四十九話 この人は急に何を言っているのだろう
「――例の得物だが、しばらく泳がせてみる事にした」
ゲトス森に向かった同胞から連絡が来たのは二週間ほど前になる。
「何を言っている」
俺はソイツにそう返した。
「泳がせていたら竜レベルの個体が助けにくるかもしれない。だから泳がせて、助けに来たところを一気に捕らえる」
「見つけたのなら早く捕らえて帰ってこい!」
俺は苛立ちながらそう叫ぶ。
隙を作るのにどれだけの犠牲を払ったと思っているんだ、と。
竜と氷の結晶一族の血を引いた奇跡のサラブレッド。
その身体は竜の硬い鱗を宿し、氷のような神秘性を秘めている。
例のギフテッド竜の時は失敗して手に入らなかった若い竜の身体が手に入るまたとないチャンスだった。
「命令をするな。俺とお前はたまたま同じ人に付いているだけで、俺達自身は仲間でもなんでもない。それに、俺が従うのはあの人の言葉だけだ」
黒い羽がざわめき、逆立つのが分かった。
「そんな事言って何かあったらどうする! 可能性の話ではなく現段階で可能な成果を上げろ!」
「……何かってなんだ? 襲撃か? 報復か? それともまた別の何かしらか? 俺達は特別な身体を手に入れた略奪者だ。奪う事はあっても奪われる事は決してない。何故なら、この身体は竜にも負けない」
「……勝手にしろ」
何も言い返せなかった。
特別な身体と特別な武器の強さを俺は知っている。
竜にも負けないから竜の身体を手に入れる事が出来た。
それ以降、ソイツと喋る事はやめた。
毎日夕方に行われるメールを使った報告だけを受け取る事になった。
――空を飛んでいる奴を見た。
――ウルスを一撃で仕留めている奴がいた。
――人間にしか見えないのにブレスを使っている奴がいる。
ソイツは正しかった。
若い竜を助けに来ている別の竜が居る事は明らかだった。
早くその竜も捕らえて帰ってこい。
何度もそう言い掛けたがやめた。
何かを言ったところで言う事を聞かない。
何を言っても無駄。
アイツには悪癖が他にも沢山あるから扱いに困る。
あの人以外の言葉を聞かない。
どうせ治す事が出来るからと必要以上に得物を傷つける。
自分の行いが正しいと思い込んで疑わない。
俺達の組織は成果さえ上げれば誰にも文句は言われない。
だが、あれだといつか良くない事が起こりそうだと懸念してしまう。
――何も起こらなければ良いが……。
……そう考えていたら、アイツからの定期連絡が途絶えた。
アイツの性格は確かに最悪だが、任務だけは必ず熟す男だった。
まだ一時間連絡が来ていないだけだが、胸がざわつく。
何か良くない事が起きた気がしてならない。
「……そう言えば、あの場所にはこの身体の家族が居たな」
―――――
「ただいまー、帰りましたよー。コウジ君愛しのアオイロが帰ってきましたよー」
ホテルの部屋の扉が開き、二匹の召喚獣が入って来る。
「ふーん、誰も居ないみたいだが」
「おや、喋れるようになった泥の子のお披露目会でもしようと思っていたんですけどね」
「ふざけろ。誰が人間と話すものか。私は人間と言葉を通して会話するつもりなど微塵もない。ずっとゴギュゴギュ言うつもりだ」
「よく分からないこだわりを持っていますね……ん、知らない女の臭いがしませんか」
二匹の召喚獣のうち一匹が凄まじい殺気を一瞬にして放ちだす。
その濃密な殺気は窓に薄く罅を入れた。
「ストーカー女もここまでくると目を見張るものがある」
「もう急にデレないでくださいよ」
「今の私の言葉の何処にデレが入っていた」
「まあ、こういう時はあれですね。部屋に仕掛けた盗聴器を探れば何処に行ったか分かるかもしれないです」
「うわあ……」
「もう急にデレないでくださいよ。褒めても何も出ませんよ」
「……」
――人間と話すよりも、この塵と話す方が精神に悪いかもしれん。
泥の魔物はそう感じた。
「スイッチポチっとな」
――ザザザザザ。
『――ラフティーも外に出る準備をしてくれ! 今からギルドに行くぞ!』
機械はしばらくノイズ音を放った後、とある声を流した。
「どうやらコウジ君が何らかの確信に迫る情報を手に入れたらしいですね。……それにラフティーという事はラフティリさんでしょうか。あの父親が厄介な」
「私に聞かれても知らん。誰だそいつは」
「竜です」
「竜か……」
泥の魔物にとって竜は苦手な魔物であるのか、幾分か沈んだ声を漏らしていた。
「よく分からないですが私達もギルドに向かいましょうか。作成した心臓をコウジ君の身体にはめ込んで人工呼吸してあげたいですし」
そう言って魔物は走り出した。
――そんなくだらない理由で竜のいるかもしれない場所に行きたくない。
泥の魔物はそう言って断りたかったが、約束をしてしまった以上は何処までも着いて行くしかないためノソノソと動き出す。
―――――
――ドドド。
地響きが聞こえる。
誰かが途轍もない勢いでこちらに向かってきている。
その人は扉を物凄い勢いで潜り抜け、室内を駆け、私のいるカウンターまでやって来た。
「……ちょっと良いですかコラキさん!」
その人は息を切らしながら私に話し掛けてきた。
「え、ええ、良いですけど、どうしたんですか?」
凄い勢いで私の元までやって来たのは一か月前に急に現れた人。
コウジさんだ。
この人は空を飛んだり、私を代り映えのしない毎日から誘拐したり、スズランちゃんになっていたり、アズモちゃんと関わりがあったり、女の子になったりと会う度に何かしらをしでかしている。
見ていて退屈しない人。
今日はゲトス森の調査クエストを受けていた。
昔馴染みの竜であるらしいラフティリさんを連れて街に戻って来たかと思ったら何かあったのかいきなり帰っていたけど……。
今度は何があったんだろう。
「……」
コウジさんの後ろに立つラフティリさんが無言でわたしの事を睨んでいる。
ラフティリさんはわたしに対して何か思う所があるのか、会った時から敵対視をしてきている気がする。
――でも特に何かをしている訳でもないし、気を悪くさせてしまうような事をしてしまった覚えもないんだよね。
コウジさんとアズモちゃんの友達。
そう考えたら良い子である事は間違い無いからどうにか仲良くしたいけど、どうしたものか……。
なんて考えていたらコウジさんが口を開く。
「あの、今日、コラキさんの家に行って良いですか!?」
「はい。…………はい?」
コウジさんの言う事なら……と、何も考えずに「はい。良いですよ」と言おうと思ったけど、聞き捨てならない事を言っていたために言えなかった。
この人はまた急に何を言っているのだろう。
「私の家に……ですか? 理由を聞いても?」
「理由は……この場所では言えないです」
「……」
コウジさんがいきなりこう言って来る事には必ず意味がある。
彼は突拍子のない事をするけれど、それには毎回意味が伴っていた。
「うーん……」
でも、今回ばかりは「良いです」とは言いにくい。
家には家族が居る。
急に人を呼んだら驚かせてしまう。
それに、異性を家に招いたら、お母さんになんと言われるか……。
…………。
……いや、今のコウジさんを家に連れていっても何かを詮索をされる事はないか。
「……仕方ないから良いですよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます