クリスタロスと伴わない心

四十七話 「あたしが例の竜だわ!」


「コラキさん、例の竜を捕まえて来ました」

「あたしが例の竜だわ!」

「…………え?」


 クリスタロスギルドのクエスト報告カウンター。

 見覚えがあるおっさんの後ろで何かの文書に目を通しているコラキさんを発見したので、小さな声で話し掛けた。


 例の竜とは雹水竜、すなわちラフティリの事を指す。

 ゲトス森に突如として住み着いたと噂される竜が実際に存在するのかを調査するクエスト――ゲトス森の調査クエストに挑んでいたところ、かつての知り合いである竜と再会した。


 その結果としてクリスタロスに竜を持ち帰ってくることとなったが、森で起こった事を何も話さずに旧友の竜を連れ帰るだけでクエストを終える訳にはいかない。

 しかし、人間にとって竜は恐怖の象徴である。

 そのため、おいそれとその事実を報告する訳にもいかない。


 そこで、コラキさんに声を掛け、個室で詳しい話をしようと思っていたのだが……。


「あたしが例の竜だわ!!」


 ――ああ、そうだった。こいつは声量がイカれているんだった。


 コラキさんが驚いて思わず零してしまった呟きを、聞こえなかったが故に出てしまったものだと勘違いしたラフティリが一回目よりも大きな声で言葉を口にした。


「お、おい。今なんか竜って聞こえなかったか……?」

「ああ確かに俺の耳にも聞こえたぜ」

「あいつは竜みたいだぞ」

「嘘だろ。竜がこの街に入って来たのか?」

「いやでもよ、綺麗なねーちゃんにしか見えなくねーか……?」

「確かに……。顔が良くて、身長が高くて、胸のデケー普通のねーちゃんだ」


 案の定ギルド内がヒソヒソ声で支配され、沢山の視線が向けられる。


「え、あたし、変なこと言った?」


 ラフティリが困った様子で俺の方を見た。


 ラフティリもこの街に来たばかりの俺と同じで、竜が人間にとってどんな存在であるかを理解していないようだった。

 ラフティリの育った場所では、竜は尊敬や羨望、あるいは畏怖の対象にされこそするものの、腫れ物のような扱いをされる事は決して無かった。


 自らが竜である事を誇るべきだ。

 そのような環境で生きたラフティリにとってこの反応は信じられないものだろう。


 ――説明するのを忘れていた。


 俺の落ち度だ。

 再会出来た事に舞い上がってしまい、認識の確認をする事を失念していた。


 昼が過ぎ、夕方に突入する時間。

 クエストを受注するには遅く、報告するには早い時間。

 普段に比べたらギルド内の人は少ない。


 それでも、竜という単語に反応した冒険者達が次々とざわついて騒がしくなっていく。


「あ、あー! なるほどそうか! お嬢ちゃん達はコウジって坊主の仲間か! 確かあの坊主が例の厄介なクエストを受けたと聞いたぞ!」


 冒険者達と同じように目をぱちくりさせてこちらを見ていた見覚えのあるおっさんが、ラフティリに負けず劣らずの声量で話し始める。


「なるほど、お嬢ちゃん達もあの坊主と一緒に『例の竜の”クエストを受けた”』って事だな!」


 そのままの勢いで、言葉を続けたおっさんは全部言い切ると俺にウインクを送ってきた。


 ――俺に合わせろ、と言っているようだった。


「あ、ああそうです! 俺達がコウジ……さん? と例の竜のクエストを受けて来ました!」


 おっさんが俺達に助け舟を出している事を察した俺も大声でおっさんの話に乗っかる。


 俺がおっさんの言っている耕司その人なのだが、今はスズランの身体に入っている影響で女の子になっているため俺が耕司だと言う訳にもいかず、仲間のフリをする。


「え、例のクエスト? よく分からないけど、あたしが例の――」

「頼む。黙ってくれ。お願いだから」

「む、むえ……」


 ラフティリの口を手で塞ぎ必死の形相で黙ってくれと伝えると、ラフティリはコクリと頷いた。


「なるほど、ならコラキ先輩の出番っすね! 俺は一人でも大丈夫なんで、このお嬢ちゃん達を連れて別室にお願いします!」

「あ、ありがとうございます。では、私は行ってきますので、トマギマさんはしばらくここお願いします。分からない事があったら直ぐに近くの人に投げてしまって大丈夫です」


 何処かで見た事のあるおっさんはトマギマさんと言うのか。

 助けてもらったし名前を覚えておこう。


 そう思いながら、俺は逃げるようにいつもの部屋に入っていった。



―――――



「……さて、色々と言いたい事はありますが、まずはお疲れ様でした」


 個室の机の前に置いてある椅子に俺とラフティリが並んで座り、俺の前にコラキさんが座る。

 コラキさんは俺とラフティリを数回交互に見ると、納得したかのように頷き口を開く。


「私はコウジさんが特別な方なのだと思っていました。特別、人間社会の常識が足りないから思わず『どうして?』と聞きたくなるような事ばかりするのだと思っていました。でも違ったのですね」


 コラキさんはニコリと微笑みながら棘のある言葉を放った。


「申し訳ありませんでした」

「……ごめんなさいだわ?」


 俺は直ぐに謝り、隣に座っていたラフティリにも頭を下げさせた。

 ギルド内をざわつかせてしまった謝罪と、竜を街に連れてきてしまった謝罪、そしてその竜の手綱を握り切れなかった事に対しての謝罪の意を込めて頭を下げた。


 トマギマというギルド職員が機転を利かせてくれたとは言え、ギルド内では先程の喧噪が残っているようで、まだ少しざわついている。


「はい。今度また竜の方を連れて来る時は事前の説明をお願いします」


 コラキさんはニコリと笑みを浮かべたまま俺達の謝罪を受け入れる。

 しかし、眼鏡の奥の瞳は笑っていなかった。


 竜の友達はラフティリしかいないので、また竜を連れて来るという事はない。

 それに、俺とアズモの魔物時代の友達はラフティリを除けば社会的常識があり、空気を読める奴しかいないのでこんな失態は二度と起こさないと思う。


 だが、そんな事を言ったところで信じてもらえる訳がないで言い訳はしない。


「――ねえ、コウジ。この人って……」


 項垂れていたらラフティリが俺に耳打ちをしてきた。

 ちゃんと小さな声で俺にだけ聞こえるように話して来たという事実にラフティリの成長を実感したが、このタイミングで内緒話をしだす事に疑問を覚えラフティリの方を向く。


 すると、ラフティリが見定めるような視線をコラキさんに向けている事に気付いた。


「どうした?」

「……後で言うわ」


 小さな声でラフティリに返すと、ラフティリは頭を振ってそう言った。


「そうか……」


 そう言って話を切り上げたが、小さな頃のラフティリを知っている身としては聞き出したい気持ちでいっぱいだった。

 ラフティリが隠し事をするのは滅多に無い事だったからだ。


「それで、その方は……?」


 コラキさんは俺達の様子を見て話が終わったとみると、そう聞いてきた。


「こいつは……」

「ラフティリ・ネスティマス。ラフティリと呼んでちょうだい」


 俺が答えようとすると、ラフティリが凛とした声で割って入って来た。

 だが、ラフティリはそれだけ言うと口を噤む。


「えーっと……アズモの姪で、フィドロクア兄さんの娘で、十六歳の竜の女の子です」


 ラフティリの代わりに、補足情報を俺が話す。


「ラフティリ・ネスティマスさん……。竜王家の一人ですね。フィドロクア・ネスティマスと言ったら確か水魚龍で実業家の……。また凄い方がクリスタロスにやって来たのですね」


 コラキさんはそう言いながらペンを走らせる。


 水魚龍という気になるワードが聞こえたが、隣に座るラフティリの様子の方が気になり頭から抜けていく。


 ラフティリが何故か不安そうにしているように見えた。


「コウジさんが嘘を吐いているとは思っていないのですが、一応、雹水竜であるという証明となる物を見せてほしいです」

「ラフティー、軽くブレスでも――」


 ――ブレスでも見せてやれよと言い掛けてやめた。


「――すみません、コラキさん。続きは明日でも良いですか?」

「え? あ、はい。良いですけど……」

「すみません、疲れちゃったみたいなんで宿に連れて行きます。……ほら、行くぞ」

「分かりました。続きはまた明日お願いします。本日はお疲れ様でした」


 無理矢理話を切り上げたが、コラキさんは嫌な顔一つせずに俺達を見送ってくれた。

 ラフティリはクリスタロスギルドを出てもしばらく無言だったが、やがて口を開いた。


「ねえ、コウジ。あの人って本物なの……?」


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