五十八話 「言い訳は聞きたくない」


「さて、どう話したものですかね……」


 アオイロが「んー」と言いながら、言葉を紡ぐ。


「あー、そうだ。私の身体には実は爆弾が仕込まれてんですよね。あなた達の言うテロ組織に情報を漏らさないようにって、お守りのような爆弾がかけられているんですよ。だから――」


「――息を吐くように嘘を吐くなよ。その身体はスズランの用意した物だ」


 ありもしない嘘で早速話をはぐらかそうとしたアオイロへそう言った。


「バレちゃいましたね」


 アオイロは悪びれもせずに笑いながら言葉を続ける。


「でも、私の嘘はご愛嬌って奴です。私みたいな魔物が観念して自分の事を赤裸々に話し出したらつまらないですよね。私は物語のラスボスみたいな存在なんですから、その時が来るまで玉座に構えて黙っています。それに今は私の事に時間を掛けるべきではないですよね? そこに座っている黒い翼の方の家族の話をする時間であって私の事を詰める時間ではないですよね? 回収してきた彼女達の身体と、母親の行方をどう探すかが、今回の話の論点じゃなかったんでしたっけ? ねえ、フィーリアさん、そうで――ぴ」


 アオイロが全部を喋り切る前に、右肩に冷たい風が通った。


「――あ、ごめんだわ。なんかムカついたから殴っちゃったわ」


 裏拳でアオイロを壁へ叩きつけたラフティリが、そのまま俺の肩をはたく。


「なんか汚れてそうだから綺麗にしておくわ。……たぶんこれで、綺麗になったと思うわ」


 ラフティリはニコニコ笑いながらそう言った。

「ひゅ~」という音が聞こえたと思ったらスタルギのおっさんが感心した様子でこちらを見ていた。


「そ、そうか……ありがとう……」


 ラフティリになんて返すのが正解なのか分からなかったため、取り敢えずお礼を言った。

 例を受け取ったラフティリはウインクをして口を開く。


「そう言えばだけど、そこのお姉さんの家で回収した遺体は私の氷で保存してあるから、一か月くらい? は、持つと思うわ。だからそれまでに病院に運び込むなり、誰かに治してもらうなり、アギオを呼ぶなりすれば身体はどうにでもなるわ」


 ラフティリは俺の方を見ながらそう言った。


「あ、ありがとうございます!」


 別角度から不意に声を掛けられたコラキさんがワンテンポ遅れて返した。


 ラフティリは一連の騒動があったため、コラキさんが本物であるかどうかを疑わなくなったが、酷い態度を取ってしまったため接し方に困っている……といったところだろうか。


「おいおい、アギオを呼ぶのはやめてくれよ。俺はあいつが苦手なんだ。まあ、代わりと言っちゃなんだが俺がどうにかしてやっても良いぜ? 人間を辞めても良いってんならだがなあ」

「また貴様はそうやって……」


 私情を挟みながら択を減らすスタルギのおっさんに対し、フィーリアさんは渋い顔を作る。


「何もそこまでする必要はないだろう。こうして魂の安全が担保されているのなら病院で事足りる。身体を元通りに治してもらうだけで良いのだから」


 しかし、フィーリアさんから出た言葉は俺が想像していた物とは違うものだった。


 ――スタルギのおっさんだけじゃなく、フィーリアさんもアギオ兄さんに会いたくないのか?


 などと考えながら、もう皆から忘れ去られていそうなアオイロを胸ポケットに回収した。

 少し凍っているような気がするが、アオイロなら大丈夫だろう。


「病院に行って大丈夫なんですか? この街の中に明確に殺意を持った相手が居る訳ですし、別の街に出た方が良いと思いますけど」


 席に戻りながら俺は言った。


「冒険者にやられたんだろう? なら俺が居る場で襲ってくるような輩はいねえな。これでもこの街ではそこそこ顔が売れてんだ俺は」


 一級冒険者のスタルギのおっさんが護衛についていれば襲われる事は無い。

 という理屈は分かるが、怪しいおっさんがずっと傍に居るとコラキさんの家族が休まらないだろうし、病院関係者も困るだろうし、おまけに……。


「ずっと病室に居られるのか?」


 一級冒険者とかいう凄い肩書を持った奴にそんな時間があるとは思えない。


「お前さん、俺相手には敬語使わねえよな……まあいいけどよ。コウジの気にしているだろう問題はこれで解決出来る――」


「――機械魔法、複製」


 スタルギのおっさんが何も無い空間に手を翳しながらそう言うと、その場にもう一人……いや、「もう一体の」という表現の方が正しいか。

 とにかく、メカメカしいスタルギのおっさんが現れた。


 目が赤く、全身が鋼で、駆動音と光を出しながら自立する機械が「タスクは」とスタルギのおっさんに言った。


 そしてそれは、スタルギのおっさんが「もう充分だ」と言うと直ぐに消える。


「ま、とにかくこれで分かっただろ。俺が公園で煙草を吸っていようと、俺は働いている事になってんだよ」


「まるでチートだな……」


 思わずそう漏らすとスタルギのおっさんは「はっ!」と笑う。


「コウジがそれを言っちゃおしまいだ! お前さんの方がよほど生に逆らっているだろうが! おまけに、ネスティマス家にはこういう事が出来る奴しか居ないんでな!」


 スタルギのおっさんは何がおかしいのかそう言いながら豪快に笑った。

 その横でフィーリアさんがプルプル震えている事にも気付かずに。


「貴様! 最近は吸わなくなったなと思っていたら外で吸っていただけだったのか! しかも公園だと!? 公園は子供達の遊ぶ場であり、決してお前の喫煙所ではない!」


 フィーリアさんが怒鳴った。

 勢いよく立ち上がった事でまたフィーリアさんの椅子が倒れ、胸倉を掴まれて立ち上がらされたスタルギのおっさんの椅子も倒れる。


「禁煙すると言っていたよな!」

「いや、するつもりは確かにあった――」

「――言い訳は聞きたくない!」


 何かを喋ろうとするスタルギのおっさんの詠唱をビンタでキャンセルし、凄みを見せる。


「そんなんだから貴様だけ竜王家で老けて見える! 四男なのに、長男どころか、家長よりも老年に見える!」

「いや、竜は人間と違って老化なんかしない。単純に俺がそういう体質なだ――」

「――言い訳は聞きたくない!」


 いや、フィーリアさん怖すぎるだろ。

 育ての親がスタルギのおっさんでも、血は争わないのか。


「ふぁー、もう話す事は話したし寝るわ。たぶんあれ終わらないし」


 家族の喧嘩を見ながら欠伸をしたラフティリが立ち上がる。


「え、寝て良いんですかね……。一応、私達家族のために話が始まった訳ですし……」


 この場を去ろうとするラフティリに向けて、コラキさんが複雑な表情を浮かべながら聞く。


「良いわよ別に。あたしが許可するわ。それにこんな時間なんだからあなたも眠気は感じているでしょう」

「は、はい。それはそうですけど……」

「なら寝ると良いわ」

「じゃ、おやすみ」

「あ……」


 そう言って扉を開きかけたラフティリが何かを思い出したようにこっちに戻って来た。


「あ、おい。なにすんだよ」


 ラフティリは何故か俺を抱っこして持ち上げた。


「コウジはあたしが一緒に寝てあげるわ」

「は?」


 そしてよく分からない事を言って来る。


「だから、あたしが一緒に寝てあげるの」

「いやいやいや、それは不味いだろ」


 何が不味いってそりゃ色々あるだろ。

 いきなり矛先を向けられるとは思っていなかったから抱っこを許してしまったが、そもそもこれは普通なら逆ではないか。


「何が不味いの?」

「いやほら、年齢的に色々不味いだろ。昔なら同じベッドで寝ても子供だったから問題なかったけど、もうラフティリは良い年齢になってんだぜ? 年頃の男女が同じベッドで寝るのは不味いだろって」

「今のコウジは女の子だわ?」

「確かにそうだが……心は男の子なんだよ」

「あたしには難しくてよく分からないわ?」

「とにかく俺は男なんだよ」

「都合の悪い時だけ男のフリをするのは良くないと思うわ」

「いや、フリではないだろ。事実俺は男なんだし」

「ついてなさそうだけど?」

「お前……それは良くないと思うぞ。今、スズランが心の中でめちゃくちゃ怒っているからな」

「今までずっと森で独りぼっちだったあたしをまた独りにさせる気なの?」

「んん……」


 それを言われると俺は何も言い返せなくなるんだよな。

 俺は男である以上にお兄ちゃんだからな。


『ナーン! ナーン!』


 ただ、心の中でスズランがずっと唸っているのだけは知って欲しい。


「じゃ、今度こそ寝るわ。おやすみだわ」


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