四十六話 「私のだぞ」
『――――ジ』
誰かの声が聞こえる。
『――――――コウジ』
誰かが俺を呼んでいる。
――ドタドタドタ。
誰かに名前を呼ばれ覚醒しようとしている脳へドタバタ走る音が届く。
続いて元気な声が聞こえて来た。
「――アズモー!」
「……」
「あたしから逃げられると思ったら大間違いだわ!」
「……」
目を覚まし身体を起こすと、ラフティリに抱えられたアズモと目が合った。
なんでもっと早く起きて私を助けてくれなかったんだ――アズモの目はそう語っていた。
「あ、コウジが起きているわ! おはようだわー!」
「……」
「アズモが逃げ出したわ! アズモを捕まえるのを手伝って、コウジ!」
「おはよう、ラフティー……。相変わらず元気なやつだ」
手を伸ばしながら俺の元へ駆けて来るアズモを迎え入れ、ラフティリに挨拶を返した。
俺に抱えられたアズモは直ぐに俺の背中側へと避難する。
「小さいアズモを抱っこしたいから貸して!」
「……!」
「アズモが首をブンブン振っているから駄目」
「なんでよー! コウジは良くてあたしが駄目なのは納得がいかないわ!」
不満を口にしながらアズモへ手を伸ばすラフティリと、俺の身体中をモゾモゾと移動するアズモ。
再会を喜びたいラフティリの気持ちも、久しぶりに会う親戚に人見知りを発揮しているアズモの気持ちも分かる俺は居たたまれなくなりジッとしていた。
身体中を駆け巡るアズモの感触と、かなり強めに差し出されるラフティリの手が身体をなぞっていくためとてもくすぐったい。
間に俺を挟んだ状態でよく分からない争いをしないでほしい。
ここでどちらか片方に助力したら、もう片方に批難されることが分かり切っているからだ。
「まどろっこしいわ!」
一連のやり取りが面倒になったラフティリがそう叫び、俺をドンと押す。
急に押されるなんて思ってなかった俺はそのまま後ろに倒れ、その上にラフティリがのしかかってきた。
ちなみに、アズモはラフティリが叫んだ辺りで何かを察したのかジャンプして逃げている。
「ふん」
「むえー……」
アズモに逃げられたラフティリは情けない声を漏らし、俺の上でへこたれる。
「コウジ~」
「……!?」
「……!」
ラフティリが俺の名を呼び、両手で俺の事を抱きしめてきた。
興味がアズモから俺へと移ったようだ。
――なんというか……どうしてこう、竜王家の女連中はスキンシップが過剰なのだろうか。
ふと、脳裏に母さんや姉さんに揉みくちゃにされてきた記憶が蘇った。
あの時はアズモの身体に憑依していたから軽傷で済んだが、今はこれ駄目だ。
首元に顔をうずめ、背中に手を回したラフティリは満足そうな声を漏らし、モゾモゾと動く。
見ない間に色々と大きくなっていたラフティリの肉感的な肢体になんとも言えない気持ちになり口をぎゅっと結んだ。
十七年間を男として過ごしてから、女の子になり六年、そこから一月ほど男に戻り、また半日程女の子になって、食欲・睡眠欲・性欲などの欲から解脱された魂体になった今。
男の情欲などという物から解き放たれた生活をここしばらく行っていたため、久しく忘れていた感情が湧き上がってくる。
この気持ちが俺の失くしていた
……いや、違うな。
やけに艶めかしい吐息を耳に届けて来るこいつの小さい時の姿を俺は知っている。
ラフティリはアズモの姪だ……という事は俺にとっても姪のようなものである。
俺はラフティリの叔父さんなんだ。
邪な気持ちなどが浮かんでくる訳が無い。
ならば今湧いてきたこの感情は……。
「大きくなったな、ラフティー……」
俺の上に乗っかるラフティリの水色の髪に手を添え、軽く撫でる。
これはきっと父性みたいなものなのだ。
仲良くしていた親戚の女の子がちょっと見ない内に大人の女性に成長していたという戸惑いと、成長を喜ぶ気持ちだ。
「むえ~」
「……いや、待て、止まれ。なんか距離近くないですかラフティーさん?」
ラフティリの成長を喜んでいたら、ラフティリの顔が首元からどんどん上がって来た。
何故か少しラフティリの瞳が獰猛な獣のそれに見えて怖い。
「コウジは私のだぞ!」
俺を隠れ蓑にして逃げていたアズモが俺のピンチに駆けつけてきた。
ラフティリの顔をグイグイと押し、俺から遠ざけようと頑張りだした。
「アズモ~!」
ラフティリの興味が再びアズモに移ったようだ。
ラフティリは近くにやって来たアズモにガバっと掴みかかり、俺の上から飛んで行った。
「アズモ~」
「コ、コウジ……」
アズモがラフティリに完全に拘束され、俺へと力なく手を伸ばした。
そして、その手は直ぐに地へと落ちた。
「むえ、むえ、むつっ」
「……う、うわあああああ!!!!」
うわ、なんかあれ普通にキスされてないか……?
なんか見ちゃいけない気がするな、目を逸らしておこう……。
―――――
「頼む、コウジ。一生のお願いだ」
「……一応言ってみろ」
「上書きしてくれ」
「……そう言えば、なんでラフティーはゲトス森にいたんだ?」
顔を上げて目を閉じながら何かを待つアズモの事は無視する事にした。
「あそこゲトス森って言うのね」
「知らなか――痛って……」
一通りアズモで遊んで落ち着いたラフティリに話を振ると、アズモが脇腹を殴ってきた。
助けてやれなくて悪かったとは思っているが、俺が襲われるよりはましだったと思うんだ。
「ふん」
「コウジじゃなくてあたしの膝に来てもいいわ」
「黙れ変態。話しかけるな」
アズモがラフティリと会話をしながら膝の上に登って来たので手を添えて受け入れてやった。
久しぶりに会うラフティリに人見知りを発揮していたアズモだが、先程のラフティリの暴動のおかげで人見知りが終わったようだ。
「??? アズモはコウジの事が好きなのね?」
「それはそう……だが今は違う。わざわざ言うのも馬鹿らしいから自分の胸に手を当ててよく考えてくれ」
「??? 何も分かんないわ?」
「……頭に回る栄養が全部身体に行ってしまったのだな」
「あたしは大きくなったわ? でもなんでアズモは大きくなってないの? 逆に縮んでない? というかコウジもあの時と同じ姿のままだし……どういう事だわ?」
ラフティリがアズモと俺の方を見ながら当然の疑問を投げかけてくる。
「それは話したら長くなる……。一旦ここを出てクリスタロスに戻ろう。俺達は今現在、ゲトス森で気を失って倒れている事になっているんだ」
「??? ……? …………!! ああああーーー!!!?? そう言えばそうだったわ!! あたし達ってどうしてここにいるの!? 森に居たはずだわ! ここはどこ!? あたしは誰!?」
俺の台詞を聞いたラフティリは時間をたっぷり掛けた後絶叫した。
俺とアズモは手で耳を押さえ、ラフティリの興奮が収まるのをしばし待つ。
精神世界へやけに自然に溶け込んでいたから来た事があるのかと思っていたが、こういう所へ来たのは初めてだったようだ。
ラフティリはアズモや俺に再会出来た嬉しさから自分が今どんな状況に置かれているのかに気付けていなかった。
「……お前はキスマ・リョウトウ・ロクデナシだ」
「はっ! そうだわ! あたしはラフティリ・ネスティマス! とにかく可愛いで有名なラフティリちゃんだったわ!」
「こいつ……」
鬱憤を晴らそうとしたアズモだったが、ラフティリに返り討ちにされた怒りで震えているのが分かった。
「……なんか懐かしいな、こういうの」
ラフティリが何かやらかして、怒ったアズモが毒を吐く。
だが、何かと疎いラフティリにはアズモの毒舌なんてちっとも効かない。
それにキレたアズモがいよいよ手を出して喧嘩が始まる……と思いきや、ラフティリは遊びだと勘違いして――。
気付いたら本当に遊んでいる。
性格が真逆なはずなのに何故か仲が良い。
「何を懐かしんでいる。あの阿呆を倒す方法を考えるぞ。このままでは一方的にやられるだけ……む、おい、頭を撫でるな。そんなので私を丸め込めると思うなよ」
「本当に可愛いなお前らは……。いいか、ラフティー。一気に説明してやるからよく聞いていろよ」
「聞くわ!」
アズモの頭を撫でているのに気付いたラフティリが凄い勢いで俺の体面に正座して頭を突き出してくる。
身体が大きくなってもこういうところは変わらないんだな。
なんて思いながらラフティリの頭にも手を伸ばすと、「むえ~」という声と「ちっ」と舌打ちする音が返ってきた。
「ここはラフティーの心の中だ。ここに居るのは身体が眠っているから。現実では外で寝ている状態だ。起きようと思えば直ぐに起きられる。そして、俺とアズモはラフティーに憑依しているからラフティーの心の中に入って来られている。……分かったか?」
「分かったわ! ……分かったわ? ……? 分かったのか分からないわ!」
「まあ、難しいよな。俺もこれを説明するのが難しいんだ」
「……憑依って昔、コウジがアズモにしていたやつ? アズモの身体に憑いていたように、あたしの身体に憑いているって事?」
「ああ、その通りだ」
「……」
珍しくラフティリが黙り込み、思案顔になる。
理解するのが難しい事だから仕方ないと思う。
ただ、これからどうやって今まであった事を説明したもんか……。
「コウジとアズモって」
「ん、どうしたラフティー?」
「コウジとアズモって人に見られない事を良い事にいつもここで仲良ししていたって事?」
「うん?」
「遂にバレてしまったか……」
「うん? してないぞ? 嘘を吹聴するのはいけないと思うぞ?」
「流石にあたしもどうかと思うわ?」
「おーい、俺の声聞こえている?」
「なんだ嫉妬か? 羨ましいなら素直にそう言うべきだぞ」
「羨ましいわ? あたしも仲良しするわ?」
「さーて、そろそろ起きようかな! 森で竜を見つけて来たってクエストの報告をしなきゃいけないし起きないとな!」
直後、肩をガっと掴まれる感触に襲われた。
正座するラフティリと目が合った。
雪の結晶のようなものが浮かんでいる綺麗な瞳。
思わず吸い込まれてしまいそうな瞳だが、目が怖いせいで逃げたい気持ちにしかならない。
力関係って大事だったんだな。
アズモの言っていた事をちゃんと真面目に考えるべきだったんだ。
ラフティリの顔が徐々に近づいて来るのを見ながらそう考えていた。
これは流石に逃げられない。
ふと下を見ると、アズモが不敵な笑みを浮かべていた。
お前も道連れだ。そう顔に書いてあった。
……いや、アズモは良かったとしても俺は不味いだろ。
異性相手だぞ。
……すまん、アズモ!
頭の中でアズモに平謝りしながら、膝の上に座るアズモを抱き抱えた。
「むっ?」
「アズモガード!!!」
「むえっ、むつ」
「むうううう――!!!」
アズモを生贄に捧げた。
せめてもの償いに目を瞑った。
「じゃあ俺は先に起きて待っているから終わったら二人も起きろよな」
そう言い、逃げるようにラフティリの心の中から去って行った。
二章 メインヒロインと雹水竜 ―完―
「服なら確かこの湖の底に……あ、あったわ! これで街に行っても大丈夫になった? ……え、翼と尻尾を隠さなきゃいけないの? 面倒な街だわ!」
目を覚ましたラフティリちゃんが、誰かと会話をしながら近くの街へと向かって行った。
「……今回は街に戻れるね。やったね、アズモちゃん」
ラフティリちゃんと一緒に森から消えていった同盟者へと思いを馳せる。
「……なんで人がこの森に居るんだ。この森は今人払いされているは――あぐっ……!」
残った方の腕を突き刺し、言葉を途切れさせる。
家族を害した者の言葉を耳に入れたくなかった。
「逃がしてくれ……。何が目的なんだ、俺の知っている事なら――カッ……カヒュッ」
喉笛を切り裂き喋れなくしてから、肺を突き刺す。
「『餌にかかった。水魚龍の娘を泳がせておいて正解だった』」
「……!?」
何回目かの世界線で聞いた言葉を口にすると、これから死ぬ人が目を見開いた。
この言葉はコウジ君達がラフティリちゃんに再会した時にこの人から出る言葉だった物。
「あなたの知っている事は私も全部知っている。あなたがこれからしようとしていた事も知っている。……あなたが全部教えてくれたから」
「何を言っているか分からないよね。痛くてまともに頭が働かないよね。どうしてこんな事になっているか分からないよね」
「……でもね、あなたは何も知らずに死ぬの」
「これから、あなたがラフティリちゃんにやったようにあなたを殺すね」
そう言って首を切り落とした。
落とした首と身体は湖に捨てておく。
血の匂いを嗅ぎつけた小さな魚達が群がる。
肉を食われて骨だけになっていく。
これで完了。
また一つ障害を取り除く事が出来た。
「それにしてもアズモちゃんは凄いなあ。私の事を試したんだろうなあ。……敵が居るのが分かっているこの森で長い時間眠っていたんだもんね。私が本当に協力するのか試したんだよね?」
これくらいの障害ならいくらでも取り除いてあげるよ、アズモちゃん。
アズモちゃんの出す試験ならいくらでも付き合ってあげるよ。
なんて言ったって、アズモちゃんは初めて出来た仲間なんだから。
私はアズモちゃんのためなら何でもしてあげるよ。
アズモちゃんのためなら私は黒羽のあの子の問題だって解決してあげられるよ。
「……ああでも、あの子ばかりはどうしようもないかな。私じゃ手が出せないからね。アズモちゃんはこの街に居るあの子をどうやって突破するのかな」
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