四十八話 「なんで女の子になっているの?」


「――それで、あの発言は一体どういう事なんだ?」


 ラフティリが発した言葉の真意を知りたくて、俺はそう問いかけた。


 ――あの人って本物なの……?


 ラフティリがコラキさんに対して投げた疑問。

 コラキさんを前にしたラフティリがあまりにも不安そうにしていたからギルドでの話は直ぐに切り上げ、宿へと移動する事にした。


 移動している際に、俺の隣で歩くラフティリがポツリとそう呟いた。


 その言葉を聞いた俺は、宿に戻ってからその話をしようと提案した。

 歩きながら話すにしては重い話になると思ったからだ。


 異世界に戻ってきてからずっとお世話になっているグマットホテル。

 フロントでラフティリの分のお金を払い、彼女を部屋に案内した。

 ラフティリをベッドに座らせ、飲み物を二つテーブルの上に置いてから真意を問う。


 どんな答えが返って来てもいいように覚悟を決め、ラフティリの返答を待つ。


「その前にちょっと待ってほしいわ! お風呂入って良い? ずっと森で過ごしていたから身体が臭うわ! あと服と下着借りて良い? 今着ているこれは洗濯をお願いしたいわ!」


「…………」


 ラフティリは部屋に戻ってくるまで神妙な面持ちでいたのに、部屋に入って安堵したのか、元気にあちこちを見渡しながら一遍に色んな事を聞いて来た。


「アズモは? そういえばアズモは何処に行ったの? あとなんで、コウジは女の子になっているの?」


 予想外の反応が返ってきて思わずがっくりと項垂れそうになった。

 なんだかおかしく思えてきて代わりに笑った。


「色々成長したみたいだが、根っこの部分はあの頃と同じだな。学園に居た頃を思い出すよ」

「むえー?」


 調子を崩されたが、ラフティリらしい。

 いつでも真っ直ぐで場を和ましてくれるところがラフティリの良い所だ。


「風呂ならそこの扉の先にある。ラフティーが着られそうな替えの服は男物しか無いけど良いか?」

「良いけどなんで男物しか無いの? コウジは女の子のはずだわ?」

「いや、実は俺って男なんだよ」

「そうなの? じゃあなんて今は女の子になっているの?」

「スズランっていう召喚獣を覚えているか? 俺とアズモは今その召喚獣の中に居るんだ。そしてこの姿はその召喚獣で人間化した姿だ」

「???」

「まあ何言ってんだこいつって感じだよな。良いから取り敢えずさっさと風呂入ってこい。替えの服は洗面所に置いておくから、脱いだ服は纏めて籠に入れて置けよ。後で洗濯しとくから」

「分かったわ!」



―――――



 ――ブオオオオオ。


「一カ月ぶりにお風呂に入ったわ!」


 鏡の前で座らせたラフティリの水色の髪をドライヤーで乾かす。


 ホテルの大浴場がある階に併設されているランドリールームに行き、ラフティリの服を洗濯してきた。

 一か月ぶりに風呂に入ったラフティリの発言通りと言っていいのかどうかは分からないが、よく見てみたらラフティリの服が汚い上に臭かったので洗濯機に突っ込む前に予洗いしていたら思ったよりも時間が掛かった。


 フロントでハンガーを借りて部屋に戻って来たら、俺の服を着たラフティリが濡れた髪のままベッドの上でゴロゴロしていたのでドレッサーの前に座らせた。


「一か月ぶりに誰かと喋ったわ! 森は大変だったわ! 夜は暗いし、誰も居ないしで散々だったわ!」

「え、なんだって!? ドライヤーの音に掻き消されて聞きにくい!」

「コウジが戻って来てくれて良かったわー! 見つけてくれてありがとうだわー!!」

「俺もラフティーに再会出来て良かったよ!」


 ――ブオオオオオ。


「それで、そろそろ良いか」

「いいわ」


 やっと、話を始める準備を終えた。


「本物なのかっていうのはどういう意味なんだ?」

「そのままの意味だわ。コラキ……だったかしら? あのコラキとかいう黒羽の鳥獣人族が本物なのかどうかをあたしは聞いたわ」


 コラキさんが本物なのかどうか。

 そのままの意味、か……。


 本物の何だろうか。

 本物のギルド職員なのか、本物の鳥獣人族なのか、本物のコラキさんなのかどうか……。


「本物のなんだ? ラフティーはそれが偽物だと思っているのか?」

「コラキ本人なのかどうか、だわ。どうして……そんなのコウジも知っているはずだわ?」

「ごめん。俺はどうして本人なのかどうかを気にする必要があるのか分からない。十年振りにこの世界に戻って来たから、今の情勢に疎いんだ」


 なるほど。と、ラフティリは口にし、お茶を啜った。

 何処から話したものか……と考えているようだった。


「そもそもどうしてコウジは十年も居なくなっていたの? コウジが居なくなってから大変だったわ。アズモが異形化して、誰の呼びかけにも応えてくれなくて……。そして、アズモの被害にあった人達の身体を悪用する連中が現れたわ。でも、コウジとアズモが居たという事はもう全部終わったのよね……?」


 ラフティリは俺にそう問いかけてきた。

 いや、事実の確認をしたいというよりは、頼むからもう終わっていてくれと縋るような言葉だった。


「……まだ何も終わっていないんだ。アズモは依然として異形化し続けている。ラフティーと会ったアズモは、確かにアズモの一部ではあるが、異形化しているアズモとはまた別の存在なんだ」


 言葉を口にするのが辛い。

 ラフティリが僅かに抱いた希望を壊してしまうような事を言うしかないのが辛かった。


「……なんとなく分かっていたわ。アズモがあんなに小さい訳がないもの」

「……」


 その通りだ。

 俺の中に居るアズモはあの頃のままである。

 実際には、消費を抑えるためとかで二歳の時と同じ姿になっているが、戻りこそすれ成長する事は決して無い。


 俺の中に居るアズモの時間はあの頃のままで止まっている。


「どうして十年も居なくなっていたのか。それは、あの後……一組とのクラス対抗戦が終わった後、俺は……テリオ兄さんに刺されて……気付いたら元の世界に戻っていた」

「テリオに……。なるほど、なんか分かったわ。そうだわ、テリオなのだわ」


 家族に刺された。

 その事実を伝えるのはとても難しい事だと思っていたが、ラフティリはテリオ兄さんの名前を聞くと合点がいったようだった。


「どうして偽物かどうかを気にする必要があるのかと言ったわね? それはテリオのせいだわ」

「テリオ兄さんのせい……? まさか、ネットに書いてあったあの情報は……」

「ええ、今のテリオは偽物だわ」

「…………良かった」

「良くないわ?」

「それはそうなんだけど、なんというか……俺を刺したのがテリオ兄さんじゃなくて良かったと思ったんだ」


 ネットでまことしやかに囁かれていた情報。

 テリオ・ネスティマス偽物説。

 胡散臭さこの上ないが、説を裏付ける理由がいくつかあり一概には否定出来ない説だった。


 俺としても、そうであって欲しかった。


 だから、今は少し嬉しかった。

 だが、この感覚は偽物のテリオ兄さんに刺された俺しか分からないだろう。


「本物のテリオ兄さんはどうなっているんだ?」

「むー……魂を身体から身体へ移せる剣があるのだけれどそれは知っているかしら?」

「あ、ああ、知っている。というか、俺はそれに刺された」


 魂を移す剣。

 アオイロが持っていた短剣だ。

 確かあれは今、スズランに保管してもらっていたはず。


「テリオもそれに刺されたわ。だから今、テリオの中に居る人は偽物で……その剣は今、イリスが持っているわ。いや、テリオだけじゃないわ。竜王家で保管されていた剣は全部イリスに奪われたわ」

「……!?」


 イリス姉さん。

 イリス・ネスティマスは竜王家次女にあたる。

 だが、長女のエクセレがいないため、現在の竜王家では実質的な長女的ポジションにいた竜だ。


 確かにネットにも、竜王家次女が一家へ反逆を起こしたとは書いてあったがそんなまさか。


「どうしてイリス姉さんがそんな事をするんだ」


 動機が全く分からない。

 というか、テリオ兄さんだけではなく他の家族もあの剣に囚われている?

 あの剣は複数本あったのか?

 どうしてアオイロはそんな剣の一つを持っていたんだ?


「どうしてそんな事をするのかはあたしも聞きたいくらいだわ。本当に謎なの」

「……ちょっと待て。つまり、ラフティーはコラキさんが別の人に成り代わられているかもしれないと思っているのか?」

「そうだわ。だってあの人は鳥獣人族だわ、しかも黒色の。人間側では英雄、魔物側では悪魔のような扱いをされていた最強の種族だわ」

「それだけで本人かどうかを疑う理由になるのか?」

「疑う理由としてこれ以上のものはないわ。だって、狙われているのは強い種族だもの。だから竜王家も狙われていて、あたしも避難のためにあの森にいたのだから」


 強い種族が狙われている。

 奪う難易度は高いが、奪えた後は有効活用できる。

 ハイリスクハイリターン。


 魂を移す剣は複数あるのかもしれないが、もしも数に限りがあるとしたら……。


 ……だとしたらとても不味くないか。


「それにあたしはパパから聞いたわ。黒色の鳥の翼を持った者が家に攻め入って来たから逃げてくれって。……て、コウジ何処に行こうとしているの?」

「ラフティーも外に出る準備をしてくれ! 今からギルドに行くぞ!」


 コラキさんが危険だ。


 あの人は、戦う手段を持っていない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る