六十六話 私だったら正気でいられるだろうか?
「どう思う」
「エ、モシかシて髪切っタ?」
「違う。時空龍の言った事に対してだ。だいたい髪を切っている訳がないだろう。それになんでそんな面倒な彼女みたいな事を貴様に聞かなければならないのだ」
心の中の世界で私の偽物とテレビゲームをしながら、一つ前の世界線の話を振る。
偽物は私に画面内のキャラを吹き飛ばされながらとぼけてみせた。
割と重大な話をされたと思うが、なんと気楽な奴だ。
「ダイタイ、僕ジャナクてコウジに聞けば良インジャナイの?」
「いや……説明する事が増えて来たせいで、毎回説明するのが面倒になってきた。どうせ、今回も直ぐに死ぬんだろうし、『大変だ、コウジ! 死に戻りの能力に目覚めてしまったかもしれない! とりあえず私の言う通りに行動してくれ!』くらいの説明で良いのではないかと思い始めている」
「ヘエ~、難儀、難儀~。大変ソウダネ~」
私の偽物はやはり意に介していないようで呑気にコントローラーをカチャカチャしながらそう答えた。
それに少しイラついた私は、即死コンを叩き込んで偽物を撃墜した。
「マタ負けチャッタ。ジャア、負けタって事で今回は僕が時空龍と戦ってクルネ」
そう言い、偽物はヌルっと溶けていくように床に沈んで消えた。
「はああ……」
偽物が消えたのを見届けた私は大きな溜息を吐いた。
あれだけ毛嫌いしていた偽物とゲームをする上に、会話を振ってしまうなんてどうにかしてしまっている。
時をあまりにも繰り返し過ぎて心が摩耗していっているのが自分でも分かっていた。
コウジと一緒なら、私達は無敵。
……そう思っていたが――
「――やはり、忘れられるのは寂しいな……」
私達がどんな選択を取り、どんな決断を下し、どんな結末を迎えたのかを知っているのは私だけで、コウジは何も覚えていない。
それが、こんなにも効いてくるなんて思いもしなかった。
とは言え、くよくよしていられるような間もない。
現実――というか、時空龍がコウジの命を刈り取りにやって来る。
私がこうして迷っていては、いつまでも時を進める事が出来ない。
「どうして私の人生は、こう障害ばかりなのだ……」
産まれた時から特殊な環境を味わい、特殊な状態で生きる事になり、慣れてきたと思ったらバラバラにされ、戻って来られたと思ったら利己的な奴の言いなりになる事を迫られる。
「終わりだ……終わり、終わり。ナーバスになるのは終わりだ。私がギャグキャラ系メインヒロインなのだから悩んでいる描写なんてそこまで求められていない」
時空龍の出した情報を整理しよう。
アギオ兄上、エクセレ、テリオ兄上、イリス、ディスティア姉上、エレオス兄上が千五百年前以上に異形化した。
一部敬称略。嫌いな奴は敬わない。
その中で、異形化の力を完全に物に出来たのはテリオ兄上だけ。
だが、その唯一、力を自由に使えた存在のテリオ兄上が肉体を何者かに奪われ、魂は何処かに消えてしまった。
要は、上の兄妹達の均衡を保っていた奴が居なくなったから私達にその役目を担って欲しい……?
いや、そんなはずがないか。
もしも本当にそれが理由ならば、私が異形化するあの日まで時を戻せば良い。
時空龍ならば、その手段を取る事が出来る。
……が、それをしない理由。
コウジが異形化した結果、アギオ兄上を倒せる事が分かったから。
コウジと私が引き離されて、私が異形化する。
その後、コウジが異世界から私の居る世界に戻って来て私を救いに来る。
時空龍はそのついでに、兄妹間の問題を解決させようとしている。
兄弟間の問題……それは、千五百年以上前に起きたというある事件をきっかけに兄妹が皆異形化したこと。
それを鎮静化するという課題。
異形化を解く条件は、『完全に暴走させた後に、異形化する必要があった、もしくは異形化するきっかけになった個人・団体・種族から敗北し、その人と密接な関わりのある人物が対象者の心の中まで赴き、救う事』。
アギオ兄上、ディスティア姉上のように一見、力を使い熟せているように見えている人物も意識的に抑えられているだけで、根本的な解決が出来ていないため、いつかエクセレのように暴走する可能性がある。
そして、イリス――時空龍――の異形化を解くには、事件をきっかけに異形化してしまった兄妹の異形化を解く事。
……前回の邂逅で得られた情報はこんな所か?
これで、認識に間違いはないだろうか。
もし、これで合っているのなら、それぞれの兄妹を暴走させる方法と、勝利条件を教えてもらえればどうにかなりそうだが……。
それには一体、何年……何十年掛かるのだ?
話を整理すればするほど、「え、それに私が関わる必要ってあるんですか!? 兄姉達で勝手にやってくださいよお!」っていう気持ちが強くなってくる。
まあ、時空龍の願いとしては『独りで時を繰り返す事に疲れたから、このループを終わらせて欲しい』といったところなのだろうが。
うーん……何回考えても「分かった」と首を縦に振る気が起きない。
私は時空龍が好きじゃない。
自分勝手な理由でコウジを何回も殺してきたのは許せない。
それこそが、私が従いたくない全て。
どんな事件があったのかは……おおよそ想像がつく。
長女、エクセレの異形化条件は、「人間が竜を食す事」。
エクセレには望まない形で産まれた娘、フィーリアさんが居る。
それだけで、千五百年以上前に起きた事件が凄惨な物だったという事は想像が出来る。
想像は出来るが……そう簡単に「はい、そうですか。ならば分かりました、あなたのお手伝いをします」なんて言えやしない。
イリスが嫌いなのだ、私は。
自分の目的のためだけに人を従わせようとするやり方が嫌いだ。
私は何の見返りもなく「やれ」と言われたら「やだ」と答える竜なのだ。
……しかし、イリスが強いられている事の凄惨さも私なら僅かに理解出来る。
時を何度も独りで繰り返す事の寂しさや、やりきれなさは分かる。
誰の記憶からも消え、皆の日常を裏から支援、自分の行っている事を言っても理解なんて得られにくい。
独りぼっちの戦い、か……。
だが、アギオ兄上も、ディスティア姉上も、エクセレも皆、程度はあれど異形化を抑制・対処に成功しているではないか。
ならば、私達が手伝う理由は「イリスをループから解放するため」というものだけになるのではないか。
それは、なんか、ちょっと……嫌だ。
ああー、駄目だ、難しい。
難しい、非常に難しい……この問題は。
私には「偽物」という一緒に時をループしている奴もいれば、全ての物事を超速理解してくれる理解のありすぎるコウジもいる。
私には味方――同じ志を持った存在――がいるから……時空龍とは違う。
だから私は……持ってしまっている。
――同情という気持ちを。
下手に時を過ごして精神年齢が上がったせいで、同情心という余計な……煩わしい事まで思考の片隅に入って来てしまう。
成長なんかするものではない。
せめて、成長するのなら、コウジの見えている範囲で育っていきたかった。
これが、孤独感とでもいうのか。
僅か、六~七年くらいでこの勝負に折れてしまいそうに……。
でも、でもだ。
六~七年という数字は、私がこの世界で生きた年数と同じ……。
このままでは……つまらない事をしていれば優に百年とか超えてしまうのでは?
例えば、全部終わって、皆と一緒に過ごせるようになった際の休日。
映画を観る、ゲームをする、遊びに行く内容は何でも良い。
その遊びで、私は友達と同じ観点から同じ感想を言う事が出来るのだろうか?
独りだけ、物語の歪みが気になって映画に感動できなくなる、もしくは涙脆くなる。
独りだけ、ゲームのような精密操作が苦手になる。
独りだけ、皆と同じように物事を楽しむ事が出来なくなる。
それならば、私は……。
―――――
「ヘエ、まさかモウ対策してクルなんてネ」
「随分長い事君みたいなタイプの魔物と戦った事が無かったから忘れていたけど、思い出せば勝ってやり直せるよ。私にとって戦いは駆け引きじゃなくてただの覚えて対策するだけの作業だから」
「ハアア~、コレで今回も終わりか。次はドウシしよウカなあ~」
外では、時空龍と偽物による戦いが終わっていた。
偽物が覚醒した事により、意識を刈り取られ、姿形が変化したコウジの肉体が更地に散らばり、修復不可能となっている事が分かる。
だが、こちらの「会話ができないと困るから、殺すとしても喋れるようにしてほしい」という要望は守ってくれていたようだ。
「偽物から私――本物――に変わる。時空龍と話の続きがしたい。……が、その前に一つ教えてほしい。時空龍……いや、イリスは時を独りで何回繰り返した?」
そう言うと、イリスは首下らへんを指差した。
身体のいたる所に書かれている、数字の羅列や奇妙なマーク。
イリスが指差したそこに書かれた数字はとりわけ大きな値が記されていた。
「13719643回」
千万三百回超……ざっと三万九千年弱……か。
それだけの時を独りで繰り返したら…………どうなるのだろうな。
私だったら正気でいられるだろうか?
「あー、いつの間にか3500回くらい増えているね。アズモちゃんがまさかこれだけ粘るなんて思わなかったよ」
なんて事ないようにイリスはそう口にする。
その数字は、私が散々苦悩した数だというのに、こいつには些細な数字でしかない。
「まあ、この数字はアズモちゃん単体だけの物ではないんだけどね。私の能力――時間の巻き戻り――が発生する条件は家族が死んだ事を私が認識する事。だから、当然この数字の中にはアズモちゃんの他に、私が殺された回数、それに、他の家族が殺された回数も含まれている。……皆、血気盛んで困るね」
なるほど、時間が巻き戻るトリガーは、私がおおよそ想像していた物であっていたという事か。
いや、それよりも、私の他に死んでいる家族が居る……?
「今、強い身体の持ち主――所謂、最強種――が狙われているみたいでね。どっかのぶっとんだ組織が魔物を異形化させるために大事な物を壊したり、大事な者に手を掛けたり、ひたすらに痛みを与えたり……って色んな事をやっているみたいなんだけどね、手が滑って死んじゃった、みたいな事が何回かあるみたいでね。それを避けるようにしていたからちょっと回数が多くなっているよ……で、知りたい事は合っていたかな?」
「……ああ、貴様はこちらの考えている事なんて手に取るように分かるのだな」
「そんな事ないよ。今までの傾向から、これだろうなって高い可能性を口にしただけ。私と一緒に時を繰り返していたらいずれアズモちゃんも出来るようになるよ」
「それは……ごめんだな」
「で、今回聞きたい事は何かな。時間の許す限りならなんでも答えるよ」
「私は貴様が嫌いだ」
「……えーっと、ごめんね。って言葉で合っているのかな」
「だが、貴様に従わなければ未来に進めない事をもう悟った。それに……繰り返される時を過ごす感覚も知った……」
「そうなのね? それで質問は?」
「兄妹それぞれの暴走のさせ方、倒し方、原因を教えろ。それを聞いた後、数日考えてから貴様に答えを言う。ただし、父上の殺害だけは貴様がやれ。それだけは譲れない」
「うーん……私がお父さんを殺す事は簡単だけど、巻き戻っちゃうから難しいんだよね・……。その譲歩は受けられないかな」
「ならば、父上を殺害しなければならない理由も教えろ、それを聞いて判断する」
「それは良いけど……。ねえ、もしかしてアズモちゃんはもう答えを決めていたりするのかな?」
「まだだ、だが貴様の話を聞き終わった後、数日考えたら答えを出す。だいたい、一か月後くらい先になる」
「そう、分かったわ。じゃあ、またね」
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