四十六・五話 「勝った奴がコウジに何でも一つ言う事を聞かせられる」
『じゃあ俺は先に起きて待っているから終わったら二人も起きろよな』
そう言って俺は逃げた。
しばらく見ない間にキス魔と化していたラフティリから逃げるためにアズモを生贄に捧げて一人で現実に戻ってきた。
何故かラフティリが何も着ていなかったために裸で待つ事となったが、これもある種の罰だろうと受け入れジッと待っていた。
揺蕩う湖面に映ったラフティリの姿が、時の流れを俺に伝える。
あれから十年という月日が流れた。
その現実に打ちひしがれて心が何度も挫けそうになった。
俺の周りで何があったのかをずっと聞きたかった。
そして、事情を知っている相手が遂に現れた。
ラフティリ・ネスティマス。
フィドロクア兄さんの娘でアズモの姪。
アズモと同じ年齢で、同じ学び舎で育った元気でほっとけない奴。
アズモの親友と言っても過言ではないラフティリなら俺の知りたい事を全て知っているはずだ。
だから、待っているこの時間も短く感じる。
俺がこの世界に戻って来て一人で過ごした時間に比べればへでもない。
……なんて思いながら湖面を眺め続ける。
一分、五分、十分、三十分、一時間……。
湖面が揺れるのを体育座りでひたすら眺め続ける。
「――いや、いくらなんでも一時間戻って来ないのは遅すぎないか!?」
俺の声――厳密にはラフティリの声だが――が湖面を震わせ、口から漏れ出た冷気が空気に溶けていく。
遂に堪忍袋の緒が切れた。
二人は今、感動の再会をしている。
この十年であった事や、家族や友達が何をしていたかなどの積もる話があるのは理解している。
でも、二人には今置かれている状況を考えてみてもほしい。
裸の女の子が一人森で呆けているんだぞ。
事件に巻き込まれてもおかしくない状況なんだぞ。
話なら街に戻ってからで良いだろう。
街に戻って腰を据えてゆっくり話せば良いだろう。
「――ナーン」
いつまでも戻って来ない二人に愚痴を漏らしていたら白猫がタタタと駆けながら俺の元にやってきて頭を擦り付ける。
「スズラン」
名前を呼びながらやって来た白猫を撫でる。
「ナーン~……ナー?」
スズランは目を細めながら俺の手を受け入れていたが、次第に表情が険しくなっていく。
「――ナンナン」
スズランは鼻を手に近づけ臭いを嗅ぎだした。
「スズラン……?」
「ナーン!」
「スズラン!?」
スズランが臭いをじっくり嗅いでくる事が珍しかったので不思議に思っていると、スズランは急に引っかいてきた。
竜の防衛本能なのか、スズランの爪が当たる瞬間に腕が鱗に覆われ傷一つ負わなかったが、衝撃からスズランが本気で引っかいてきていた事を理解する。
「どうしたんだよ、スズラン?」
「ナーン!」
「え、臭い……?」
「ナン!」
スズランは俺から離れ、こちらを睨みながら「臭い」と言い放って来た。
俺は反射で肘を上げ、脇の臭いを嗅ぎそうになる。
鼻を動かしそうになったところでラフティリの身体を借りている事を思い出して咄嗟に顔を後ろに下げた。
「俺は年頃の女の子の身体で何をしようとしたんだ……? しかも親戚の女の子だぞ……?」
凄まじい変態行為を行おうとしてしまっていた。
ほぼ俺の分身であるアズモの身体ならまだしも、ラフティリの身体でこれをやるのはどうかしている。
「ナーン!」
スズランは未だに俺に対して威嚇をしている。
俺はラフティリの身体が臭いかどうかなんて分からないが、スズランがここまで反応するということは相当な臭いを放っているのだろう。
街に戻ったらラフティリを風呂に入らせないとな……。
スズランを見てそう思うのと同時に妙案が浮かんだ。
「二人を呼んでくるから少しの間見張りを頼む」
スズランが居ればラフティリの心の中に行っても大丈夫だろう、と。
「ナン!」
スズランは「フシュー」と威嚇を解かないまま、了承した
―――――
「コウジィ~~!」
三十分くらいまで居た空間に戻ると、黒アズモが胸に飛び込んで来た。
俺の事を見上げて来る黒アズモが何故か号泣していたので手で涙を拭ってやる。
「アズモヤバイ!」
「やばいって何かあったのか?」
黒アズモが落ち着くように背中を摩る。
すると黒アズモは早口で語り出した。
「ドッタンバッタン暴れる音が聞コエタから遊ンデイルのかって思ッて混ざりにイッタ! ソシたら顔を思イきり殴ラレタ! 喧嘩ニ巻き込マレたンダ!」
「ええ……」
そう言って泣く黒アズモの顔には殴られた跡が微塵も残っていない。
本当に殴られたのか分かったものではないが、号泣しているところから怖い目にあったのは確かなのだろう。
俺が現実に戻った後に何があったのか。
ここまでの状況を見ての予想にしか過ぎないが恐らく、アズモとラフティリが喧嘩を始めた。
喧嘩……というよりは、アズモがラフティリに手を出してラフティリはそれに付き合っているという言い方の方が近いか?
ともかく、喧嘩する音を聞いた黒アズモが「遊んでいる」と勘違いして二人が喧嘩している所に現れた。
ウキウキで現れたら想定外の暴力行為をされてびっくりして泣いた……といった所だろうか。
アズモに殴られたのか、ラフティリに殴られたのか……まあ十中八九前者だろうな。
ラフティリにあんな事をされたアズモが黙っている訳がないから、こうなるだろうとは思っていた。
しかし、流石のアズモでも「ラフティリに再会できた」という喜びが勝ってすぐに仲直りするだろうと予想していたが……。
「ごめんな、黒アズモ。怖い思いをさせてごめん……」
「コウジィ~~! コウジは悪クナイ~! アノ鬼がヤバイ!」
黒アズモはこう言ってくれるが、俺が悪い。
十六歳になった親戚の女の子からの唇を狙ったキスを受け入れるのは流石に不味いだろうと考え、アズモを生贄に捧げて逃げてきた俺が悪い。
そしてこうなっているということは、だ。
「めちゃくちゃ怒っているんだろうな……アズモ」
「凄ク怒鳴っテイた!」
「バチバチにキレているじゃねえか……」
物静かなアズモが怒鳴るなんて余程の事だ。
ラフティリととても仲が良かったからそこまで怒らないだろうと思っていたが、認識が甘かった。
「これは色々と覚悟する必要がありそうだな……」
黒アズモは「気にスルコト無い! アノ悪魔ヲ一緒に討伐スル!」などと言っていたが俺はアズモにどう謝るかを考えながら二人が居る所に向かって行く。
ラフティリの心の中の世界は十年前に過ごしていた場所によく似ている。
魔王国スイザウロ、スイザウロ学園、東初等部女子寮。
所々ぼやぼやしている箇所があるがそこと概ね同じ。
アズモなら俺の部屋、ルクダならよく三人で遊びに行った街……と、その人にとって大事な場所が心の世界になる節がある。
だからきっと、ラフティリにとってアズモと一緒に過ごしたこの場所が大事な場所なのだろう……と思う。
この説を推したいが、俺の心の世界がそれに当てはまらないからどうにも断言がしにくい。
俺の心の世界はどこまでも真っ白が続く、何もなくて退屈な世界だ。
家や、学校、よく遊んだ場所などと思い出の場所ならいくらでもあるはずなんだが……。
それこそ、アズモと同じように自室がそれになっていてもおかしくはない。
というか、なんであいつは当たり前のように俺の部屋を思い出の場所認定しているんだ?
――まあ良い。今はそれよりも。
ゴク。と、何も飲み込んでないはずの喉が音を鳴らす。
アズモ達と過ごした部屋の前。
物々しいオーラを醸し出す木製の扉の前に立ちゆっくりと右手を伸ばす。
「ヨシ、鬼退治ダ!」
左手で抱えた黒アズモが、グーにした手を突き出しながら元気よく言った。
異常に乗り気な黒アズモとは反対に、俺は戦々恐々としている。
が、逃げる訳にもいかないので扉を開ける。
「あーーー! それは反則だわ!」
「ふん、不用意に近づいて来たそっちが悪い。――なっ!?」
「ふふん、これで対等だわ。あたしを倒す旅にアピールしているから隙だらけなんだわ!」
「メテオを決めた後にアピールするのはマナーだぞ」
「そんなのは逆マナーだわ!」
「……え、何してんだこいつら?」
真ん中のベッドに仲良く座ったアズモとラフティリが格ゲーをしている。
寮の各部屋に備え付けられているテレビに据え置き型のゲーム機を接続して、コントローラーをカチャカチャしながらお互いを罵り合っている。
しかも何故かラフティリが縮んでおり、背丈がアズモと同じようになっていた。
「援軍ヲ連れてキタ! 今度コソ倒してヤル! 悪魔アズモ!」
状況が理解出来ずに呆けている俺の腕から抜け出した黒アズモが二人の元まで走って行き、アズモに宣戦布告を行った。
アズモはそんな黒アズモの方をチラと見て、直ぐに視線を画面に戻す。
「む、またお前か何度やっても同じ……」
そこまで言ったアズモの視線が再び黒アズモに向かい、その奥に立つ俺に向けられ、黒アズモを経由してゲームに戻る。
ゲームの音が止み、テレビ画面に一時中断という文字が浮かび上がる。
「――こ、コウジ! こ、これは違うんだ! 私はコウジが待っているなんて知っていなかったし、ラフティリとゲームなんてやっていない!」
「コウジが戻ってきたわ!」
あからさまに狼狽えながら両手を広げてテレビ画面の前に立つアズモと、嬉しそうな声を出して飛び込んで来るラフティリ。
俺は小さくなったラフティリを両手でキャッチして受け入れ、アズモに近づく。
「コウジ……」
アズモの前でしゃがみ、目を合わせようとするが、アズモの目が右往左往するせいで目が合わない。
「俺は怒っていないぞ」
俺に怒られないか気にしているアズモにそう声をかけた。
すると、それまで目を逸らし続けていたアズモが、俺の目を見る。
「嘘だ。直ぐに戻るべきだったところをラフティーと一緒に格闘ゲ……思い出話に花を咲かせていた私が怒鳴られないはずがない」
「噓つけ」
「痛い」
アズモにデコピンをすると、アズモは両手でおでこを押さえて痛がった。
息を吐くようにありもしない嘘でちょっとでも罪を軽くしようとしたことのツッコミだ。
寝ている時に見る夢のようなこの世界では痛みなんて感じない。
……なのだが、アズモは一丁前に痛がってみせた。
アズモは格闘ゲームで自分の操作するキャラが相手に攻撃されたら「痛い」というタイプの竜だった。
「イイゾ、コウジィ~!」
「黙れ。殴るぞ」
「イタイ! 殴るって言いナガラ殴っタ! コウジ、見タか!? コイツ、殴ッタ! 脇腹折レタ!」
「殴っていない。怪我させていない。私は悪くない。勝手にお前が転んだ。コウジも私と気持ちのはずだ」
「アズモの嘘ツキ~。虚言竜アズモ~。コウジがソンナ事思う訳ナイだろ~」
「ふん、馬鹿め。私とコウジは長期間一心同体をやっていた。自ずと思考も同じようになる」
「スグ暴力に走ルのは短気竜アズモ一人。ベロベロバ~」
「むっ……!」
「ヒエ~。逃ゲロ~」
俺に折檻されるアズモを見た黒アズモが嬉しそうに騒ぎ、それに腹を立てたアズモが「黙らないと殴るぞ」と言いながら手を出す。
脇腹を殴られたと主張する黒アズモは何故か脇腹ではなく胸を抑えながら俺にアズモの暴行を訴えかけながらアズモを煽る。
たぶんあれは殴られたフリだな。
二人は俺にどちらが悪いかアピールしていたと思ったら、結局喧嘩を初めて追いかけっこ。
アズモはハチャメチャな持論を展開するし、黒アズモは痛がって抑える箇所が明らかにおかしい。
……実は仲が良いのかもしれない。
「コウジ~」
そんな中、我関せずといった様子で顔を擦り付けて来るラフティリ。
「ラフティーは可愛いな……」
「??? あたしは可愛いわ!」
手が掛からないって可愛いんだなあ……。
それはそうと。
「ラフティーはなんでそんな可愛い姿になっちゃったんだ?」
「あたしはずっと可愛いわ!」
二歳の姿のアズモと同じサイズになったせいで俺の胸の中にスポっと収まったラフティリが何も疑っていなさそうな真っ直ぐな瞳で言う。
「それはそうだが、そういう意味じゃなくてだな……。なんで身体が小さくなってんだって」
「よく分からないけどアズモがね『大きいラフティーは色々危険だから小さくする。……私が成長したラフティーより弱いって訳ではないから勘違いするなよ』って言っていたわ!」
「後半少し言い訳がましいのがアズモらしいな」
そう言ってラフティリは嬉しそうな表情で俺の顔を見上げながら、足をバタバタして暴れる。
「なんかやけに楽しそうだな」
「当たり前だわ! だって、コウジが帰って来たのだわ! しかも、アズモ居るわ! ちっちゃいけど! あと知らない子も居るわ! そんなの嬉しいに決まっているのだわ!」
「……ごめんな。どっか行っちゃって、アズモを異形化させちゃって……」
「良いわ。だって戻って来てくれたわ。あたしはそれだけでとても嬉しいわ」
「ありがとな」
そう言ってラフティリをまた撫でる。
ラフティリは目を細めて俺の手を受け入れた。
あれから何があったのかを調べはしたが、身内に何が起こっていたかなどの詳しい事は分からない。
どうしてラフティリがあの場所に居たのかも俺には分からない。
だが、着の身着のままであんな場所に居たという事は何か良くない事が起こったに違いない。
「ねえ、覚えている? あの日、コウジが居なくなった日もあたしはこうやってコウジに抱っこしてもらっていたわ。今と同じようにルクダに小さくされたあたしをコウジは抱っこしてくれたわ」
「ああ、そうだな。ルクダを止めるために魂体になった時の事だよな。スフロアを抱っこしていたらラフティーが目をキラキラ輝かせて待っていたから抱っこした時だ」
「懐かしいわ。あれから本当に色々あったわ。大変な事も楽しい事も沢山あったわ。でもアズモとコウジが居なかったらから少しつまらなかったわ。『二人が居たらもっと楽しかったのに』って思う事が沢山あったわ」
「そうか」
「コウジって今何歳なの? 姿が変わっていないように見えるわ」
「十七」
「ならまた一緒に学校に行けるわよね? あのクラスに戻れるわよね? あたしとブラリと、スフィラと、ムニミーと、マニタリと、ゴスネリと、リアクスと……それとアズモ。また皆で同じクラスになれるわよね? もう居なくならないで欲しいわ」
「……ああ。頑張るよ」
俺の言葉を聞いたラフティリが「むえ~」と言いながら顔を隠す。
ラフティリの締め付けが少しだけきつくなった気がした。
どれだけ時間が掛かろうが、俺がラフティーを元の生活に戻してみせる……と決めた。
そのためにもやはり、異形化しているアズモ本体の救出が欠かせない。
部屋の中をバタバタ走る回るアズモを見る。
アズモは相変わらず黒アズモと追いかけっこをしていた。
アズモが指をクイっと動かすと、黒アズモの進路に本棚が現れ道を塞ぐ。
黒アズモはそれをひょいと避け、代わりにアズモの進路に机を生やす。
アズモはそれを殴ってぶっ壊し、そのまま突進……と。
「いつまでやっているんだ、あいつら……」
いつもの無表情のまま黒アズモを追いかけるアズモは急に訳の分からないことを当たり前にやり出す節がある。
無論、黒アズモもそれは同じ。
ここに戻って来た時、黒アズモは何も無い空間から黒い陣を描き飛び出して来た。
「……この空間だとアズモ達は何でも出来るって思った方が良いかもな」
アズモは俺に対してならよく喋るが、その内容には取り留めのない事が多い。
何が出来るか、何が起こったかなどは、ほとんど喋らない。
喋ることは大抵「あの漫画のこのシーンが良かった。あのキャラはここでこうしたから負けた。こいつが犯人だろって思って読んでいたら直ぐに退場した。十六連コンボを編み出した」などと漫画・アニメ・小説・ゲームといった話。
当たり前のように俺の記憶を辿って読書したり、視聴したりするだけでなく、情緒を味わうために本や映像記録媒体という形にして生み出して、これまたどこから取り出したのか知らない大きな本棚に沢山の本を詰めて……。
「コウジィ~! オタスケェ~!」
考え事をしていたら、黒アズモがそう言いながら俺の身体をよじ登ってきた。
俺の足からグイグイ上がって来た黒アズモはラフティリの横を通り、頭まで登ってくる。
急にやって来た黒アズモに戸惑ったのか、先客のラフティリは「む、むえ?」なんて腑抜けた声を発した。
「おのれ、ちょこまかと……!」
アズモもそう言って俺の身体をよじ登ってくる。
ラフティリがまた「むえ、むえ?」と戸惑う事を発しだしたタイミングで腕を締め、アズモを捕まえる。
「放せコウジ。そいつを消せない」
「消そうとするな」
「ヘヘー。僕の勝チー」
「黒アズモもアズモを煽ろうとするな」
「おのれ……」
「乗るなアズモ。これ以上は俺も怒るぞ」
「む……」
身体にくっついた奴等をベッドに下ろす。
喧嘩しないように右からアズモ、ラフティリ、黒アズモの順だ。
「で、俺が一度帰った後に何していたんだ。場合によっては怒らないから言ってみろ」
「怒られるから私は喋らない」
「え、アズモとゲームしていたわ。なんかアズモが『久しぶりにあったからには決着をつけなければならない』とか言ってコントローラーをあたしに渡して来たわ」
「格闘ゲーム楽しソウだと思ッタ。コントローラー片手に勝手に参加してアズモボコった」
「あれは不意打ちだったから負けた。最初からちゃんとやれば私は勝てたが」
「リアルファイトされた」
「ええ? いや、止まれ。アズモ、ステイ」
アズモを封じておけば全て丸く収まる事が分かった俺はアズモを抱え上げて手を出せないようにした。
「そう言えばこの子誰なのだわ? アズモと仲良さそうだから悪い子では無いと思うけど、誰なのだわ?」
抱えたアズモが暴れる気配を感じとったので、拘束を強めて、口を塞ぐ。
「そいつは俺の異形化の……欠片? 俺が異形化しかけた時に生まれた俺の分身みたいな奴だ。アズモと同じ姿をしているから黒アズモと呼んでいる」
「コウジの異形化? なんだか物騒だわ。放っておいて大丈夫なの?」
「僕ハ、良い異形化体ダカラ大丈夫だワ?」
「あたしの真似しているわ!」
「アタシの真似しちゃったワ! このコ可愛い。アズモよりウンと可愛くて素直」
「あたしは可愛いわ!」
「可愛イ」
黒アズモとラフティリが凄い早さで意気投合している。
アズモとラフティリが仲良くなるよりも圧倒的に早い。
その時不意に、手のひらにヌルリとした感触が現れた。
アズモだ。
ラフティリを取られると勘違いしたアズモが俺の手のひらをベロベロと舐めて口を塞いでいた手をどけた。
「もう許さん。勝負だ、私の偽物。勝った奴がコウジに何でも一つ言う事を聞かせられる」
「乗っタ」
「なんだか面白そうだからあたしも参加するわ!」
「……?」
アズモは俺の拘束から逃れ、地面に降り立つ。
すると、虚空からテレビにも接続可能な手持ちのゲームを四つ取り出した。
「勝負するタイトルは『乱舞・人魔精天悪オールスター2』だ。三ストック制で、アイテム無し。勝負は十分後、一本勝負」
「またコテンパンにシテヤる」
「ふん、何度も私に勝てると思うなよ」
「今度こそアズモに勝つわ!」
二人から了解を得たアズモがゲーム機を配る。
「僕は自前のゲーム機を使ウ。アズモなんか不正してソウ」
「ふん、ゲーム機に細工などしていないが……まあ良いだろう」
三人はそれぞれ思い思いのキャラを選び、テストプレイをする。
「……え、俺の意見は?」
アズモからゲーム機を受け取ったタイミングでそう呟いた。
「そんなものはない」
アズモから無情に返された。
「……拒否権がないのは流石に可哀想だと私は思ったからコウジも参加だ。嫌なら勝てばいい」
ついでにアズモはゲーム機を見つめて俺の方を見ないままそう言った。
嫌なら勝てとのことだ。
「ええ……? 俺このゲームやった事ないが」
乱舞・人魔精天悪オールスター2、略してランオタ。
このゲームはこの世界の十年前にこの女子寮……というよりは当時、世界中で流行っていた格闘ゲームだ。
実在するこの世界の選りすぐりの強者が操作できるキャラになる。
操作できるキャラには、大勇者や、英雄の子孫として名を馳せている有名人、勿論魔物側からも魔王や竜、その他にも神獣や伝説の生き物、精霊なども含まれている。
自分のキャラを操作して他人のキャラを場外に吹き飛ばす事で、敵のストックを一つ減らす事が出来る。
三ストック制ならば相手を三回場外に吹き飛ばせば勝てる。
ちなみに、アズモの持ちキャラは竜王ギニス・ネスティマス。
要は親父をアズモは持ちキャラにしている。
当時は、竜王使いのアズモと、魔王使いのスフィラ、光線龍使いのブラリの三強だった記憶がある。
俺はアズモのやる所を眺めているだけで、やった事はない。
そしてこのゲームはアイテム有りにする事で運要素が絡み、初心者でもガチ勢にも勝てる事がある。
その辺の要素も人気に一役買っていて魅力の一部なのだが……アズモはアイテムなしをお望みらしい。
この四人の中で誰が勝つかは分からないが、俺が勝つ事だけはないと言える。
要は、俺が損する事がもう決まっているのだ。
どのキャラを使うか考えながらチラとアズモを見る。
アズモはずっと変わらない表情でキャラの動きを確認していた。
勝手に俺を景品しときながらマイペースな奴だ。
……まあ、アズモが楽しそうにしているから良いか。
アズモが自分から何かを提案して仕切ろうとしている所を初めて見たかもしれない。
もしかしたら、久しぶりにラフティリに会えて舞い上がっているのかもな。
―――――
――誰から倒すべきか。
「――なんで俺の上に座ってくるんだよ」
初心者のコウジからか。
ある程度の実力を持っているラフティリからか。
それとも私の次に強い偽物からか。
「聞こえているか、アズモ? アズモも二人と同じようにベッドの上に座れよ。なんで気を利かせて床の上に座った俺の上に座ってくんだよ」
一対一のタイマンならまだしも、一体多のバトルなら、数を減らすのが定石だ。
不確定要素を削る。その意味でも弱いコウジから倒していくのが賢いやり方。
が、そんな常識は圧倒的強者の前では無力。
私はやりたいようにやる。
「アズモがそうしたら二人も……ああ、ほら来ちゃったじゃん。ベッドの上に座っていた黒アズモとラフティーがアズモの真似して俺に乗っかってこようとしちゃったじゃん。これじゃ画面が見にくいって」
まずは憎きあの偽物から倒す。
その次にラフティリを倒す。
最後にコウジを倒す。
そして一位を取ってコウジに願う。
48時間私と一緒に居て、と。
「あー、コラ。流石に俺の膝上に三人は乗れないから黒アズモとラフティーは隣に座れ。……文句言うな、アズモの気が済んだら乗っていいから」
勝手にコウジを景品にした手前、大それた要求は通らないだろう。
そのため、私にしては軽めの願いで可愛さを醸し出す、もといお茶を濁す必要がある。
ようは謙虚に、だ。
謙虚にしていれば勝手に景品にされたコウジも許してくれる、はずだ。
「聞いているか、アズモ」
「聞いていない」
考え事をしていたらコウジがなんか言っていたので適当にそう答えておいた。
私はコウジにくっついていないと駄目になるのだから、この位置に座るのは必然だろう。
そんな風に聞かん坊扱いされても困る。
コウジは私にとって呪いの装備のようなものなのだぞ。
……まあ、良い。
方向性は決まった。
後は実現するだけ。
そうと決まれば――
「まずはお前だ」
「アアァァァ! アズモセコイ!」
初心者のコウジをニヤニヤしながら舐めプしていた偽物を吹っ飛ばした。
「アズモはラフティーと戦ってイたノニ!!!」
「フン、このゲームは個人戦じゃなく乱闘だ。目の前の戦いに集中するあまり私の動きに対応出来ないお前が悪い」
「アアァ! メチャクチャ煽りモーションしてる! アズモにはスポーツマンシップがナイ!」
「それは母上のお腹に置いてきた」
偽物はわあわあ文句を言っているが先程の一件で私に悪い所なんて一つもない。
戦闘開始と共に私を襲ってきたラフティリを相手していたら、手持ち無沙汰になった偽物が、画面の端っこでキャラの動きを確認していたコウジにちょっかいをかけていた。
私はそれにちょっとイラっとした。
初心者であるコウジが皆の邪魔にならないように端の方であれこれと試していたのに、遠距離攻撃でちまちま削るなんて言語道断だ。
スポーツマンシップをこいつに説かれる覚えはない。
決して「私がそれをやりたかった」とは思っていない。
ラフティリを掴んで飛ばし戦闘から一時離脱して油断しきっていた偽物を不意打ちで画面街に投げ飛ばしただけ。
私はスポーツマンシップを乱していないし、淑女だ。
「あたしを除け者にされちゃ困るわ!」
「ふん、素直な攻撃ばかりで搦め手を使ってこない奴の一撃は避けやすいものだ」
「下ガレ、ラフティー。僕がソイツを倒ス」
「舐めてもらったら困るわ! あたしはアズモがいつ帰って来ても良いように、練習していたのだわ!」
「……ふん」
「オイ、コイツ照れテルゾ! 今だ、ヤッチャエ!」
「むん!」
吹っ飛ばされた。
偽物を相手取るとは言え、ラフティーの介入はあると思っていた。
なんだかんだでラフティーは思いやりがあるから、初心者であるコウジは狙わない……なんてことはなく、至極単純に同等以上の相手と戦うのが好きだからコウジの方には行かずに私達の方に来ると思っていた。
だが見てみろ、一通り動きの確認が終わったコウジが「懐かしい光景だな」なんて微笑ましい物を見る目で私達の事を見ているぞ。
あろう事か、ゲーム中にコントローラーを手放して「良かったな、アズモ」なんて言いながら私の頭を撫でて来る始末だ。
おい誰かこの非常識にお灸を据えてやれ。
「オイ、コイツまた照れテルゾ! 今だ、ヤッチャエ!」
「むん!」
吹っ飛ばされた。
もう後がないぞ。
何故か私の完璧な作戦が一つも機能していない。
これは非常に不味い。
ラフティーが一位になっても怖くないが、偽物には一位を取られたくない。
どんな願いをコウジに要求するか分かったものじゃない。
ここからは本気で……と言っても、この残基数で二対一は……。
「よっと」
「ナッ……?!」
「むえ!?」
私がリポップするまでの僅かな時間でコウジが偽物とラフティリの二人を吹っ飛ばした。
「うん、キャラの動かし方は指に染み付いているな。アズモの指捌きを体験していたから三人の戦いについていけそうだ」
コウジは当たり前のようにそう言った。
勿論、私と同じようにアピールをする事を忘れていない。
「やるか、アズモ。ゲームでも俺達が最強な所を二人に見せてやろうぜ」
「コウジ……!」
コウジの操作キャラは私と同じ父上。
このゲームにおいて竜王は重量級キャラになる。
一撃が重く、吹っ飛ばされにくく、投げ技からのコンボが豊富。
ただ、遠距離からの攻撃に対する対抗手段が少ないのと、動きが遅いところから初心者には向かないキャラ。
どうして父上を使うのか分からなかったが、なるほどそういう事か。
私の身体を通して追体験をしていたから、コウジは扱いの難しい竜王を使えるのだ。
「コウジ」
「ああ」
「グェ」
「アズモ」
「勿論」
「むえっ?!」
「コレはヤバイ! ラフティー、コッチもタッグを組む!」
「分かったわ!」
「コウジ」
「ん」
「まただわ!」
「アズモ」
「任せろ」
「阿吽ヤメ!」
何も言わなくても欲しい所に、欲しいタイミングでコウジが二人を投げてくれる。
「どうして即席でそんなに出来るのだわ!?」
ラフティリがたまらないといったようにそう漏らす。
「どうしてって言われても……なあ?」
「当たり前のように出来てしまう事に疑問を呈されても答えようがない」
「呼吸みたいなもんだしな、アズモの思考読むの」
「ソンナのアリかヨ~!」
逆によく即席のタッグチームで私達に勝てると思ったものだ。
「私達に勝ちたかったら十年は同じ身体で過ごせ」
そう言って水龍を場外に飛ばした。
これでラフティリのストックも切れた。
私達の勝ちだ。
「ま、負けたわ!」
「ナニも出来なカッタ!」
「コウジってこんなに強いなんて思わなかったわ!」
「アズモも当タリ前のようにアノ状況から巻き返スんダモン」
「次は負けないわー」
「容赦ナク倒せばヨカッタ~」
負けた二人がコントローラーを投げ出して感想戦を始める。
もう終わった二人は余裕なものだ。
ここからが本番だというのに。
「コウジと言え遠慮はしない」
さあ、始めるぞ――
「――よっと」
私のブラフを混ぜながらの本気の攻撃をコウジが避けて掴んで投げ、そのままコンボを繋げ場外に吹き飛ばす。
「……」
「よし、俺の勝ちだな」
「……え?」
何が起きた……?
私の操作している方の竜王が吹き飛ばされたのと同時に、画面がリザルトに遷移し、それぞれの戦績が映し出される。
私が負けた……だと?
いや、そんな馬鹿な。
おかしい。
何かがおかしいぞ。
二人を倒したから、私とコウジの一騎打ちが始まるはずだった。
コウジに攻撃する覚悟を決めたのに。
どうしてだ?
ここからお互いの戦い方を分かっている者同士の熱い戦いが始まるはずでは……。
……いや、そういう事か。
「私はコウジの戦い方を知らなかったな」
溜息を吐きながらそう口にした。
「そういうこった。俺はアズモのゲームプレイを散々見て来たから知っているけど、アズモは知らないだろ」
頭にコウジの手が下ろされるのが分かった。
「ずるい……」
不貞腐れる私の髪をコウジがワシワシと撫でる。
「そろそろ現実に戻るぞ。外でスズランが待っているんだ。ほら、ラフティーも動け。身体を動かすぞ」
「むえ~」
突発的に始まったゲーム大会の終わりは案外あっけないものだった。
コウジに促されたラフティリがのそのそと起き上がり、私の世界から出て行く。
偽物も「バイバーイ」などと言い、何処かに消えていった。
いつもの私とコウジしか居ない空間に戻り、先程までの喧騒は幻だったかのようになくなる。
「ほら、アズモも帰るぞ」
「うー……。まだ帰りたくない……」
「また直ぐ遊べるようになるから大丈夫だぞ。ほら、おいで」
「……」
コウジが私の前でしゃがみ、背中を向ける。
私が無言で乗ると、コウジは歩き出す。
「久しぶりにラフティーに会えて楽しかったか?」
「……楽しかった」
「良い息抜きにはなったか?」
「なった」
「黒アズモとも仲良くやれそうか?」
「それは無理」
扉を抜けると真っ暗な空間になる。
ラフティリがいなくなったため、この懐かしい寮が崩壊するのも時間の問題だ。
歩き続けたら、また私を探す現実に戻る。
「進むのが怖いか?」
私の不安を感じ取ったコウジがそう言う。
「……当然だ」
この世界の現実はとても辛い。
自分が犯罪者みたいな扱いをされている世界が怖くない訳がない。
私を助けられたとしても、私は許されない。
辛いのは終わらない。
「……ほら、有名な台詞があるだろ。『世界が君の敵になっても、俺は君の味方だ』って台詞」
「臭い」
「そんな事言うなって。……まあでも、アズモの罪は俺の罪みたいなもんだしな。二人で背負えばちょっとは軽くなるだろ?」
「……」
そんなの言われなくても分かっている。
コウジは絶対に私と一緒に居てくれる。
「それにほら、俺だけじゃないだろ?」
『――戻れたわ。まず何をすれば良いのだわ?』
先に戻ったラフティリから声が聞こえた。
「ほらな。ちょっとは怖くなくなっただろ」
「……少しだけ」
「なら、良かった。この街で頑張った意味があったな」
コウジの首に回した腕に力を込める事でそれを肯定する。
私がここまでやって来た事は無駄では無かった。
……だが、恥ずかしいからこの会話はここで終わりだ。
「まずは服を着ろ」
コウジがラフティリの声に応える。
『着たわ!』
「じゃあ次はスズランを探してくれ。近くにいるはずだから」
『スズラン……? コウジ達の召喚獣だったかしら?』
「ああそうだ。白いちっちゃいのが居るだろ?」
『いるわ! でもあたしと目が合うなり逃げて行ったわ! 何故!?』
「ええ? うーん、よく分からないけど、取り敢えず捕まえてくれ!」
『とてもすばしっこいわ! 凄く逃げられている気がする!』
「捕まえられそうか……?」
『あたしを誰だと思っているの? もちろんこんなの……捕まえたわ!』
『ナ゛ー゛ン゛』
「なんかめちゃくちゃ嫌がっている声が聞こえるな……。一応聞くが、なんかしたか?」
『何もしていないはずだわ!』
「だよなあ? ……まあ、良いか。移るからそのままスズランを放さないでくれよ」
コウジが止まり、振り向く。
「じゃあ、そろそろ俺達も戻るか」
私は頷いた。
―――――
「――もう飛んで良い? コウジもちゃんと背負っていくから良いわよね?」
クリスタロスへ歩いていると、コウジ君の隣を歩くラフティリちゃんがうんざりした様子でそう口にした。
「駄目だ。今から行く所は人間の街なんだ。人間にとって竜は怖い存在なんだぞ」
「ふーん?」
ラフティリちゃんは理解していない様子だったけど、竜化して飛ぶのは諦めたようだ。
二人はそのまま雑談をしながら歩いていく。
中でゲームでもしていたのか、会話の内容は若干ゲームに偏っている気がした。
「――にしても、長居しちまったな。誰かに襲われなくて良かった」
不意にコウジ君がそう口にした。
面白い事を言っているな、なんて思いながら血の付いた刀を胸の中にしまった。
その話は直ぐに終わってしまったが、アズモちゃんが話を逸らしでもしたのだろうか。
たぶんだけど、アズモちゃんが私を試していたんでしょう?
本当に私が味方になっているのか確かめたくてこんなに長い時間あの場所で寝ていたんでしょう?
――まさか、久しぶりに友達に逢えたのが嬉しくて話し込んじゃった……なんて訳はないだろうし。
凄いなあ、アズモちゃんは。
コウジ君達が街の中に入って行くのを見届けてからその場を後にした。
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