五十話 「あれらを全部凍らせて来るわ」


「――母にコウジさん達が来る事は伝えておきました。……ところなのですが、どうしてそんなにキョロキョロしているのですか?」


 陽が落ち、街灯が夜道を照らす。

 むすっとした顔を続けるラフティリの隣で敵が何処かに潜んでいないか周りを見回していたら何故か引いた様子のコラキさんが俺にそう言った。


「闇夜に乗じて誘拐しに来る奴がいないか見張っています」

「……。はあ、そうですか」


 コラキさんは少しの間だけ何か言いたげな顔を浮かべていた。

 挙動不審な奴と一緒に歩くのが恥ずかしいとかそこら辺だろうか。

 確かに、傍から見たら俺は確かに不審者なのかもしれない。


 だが、これは急な接敵を防ぐためには大事な事である。


「そんなにフラフラしていたら危ないですよコウジさん。攫われないように手を繋いでおきますか?」

「え?」


 ――俺が守られるの?


「もしかしてコウジさんって、五歳くらいの女の子になっている自覚が無いのですか?」


 いや、そうかもしれないが、俺は自分の身くらいは自分で守れますよ。

 そう言い訳する前にコラキさんの手が動き、更にその前に動いていたラフティリの手が俺を掴む。


「コウジはあたしが見ておくから、何もしてなくていいわ」

「あ……そうですか、よろしくお願いします」


 俺の手を掴んだラフティリはそのまま俺の身体を持ち上げ、抱き抱えた。


「――ナーン!」


 と思ったら、身体が勝手に暴れラフティリのホールドから抜けた。

 身体がそのまま逃げるようにコラキさんの元まで動き、宙ぶらりんになっていたコラキさんの右手を握る。


「コウジさん……?」

「コウジ……」


 何が何だか分からずに翻弄されているものの少し声が嬉しそうなコラキさんと、射殺すような視線を向け語気を荒げるラフティリ。


「ち、違うんだ! 身体が勝手に!」


 そんな二人に対して俺は情けない言い訳をする。


「コウジさんはお姉ちゃんと一緒に歩きたかったんですね」


 コラキさんが楽しげにそう言うと、直ぐ傍から凄まじい冷気が放たれた。


「ふん」


 と思ったら、また勝手に身体が動いてコラキさんの手を振り払った。


「コウジさん……?」

「コウジ……?」


 冷気が収まった。

 それと同時にコラキさんの悲しそうな声と、少し考えていそうな声が聞こえた。


「ち、違うんです! また身体が勝手に!」


 俺はまた情けない言い訳をした。


『ナーン……』


 頭の中でスズランの申し訳なさそうな声が響いた。

 スズランは今俺が動かしているこの身体の持ち主であり、俺とアズモの宿主。


 ――身体を動かしたのはスズランだったのか……?


 俺達が乗り移っているとは言え、勿論スズランも身体を動かす事は出来る。

 だが、スズランは俺が動いてほしいと言わないと全く動かない。

 スズランはアズモと違って、身体を動かすのが面倒だから俺の行動の全てを丸投げしている訳でもない。


 人型の身体を動かす事が得意ではない、元々花であったからジッとしているのが得意、俺に気を遣い操作権を委ねている……様々な理由があるが、一番の理由は心の中でアズモと黒アズモが喧嘩しないように見ていて忙しいからだ。


『ナーンナーン……』

『魚臭いのと鳥臭いのが嫌だったとスズランは言っているようだ』


 俺と同じくスズランに居座らせてもらっているアズモがスズランの思いを代弁する。


 ――そうだったのか。ごめんな、スズラン。


『ナン、ナーン!?』

『む、私は身体を動かしていないが』

『ナーン……』


 召喚主による理不尽な責任転嫁が始まろうとしていたが、俺はそこらで意識を心の中から外へと切り替える。


「アズモとスズランが身体を動かしたみたいです」


 ラフティリに抱き抱えられてびっくりしたスズランがコラキさんの元へ逃げ、アズモがコラキさんの手を振り払ったというのが事の顛末だろう。

 スズランの伝えたい事も、アズモの嘘も俺には分かる。


「あ、なるほど……」

「やっぱアズモだわ!」


 コラキさんは納得したようにそう呟き、ラフティリは憤った。

 ラフティリに関しては、自分から逃げたのもアズモによるものだと勘違いしていそうだった。


 そこから更に歩き、住宅地の一角を目指していく。

 クリスタロスは四方を壁に囲まれた街で、出入口付近には冒険者用の施設が詰まっている。

 そのため、住宅地は街の奥まで歩いて行かなければ見えてこない。


 コラキさんの家はその中でも更に奥の方にあり、クリスタロスギルドから歩いて一時間以上掛かる。

 いつもはギルドの人達と一緒に帰っていると言っていた。


 文明のごった煮という表現が体現されているクリスタロスでは街灯として、道路灯や街路灯、防犯灯、建物周辺照明から灯篭や行燈、提灯まで雑多な灯りが至る所に設置されている。

 しかし、この距離を女性一人で歩くのは確かに危ないだろう。


 この街はシンプルに治安が悪い。

 コラキさんとラフティリ、そして女の子になっている俺……という純粋な女性二人と性別をコロコロしている一人の合計三人で道を歩いているが、先程から邪な視線を感じる。


 ふと顔を上げたら窓からこちらを見ていたおっさんが顔を逸らすが、前を向くとねっとりとした視線が戻って来る。


 男の時には気付かなかった嫌な視線をあちこちから感じる。


「……気になるのならあれらを全部凍らせて来るわ」


 斜め後ろを歩くラフティリが俺の耳元でボソッと呟いた。

 表面には出さないように努めていたつもりだったが、気付かれてしまっていたようだ。


「いや、良い。ここで何かやったところで一時凌ぎにしかならない」


 俺がそう言うと、ラフティリは「そう」と言い元の位置に戻った。

 俺達が何かをすれば現状を良くすることは出来る。

 だが、俺とラフティリがいなかったらこの視線は元の物に戻る。

 それに、居ない間に報復などをされたら溜まったものではない。


 ――アズモの身体に居た時……魔物の国に居た時はこんな視線に晒された事は無かったんだけどな。


 人間に対する嫌悪感がまた一つ募った。


 ――なんて、同じ人間の俺が何を考えているんだろうな。馬鹿らしい。


「……あ、そう言えば、ギルドに居たあのトマギマっていう人は新しく入った方なんですかね? なんかどっかで見た気がする――」


 気を取り直してコラキさんとの会話に興じる。


 やがて、見覚えのある黄土色の家が見えて来た。

 土と木で出来た簡素な家だ。

 安心感を与えてくれ、お婆ちゃんの家を思い出す。


「着きました。コウジさん達を家に招く事を母に伝えてきますので少し待っていてください」


 コラキさんがそう言って玄関へ向かって行く。

 俺は特に何も考えずにそれを眺めていたが、コラキさんがバッグから鍵を取り出すあたりで急に違和感が湧き上がって来た。


 ――来た事を伝えるのではなくて、招く事を伝える……?


「……あれ、ギルドを出る前に連絡をしていたんじゃ?」

「はい。連絡をしたのですが、何故か母から何も返って来ていなくて、おまけに既読も付いていなかったので――」


 瞬間、嫌な考えが過った。


 ここに来るまでの間、コラキさんはどうして俺が家に来たがっているのかを聞いて来なかった。

 俺の台詞や態度から何かを察してくれたのか俺の話に合わせてくれていた。


 ――強い種族が身体を狙われている。


 俺はラフティリのその言葉を聞いた時、コラキさんの身を案じた。

 勿論コラキさんが本物である事は疑っていない。

 魂体を披露した俺に対しての優しい反応からコラキさんが本物だという確信がある。


 ……ただ、コラキさんの以外の人――コラキさんの家族が本物かどうかは分からない。


 普通に暮らしているつもりでも、勝手に入れ替わっている可能性がある。

 知らない誰かがその人のフリをして過ごしているかもしれない。

 俺の身の回りにそういう奴が居たからどうしてもそれを疑ってしまう。

 そいつのようにいつか害を為して来てコラキさんの身に何かあったら俺は守れなかった事を絶対に悔やむ。


 だから俺はコラキさんの家族が本物かどうかを見極めておきたい。


 しかし、そんな事を正直に言う訳にもいかずコラキさんの好意に甘えてここまで来てしまったが……。


 来るのが遅かったかもしれない。


「……あれ、鍵が開いている?」


 ドアに鍵をさしたコラキさんが首を傾げる。


 もう何かが起きているかもしれない。

 そう考えコラキさんに近づこうとしたら俺の前を影が横切っていった。


「――血の臭いがするからドアを開けるのは止した方が良いわ」


 コラキさんの腕に手をかけたラフティリがそう言った。


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