五十六話 「ようこそブラーガ家へ」
「ようこそブラーガ家へ」
クリスタロス居住区。
スタルギのおっさんに連れられクリスタロスの中央あたりまで歩いて戻って行った。
直ぐ近くには商業区があるが、ここ自体は閑静で過ごしやすい土地になっている。
いわゆる一等地というやつだ。
一等地の中でも目を引くような大きさの家……というか屋敷の前で歩みを止めたスタルギのおっさんがそう言った。
「でっか……」
口からそんな言葉が漏れた。
「まあな。……取り敢えず入れよ。あ、もう娘達が寝ているだろうから静かにしろよ」
屋敷のあまりにもな大きさに言葉を失くした俺達は返事が出来ず、頷く事しか出来なかった。
ただ一人ラフティリだけは、「分かったわ」とラフティリにしては控え目な声量で返事をして門を開けて家に向かって歩いて行くスタルギのおっさんに着いて行く。
立ち尽くしていた俺とコラキさん達も慌ててスタルギのおっさんに着いて行った。
「ここ凄いですね。私達も住むとしたらこういう屋敷を構えてみますか?」
俺の肩に座るアオイロが呑気な事を言うが、俺は「いや、無理だろ」としか答えられなかった。
屋敷の入口から家までは何十メートルもある訳ではないが、それでも結構な距離を歩いた。
庭には植木があり、手の込んだ装飾が施されている。
軒下には盆栽も並べられており、どれも立派な物のように見えた。
興味を持ったらしいラフティリは玄関に続く道から離れ盆栽に近づいて行く。
「へえ、これ凄いわ――」
「――触るな。絶対に触るな。触れたら怒る」
「むえー……」
ただ近くで見ようとしていただけに見えたが、スタルギのおっさんの今まで聞いた事の無い声色でラフティリを牽制し、ラフティリはつまらなそうにして俺の横に戻って来た。
「ゴギュゴギュ……」
泥団子の形状になりゴロゴロ転がりながら着いて来る泥んこもボソボソと何か呟いていた。
魔物連中は肝が据わっているなと俺は思った。
俺やコラキさん一家はスタルギのおっさんの豪邸具合に皆委縮してしまって何も話せずにいるというのに、魔物連中はいつもと変わらない。
「さてと……」
扉の前に立ったスタルギのおっさんが意気込むようにそう呟き、扉をそーっと開ける。
扉の向こうには誰かが仁王立ちしながら立っていた。
それに気付いたスタルギのおっさんは、開ける時と同じようにそーっと扉を閉めた。
まるで逆再生を見ているようだった。
「今誰か居たわ?」
不審な動きをしたスタルギのおっさんに対し、ラフティリが不思議そうに言う。
「いや……。そんなはずは……」
スタルギのおっさんはしどろもどろにそう答える。
すると、扉が開いた。
殺気を放つ女の人が真顔で立っているのが見えた。
何処かで見た事のあるような顔だった。
「お父さん、今何時だと思っている? それと、何故昨日は帰って来なかった?」
女の人の声が聞こえ、身体が震えた。
視線だけで誰かを殺せそうな鋭利な目、背中まで伸ばされた黒髪、腹の底から出た低い声。
それに気付いた時、全身を針で刺されたかのような痛みに襲われた。
その姿はあまりにも……。
「……エクセレ」
スイザウロ学園で俺の事を襲いに来たエクセレに似すぎていた。
足が下がる。
呼吸が荒くなる。
なんで……どうして……?
罠だった……のか?
「え、エクセレさん?」
肩に座るアオイロも俺と同じような事を言った。
アオイロもエクセレと面識がある。
「む、なんだ貴様らは?」
呼ばれた事に気付いたエクセレがこちらを向き、聞いて来る。
その視線と声が俺を捉え放さない。
「……っ」
息が漏れるだけで何も言えなかった。
俺もアオイロもあの時と姿が違うから気付いていないのか……?
「ああ? なんかよく分からねえが、たぶん勘違いしているぞお前ら」
俺達の状況に気付いたスタルギのおっさんがそう言った。
「うん、やっぱりそうですよね。コウジ君、安心してください。あの人の言っている通りですよ。だって、エクセレさんにしてはあまりにも……弱い」
スタルギのおっさんに続き、アオイロもそう言った。
「エクセレ……じゃない……?」
「……なるほど、得心がいった。貴様は母の被害に遭った者か。ならば謝罪する。……母がすまなかった」
母……?
エクセレが母。
展開に頭が付いて行かない。
だが、おかしくないか。
「……」
無言でスタルギのおっさんの方を見た。
スタルギのおっさんはこの人に「お父さん」と呼ばれていた。
エクセレが母で、スタルギのおっさんが父……だと?
「もう遅そうに見えるけど勘違いされないよう一応言っておくが、俺とエクセレの子では無いぞ」
「じゃあ何故……」
「保護したんだよ。エクセレが産まれたばかりのこいつを殺そうとしたから」
「……」
言葉が出なかった。
アズモが小さい時にエクセレの話を親父から聞いた事がある。
昔、まだ人間と魔物が戦争した頃、親父の不在時を狙った連中に家族を襲われた事がある。
その時に色々あってエクセレが異形化してしまったと親父から教えてもらった。
親父は話したくなかったのか、色々と濁していたが……。
この人が……。
恐怖と同情……様々な感情が混ざった目で扉の前に立つ女の人を見た。
「色々と言いたい事がありそうに見えるが、一つだけ言っておく。自分の出自はとても良いとはいえるものでは無かったが、私は不幸では無かった」
俺の視線を感じた女の人はそう言った。
「すみません……色々と勘違いしてしまって」
「良い。これは私の背負った一種の業だ。……まあ、貴様が初対面でいきなり殴りかかってくるような奴で無くて良かった。貴様の隣に居るラフティリは貴様と違って話が出来なかった」
「……」
無言でラフティリを見たら顔を逸らされた。
「こんな時間に立ち話をするのもなんだ。家に上がると良い」
「それは俺の台詞だぜ……?」
「貴様は臭いからまず風呂に入って来い」
―――――
「妹達は寝たようです。すみません、色々とお世話になってしまって」
「良い。困っている人が居るのなら手を貸すのが家の家訓だ」
コラキさんが部屋にやって来てお辞儀をした。
それを見たスタルギのおっさんの娘さんが気にするなと言い、席に座る事を促した。
四角いテーブルに、スタルギのおっさん、娘さん、コラキさん、俺、ラフティリ、アオイロが揃った。
泥んこは家に入る前に「おい、家に入るなら流石にその姿はやめろ。人間の形態になれ」とスタルギのおっさんに言われていたが、それを拒否したため家の中に入れてもらえなかった。
「さて、話を始める前に自己紹介をしよう。まずは私からだ。私はフィーリア、エクセレの実の娘で、スタルギの娘だ。あまり外を自由に歩ける顔ではないから基本的にはこの家の中で過ごしている」
「俺はスタルギ・ブラーガ。フィーリアの父でこの屋敷の主人、以上」
「自己紹介なのだから、もっとちゃんと話せ。どうせ面倒がってそこら辺を適当に済ませているだろ」
スタルギのおっさんの娘……フィーリアさんが、話を始める前に紹介しあう事を提案し、自分の事を喋る。
それに続いてスタルギのおっさんが喋るが、情報の少なさにダメ出しされていた。
「あー……ラフティリとアズモの叔父、フィドロクアの兄、竜王家の在り方に疑問を持って千年以上前にフィーリアを抱えて家から飛び出した。……しばらく各地を転々としていたが、二百年くらい前にフィーリアが身籠ったのを機に素性が問われなさそうなこの街に越して来た。……普段は一級冒険者としてこの街の厄介事を押し付けられている。……コウジが行かなかったらゲトス森の調査クエストに派遣される予定だった」
「まあ良しとしよう」
スタルギのおっさんはフィーリアさんに睨まれながら自己紹介を終えた。
度々もうそろそろ良いよな、と訴えかけるようにフィーリアさんの方を見ていたが、フィーリアさんは無言でもっと喋る事を促し続けていた。
「えっと、コラキ・ウィンドミルです……。ウィンドミル家の長女で、母と四人の弟妹の六人で暮らしています。えーと……普段はクリスタロスギルドで受付をやっています。コウジさんとは一か月程前にギルドで会いました」
コラキさんは注目されるのが苦手なのか、緊張しながら自己紹介をした。
「ラフティリ……ネスティマスだわあ……。……パパの娘だわあ」
「眠いなら寝て来いよ」
「眠く無いわあ……」
ウトウトしながら喋るラフティリに寝て来いと言うが、ラフティリはそう言い欠伸をする。
面白い話でもすると思っているのか、ラフティリは寝ようとしない。
十年前、寮に居た頃は夜九時くらいには電池が切れたかのように静かになっていたため、日付が変わる時間まで起きている今はもう眠くて仕方がないんじゃないかと思う。
全く……と思いながら自己紹介する。
「俺は沢畑耕司です。竜王家末娘のアズモが一歳の時に憑依してアズモが七歳になるまで一緒に生きていました。十年前のクラス対抗戦で、一組に勝った後、選手用の控室でテリオ兄さんの姿をした何者かに刺されて、気付いたら記憶を封じられて自分の居た世界に戻っていました。俺に付いてきたアズモの一部のおかげでこの世界での事を思い出して、召喚獣のスズランと協力してここに居るアオイロを倒して無力化させて召喚獣にして、アオイロの力を使ってこの世界に戻って来ました。空を飛んでいたら近くに街があったので――」
「――すまん、ちょっと待ってくれ」
話していたら、疲れた表情を浮かべたフィーリアさんに待ってと言われたため止まる。
「どうかしました?」
「……指摘したい箇所があまりにも多すぎる」
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