五十二話 魂竜アズモ教


 この世界には神が実在する。

 戦い好きの神が良い例だ。


 誰彼が戦っているといつの間にか一升瓶を抱えて現れることがある。

 嘘のようにデカイ大杯に、並々の酒を注ぎ戦いを観戦する。

 戦いに対して何かする訳でもなく無言でジッと眺め、終わったら帰って行く。


 その後、世界中の至る所に存在する、この世界の強者の名前が彫られた石碑の一部箇所が書き換わることがある。

 この世界で序列石と呼ばれている石碑。

 一番から百番まで掘られたその石が戦いを元に更新される。


 自由奔放な神として知られている。

 一日中酒を飲み、戦いを観戦し、記録をつける。


 世界を創ったり、生物を創ったり、悪魔を生み出したり、天使を使役したり、天候を変えたり、時間遡行したり、国を創ったりとする神も存在する。

 だが神が実在するこの世界において、神々が信仰されることは極稀である。


 日本で育った俺はそれが不思議だった。

 しかし、この世界で過ごしていく内に俺はその理由が段々と理解出来て来た。


 第一に、あいつらは特に何もしない。

 人間の願いを聞き入れることはまずない。

 例え、叶えるとしても半端な叶え方しかしない……というか出来ない。


 世界を創れる神に、「この世界が嫌だ。別の世界で生き直したい」と願ったとする。

 それを聞き入れた、世界を創れる神は、新しい世界を創ってくれる。

 そしたら世界を創れる神はこう言うのだ。


 ――お前の望んだ世界を創った。


 願った者はそれに歓喜して、ありがとうございますと言う。

 だが、その喜びは直ぐに終わる。


 ――何をしている。創ってやったのだから早く行け。


 願った者は困惑する。

 そして、神様がそこに行かせてくれるのではないのですか、と言う。


 ――何を言っている? そんな訳がないだろう。我は世界を創れる神であって、世界を移転させる神ではない。まさか、自分で移転する手段もないのに、我に願ったというのか?


 願った者は絶望した。

 これは実際に、昔あった事らしい。


 願った者はその後、人生の大半を使い世界を移す神を探した。

 寿命が尽きる前になんとか出会えたが、世界を創れる神の創った世界に移転させてくれと願っても、聞き入れられる事はなかった。


 ――何故だ。何故我が貴様の願いを叶えてやらねばならぬ。だがしかし、良い事を聞いた。そのような面白い世界があることを教えてくれたのは実に有難い。では、な。


 そう言って世界を移れる神は、願った者の目の前から消えた。……というのがこの昔話のオチだ。


 この世界の神は万能ではない。

 おまけに、神に人の気持ちは分からない。


 単一の大きな力しか持っておらず、人の願いを聞き入れる事など稀で、神出鬼没で、人の気持ちが分からない。


 それを裏付けるように、他にもこんな話がある。


 娘を魔物に食われ亡くした農夫の話だ。

 農夫は生物を創れる神に娘を蘇らせてくださいと願った。

 そしたら生物を創れる神は娘と全く同じ赤子を生み出した。


 そして言った。


 ――貴様の娘と生物情報が全く同じ生物を創った。このまま育てれば同じような子になるだろう。


 生物を創れるだけであって、生物を司っている訳ではなく、生死をどうこう出来る訳でもない。


 誰かの漠然とした願いを完璧に叶えられる万能さなど持ち合わせていない。

 だから願っても無駄なのだ。


 それに、この世界の生物が神以上に万能だったりするため、人々の信仰はそちらに向きがちだ。

 世界を創るのも、世界を移るのも、悪魔を創るのも、天使を使役するのも、天候を操るのも、時間遡行するのも、神ではないやつが出来る。

 わざわざ気持ちの通じない神に願う必要なんかないのだ。


 この世界では戦い好きの神くらいが人々に好かれるちょうどのレベルだったりする。


 一日に二十戦ほど行われる有名な闘技場ではこのような会話が行われる。


 ――お、おい、あそこで酒飲んでいるのって戦い好きの神じゃねーか!?


 ――ま、まじかよ! それじゃこの会場で世紀の一戦が行われるってことじゃねえか!


 ――無名選手のつまらない試合ばかりだと思っていたが、とんだ逸材が混ざっていたみてえだな!


 ……などと、この世界の神は時々現れるレアキャラみたいな扱いがされていたりする。


 俺は神を見た事なんて無いし、出所の分からない噂と、ジャカランダの保育園で先生に読んでもらった昔話の知識しか持ち合わせてない。


 まあ巷では、国を挙げて神を祀っている所もあるらしいが。


 ……それはさておき、神以外の何かとんでもない力を持った者が祀られることが多々ある。


 あいつなら何か出来るんじゃないか。

 何が出来るかはよく分かっていないが、あいつならもしかしたら。


 そんな漠然とした願いの信仰対象。


 能力が明るみになっておらず、力を振るう事に躊躇がなく、実績があるやつら。


 世の中で天災と呼ばれているやつらは、一方からは天恵と呼ばれている……らしい。


「――お願い! お願いだから、魂竜アズモ様! この子の死を奪って……! ねえ、出来るんでしょ! だってみんな言ってた! 魂竜アズモは生物から等しく死を奪うって! 種族も、容姿、裕福さも何も関係なしに死を奪うんでしょ! なら出来るでしょ! 早くやってよ! 早くこの子の死を奪ってよ!」


 ……本当に信じられないな。


 俺にはアズモがこんなに頼られている理由が分からない。


 もうすぐ消えてしまいそうな幽霊が俺からアズモを奪い取りそうな勢いで捲し立てる。


 この幽霊には俺の腕の中で白い顔をしながら震えるアズモがこの状況をどうにかしてくれる救世主に見えているらしい。


「こ、コウジィ……」


 アズモが助けを求める声を絞り出し、俺を死んだ目で見上げる。


「止めてくれ、アズモが困っている」


 俺はアズモに伸びた手を払いのけた。


「邪魔しないでよ!!!」


 殺気の籠った目で見られるが、怖さはなくなっていた。


 人間にも魔物にも到底持てない不思議な力を持っている誰かに縋る。

 自分ではどうしようもない事態に遭遇して、どうにかしてくれそうな存在が目の前に現れた。


 ――魂竜アズモは死を奪う、だっけか。


 魂という概念は元々この世界に浸透していなかった。

 だが、アズモの異形化によってそれが確かにあるものなのだと証明されこの世界の常識となった。


 そのせいで、変な宗教が現れ、瞬く間に信者を増やし台頭する。


 その宗教が掲げている信念は既存の宗教に比べ中々にぶっ飛んでいる。


 一、辛い人を見たら殺せ。

 二、辛くなったら死ね。

 三、魂になったらアズモ様の元へ行け。


 ――魂竜アズモ教。


 その宗教では死が救済として扱われている。

 死んでも魂となってアズモに吸収されるだけだと。

 だから、生きていて辛くなって消えたいと思った時は消えて良いと、死を推奨しているおかしな宗教。


 アズモについて色々調べている時にその存在を知った時、俺は思わず笑ってしまった。

 そしてその後直ぐに、想像以上に信者が多い事を知って言葉を失った。


 アズモが奪っているのは死ではなく、魂だというのに都合の良いように解釈され過ぎだろと思った。

 魂を奪われたらどうなるのかを知っているのか。


「このアズモは、君の死を奪う事も、そこの子の死を奪う事も出来ない」


「嘘吐かないでよ! みんなアズモ様に魂を取られているんだからそんな訳がないよ! だって、そうだよ……この子もお父さんもみんなアズモ様の元に行くんだから! そこなら皆平等だから! そこでまたみんなで過ごせるんだから! だから、邪魔……しないで!」


 絶叫と共に放たれた拳を掴む。


「……なんで、邪魔するの」


 幽霊が顔を歪ませ、暗く濁った瞳で俺の事を睨む。


 こんなに間近で人から殺意を向けられるのは初めてだ。

 だけど、この子に対して悪い感情は何一つ浮かばなかった。


 それよりも寧ろ、同情する気持ちが浮かんでくる。


 一体どれだけ大変な生き方を強いられたら、アズモに縋ろうなんて思うんだろうか。


「スズラン」

「ナーン?」


 俺は傍でのんきに欠伸をしていたスズランに声を掛けた。


「木人を二体作ってくれ。アオイロに用意した小さいのじゃなくて、人間サイズの丈夫な木人を二体だ」

「ナーン!」


 覚悟を決めた。


 アズモに出来ることは、俺にも出来る。

 アズモが死を奪えるのなら、俺も死を奪える。


 道徳にも、生物の定めにも反するような、生命に対する冒涜。

 そんな神の御業に似た行動を起こす覚悟が出来た。


 拳を掴まれたままの幽霊が、何かをしようとする俺に怯え下がろうとする。

 だが俺はそれを許さず、こちらに引っ張った。


「わたしに何をする気だ……!?」


「俺がアズモの代わりに死を奪う」


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