六十四話 全員嫌いだ
話は過去に遡る。
『――コウジ! コウジ!』
身体の持ち主に話し掛けても反応は無かった。
事切れている事は、切り落とされた脚下からの出血を見ても明らかだった。
一瞬――ほんの一瞬で身体を文字通り真っ二つに斬られた。
刀身からコウジの鮮血を振り払う半裸の女は事も無さげに口を開く。
「ごめんね、『うん』以外の言葉は求めていないの。だって私もとっくに狂っているから、救いを求めているから、目的なんて選んでいられないんだ」
「……貴様、こんな事をする目的は何だ」
死んだコウジの口を動かし、イラついた口調で半裸の女に問いかける。
「目的? さっき言った通りだよ? アギオと、エクセレと、ディスティアと、エレオスの異形化を止めて、テリオの魂を戻してもらう。そして、パパを殺して。……ね、簡単な事でしょう? ネスティマス家で一番強いアギオを一方的に蹂躙した君達……いや、コウジ君ならね?」
女は首を傾げながらそう口にする。
――駄目だ。話が通じない。
直感で私はそう感じた。
ただ、この女の言葉には一部気になる所があった。
――ネスティマス家で一番強いアギオを一方的に蹂躙した。
それは、その情報は、私――それと私の偽物――しか知り得ない情報のはずだ。
何故この女はコウジが異形化した世界線の事を知っているのか。
答えはきっと……最悪な考えが頭に浮かんで消えた。
時間切れだ。
時が巻き戻る。
「『うん』が聞けるまでは会いに行くね」
最期にそんな言葉が聞こえた。
―――――
「ヨ、アズモの抜け殻! 何かヤバイのイタナ!」
六回目のループが始まると、私の偽物が呑気にテレビゲームをしながらそう言った。
「……」
偽物の言葉を無視してあの女が最期に言った言葉を思い出す。
――『うん』が聞けるまで付き纏うから覚悟してね。
身体がゾワっとした。
「ソンナ震えチャって~、アズモッタラ大袈裟」
「……黙れ」
私が快適に過ごせるように配置に拘って作った
「コウジに異形化シテ貰えば一発ダロ~?」
それは私も一瞬考えた。
「……あれは自身を対象とした任意の半径内の空間に存在するランダムな対象に効果を発揮するタイプの能力だ。最終的にはコウジの負けない空間が形成されるかもしれないが、依代を必要としないタイプの対抗策を持っていた場合、敗北する。それに私はあの姿のコウジを見たくない」
偽物に答えた訳ではない。
自分に言い聞かせるためにそう口にした。
「ソレジャア、どうスル」
択を網羅するしかない。
予想するに、あの半裸の女も私と同じように時間を繰り返している。
それも私よりもずっと多くの回数繰り返しているように思える。
私が言うのもなんだが、感情が瞳に灯っていなかった。
コウジを両断した時も、目的を話している時も、不自然な笑みを顔に浮かべているだけで目は腐っていた。
あれは全てがどうでも良いと思っている瞳。
アギオ兄上、エクセレ、ディスティア姉上、エレオス兄上の鎮静化。
テリオ兄上の魂戻し。
父親の殺害。
あの女の言っている言葉を反芻する。
一度目のループ時にコウジが見せた力。
あれを使えば、鎮静化も、魂戻しも出来るかもしれない。
ただ、異形化した状態では父上の殺害だけはどうしても出来ないだろう。
一度目、あの時は、偽物の誘惑と、たまたまこの街に居たエクセレ――によく似た存在がトリガーとなり、コウジの異形化が使われた。
五秒もしない内に、エクセレによく似た人物がコウジの手により殺害され、それに憤った機械の竜が顕現したが、コウジはそれをものともしなかった。
直ぐに、無力化。
クリスタロスという街を破壊してしまうような厄が起こりかける……なんて事態にも発展しなかった。
コウジの異形化が強すぎて手も足も出ない。
それは、家族の絆で結ばれた兄妹達も例外では無かった。
コウジの異形化体が強すぎる。
が、今注目する事はコウジの強さではなく、その結末。
あの時、明確に殺害されたのはエクセレによく似た人物だけ。
理性がどこかで働いたおかげで二戦目以降は思い留まれたのか、はたまた殺意を持っている相手にしかトドメは刺さないのか。
……分からないが、コウジが父上を殺害出来ない事だけは確かだろう。
父上はコウジに対し裏で色々やっていたのかもしれないが、どれもコウジの殺意を買うようなラインには届いていない。
……というよりも。
コウジに父上を殺して欲しくないし、父上にも死んでほしくない。
断る理由はそれだけで十分だった。
「……ふん。貴様の思い通りになると思うな」
敗北条件は、心を折られ時空龍の駒になる事。
勝利条件は、時空龍が飽きていなくなるまで耐える事。
異形化している私を鎮静化する……といった事も出来れば御の字だが、それは高望みというものだろう。
繰り返しの法則は今までの傾向からなんとなく掴んでいる。
――条件を満たす誰かが死亡すると一日巻き戻る。
ループの条件は、そんな所だろうと予想しておく。
所謂、死に戻りというやつだ。
逃げている間に異形化した私を助けられなかったとしても問題はない。
時空龍が飽きて干渉してこなくなってから策を練れば良い。
根気比べならば、多少腕に覚えがある。
「ヘッヘッヘ、何気に僕も居るカラネ。僕は僕で自由にヤラせてもらうカナ」
そう言うと私の偽物は消えた。
偽物が消えるのを見届けた私は、コウジの部屋を模倣した精神世界からコウジの世界へと入って行く。
相変わらず何も無い真っ白い空間。
私達の戦いの始まりだ。
―――――
私に「死に戻り」の説明されたコウジは毎回混乱するが、抱き着けばなんとかなる。
コウジは私の事を少なからず好意的に思っているから私を抱いているとセロトニンが出て幸福になる。
なんとも単純だが、おかげで最大限の協力を得られた。
――逃走が可能なのかを試す。
空を飛び、方位360度全てをランダムに最大速で飛行する。
この試みは、千回目くらいで不可能だと判断した。
時空龍の方が出せる速度が断然上だったため何処へ飛んで行こうが必ず追いつかれる。
おまけに、何かでマーキングでもされているのか何処に隠れていようが見つかる。
隠れていた大岩ごと真二つに切断された時は流石に笑った。
日本とは異なる世界だというのに、異世界人の私はまだ日本の常識を捨てきれていない。
本物の竜の前では全てが無力過ぎた。
コウジの肉体を捨て、他の人間、動物、昆虫、植物、魔物の肉体を経由しても結果は変わらない。
どういう手段を用いているのかは分からないが、時空龍は的確に私達を殺して来る。
それと、時空龍以外による逃走の妨害も厄介だった。
大陸間を飛んで渡ろうとすると、海から不可視の攻撃が飛んで来て全身を貫かれる。
大陸内にある湖や、川ならば問題は無いが、外海に出た瞬間に何者かに殺される。
鳥の肉体を借りて大海に繰り出せば、こちらは刺して来ないが時空龍に捕まる。
誰だ、貴様は。
何故、私達の進路に立ち塞がる。
なんて思いはしたが、考えてどうにかなる問題では無い事は直ぐに理解した。
少なくても、私達が策を練った所でどうにかなるような相手ではない。
八方塞がりとはまさにこの事だろう……私達は、この大陸内で逃げる事を余儀なくされた。
――それならば次は、協力者を探す。
私一人ならば無理だが、話者強者のコウジならば可能性を拾える。
……しかし、それも難航する。
時空龍に勝てる存在が見つからない。
思わず、「そんなに強いのならば、貴様が全てを解決してくれば良いだろう」と言ってしまいたくなってしまう程に時空龍は強い。
何しろ、時空龍はその名の通り、時を操る。
時の加速・減速、対象の設定・解除全て思いのまま。
いくら何でも強すぎるだろうが。
これがゲームだったら、「ゲームバランスを考えろ」とユーザーが激怒するに違いない。
存在が理不尽過ぎる。
時空龍がネスティマス家の問題を私達に任せる理由は一体何故なのか。
一回目のループで、コウジが異形化して散々暴れ回ってくれたおかげでこの街はおろか、大陸内に居る強者がどのような者なのかはだいたい判明している。
アオイロが何処からか捕まえて来た泥の魔物のように我関せずで居た者も一定数居たのだろうが、殺されないため・誰かを守るため・ただ戦いたいがために多くの者が勝負を挑んで来た事を覚えている。
まあ、悉く、異形化したコウジにやられた訳だが……。
その中でも可能性がありそうだったのが――スタルギ兄上、ただ一人。
「化け物には化け物をぶつけるんだよ」などと日本では言うが、「竜には竜をぶつけるんだよ」なんてこの世界では言うのかもしれない。
疲れてきた私は、そんな考えを浮かべる。
「――お前さんはどこの陣営の竜だ」
もう何回も聞いたスタルギ兄上の質問。
ボーっとした頭で、コウジに喋って欲しい事を囁いた。
「…………俺達は、時空龍の敵だ」
私達は記念すべき千五百回目の死を迎えた。
コウジ以外の生き物なんて全員嫌いだ。
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