日常 海と幽霊と物理無効 中
アズモ・ネスティマスの考える最強の布陣。
「怖いなら素直に無理って言う事も大事なんだからな……」
まず、沢畑耕司の膝の上に座る。
「怖くないが」
「アズモ怖いの? なんで怖いの? 今のアズモも霊的な存在なのに怖いの? 仲間だわ?」
「一緒にするな。……お菓子をやるからここに座れ」
「座るわ」
次に、何かとうるさいラフティリ・ネスティマスを右隣りに招いて座らせる。
「来い、スズラン」
「ナーン」
最後に、自分の膝を指し示しスズランを丸まらせた。
後ろに耕司、右にラフティリ、前にスズラン。
これがアズモの考える最強の布陣。
「え、もしかして私達って認識されていない感じですか?」
「ゴギュ」
耕司が借りているこの部屋には泥の魔物とアオイロも居るが、その二匹がアズモに呼ばれる事はなかった。
――パラパラパラパラ。
テレビから独特な音楽が流れる。
週末の夜21時を告げる音楽だ。
この音楽が終わると映画が始まる。
上映される物は毎週異なるが、テレビの電波さえ受信していれば無料で見られるため世帯視聴率は毎週高い。
「あたしこの映画とっても観たかったわ! 去年やっている時に友達を誘ったんだけど誰も来てくれなくて観られなかったんだわ!」
本日やる映画の名前は「陥溺:海底からの呼び声」という。
新進気鋭の監督がメガホンを取った映画である。
この映画には曰くがいくつも付いており、ホラー映画としてある意味完成された映画だ。
製作段階で、演者と裏方が何人も失踪した。
その度に、映画の製作をストップすべきだという声が上がったが、監督が何かにとりつかれたように製作を強行し、映画完成後は監督も行方不明になった。
行方不明者が出ても取り直しせずに撮影を続けたため、何度か映画の途中で演者が別の人に代わっている。
人が変わるだけでなく、話も途中から支離滅裂な物へと変わっていき、一般映画としてはお粗末な物であるが、ホラー映画としては完成されている。
……という設定だ。
勿論、そんな呪いの映画ではなく、あくまでもそういう設定で売り出された映画。
斬新な売られ方をしたこの映画は見事大ヒット。
この映画が公開された年の映画祭では、監督と若い主演女優が章を受章した。
演者は今も元気に他の現場で撮影をしており、映画監督はSNSで今から始まる映画の思い出を語っており、ついでにちゃっかりこれから公開される映画の宣伝をしている。
流行り物が好きなラフティリは学園で色んな人に声を掛けたが全ての人に断られていた。
理由はラフティリの周りでホラーを好んで見る人が居なかったため。
代わりに無理矢理連れて行かれた恋愛映画の冒頭十分で爆睡したラフティリは、「興味のない映画を見に行っても寝ちゃうだけだわ」と学習した。
「コウジが戻って来てくれて良かったわ」
「ホラー映画を一緒に見るだけでこんな感謝されるなんて思ってなかったな」
「興味ないとか、怖そうとか、幼稚そうとか、流行り物はちょっと……とかでみんなに断られちゃったから嬉しいわ」
「ラフティーの友達って我の強い奴しかいないんだな……」
ラフティリは映画中でも我慢出来ずに喋ってしまうタイプの竜である。
耕司は劇場ならばエンドロールが流れ終わるまで決して喋らないが、劇場以外で鑑賞する場合は一緒に観る人によって喋ったり喋らなかったりするタイプの人間。
アズモは家だととてもうるさいタイプの竜。
「ナーン」
「ゴギュゴギュ? ゴギュ? ゴギュー……」
「え、人間がまた死にましたよ? え、なんであんな簡単に死んじゃうんですか?」
陥溺:海底からの呼び声という映画は人間向けの映画である。
人間の生態に理解のある魔物ならまだしも、どうでも良い人間のことなど路傍の石ころ程度としか認識していない三匹の召喚獣は見る観点が違う。
スズランは映画を観る主達の表情を見て楽しんでいる。
泥の魔物は映画のセットを見て今後自分が同じような物を作る時の参考にしようとしている。
アオイロは人間の脆弱性を見てハラハラしている。
「…………」
みんなが思い思いに映画を楽しむ中、アズモだけが黙って映画が終わるのを待っていた。
家だと喧しいタイプのアズモだが、今はとても静かだった。
昔、アズモは友達間でこっくりさんを行った事がある。
その際、途中でアズモはキレてラフティリを追いかけ回した。
正式な終了手順を守らなかったためかその後アズモはしばらく霊障に悩まされる事になる。
自分を見つめる謎の気配に苛まれた。
四六時中誰かに監視されているような感覚があった。
しかし、視線を感じる方向に目をやっても誰も居ない。
耕司にそれとなく謎の気配の話をしても理解されない。
聡いアズモと違って、疎い耕司は何も感じていなかった。
謎の気配と不可視の視線。
常に誰かに監視されているような感覚に陥ったアズモは凄まじいストレスを抱える事になった。
そこに誰かがいたらそいつを徹底的に殴りに行けるのにそれが出来ないもどかしさ。
アズモは霊的なもの……もとい触れられないものが苦手になった。
『きゃああああ!! 手が……! 海から伸びた手が私を引っ張って………!!!』
テレビから声が流れる。
――触れられるのか?
『やめろ! 彼女から手を放せ……!? ――こいつ触れないぞ!?』
――何故そちらからは触れるのに、こちらからは触れられないのだ?
『助けて……私は泳げ――』
――理不尽ではないか?
―――――
「――来ちゃったわ! 夜の海!」
陥溺:海底からの呼び声は一言で表すと、人が海に引き込まれていくパニックホラー映画である。
若いカップルが夜のみ立ち入り禁止になる海に忍び込むシーンから始まる。
海でしばらく遊んでいると、溺れた白い女の子が助けを求めて来る。
女性の方が助けに行き、男性がポツリと呟く。
「なんでこんな時間に子供が一人でここに? しかも立ち入り禁止の場所だぞ……?」
え。と言い女性が止まるがもう遅い。
白い女の子が薄く笑みを浮かべ消え、代わりに無数の白い手が海から現れ、海に引き込もうとする。
言い知れぬ恐怖を感じた男性が慌てて、彼女を助けに行くがどうにもならない。
気付いたら朝になっており、砂浜の上で目を覚ます男性。
隣には引き込まれたはずの女性が寝ており「あれは悪い夢だったのか?」と思い、女性と海を後にするものの、女性だと思っていたものは霊が成り代わっていたもので……。
「潜るわ!」
「あ、じゃあ私達は砂でお城でも作っていますので」
「ゴギュ」
「ナーン」
水着に着替えたラフティリが夜の海に潜り、三匹の召喚獣は砂浜に腰を落ち着かせる。
「誰に頼むのが正解なんだ……?」
ホラー映画を観終わった後にラフティリが「海に行きたいわ!」と言い出した。
海にどんな化け物がいるのか見てみたくなったらしい。
耕司は明日になったらな、と宥めていたがラフティリは一人でも海に行こうとする。
結局、耕司が折れたために全員で海までやって来た。
海に来ても自由に行動しようとする面々に耕司は手を焼いていた。
亡霊探しがしたいと言い海中に向かうラフティリと、海水が苦手なんでと言い砂浜に残ろうとする三匹の召喚獣。
耕司にとってどちらを放っておくのも不安だが、身体は一つしかないため片方しか見る事が出来ない。
「うーん……二人を頼んだぞ泥んこ!」
「ゴギュ」
少し考えた後に耕司はそう言い残し、海に入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます