五十四話 「わたしはここにいるよ」


「その子の傷は治りそうか?」


 玄関に戻り、ラフティリに声を掛けた。


「駄目だわ! パパと違ってあたしじゃこの人の身体を完璧に戻すことが難しいわ!」


 ラフティリは未だに玄関でロカという名前の子の身体を治そうと頑張っていた。

 ぱっと見た感じ、外傷はもう全て直っているように見えるが、ラフティリ的には足りないらしい。


「ロカ! 起きて、ロカ!」


 コラキさんも懸命な治療を行うラフティリと同じように、倒れている子の手を握りながら名前を必死に呼び続けている。


「……あー、コラキお姉ちゃん、わたしはここにいるよ」


 俺の後ろから控えめな声が聞こえた。


「……」

「……」


 俺の後ろに立つ人達の姿を見たラフティリとコラキさんが口をパクパクさせる。


「あはは……。わたしはもう駄目かと思っていたけどコウジ様が助けてくれて……」


 ロカちゃんは恥ずかしそうに頬っぺたを人差し指で掻きながらそう言った。

 その後ろからひょいと顔を覗かせる子が更に三人。


「心配しないでコラキお姉ちゃん、おれ達もこの人に助けてもらったから」

「泣かないでお姉ちゃん、ぼく達は無事だよ」

「うん、わたし達はなんとかね」


 家に居た子達は大きい順に、ロカちゃん、シュテファン君、マデウス君、ローゼちゃん。


 あの時、アズモに執着していた女の子、その子がロカちゃんだった。

 ロカちゃんは惨いリンチで殺されていたテオ君を助けてほしい一心でアズモに懇願していた。

 リビングに居た二人をスズラン製の木人に魂を移し、他に誰かいないか聞いたらまだ二人居る事が分かり、その子達も酷い事になっていたため、同じようにスズランに木人を用意してもらった。

 四人は初め取り乱していたが、やがて落ち着いたのかポツポツと語り出した。


 六人の冒険者が急に家に押し入って来た事。


 テオ君が家族の逃げる時間を稼ぐために戦っていた事。


 だが何も出来ずに無力化された事。


 目の前で笑いながらマデウス君とローゼちゃんを殺された事。


 テオ君自身も最後に燃やされてしまった事。


 学校から帰って来たロカちゃんが鍵がしまっていない事を不審に思いながら、扉を開けたら家の中から誰かの気配を感じた事。


 不味いと思って逃げようとしたら誰かから背中を刺された事。


 聞いているだけで眩暈がした。

 この街は治安が悪いとは思っていたが、子供相手にここまでの事をやれてしまう屑が紛れている街だとは思っていなかった。


「……よ…………良かったあ……」


 コラキさんが倒れながら、そう呟いた。


「どういうことだわ!? なんとかしてとは言ったけど、それはどうなっているの!」


 ラフティリはコラキさんとは対照的に、俺に掴みかかって来そうな勢いで近づいて来てそう聞いて来た。


「身体が駄目そうだったから、魂の一時避難用にスズランに身体の代わりになるものを用意してもらったんだよ」

「どういうことだわ……?」

「アズモと同じように死を奪ったんだよ」

「そうなの……?」


 ずっと俺の胸にしがみついているアズモにラフティリが確認する。

 アズモはロカちゃん達を蘇生して以降は例のごとく一言も発していなかった。


 アズモはラフティリの方を向いて一度だけコクリと頷いた。


「そうなのね……」


 ラフティリはアズモの様子を見て納得したようだ。


「俺からも質問だが、その身体は治りそうか?」


 ロカちゃんの身体が治るのかどうかをラフティリに問うた。


「傷は治ったけど、血が圧倒的に足りないわ。今この目覚めても直ぐにまた倒れると思うわ」

「なるほど……」


 この世界では俺のいた世界と同じように病院に行ったら輸血してもらえたりするんだろうか。

 しかもこの治安が最悪な街で。


 だが、他の方法が思いつく訳でもない。


「あと三人分の身体の傷を治して欲しいんだが、それは出来そうか?」

「外傷は?」

「身体が刺し傷だらけで首をやられているのが一人、水と電気でやられているのが一人、四肢が欠損していて身体を燃やされているのが一人」

「……酷いわね。ごめん、どれもあたしには手が余るわ」


 ラフティリは申し訳そうに首を振った。


「そうか。……すまんが、もう少しその身体で過ごして欲しい」

「分かりました、コウジ様」


 ロカちゃんが代表してそう言い、三人は頷く。


「あと、そのコウジ様っていうのをやめてくれないか……?」

「何を言っているのですか。わたし達を助けてくれた方に対して敬称を辞めるなんて出来ないですよ」

「俺は様付けをされるほど大層な人間じゃないから、そう呼ばれるのに違和感があるんだよ……」

「そう言われてもやめないですよ。救世主様に対してぞんざいな呼び方をするなんてこと出来ないですから」


 ロカちゃんはずっとこうだった。


 シュテファン君、マデウス君、ローゼちゃんは俺の事を「コウジさん」と呼ぶが、ロカちゃんだけは「コウジ様」と呼ぶ。

 この子だけは熱心なアズモ教徒だったのだろう。


 俺の胸に無言でしがみついているアズモには魂竜と同じような事は出来ないと説明しても、熱心な目線をアズモに向けるのを止めなかった。

 おかげでアズモは委縮してしまい、顔を俺の胸に張り付けてしまっている。


「……あの、それでお母さんは?」


 腰を抜かしていたコラキさんが、思い出したようにそう口にする。


「……居なかったです」


 俺は首を振ってそう答えた。


「そんな……」


 コラキさんは再び絶望した表情を浮かべる。


 ロカちゃん達に案内されながら家中を回ったが、コラキさんのお母さんの姿は見当たらなかった。

 皆も見ていないと言っていた。


「でも、コウジ様が居るから大丈夫だよ」


 ロカちゃんがコラキさんの元に寄って、手を差し伸べながらそう言った。

 コラキさんはロカちゃんに手を引っ張られながら立ち上がり、俺を見る。


「……はい、俺がなんとかします」


 何処にいるかも分からないが、コラキさんを安心させたくてそう言った。


「犯人の顔は俺が見た。見つけたらぶっ殺してやる……」


 シュテファン君がボソッと呟いた。


 場に静寂が流れる。


 姉弟は助かったと言え、まだ母親の安否が不明。

 犯人の顔は姉弟が見ているが、何処に居るのかは不明。

 どうして狙われたのかも分からない。

 やられたしまった身体をどう治すかも決まっていない。


 問題が山積みだ。


 それに、一家に起こった事件に個人が関わっても良いのだろうか。

 この街には警察のような事件を解決してくれる存在はいないのだろうか。


 自警団は居たが、あの人達に頼めば解決するのか?

 この街の自警団は頼れる存在なのか?


「コウジはスマホ持ってる?」


 どうしようか考えていたら、近くに寄って来たラフティリが不意にそう聞いて来た。


「持っているが……どうしてだ?」


 通報……でもするつもりなのだろうか。


「あたし達で考えても埒があかないからパパに電話しようと思って」

「フィドロクア兄さんにか……?」

「ええ、今向こうがどうなっているか分からないけど、連絡だけはしてみたいわ。だから貸して欲しいわ」

「あ、ああ……」


 そんな手があったのか……。

 なんて思いながらラフティリにスマホを渡す事にした。


 スズランに声を掛けスマホを取り出してもらい、ラフティリはそれを受け取る。


 ラフティリは「ロックを掛けていないなんて不用心だわ」なんて言いながらスマホを操作しだした。

 ぎこちなく操作していた俺と違い、ラフティリは日本での俺と同じ現代っ子らしくスマホを簡単に操作して、耳に当てる。


「出るかしら……」


 ――プルプルと、スマホから数回呼び出し音が流れた。


「……出ないわ」


 しばらくしたら、ラフティリは残念そうに耳からスマホを離した。


「ちょっとパパや友達にメッセージを送ってみるわ」


 ……もしかして今、なんか凄い事をしているんじゃないか?


 俺はラフティリの行動をドキドキしながら眺めていた。


 どうやってこの世界で会った人達に会おうか、などと考えていたが、普通にスマホのような連絡手段が普及しているこの世界では、日本と同じように簡単に連絡を取り合う事が出来る。


「――動くな」


 スマホの画面を覗き込みながら、ラフティリの行動を見守っていたら急に誰かの声が聞こえた。


「……!」

「……!」


 犯人が戻って来たのかと思い、ラフティリと一緒に声のした方向を見たら淡い紺色の浴衣を着崩した男が俺達の方を見ていた。

 男は身構える俺達に対し、続けて口を開いた。


「ちょっと署まで同行してもらおうか…………なんつってな。よ、コウジ、アズモ。また会ったな」


「スタルギのおっさん……?」

「え……スタルギ?」


 新たに現れた声の主は、俺に対し「どこの陣営の竜だ」と問いかけてきた怪しいおっさんだった。


「コウジ君、ごめんなさい。なんか変な人に捕まっちゃいました」


 下の方を見ると、俺の名前を呼びながら歩いて来る小人と、泥んこも居た。


「ああーーー!!!」


 俺と同じようにスタルギのおっさんの方を見ていたラフティリが叫んだ。

 そして、信じられないことを言う。


「スタルギのおじさんだわ! なんでここにいるの!?」


「あれまあ、よく見たらラフティリもいるじゃねえか」



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