六十五話 「これは私の戦い」


「ふむ、どうしたものか……」


 時空龍に殺され、死に戻りが発生するせいで永遠に明日が迎えられそうにない。


 圧倒的な強さと、謎の探知能力、おまけに時操作まで盛られた最強の竜から逃れる方法。

 トライアンドエラーで同じ日を何度もやり直し、逃げられない事を知り、仲間を募る方向に切り替えたは良いものの……。


「正解の選択肢が引けない」


 時空龍への対抗手段としてスタルギ兄上を仲間に引き入れようとしているのに、全く効く耳を持ってくれない。


 ――どこの陣営の竜だ。


 スタルギ兄上が繰り返すあの質問。

 あの質問の本質が未だに分からない。


 スタルギ兄上はあの質問で何を確かめようとしているのだろうか。


 言葉通りに受け取るのならば、自分の属する陣営を答えれば済みそうなものなのに、それでは合格点にも届かない。

 無限龍と答えても、光線龍と答えても、時空龍と答えても、何処にも属していないと答えても、何を言っても次の瞬間には殺される。


 答えのない問題を繰り返し問われている。


 時空龍対策として、「誰かに頼る」という選択肢を取ろうとしたが、その選択肢もまともに機能しそうにない。


 ――何をしても上手くいく感じがしない……。


「ヨ、チビアズモ! 万策尽キタみたいダナ!」


 次の一手を考えていると、偽物がヌルっと地面から生えて来た。

 思い通りの形になれる事を良い事に、身体をクネクネと動かし、私に纏わり付いてきて鬱陶しい。


 チビアズモ。

 その呼び方にも納得言っていない。


 初めは「アズモの抜け殻」などと呼んで来ていたのに、ある時を境に「チビアズモ」などと呼んでくるようになった。

 何が「チビアズモ」だ。


 偽物が現れて呼び方を区別するために「チビ」などという蔑称を頭に付けられる私の身にもなれ。


「消えろ。貴様に構っている暇などない」


 私と同じ面で愉快そうに笑う顔面に、頭突きをかますとヌルっとした感触が返って来た。

 あまりの不快さに思わず顔を顰める。


 本当に何なのだろうかこいつは。

 一回目のループ時に異形化したコウジが作り出した「私の分身」と認識しているが、「私」にしては在り方があまりにも違う。


 私と同じ顔をしているくせに、何もかもが偽物。


「ヘッヘッヘ、チビアズモがアレコレやってイル間に僕モ方法を考えテミタ」


 相変わらずエコーが掛かり過ぎていて聞きにくい声だ。

 心の中で喋る以上、噛み・どもりなどは起こらないものだと認識しているのに、何故こいつの言葉はここまで聞き取りにくいのか。


 偽物の声は、耳というよりは心の方を揺らしてくるような声に聞こえる。


「時空龍をどうにかする方法を思いついただと、貴様が?」


 私がコウジと協力してあれこれ試している間に、コウジの心の奥深く――深層――に潜り、何かしているとは知っていたが、まさか対抗策を練っていたとは。


「完璧過ギル作戦。チビアズモの策じゃ足元にモ及バナい」

「……」


 ニヤニヤした表情を浮かべた私の顔が目と鼻の先まで寄って来たせいで、思わず無言で手が出た。

 パンチは顔面にヒットしたが、返ってきたのはまたもやヌルっとした感触。


「チビアズモは時空龍とヤラに対抗するタメニ仲間を作りたいミタイだ。僕ハソレが間違ってイルと思う」

「……言いたい事があるのなら、勿体ぶらずに言え」

「スタルギって奴ジャ時空龍には勝てナイ。時を止メル奴にドウやって勝つツモリ?」

「じゃあ、どうしろと言う。否定して来るという事は当然策があると思って良いと私は思っているが」


「――コウジに任せれば良い。対抗するための方法はもう思い出したんだ」


 偽物はそう言った。

 やけに透き通った少年のような聞きやすい声だった。


「貴様に任せる……? コウジを異形化させるという事か?」

「ソウダヨ。理性を完全に失くすギリギリにナルヨうに調整スル。ソレで時空龍を倒ス。完璧」

「……それでどうにかなるとは全く思えないが」


 今現在、私に策がある訳でもない。


 異形化したコウジを見たくないという気持ちもあれば、この偽物がコウジのコントロールを上手く行える確証もない。

 だが……この偽物がコウジに対して並々ならぬ感情を持っている事は既に知っている。


 ――僕ハこんな事をサセルために目覚めた訳ジャナイのに。


 一度目のループでコウジを唆し異形化させた私の偽物が言った台詞だ。


 こいつにとってコウジは少なくても特別な存在であるらしい。

 だから、その点に置いては信頼を置いている。


「三年くらいなら試しても良い。要は私が浪費したのと同じ程度の時間なら貴様に渡してみても良い。上手く行くならそれで良いし、駄目なら駄目でその間に私が新たな策を練る」


「十分ダヨ」


 私の言葉を聞いた偽物はニマニマと笑い、外に出て行った。



―――――



 ――結論から言うと、私の偽物は時空龍を倒せた。


 それはもうギリギリ……というか物量で押したかのような勝ち方だった。

 時間が停滞されても、身体を切断されても止まらない、悪鬼のような戦い方。


 あの戦い方は竜が戦っているというよりも、波――水のような物――が戦っているようなものだった。


 まるで、時間を操る圧倒的な存在と戦った経験があるかのような。


 この偽物は、本当に一体何者なのだ……。


 ――だが、結果は芳しくなかった。


 偽物が時空龍を倒した瞬間に時間が巻き戻った。

 死に戻りが発生する対象人物に、時空龍自体が入っている……という事が分かった。


「ヤバイネ、アイツ。封印、吸収、消滅……ドレモ効きそうにナイ」


 偽物は珍しく、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべながらそう言った。


 逃げる事は出来ない、仲間を募る事を出来ない、倒す事も出来ない。


 じゃあこの戦いにはどうやったら勝てるんだ?


 相手が飽きるまで付き合おうと思ったが、これはいつまで続くんだ……?


 ある一つの懸念が頭の中に浮かんでくる。


 ――コウジと同じ時間間隔で過ごせなくなるのではないか?


 今はまだ良い。

 私の精神年齢はまだ十代前半。

 まだまだ、コウジと同じ尺度で物事を見る事が出来る。


 初めて見る物への感動、初めて話す人とのもどかしさ、初めて行う事へのやりにくさ。


 それらの感情はまだコウジと同じ尺度で見る事が出来る。


 だが、例えば……五年後は?

 その時になったら私は十八歳……か?

 私の過ごした時が、コウジの肉体年齢を超えたらどうなる?


 その時はまだ感性が若いからコウジと同じように見聞きしたものに同じような感想を持つ事が出来そうだが……。


 だが、十年後になったらどうなる?

 五十年経ったら、百年経ったら?


 その時の私はコウジと同じような感性を持っていられるのだろうか?


「……」

「ドウシタ、チビアズモ。難しい顔シテ」

「今更、私達の置かれた状況の不味さに気付いた」

「オッソ。オッソイヨ。チビアズモ時々ポンコツダネ」


 しょうがないだろう。

 自己肯定感が高過ぎるで、どんなに困難で高い壁が目の前にあってもコウジと一緒ならば乗り越えられると思ってしまうのだから。


 だが、今回に限っては……。


「私達の前に立ちはだかった壁かと思っていたが、この壁は私の目の前にのみ有ったのだな……これは私の戦いだったのか……」

「エ、今更? コウジは記憶を引き継がなインダから当たり前ダヨネ。ソノ時点で本当ノ意味での協力者にはナレナイよね。この苦悩は共有デキナイヨ。シカモ、私って言ッタ? 僕ハ?」

「どうにか逃げてみるし、貴様にも戦ってもらう。その意思は変わらない。だが、コウジが殺されて死に戻りが完了するまでの時間。その時間に対話するくらいは良いかもしれない」


「アホだネ~。時間を気にすルナラそんな刹那ミタイな時間じゃナクて生キテイる間にチャント会話すれば良いノニ」


 偽物は私の意見に難色を示す。


「デモ、良イヨ。簡単ニハ折れてヤリタクないモンネ」


 だが、最終的には肯定の意を返した。


 この辺は私と似ているのかもしれない。



―――――



「――時空龍。今回から私は戻るまでの僅かな時を使い貴様と会話をする。貴様が成そうとしている事の意味を考えてみたい」


「……もう死んだかと思ったのに、急に喋り出したね」


「この肉体は借り物であり、私の脳でも心臓でもない。例えばお前は、ゲームで自分の操作するキャラが死んだら一緒に死ぬのか?」


「ごめんね、ゲームはやった事が無いから分からないんだ。だけど、言いたい事は分かったかもしれない。要は、コウジ君が死んでも、アズモちゃんは死なないんだね」


 まあ、本当はコウジと同じように意識を手放したい程の辛さはあるが、会話するために耐えている面もあるのだが。


「だから出来れば、発声器官には傷を与えないようにしてほしい。喋りにくくなる。――では、私は先に逝く」


「了解。じゃあ待っているよ、アズモちゃん。良き死を――」



―――――



「――では、まず貴様の言って事の一つ目から整理したい。アギオ兄上を鎮静化する、という意味について教えてほしい。私の認識ではアギオ兄上は異形化を使いこなせていた認識だが違うのか?」


「うん、その認識は合っていそうだけど、合っていないね。アギオは異形化を必死に抑えているからそう見えているだけ。ねえ、アズモちゃんは異形化を鎮静化させる方法って知っている?」


「ああ、完全に暴走させて倒す。そして、心の中まで赴き、『もうその力を使う必要は無い』と助けに行く必要がある。……が、一部例外がある事も知っている。異形化に目覚めはしたものの、力に飲み込まれず、救う必要が無い奴等が居る事例がある事も知っている。アギオ兄上はそれじゃないのか?」


「いいえ、違うわ。千五百年程前に、ある事件がきっかけで兄妹達、アギオ、エクセレ、私、テリオ、ディスティア、エレオスの六名は皆異形化したわ。その中で、力に飲み込まれなかったのはテリオただ一人。その他の五人は皆、暴走しないよう対策して抑えているだけ」


「……」


 長男、長女、私、次男、三女、三男。

 時空龍が羅列した名前は、竜王家の上の兄妹達。


 薄々勘付いていたが、こいつの――時空龍の――正体はイリス姉上……で間違いないだろう。


 実家に居た時に、時々家にやって来ていた優しそうな姉。

 そんなイメージを持っていたが……あれは嘘だったのだ。


「それに異形化を治す方法も微妙に違う。……詳しくは、異形化する必要がある、あるいは異形化するきっかけになった個人・団体・種族から敗北する事。勿論、完全に暴走させた上でね」


 様々な感情がないまぜになって言葉が出て来ない。


 それなのに、それに続く言葉がなんとなく察せてしまう。


「アギオの鎮静化の条件は『自分が守るべき存在に倒される事』。そして、アギオの守るべき存在は弟妹。それもその代で一番下の弟妹に打ち倒される必要があるの。……そんな事どうしても出来る訳がなくて、アギオの鎮静化は絶望的だと思われていた。だって、無敵の長男に勝てる末っ子なんて居る訳が無いでしょう。……だけど、遂に現れた」


「それが、コウジなのか……」


「私は兄妹の異形化を止めるためなら、なんだってする。だってそれが、私の異形化を解くたった一つの方法だから」


 兄弟の異形化を解く鍵がコウジだというのは分かった。

 だが、それには、多大なる犠牲が伴い、数多の試練を乗り越えなければならないのも分かる。


 私がやりたい事は、私の本体に会いに行き、異形化を止める事。

 だが、時空龍は自分の目的のためにそれを阻止してくる。

 そして、時空龍はとんでもない条件を飲めといってくる。


 私だって兄妹に対する思いがない訳では無いが……。


「……ちょっと考える」


 整理する時間が欲しい。


「そう、じゃあ、次の世界で会いましょう……」


 そうしてまた、世界が終わる。


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