五十七話 この世界に来た意味
「一つずつ整理したい。まず、コウジは異世界の住人だったのか?」
フィーリアさんが俺の自己紹介を止め、そう質問をしてきた。
「はい、こことは異なる世界から誘拐されてやって来ました」
「誘拐だと……。一体どんな理由があったら世界を越える程の誘拐されてしまうのだ……?」
「どんな理由……ですか」
俺は何て答えれば良いのか考えながらテーブルの上で茶を飲むアオイロを見た。
「どうしました?」
俺の視線を感じたアオイロが呑気にそう聞いて来た。
俺を誘拐した本人なのに、どうして俺に見られるのかが分からないらしい。
「……アオイロはどんな理由で俺をこの世界に連れて来たんだっけ」
「え、そんなの強い身体をプレゼントしてあげたかったからですけど? どうしたんですか急に?」
「……」
どうしたんですか急に、という台詞はそっくりそのままアオイロに返してやりたい。
どうして急に俺に強い身体を渡したくなったのかを聞いてやりたい。
……いや、「聞いてやりたい」ではなく、聞けば良いのか。
今は話を整理する時間なのだから。
「アオイロはどうして俺に強い身体をプレゼントしたくなったんだ?」
久しぶりにアオイロにこういう事を聞いているかもしれない。
アオイロは何かを聞かれてもはぐらかす。
本心を滅多に口に出さない奴だ。
……が、それは俺にとってはまだ良い。
アオイロは、当たり前のように倫理観の欠如した事を口にする。
俺はアオイロの口からそういった事を聞くのが怖い。
こいつは平気で人を殺していた。
殺して自分の中に取り込めば、その人の姿に変身する事が出来るからアオイロは人を殺す。
そうして手に入れた新しい姿に変身して俺に近づいて来た。
同じ姿で近づき過ぎたら怪しまれるからなのか、はたまた様々な人の姿で会う事で俺から違った反応を得る為なのか。
ただ、アオイロは俺に近づくためだけに人を取り込んでいた。
目的のためならばなんだってするストーカー……それがアオイロだ。
「そんなの決まっているじゃないですか。人間が弱いからですよ」
また、俺のせいで殺された人の話を聞くのが怖い。
「弱いと駄目なのか? 人間だと何か不都合があるのか?」
怖いが、いい加減覚悟を決めて聞いていかなければ駄目だ。
「当たり前じゃないですか? 至極当然な事を聞いてきますね。ちょっとびっくりしました。だって、人間は直ぐに死ぬじゃないですか。私達魔物なら掠り傷で済みそうな怪我でも人間だと大怪我になるじゃないですか。刺されたら死んでしまうじゃないですか。寿命も百年生きられたら御の字ってレベルの短命種族じゃないですか。それだと私は困るんですよ。私はコウジ君にはずっと健康で長生きして欲しいので」
「……だそうです」
アオイロは、いつか言っていたような事を「何か間違えていますか?」とでも言いたげに言った。
人間として生きてきた俺にはアオイロの言っている事がいまいち理解出来ない。
刺されたら死ぬのは当たり前だし、百年くらいで寿命が来て死んでしまうのも当たり前だ。
その当たり前だと捉えている事に対して異議を唱えられても飲みこみにくい。
「……なるほど、人間が弱いからか。それなら私にも理解出来る」
「ああ、そうだなあ。確かに人間は直ぐに死ぬ……」
俺には分からない感覚だが、フィーリアさんとスタルギのおっさんは理解も納得も出来たようでアオイロの言葉を飲み込んでいた。
長く生きている者達には理解出来る感覚なのだろうか。
「それで、誘拐の方はどう行われた? 何をどうしたらアズモに憑依する事になる?」
「魂を移す剣……って言って伝わりますかね? 俺が勝手にそう呼んでいるんですけど……。その剣を使われて元の身体から魂を抜かれて、アズモの身体に移されました」
「すまないが分からない。連日のニュースで魂があるというのは理解したが、その魂を移す剣とやらを使って人の身体から人の身体に魂を移すという所が想像しにくい」
「それは実際にやってみせた方が早いと思うぜ。ウィンドミル家でやっていた事をフィーリアにも見せてやってくれ」
実演する事を提案したスタルギのおっさんに「分かった」と返し、解放を使ってスズランの身体から出る。
俺の魂が抜けたスズランの身体はやはり人間化を維持出来ないのか、元の白猫の姿に戻った。
「これが俺の魂の姿です」
「……驚いたな。コウジは男だったのか」
「はい」
「人間でその姿なら、歳は十代後半……といった所か?」
「十七歳です」
「ラフティリの一個上か。今の時代なら学校に通う年齢か」
「がっこう……? コウジも学校行くのお……?」
半分寝ていたラフティリが学校という言葉に反応して少し起きた。
「そうだ。事が全て終わったらコウジはアズモと一緒に学校に行く。ラフティリも一緒に行ってやれ」
「分かったわあ……。楽しみだわあ……」
ラフティリはフィーリアさんの言葉にそう返し、再び寝りについた。
ちょうどだから俺に付いてきた小さいアズモも見せてしまおうかと思ったが、この感じだとアズモも寝ているだろうか。
一応、聞いてみるか。
「アズモ、起きているか」
この姿なら言葉に出さなくても聞こえていそうだが、皆が居る場なので声に出してアズモに声を掛けた。
「起きている」
背中からアズモの声が聞こえた。
アズモは心の中で答えるのではなく、俺の意図を察して外に出てきてくれたようだ。
「ちょっとフィーリアさんに顔を見せてやってくれ」
アズモは恐る恐る動き、俺の肩上から顔を覗かせる。
エクセレに似て目つきの鋭いフィーリアさんと目があったのか、ビクッとした反応の後直ぐにアズモの気配が消えた。
「すみません、恥ずかしがり屋な奴なんで……」
アズモのフォローを入れたが、フィーリアさんは目を見開くだけで何も答えなかった。
「……今のが俺に付いて来たアズモの一部ってやつです。そして身体に戻るとこうなります」
眼力の強いフィーリアさんに見られ続けるのは居心地が悪かったため、話を進めながらスズランの身体に戻り人間化を使った。
席に戻り、茶を啜ってもフィーリアさんは固まったままだった。
「あの……フィーリアさん?」
「……すまない。あまりにも当たり前の事のように信じられない事をするから固まってしまっていた」
沈黙に耐え切れなくなり、フィーリアさんに声を掛けるとフィーリアさんが再起動した。
その様子を見たスタルギのおっさんは「くくく」と笑い、コラキさんは「分かります……」と言いたげな優しい目を向けていた。
「今のはコウジの解放術か? で、その魂を移す剣とやらを用いたら力を持たない者でも魂を出し入れする事が可能になるということか。それで魂を移す剣と呼んでいる訳だ」
「その通りです」
「なら流れはこうだ。コウジは元々居た世界でその小人に魂を移す剣で刺され、魂を奪われこの世界に誘拐された。そして、同じ剣がアズモに刺さり、コウジはアズモと同じ身体を共有する事になった……で合っているか?」
「合っています」
フィーリアさんは「ふうん」と呟き考え込む。
「たぶん俺も同じ所を気にしている」
フィーリアさんの様子を見たスタルギのおっさんがそう口にする。
「親父はエクセレの一件があって以降、子供が小さい内に家を空ける事は無くなったはずだ。しかもその時のアズモは一歳なんだろ? なら尚更おかしい」
「ああ、あの人なら、自分の娘が凶刃に晒される事を許すはずがない」
二人の視線がアオイロに向かう。
その瞳には「この魔物が親父を欺ける程に強いのか」と書かれているのが明らかだった。
「なんか居心地悪いですね」
アオイロはそう呟き、テーブルの上から俺の肩上に場所を移動した。
それに伴い二人の視線も俺に注がれる。
「……なんでアオイロは一歳のアズモを刺す事が出来たんだ?」
意を決し、そう聞いてみた。
「それは……竜王が私のやる事を容認していたからですよ。いえ、竜王だけではありません、無限さんも、竜王の奥さんも、イリスさんもあの時あの家に居た方々は私のやる事を許していましたから」
「……!」
「嘘だろ……? 信じられねえ……」
「俄かには信じ難い……」
それは予想外だった。
親父に、アグノス母さん、アギオ兄さんに、イリス姉さんまで。
竜王家の中でも特に家族思いの四人が、アズモが刺される事を許した。
「まあ、こうしてアズモさんとコウジ君の二人がどちらも今日まで生きて来られたので私の策は上手くいかなかったんですけどね。竜王家の手のひらの上で転がされていたって事ですよ。あの一家にとっては私が刺す事すら作戦の一つのだったんでしょうね」
アオイロはやれやれと言いたげにそう言った。
なんだかんだでアオイロのおかげでアズモに出会えたからその事には感謝している。
でもその言い方は少し引っ掛かる。
「あのな――」
「――アズモの話?」
アオイロに何かを言いかけたが、再び目を覚ましたラフティリによって俺の言葉は遮られた。
「あ、ああ。そうだ」
いきなり目覚めたラフティリに、フィーリアさんが慌てながら言葉を返す。
「どうしてアズモが魂を移す剣で刺されたのだろうかという話をしていた」
「ふうん……それならあたしが知っているわあ……」
「「それは本当か……!」」
「えっ……どうしたのだわ?」
ラフティリが眠そうにしながら知っていると言うと、フィーリアさんとスタルギのおっさんが椅子を倒しながら立ち上がり、ラフティリに掴みかかりそうな勢いで聞く。
ラフティリは驚いて眠気が飛んで行ったのか、口調が眠そうな物からいつもの物に戻っていた。
「アズモの身体にコウジの魂が移された理由よね? パパが言っていたから知っているわ?」
「それを教えてもらってもいいか?」
ラフティリの驚いた表情を見て落ち着いたフィーリアさんが座り直しながら言う。
スタルギのおっさんも倒してしまった椅子を戻し、着席した。
「え、ええ、分かったわ。パパから聞いた話なのだけれど、アズモは一人では心臓を動かす事も出来ない程の体質だったらしいのだわ。ただ、これは虚弱体質という訳ではないわ。その逆で身体が強靭過ぎたのが原因でそうなっていたらしいわ。身体が強すぎて、自力じゃ呼吸する事も、目を開ける事も、泣く事も出来なかったらしいわ。身体が強靭過ぎるあまり何をするのにも、他の人以上に力を込める必要があったのよ。人二人分くらいの力がアズモの身体を動かすのに必要だったわ。アズモは特別な身体を持って産まれたのよ。でも、アズモ自身がその身体を一人では使えていなかった。だから、コウジの魂を移す事にした……らしいわ。……喋る事はこれで合ってるコウジ?」
急に大きな声を出されて不安になっていたのか、ラフティリは何度も俺の顔を見ながら喋っていた。
「ああ、十分だ。ありがとう」
ラフティリの言葉を頭の中で反芻しながら、そう答える。
――アズモは特別な身体を持って産まれた。
色々と思い当たる節がある。
言われてみたらおかしいなと思う事がある。
俺はそれが、竜だからだとか、人間じゃないからだとか、アズモが居るからだとか、二人で身体を動かそうとしているからそういうものなんだと思っていた。
だけど……。
「……やけに傷の治りが早いなとは思っていたんだ。熊と戦った後の怪我も、エクセレに蹴られた後の怪我も治るのが異常に早かった。あれは竜だからじゃなくて、アズモだったから治るのが早かったのか? ……考えてみたら確かにそうだ。エクセレにやられた先生も、フィドロクア兄さんもいつまで経っても目を覚ましたとは聞かなかった。……にも関わらず、俺はその日の内に目を覚ました」
考えていた事を口に出すと、自分の中で整理が出来ていく。
「……そうだ、身体を動かす事についてもだ。言われてみたら、アズモの身体はあまりにも動かしづら過ぎた。初めは一人じゃアズモの身体は動かせなかった。だから、アズモと協力して動かしていた。……ああ、そうだ、俺達にとっては寝返りも、起き上がるもの、はいはいも全部が難しかった。……あれは、そういう事だったのか。二人だからっていうのもあったかもしれないが、元々動かしづらい身体だったのか……」
アズモは真の意味で、俺が居ないと生きる事が出来なかったんだ。
改めて、アズモの身体に憑依した意味を考える。
――一人では生きられないアズモに宿った意味。
……きっと俺は、アズモを救う為にこの世界に来たんだ。
「――じゃあ今回と同じだ。今回も、前回もアズモを救う為にこの世界にやって来たんだ。…………あ、すみません、アズモの話を聞いてめちゃくちゃ取り乱しました。自己紹介の続きに戻ります」
「あ、ああ……」
説明するのが難しい箇所を説明し終わったため、その後の紹介は筒がなく終わった。
俺を刺したテリオ兄さんが偽物だという事は竜王家なら知っているし、この世界に戻って来てからの事は詳細な説明が必要な程難しくはない。
「さ、次はお前の番だぞ」
紹介を終え、肩の上に座っていたアオイロを小突く。
「え、私も自己紹介しなきゃいけないんですか?」
「当たり前だろ。ここまで皆喋ってきたのに、アオイロだけ自己紹介しないはフェアじゃないだろ」
「ええ……。私も泥の子と一緒に外で待ってれば良かった」
アオイロは珍しく、分かりやすく嫌という雰囲気を醸し出していた。
「コウジの話を聞いていて思ったが、その小人を問い詰めたら社会を困らせているあのテロ組織を潰せるような情報が出て来るんじゃねえか?」
「私みたいな末端は何も知らないですよ」
「て事はテロ組織に居たのは認めるんだな?」
「今更知らないフリをしても隠せないですからね」
はあ……と、長い長い溜息を吐いてからアオイロは口を開く。
「さて、どう話したものですかね……」
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