六十話 私の半生2
自力で呼吸する事の出来なかった私は産まれてから数十分で死亡した。
まだ産まれるべきでは無かった。
不用意に産まれてしまったために父上や母上を悲しませてしまった。
だが、死んで無になった私にはもう関係ない。
唯一あった苦しいという感情すらなくなった。
私は解き放たれた。
――そうだったら、どれ程良かっただろうか。
竜王家では、父上よりも早く死ぬ事が許されていない。
当然それは、新生児だった私にも適用される。
……苦しい。
消えたはずの感情が戻った。
そしてその感情はまた直ぐに消える。
消えて、また現れた。
苦しさと無を永遠と繰り返した。
後から消えて分かったが、私は何度も死と蘇生を繰り返していたらしい。
父上がアギオ兄上を呼び、私が死ぬ度に蘇らせていた。
魂がどこかに行く暇が訪れないように、死んで直ぐに蘇生される。
太い管に繋がれるまで私はずっと、常人では味わう事のない地獄を体験した。
自室は大きな機械を入れるため広い物があてがわれた。
ベッドも広く、乳幼児が一人で寝るような物ではサイズ。
私が死なないように父上と母上が交代制で傍に付く。
兄妹の中で本人負担が一番少ない治癒が行えるアギオ兄上もある時までは家に常駐していたという。
それら全てを露ほども知らなかった私は毎日を無為に過ごしていた。
毎日、苦しいという感覚だけを抱え、動かず、喋らず、ただ眠るだけ。
当然、消化器官も何一つ機能していなかったので、固形食はおろか、流動食も取っていない。
毎日決まった時間に、父上と母上と兄上の三人が、食事の代わりに魔力を与えてくれた。
お腹の上に置かれた手から濃密な魔力が注ぎ込まれる。
燃費の悪い私の身体は何もしていないのに、活力になる物を日に三度の間隔で欲した。
温度を感じられる訳など無いのに、その時だけはほんの少しだけ温かみを感じた。
しかし、この世界で特別な力を持った三人から魔力を注がれ続けた私の身体は更に特別に作り変えられていく。
身体の硬化が始まった。
――ピキーン。
それは表面だけではなく、身体の内側……内臓にまで作用を及ぼし――
――心臓が遂に動かなくなった。
――コチーン、カチーン
―――
「いや、待て待て待て。この擬音はどうにかならなかったのか? 反応したら負けた気がするから流したけど、死ぬのと生き返るのが繰り返される所では『シッ』『ソセイッ』『シッ』『ソセイッ』って擬音がもうやめろよって言いたくなるくらい繰り返されたし」
母さんが泣いている所は「ナキナキ」。
アギオ兄さんがアズモを蘇らせるために雫を垂らす所は「タレタレ」。
アズモに繋がれたでかい機械なんてずっと「ボシュボシュ」という擬音を放っていた。
食事のシーンでアズモが感じられないはずの温かみを感じられるシーンですら、でかい機械が「ボシュボシュ」鳴っていて「流石に空気読めよ」と思い始めたタイミングでピキーン群だ。
「物語の内容が暗かったから、代わりに擬音を明るくする事で中和した」
「中和出来てねえって。元の味が消えるくらい周辺から足される味が濃すぎるんだよ」
「いや、だが、ちょっとお遊びを入れないと胃もたれすると思った」
「入れられた事で逆に胃もたれしたわ」
内容以外の主張がデカすぎて肝心の内容が入って来にくい。
「というか、アギオ兄さんもあの家に来ていたんだな」
竜王家の不祥事を揉み消すために、親父に言われるがままあちこちへ飛び回っているアギオ兄上が実家に腰を落ち着かせているのは珍しい。
「ああ。父上、母上、アギオ兄上はコウジが来るまでの命の恩人だ。あの三人が私の命を繋いでくれた」
「面識はあったのか?」
「会話した事も見た事も無い。父上が教えてくれたから知っている程度だ」
「なら始めて会ったのは俺と同じタイミングだったという訳か。ん……? ふと思ったが、よくそんな恩人に対して『私と同じニオイがする』なんて言えたな」
学園に居た時のアズモが、飯に連れて行ってくれた時に言った失礼な台詞を思い出した。
「……いや」
アズモは口籠る。
今日はいつもに比べて「いや」という言葉から話を始める事がやけに多い。
「あの時は気が大きくなっていたから……。コウジと一緒に居たし、ラフティーも居たから私だけペコペコするのはちょっと……」
「なんて礼儀知らずな竜なんだ……。ラフティーだったら『そう言えば、あの時は助かったわ』って簡単に礼を言っていたと思うぞ……」
「……」
「今度アギオ兄さんに会ったら絶対に礼を言おうな」
「分かった……」
―――
心臓を動かせなくなった事で再び生と死を繰り返す事になった。
それは私に繋がれる機械が増えるまで続く。
機械に繋げられ死ななくなったが、私は死んでいないだけで生きている訳でも無かったように思う。
定期的に来る、苦しみから解放される死の時間。
私は苦しいだけの生の時間よりも、その時間を望んでいた。
次はいつ死ねるのか。
そんな事をぼんやりと考えながら永遠にも感じる時間を過ごしていた。
だがある日、そんな私の世界に変化が訪れる。
――何かが私の中に入って来た。
直感でそう感じた。
五感が使い物にならないから、直感だけは研ぎ澄まされていたのだと思う。
だからその瞬間を直ぐに感じた。
――これは何だ。
興味という感情を初めて得た。
――帰ったら何するか。
……!
何かが聞こえた。
なんだこれは。
――宿題……は後で良いか。飯、風呂……は何かそういう気分じゃねえな……。溜まっているメッセージの送信……はなんだか億劫だ。…………あー、そうだ。ゲームの続きやるか。
私の世界に何かが入って来た。
その時の私は言葉を知らない。
それどころか、それが声である事も、音である事も分からない。
死以外の全ては何もかもが初めてだから知る由もない。
それなのに漠然と、自分とは違う何かが侵入してきて何かをしているのをはっきりと感じていた。
――ああ、そうだ。初めのボス倒して次の街に移動している所だ。
何かが見えた。
なんだ……なんだこれは。
初めて見た色に心が動く。
――協力プレイが解禁される所までさっさと進めろって言われたし、やらねえとだよなあ……。
私の世界に光が灯った。
何かを見るのは初めてだった。
オープンワールドでプレイヤーが技を駆使しボスを倒すシーン。
倒したボスからドロップした武器の必要装備レベルを調べるシーン。
次の街まで走って行くシーン。
その途中でセーブポイントを見つけてゲームを終えるシーン。
今にして思えばなんて事のない序盤のシーンなのに。
まだそのゲームの触りの部分でそのゲーム本来の面白さなんて分からないのに。
何故だか面白くてしょうがない。
初めて受ける刺激に眩暈を起こし、吐きそうになる。
だが不思議と不快感はない。
――でも、なんか眠い……。少し寝るか……。
声が消え、心に浮かんでいた映像も消え、また真っ暗で何も無い世界に戻る。
時間にして僅か五秒程度の光。
何かから齎されたその光に私の心は奪われた。
また見たい。
死以外に初めて何かを求めた。
また見るためにはどうすれば良い。
身体が動く物だと知らない私は、何かに近づく術を持っていない。
だがそれは物理的な距離の話だ。
心の中でなら話は変わる。
それによじよじと這いずって、近づいて、くっついた。
達成感を得た。
これも初めての感情だ。
初めて何かをやり遂げられた。
だが期待していた物は得られなかった。
映像がまた流れて来る事は無かった。
映像を再生する何かが解放されてしまったのかもしれない。
でも私と同じなら直ぐに復活するはず。
だけど、待てど暮らせど、何かが復活する気配は無い。
ならばと、私はくっついた何かと同化する。
私が映像を再生する何かになってしまえば良い。
私と何かが急激に混ざっていく。
気を抜いたら乗っ取られそうになるが、負けるのが嫌いだった私は気合で全てを耐える。
そして遂に得た。
凄まじい量の情報が流れ込んで来た。
「グッ……ゴボッ」
あまりの気持ち悪さに私は吐いてしまった。
吐く物なんて胃に入っていないから音しか出ない。
だが私はそれにすら喜びを感じた。
吐く時に自分から出た音。
その音が自分の中で響いた。
何かと同じように音を出す事に成功した。
つまり私は何かになる事が成功したのだ。
「ウッ……オロ、オロロロロッ」
自分が何かになれた事が嬉しくて私は吐き続けた。
……ちなみに後から聞いた話だが、吐き続ける私を見た父上は最後の望みすら失敗したと絶望したらしい。
―――
「――ゲロインじゃん」
テーブルに肘を置いて、頭を手の上に起きながら俺の方を見るアズモにそう言った。
するとアズモは「フッ」と笑う。
「そちらの方が書く上で都合が良いから吐瀉物を撒き散らしているように書いた。だが、実際には何も生み落としていない。私は産まれた時から変わらず綺麗なまま」
「たまたま腹に何も入っていなかっただけで、入っていたら吐いていただろ。素質はあるんだよ、紛れもなくな。要は可能性のゲロインだ」
するとアズモは「フッ」と笑う。
「我儘系、依存系、暴力系、妹系、儚い系、お淑やか系、人見知り系、オタク系、お姉さん系、ツンデレ系、エトセトラ……私は既に様々な属性を獲得してしまっている。そんなメインヒロインだ。既に属性過多を囁かれている私に今更ゲロインなどという不名誉な属性が入り込む隙はない」
「いや、余裕で入り込むんじゃねえかな。着飾られた属性の大部分が虚偽申告で剥奪されそうだし、入り込む隙はいくらでもあるんじゃねえかな」
するとアズモは「フッ」と笑う。
「私に隙はない。好きは無限にあるが」
「……」
なんだこいつ。
なんでちょっと良い気になってんだ。
「しっかし……あれだな。あのゲーム途中だったというか、完璧に忘れていて進めてなかったわ」
「しっかりしてくれ。私はあのゲームの途中をずっと待っていたのだぞ。コウジの記憶をいくら漁っても続きが出て来ないのに、『どこかに続きがあるはずだ』と思いながらずっと探していた」
「それはすまん。……でもまさかあのゲームがアズモにとっての光だったとは思いもしなかった」
するとアズモは「は?」と真顔になった。
「私にとっての光はコウジだが?」
「ほんとか? 今の所、ゲームの映像を届けただけのぽっと出の『何か』って奴だぜ?」
するとアズモは「フッ」と笑った。
よく笑う奴だ。
「ここから先を読めば、私がどれだけコウジに救われたのかが分かる」
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