五十五話 「おっさんは何者なんだ?」
「――なるほど。事情は分かった」
ここまでの経緯を全てスタルギのおっさんに話した。
ゲトス森に住み着いていた雹水竜がラフティリだった事。
ラフティリは避難のためにゲトス森に居た事。
強い種族の身体を狙っている危険な組織が居る事。
鳥獣人族であるコラキさん一家が狙われているのではないかと思いここにやって来た事。
来てみたら、もう既に襲われた後である事。
家の中に居た人はもう助けた後だが、母親の行方が分からない事。
「何故、お前らだけで行ったんだ? お前の言う通り本当にそんな危険な組織が居た場合どうしていたんだ? ラフティリも狙われていたんだろう? 何故伴って行った?」
スタルギのおっさんは鋭い目つきで俺に問う。
「俺達だけで行った理由……」
何かが起こっていては不味いという気持ちが先行して行ってしまったというのはある。
が、根本はそれではない。
「……そんなの頼れる人が居ないからだ」
ここには俺やアズモの保護者となるような人が居ない。
スイザウロ魔王国に居た時のように、竜王家や先生が居る訳ではないから。
だから誰にも相談が出来ない。
一人で行動するしかないから、そうしただけでしかない。
「へえ……お前ら頼られていなかったんだな」
俺の台詞を聞いたスタルギのおっさんが、アオイロと泥んこに流し目を送る。
「なんですかその反応。私がコウジ君に頼られる訳ないじゃないですか。寧ろ監視される方ですよ私は」
「……ゴギュ」
アオイロは反論し、泥んこはいつものように唸るような音を出しアオイロに続く。
恐らくだが、「自覚があるのか」と言っているのだと思われる。
「ラフティリはどうしてのこのこついて行ったんだ? まさか、お前にも頼れる人が居ないなんて事はないだろ?」
「コウジが頼れる人だけど?」
「かあ…………。お前らは事情が特殊過ぎて怒るに怒れねえなあ……」
スタルギのおっさんは諦めたように溜息を吐き、俺とラフティリを見る。
「良いか、お前らよく聞け。お前らは自分の身をもっと大事にしろ。コウジに関しては俺が言えるような義理はないんだが、それでもだ。まず、コウジ、お前だ。お前に何かがあったら誰が魂竜を助けるんだ? 異形化してるアズモをお前以外の誰が助けるんだ?」
「それはそうだが……」
スタルギのおっさんは俺に説教をしようとしているのか。
俺に襲い掛かった人間が何を言っているんだと思う気持ちが強いが、アズモの事に関してはおっさんの言っている事も理解出来る。
魂竜アズモをなんとか出来るのは俺しか居なくて、魂竜アズモをなんとかしなければ被害が増え続けるのみ。
だから俺はもっと自分の身を大事にしなければならない……というのは理解出来るが。
だからと言って、じゃあどうすれば良かったって言うんだよ。
そう思ってしまうため、いまいちスタルギのおっさんの言葉が響かない。
「次にラフティリだ。お前がここに居るって事は、どうせあれだろ。お前の父親のフィドロクアが困ったら俺に頼れって寄越して来たんだろ?」
「ええ、そうよ?」
「だったら何故直ぐ俺の元を訪ねて来ない? 何故あの森で一か月も過ごした?」
「おじさんの居る場所が分からないんだからどうしようも無いじゃない? あたしは近くに街があったのも知らなかったのだわ? それとも、竜形態で飛び回って探索した方が良かった?」
ラフティリも俺と同じようだ。
スタルギのおっさんの説教を受け流している。
いや、ラフティリに関してはこれがデフォルトなのか……?
少なくとも十年前のラフティリならそうだったが、うーん。
「ああ駄目だ。言う事を聞かせられる気がしねえ。子育てから千年くらい離れていたし、元々苦手なんだよなあ、こういうのはよ……」
スタルギのおっさんは目を押さえながら何かをぼそぼそと呟く。
何を言っているのかは分からないが、アオイロがニヤニヤしながらスタルギのおっさんの顔を見ているのだけは分かった。
「まあいい。説法は終わりだ、終わり。元々俺の柄じゃねえんだ。とにかくあれだ。コウジは危ないと自分が思う所に行くならこの二体の召喚獣を連れていけ。それだけでだいぶマシになるからよ」
スタルギのおっさんはアオイロと泥んこを顎で指しながらそう言った。
「……ああ」
あの二人を連れて行くだけでそんなに変わるとは思えないが、俺は頷いた。
アオイロはだいぶ弱体化させたし、何か出来るとは思えない。
泥んこは未知数だから何とも言えない。
「あとラフティリはいい加減俺の番号を覚えろ。フィドロクアに番号を伝えていたはずだぞ俺は」
「え、スマホ失くしたから無理よ」
「何してんだお前……」
水色の髪を片手でいじりながら答えるラフティリは、まるで生徒指導の先生の小言に全く耳を貸さないやんちゃな女子高生のようだった。
俺はラフティリと友達だから思った事はなかったが、実はこいつは中々にふてぶてしい奴なのではないか。
「あのおじさん、実は話の分かる人なのかもしれないですね。私を護衛に付けて行動しろって言うなんて」
アオイロがこちらにやって来ながらそう言った。
「それは分からないが……悪い人ではないのかもな」
そう言いながら、自分の台詞に違和感を覚えた。
俺はこのおっさんの事を未だに掴み切れていないから、なんとも言えない。
ただ、俺にしてきた行動だけで判断するのなら間違いなく敵だ。
しかし、ラフティリと面識があるなんてこのおっさんは一体何者なんだろうか。
「ん、というかなんでアオイロ達はスタルギのおっさんと現れたんだ?」
「いやあ、それが色々あってですね。私とそこの泥の子が仲良く談笑しながら散歩していたら、不思議な扉を見つけたんですよね。それで思い切って潜ってみたら金庫の中だったんですよね。これはラッキーですねって思ってお金を持って帰ろうとしたら、同じくお金を狙っていたそこの人と出会ってバトルが始まったんですよ。で、まあ後一歩ってところで負けちゃって『そう言えばお前ら見た事ある顔だな』ってなって召喚主に用があるから案内してくれって頼まれたって訳ですね」
「本当か……? 八割くらい嘘が混じっていないか?」
「本当ですよ」
訝し気な目をアオイロに向けても、アオイロはニコニコしているだけで何も言おうとしないので、泥んこの方を見た。
「……」
泥んこは何故か無言でラフティリを見ていた。
しかも何故かその目線には熱が籠っているように見えた。
「コウジ」
不意にずっと黙っていたアズモが俺の顔を見上げながら俺を呼んだ。
「どうした、アズモ」
「そろそろ戻らないと不味そうだ」
「ああ、確かにそうだな。ありがとう」
「人の多さが私の許容量を超えたから私はしばらく籠る」
「はいよ」
アズモに言われて自分がずっと魂体でいた事を思い出す。
この姿でずっと居過ぎたため、身体が薄くなってきている。
「スズラン」
「ナーン?」
「すまんが、また身体を貸してくれないか」
「ナーン」
スズランに身体を借り、人間化を使う。
周囲から驚きの声が少し上がったが、状況が状況なのでそれには知らないフリをした。
「たまには私の身体に来ても良いんですよ」
……なんて事を口走るアオイロも無視した。
「妙技だな……。それが出来るならもしかしたら……いや、今はいいか」
スタルギのおっさんは背中をポリポリと掻き、一同を見回した。
「えっーと、ウィンドミル家の責任者は受付に居たお嬢ちゃんで合っているか?」
スタルギのおっさんはロカちゃんに支えられながら立つコラキに声を掛ける。
「はい。私が年長者です」
「なら、コラキの嬢ちゃんよ聞くが、お前さん達一家はこれからどうするつもりだ? まさか、このまま犯人を捜しに行って復讐……なんて馬鹿な事はしないよな?」
「それは……勿論です。まずは色々あったこの子達を休ませたいです」
コラキさんは近くに集まっていた弟妹の事を見てそう言った。
「おうけい、それなら場所を移そうか。いつまでもここに居る訳には行かないだろう?」
「ですが……」
行く場所なんてない。
コラキさんはそう言いたそうにしているように見えた。
「俺の家に来いよ。勿論、コウジとラフティリもな」
「ありがとうございます」
「えー、おじさんの所よりコウジの所が良いわ」
「俺にとって年頃の男女を同じ場所に住まわせるのは別に良いんだが、フィドロクアにバレたら面倒なんだよ」
「コウジならパパも許してくれるわ」
「それでも駄目だ」
「ぶー」
腰を据えられる場所を提供されたコラキさんは良かったといったように例を言うが、ラフティリは嫌そうに口をすぼめた。
「……行く前に教えてくれないか」
俺としては、コラキさん達が気になるので付いて行くのに賛成なのだが、その前にどうしても聞きたい事があった。
「おっさんは何者なんだ?」
それだけははっきりさせておきたかった。
「俺が何者かねえ……そんなの別にどうでもよくないか?」
おっさんは面倒そうに答える。
だが、こう聞かれるのは想定済みだったのか驚いたような表情は一切していなかった。
「俺はまだおっさんに着いて行くのには抵抗がある。命を狙われたし、アズモに対する反応も疑問だった。それにおっさんとラフティーとフィドロクア兄さんの関係も気になる」
「そりゃあそうだよなあ……まあ仕方ねえか。教えてやるよ…………旧姓を名乗るのは嫌だから一回しか言わないぞ」
おっさんが嫌そうにしながら言葉を続ける。
「俺はスタルギ・ブラーガ……じゃ納得しねえよな…………。あーー……スタルギ・ネスティマスだ。ああそうだよ、恥ずかしい事にあのネスティマス家で四男をやっていた男だ。だが、勘違いするなよ。俺はもうあの家を捨てている」
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