


 あの偽物に肉体の行動権を託した時の挙動を見ているが、あの力はどう見ても……竜由来ではない。

 竜というよりかは何か……別の魔物。


 コウジが異形化した際の副産物として生まれた存在だと思っていたが、そう考えられるような情報が少なすぎる。


 ただ、あの偽物も偽物で「貴様は一体何者なのだ?」と問うても、「エ、耳が遠クテ聞こえナイネ」などとはぐらかしてくる未来しか見えない。

 私は話すのが苦手だから、どうせ答えてもらえないのだろうなと思われるような質問はしない。


 問いに対して答えが返って来ないのなら、話す必要はない。

 ……きっと、こういう所が私の駄目なところなのだろうな。


 ――などと、少し落ち込んでいたら、私の偽物がコウジを散々揶揄ってから楽しそうに帰って来たので〆ておいた。


 なんて、している場合ではないか。

 覚悟を決める時がやって来た。


「…………私の負けだ。お前の要求を呑もう」


 殺されたコウジの口を動かし、時空龍にそう言った。



―――――



「――という感じに、勝手に違法業者と契約した」


 アズモの長い長い話が終わった。

 アズモは真面目な話をするのが苦手なのか、話に自分の考えや面白さを無理に加える傾向があるため、長い話が、長い長い話になりやすい。


「……えーっと、ちょっと待ってな。要は、時空龍……イリス姉さんといくつかの約束をしてきました。約束をした理由は、俺の年齢を超えたくなかったからです。で、その結んだ約束の内容がとても重いです……という事なんだよな?」


 三行で纏めたらこんなところか?

 詳細に並べるのなら、もっと複雑にはなりそうだが。


「その通りだ」


「ふう……一仕事終えた」みたいな顔をしたアズモが腕を組みながらウンウンと頷く。


「あ、もう一度説明するのは流石に骨が折れるから、少なくとも、今日一日は何があっても死んでは駄目だぞ」


 アズモは思い出したかのように、その一文を付け加えた。


 さーてと、何処から突っ込もうかな!

 少なくても、文句の一つや、二つどころか……十個くらい言う権利はあるよな。


「私の過去を知って欲しい」みたいな流れで半生を聞き、しんみりしていたら「まだ言わなければ事がある」とか言い出して、「違法業者と契約した」なんて言うんだもんな。


 俺、グーで殴ったら怒られるかもしれないが、パーで叩いたらギリ許されるレベルのいざこざに勝手に巻き込まれているよな?


「アズモ、右頬と左頬どっちが良い?」

「キスでもする気か?」

「いや、別の愛情表現でもしようかなと『お前何勝手に面倒事引き受けて来てんだよ』って」

「なら、嫌だ。断固拒否する」


 アズモは両手で両頬を抑えて俺に抗議のポーズをする。


「いや、待ってくれよ! なんか簡単に『確かにコウジなら出来るな』みたいな雰囲気出しているけど、アギオ兄さんとか、エクセレに勝つ!? いや、無理に決まってんだろ!」


 無限に残基を増やし続けながら蘇生を続ける長男に、人間絶対殺しガスをばら撒く長女を倒す。

 それがどれだけの難題なのかの認識が、俺と、アズモ・時空龍の間で齟齬があるような気がする。

 お前なら勝てるみたいなノリで言っているが、異形化前提だろ。

 で、俺が異形化したら手を付けられなくなるから異形化するなって言われているだろ。


 え、詰みでは?


 生身で長男と長女に勝てって言ってらっしゃる……!?


「コウジも分かってくれた所で誰から攻略するかの話でも……」

「おいおい、ギャルゲーでヒロイン誰から落とそうかなみたいなテンション感で言わないでくれよ……。俺はまだ納得出来てないからな」

「私としてはアギオ兄上がお勧めなのだが、どうだろうか……。その後の攻略が楽になりそうだから、最初に仲間にするならやはりアギオ兄上が……」

「おいおい、今度は最初のモンスター誰にするみたいなテンション感で聞いてくるなよ……。ジム攻略とは訳が違うんだぞ。それにレベルが高すぎて言う事を聞かない事になるからな、絶対に」

「うーむ……しかし、考えてみたら、今、外で大変な事が起きているからこちらの問題は後回しにした方が良いか。うむ、確かに私の言う通りだ。コウジの周りで今大変な事が起こっている最中だから、ここは長話をしていないでコウジは早く起きるべきか」

「この野郎、逃げようとしてやがる……! 確かにアズモに言う通りなんだが、納得いかんぞ俺は! ……って、あー!! まじで身体が薄くなってきた! これマジで目覚める奴だろ!? お前、本当に逃げようとしているな! あー、もう、アズモ! 最後にこれだけは言わせてくれ!」


「……俺が知らない中で――独りで戦っていてくれてありがとうな! これからはちゃんと二人で――」


 そこまで言って、意識が途絶えた。

 目覚めの合図だ。


 ちゃんとアズモに感謝を伝える事は出来たのだろうか。


 でも、次会ったら覚えておけよ。



―――――



「――ナ、ナーン」


 最悪の目覚めだ。

 肉体も脳も休めているはずなのに、精神が信じられない程疲れている気がする。


 少し伸びをして、魂を強制的に目覚めさせようとする。

 これは俺の持論だが、精神の強度は、肉体に比例する。

 肉体が疲れていたら精神も疲れるし、逆もまた然り。

 両方のコンディションが良くて、やっといつもの状態になれる……と俺は思っている。


「む、むー…………?」


 俺に――というか、スズランに――抱き着きながら寝ていたラフティリが俺が動いた事で寝言を吐きながら身体を動かす。

 愛用の枕を探しているような動きだった。


 カーテンで遮光はされているが、それでも多少の光が窓の隙間から漏れている。

 もう日が開けてからだいぶ経っていそうだ。


 俺の記憶上だと、ラフティリの目覚めは良かったような気もするが……。

 歳を取った事で目覚めが悪くなったのか、昨日夜遅くまでこれからの事を話していて眠るのが遅れたから起きられないのか……後者だと信じよう。


 ならばと思い、ラフティリを起こさないように猫になった肉体を動かし、ラフティリのホールドを抜ける。

 がっちりホールドされていたとは言え、何故か流体のような性質を持った身体なため、抜けるのは難しくなかった。


 ――プルルルル。


「よし、抜けられた」とやり切った感を出していたら不意にそんな音が響いた。


「む、むーん……。電話…………?」


 ラフティリが寝ぼけながらそんな事を口にしたおかげで、「そう言えば、この世界でもスマホを手にしたな」なんて思い出し、スマホの在りかを探す。


「ごめんな、俺の電話だ。ラフティーはもう少し寝ていて良いぞ」

「分かったわあ……」


 猫の姿に戻っていたため、人間化を使い人語を喋れるようにしてからラフティリとそんな短い会話をした。


 ……なんて言ったものの、この世界のスマホの電話のルールなんて知らないんだよな。

 そもそも、これどうやったら、電話に出られるんだ?


 子供に頼まれてゲームに付き合うお父さんのようにスマホを操作して、なんとか通話ボタンを押す。


「はい、もしもし、コウジです」


 ……あれ、そう言えばこの世界に「もしもし」なんて言葉あったっけ?

 というか俺今、ちゃんと異世界語を使えていたか?

 間違えて日本語とかになっていないよな?


 俺も寝ぼけていたから気付けなかったが、そもそもこの電話の相手って……。


「……」


 電話の相手は何も喋らない。


「はい、コウジです」


 接続不良かと思い、今度は「もしもし」という言葉を抜きそう言った。


「……」


 今度も相手からの応答は無かった。


 ――おかしいな。


 喋る事で寝ぼけていた頭が覚醒し、段々と違和感を覚えていく。

 俺のこのスマホの電話番号を知っている人ってコラキさんくらいじゃないか?

 コラキさんは今、ここ――スタルギ邸――にいるはず。

 なら、電話を使う必要はないはず……。


 ――この電話の相手は誰だ?


「…………コウジって言ったかあ……? 聞き間違いじゃなく、まじでコウジって言っていたか?」


 あ……。


 もしかしたら、俺が知らないだけでアズモが時空龍に連絡先を教えていたのかもとか考えていたが、もう一人居た。

 電話を掛けてくる可能性のある相手。


 少し……いや、ぶっきらぼうな喋り方をするが、家族思いの優しい竜。


 昨日、ラフティリが「パパに電話してみる」と言い、俺のスマホを使い連絡した相手。


「フィドロクア兄さん……?」


 声を震わせながら、そう口にした。


「はっ! 俺をそう呼ぶって事は、まーじでコウジみてえだなあ! 嘘だろ、この世界に戻って来られたのか!?」


 電話相手は威勢よくそう口にする。

 根拠のない自信で虚勢を張りながら話すアズモとは違い、しっかりと裏どりを行いながらハキハキと物申す竜王家十八男。


 フィドロクア・ネスティマス。

 ――ラフティリの父で、アズモの兄。


「おいおいおい、まじかよ! やっと、ツキが回って来たってやつかあ!? これで色んな問題に片が付きそうだぜえ! まあ、それよりも、久しぶりだなあ、おい! というか、なんでまた、女の子みてえな声してんだお前、しかも聞いた事のねえ声! コウジって実は女だったりするのかあ!?」

「あ、ちょっと色々あって、本来の俺の身体が死んでしまったので、一時的にスズラン――俺とアズモの召喚獣――の身体を借りています」

「はっ!? 説明されても全然意味分かんねえなあ、おい! 意味が分からなすぎてやっぱりお前達は面白れぇよ! お、そういやなんで、俺の番号を知っているんだ?」

「その、何処から話したもんか……昨日、ラフティーと再会して、その後、一家が襲われる事件が起こったんです。それで俺達で考えてもどうしようもないって話になって、ラフティーが、『パパに電話してみる』って電話を掛けました」

「なるほどな……お前ら再会していたのか。道理で、知らん番号から着信があった訳だ」

「はい、そんな感じです」

「おーけいー、取り敢えず状況は分かったぜ! こっちも一段落したから、俺の家族を連れてそっちに行くわ! で、お前ら何処にいるんだ?」

「今はスタルギのおっさ……スタルギ兄貴の家にお邪魔しています」

「あー、なるほどな! ティーちゃんはスタルギ兄貴の家まで行けてお世話になれていたって事か! で、そこにコウジもやって来た……って感じか? 取り敢えずそっちに行くから、一旦切るわ!」


 ――ツーツー。


 一方的に電話が切られた。


 ティーちゃん……。

 ラフティリの事だろうか?

 仲の良い友達に「ラフティー」呼びを強要してくるラフティリは、家では更に短く「ティーちゃん」って呼ばれているのか?

 まあ、でも、今はそんな事は良い。


「そっちに行く」とフィドロクア兄さんは言った。

 フィドロクア兄さんがここに来る……?


 色んな感情が湧いてくるが、浮かんでくる感情が多すぎて自分がどんな感情か分からない。

 ただ、一つ言える事は……。


「この街で頑張った甲斐があった……」


 俺にとってフィドロクア兄さんは、問題を解決してくれる頼れる兄貴だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る