六十三話 長い長い時の繰り返しの始まり


「もう少しだけ話って……待ってくれよ。『独りだったアズモが理解者に会って救われました。めでたしめでたし』……じゃあそろそろ現実に戻ろうかってなるんじゃないのか?」


「ならない。現実に戻る前に補足しておかなければならない情報がいくつもある」


 アズモの描いたエッセイ漫画を読み終わり、アズモと沢山話した。

 お互いの理解が深まり、より深い仲になれた。


 するべき話は終わっただろうからと、外に出る前にいつもみたいにアズモをちょっと甘やかして終わり……そろそろ現実に戻ると言うと、「まだ話さなければならない事があった」などとアズモが言い出した。


 孫に帰られるのが嫌であの手この手で滞在期間を引き延ばそうとしてくるお婆ちゃんみたいだ。


「話さなければならない情報だが……例えば、コウジはこの後、黒い翼のあいつの問題が解決した後にはこの街を出るつもりだろうが、何処に行こうとしている?」


 黒い翼のあいつ――コラキさん一家の事だろう。

 今、外では大きな事が起こったばかりだ。


 犯人をどうこうしてやろうというつもりはないが、こんな危険な場所から安全な場所へ逃がしてあげたいと思っている。

 それこそ、スイザウロ魔王国に連れて行きたい。


 あの場所ならば、翼が生えているくらいで差別される事など無い。


「スイザウロ魔王国……俺達の故郷に行こうと思っている」


「それは、どうやってだ?」


「飛んでだ。俺達は空を飛べるから、空を行けば良い。コラキさん達は飛ぶのに慣れていないだろうから、無理そうなら俺かラフティーが完全魔物化を使えば乗ってもらえば良い」


「飛行して海を越えてスイザウロ魔王国を目指す……という事か?」


「ああ」


 首を下げアズモの言葉を肯定する。

 アズモが俺の行く末に口を出して来るなんて珍しいから思わず聞き入ってしまっているが、俺の話のどこに引っ掛かる所があるのだろうか。


「それは……無理だ。コウジは海を渡れない。空路でも、海路でも、転移でも、どれでも関係ない。海の上を通ったと観測された瞬間、ある者に殺される。実質私達は、この街――いや、この大陸を出る事が出来ない」


「……本当か?」


 いくらなんでも眉唾過ぎる。


 アズモの話だとしても信じにくい。

 一体誰が、どうして、どうやって。

 俺が殺される理由が何一つ思い浮かばない。


 それになにより、アズモは今までのループの話でそんな事は言っていなかったはずだ。


 一回目のループはアギオ兄さんを倒した所から。

 二回目のループはスタルギのおっさんの選択肢を間違えたから。

 三回目のループは俺が精神を壊してしまったから。


 そして現在が四回目。

 今までの話で「海で殺される」なんて話は一切出てきていない。


「海と言っても内海ではなく外海に限った話だからラフティーが潜伏していた場所などは問題が無いのだが、各大陸間にある水場を通るのは駄目だ。エレオス兄上に殺される」


「エレオス……兄さん……」


 エレオス・ネスティマス。


 アギオ兄さん、テリオ兄さんに続く竜王家三男、海神龍エレオス・ネスティマス。

 面識の無い兄だが、いつかフィドロクア兄さんに噂を聞いた事がある。


 曰く、俺の完全な上位互換だという話だ。


 ――戦闘力、社交性、器の広さ、家族愛……水の扱いに至るまでの全てが俺なんかじゃ足元にも及ばないくらい圧倒的。


 ――そして俺が一番憧れている兄貴でもある。


 フィドロクア兄さんは「エレオスの兄貴には同じ属性の竜としてめっっっちゃくちゃお世話になったし、生き方にかなりの影響を受けていたりしてなあ……」なんて笑いながらそう言っていた。


 俺が好きなフィドロクア兄さんがそう言っていた竜。


 だから分からない。


「なんで、エレオス兄さんは俺の事を殺すんだ……」


 そんな人に殺さなければならない理由が分からない。


「それは………エレオス兄上はエクセレ側だ」


 エクセレ側。

 それが意味するのは、人間を滅ぼそうとしているという事。


「なんで、なんでなんだよ……! なんで人間ってだけで殺されなきゃいけないんだよ! 俺はアズモを救いたいだけなのに!」


 自分が人間である事が嫌になる。


 いっそのこと……と、どうしても駄目な事を考えてしまう。


「落ち着け、コウジには私が居る」


 声を荒げ取り乱すと、アズモが俺に抱きしめる。

 情けないが、俺はそれで少し落ち着く。


「私は誰かに何かを伝えるのが苦手だ。恐らく、私の思っている事の六割もコウジには伝えられていないと思う。だから、順を追って説明させてほしい」


「ああ……」


 そう言って俺は、アズモを抱きしめ返した。


「……まず、私は嘘を吐いている……。経過した時は二年ではなく、繰り返した数も四回どころでは無い。コウジの認識している二回目と三回目の間に三千回以上の時を繰り返したからだ。私は、一回目のループで半年、二回目のループで半月、コウジに伝えた二回目と三回目のループの間に十年程、三回目のループで一か月、そして今……私はもうコウジと同じくらいの時を過ごしてしまっている。…………私はもう十七歳になろうとしている。コウジと同じ歳になってしまおうとしているのだ。だから私は折れた」


 スタルギのおっさんの「どこの陣営の竜だ?」という質問の答えに間違えて殺され、様々な困難に心を壊して最期を迎えた二回目と三回目の間に三千回もの時が流れている。

 これも信じがたい情報。


 俺の混乱した頭に入るには時間がいる。


 アズモがこの説明をしてくれるまでに「アズモのエッセイ漫画」という特大のクッションがあった。

「何があっても二人一緒ならこの先も大丈夫なんだろうな」なんて思えてしまうような俺とアズモの出会いを茶化して描かれたアズモのエッセイ漫画。


 それのおかげでダメージは幾分抑えられているが、どうしても許せない事がある。


「……俺の肉体年齢の一個下じゃねえか、なんでそんな嘘を吐いたんだよ。どうしてそんな長い間独りで戦っていたんだ」


 二人一緒という俺達の大前提を無視している。


「それは……私の問題だったからだ。それは一回目のループで私の力が及ばずにコウジを異形化させてしまった私の落ち度だから」


「俺はそれくらいで――」


 アズモを独りにしたりしない。


「まだ話には続きがある。どうか、私の拙い説明を聞いて欲しい」


「……」


「一回目、暴走していくコウジの中で力を蓄えていった私は、その後の二回目のループでコウジにコンタクトを取る事にした。「この世界は繰り返されている」と言った。コウジはそれにピンと来ていなかった。だからその瞬間、『ああ、これは私の宿命か』と悟った」


「っ……!」


 何も喋らない。

 言いたい事は沢山ある。

 だけど、アズモが「聞いて欲しい」と言ったから口を挟まないようにする。


「ただ、独りで戦うつもりは無かったから「時が繰り返されている事」の説明は毎回コウジにした。そして選択肢を一つ一つ試し、最短で私を救いに行こうと言った。何しろ私には時間が無い。半年……今からたった五ヵ月弱だ、その短い時間で私は多数の魂を維持出来ずに崩壊して最期を迎えてしまう。だからスタルギ兄上の選択肢も勿論試す事にした。択を潰しておくという目的の元、一番ありえない択――テリオ兄上――『光線龍と言え』と言った。……それが間違いだった」


「結果はコウジに言った通りだ。腕を砲台のように変形させたスタルギ兄上に瞬殺されて二回目が終わった。そして本当の三回目が始まる。スタルギ兄上は私達が何処に居ても必ず質問をしてくる『どこの陣営の竜だ?』と。そして三回目では、知らない存在の『時空龍と言え』とコウジに言った。その結果、また瞬殺された。四回目、同じ問いに『無限龍』と答えてもらった。そしたら……瞬殺された。……あの問いで提示される選択肢には解が無かったのだ」


「五回目、私は全力で逃げる事を指示した。クリスタロスが出ればスタルギ兄上に殺される事も無い。だから五回目のループが始まった瞬間にコウジに言った。『何もかもを置いてこの街を出ろ』と。コウジは言う通りにして、直ぐに街を出た。そして、街を抜け暫くすると、茶色の翼を生やした半裸の女に遭遇した。奴は自分の事を――『時空龍』と名乗っていた」


「私は時空龍に補足されていた。時を繰り返していたのは私だけでは無かった。繰り返される時の中で、一人だけ違う動きをする私はとても補足しやすかったらしい」


「時空龍は私にこう言った。『君の願いの手助けをしてあげるから、私の仲間になってよ』と」


「逃げる事で精一杯だった私は急に現れたそいつを素通りしようとしたが、いとも容易く拘束された挙句、翼を切り落とされた。逃げられなくされ、話す事を余儀なくされた。そして時空龍の話を聞く。すると奴は、六つの条件を提示して来た」


 一、アギオ・ネスティマスの鎮静化。

 二、エクセレ・ネスティマスの鎮静化。

 三、テリオ・ネスティマスの魂戻し。

 四、ディスティア・ネスティマスの鎮静化。

 五、エレオス・ネスティマスの鎮静化。

 六、ギニス・ネスティマスの殺害。


 ――出来る訳がない。貴様の仲間にはなれない。


 ――ううん、君は……君達は私に従うしかないの。答えは「うん」以外ありえない。


 そんな会話の後、私達は時空龍に一刀両断された。


 そこからが、長い長い時の繰り返しの始まりだった。


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