日常 海と幽霊と物理無効 下
深夜の砂浜で城を作る魔物達が会話をする。
「よくあんなホラー映画を観た後に海に入ろうと思えますよね」
「……竜の子は魔物の中でも血気盛んだという噂だ。恐らく、あのラフティリとかいう娘はあの映画を観て海の化け物に勝負を挑みたくなった」
「私達からじゃ考えられませんよね」
「生き残る事に重点を置いていた昔の魔物とは違うのだろう」
「理解しがたいですね。……あ、そこ脆そうなので補強してもらっていいですか?」
「分かったがお前もそこに溝を作れ。水を流して攻め込まれにくい壁を作る」
「城壁にこだわり過ぎじゃないですか? もっと城本体に力を注ぎましょうよ」
「城は後で力を入れる。まずは壁からだ」
「えー、なんで砂浜のお城作りでそんなやる気出してんですか? さくっと凄いの作って満足しましょうよ。ほら、スズランさんも何か言いたげにこちらを見ていますよ」
「…………ナー!?」
「おや、スズラン様? 私の顔に面白いものでもついていましたか?」
「ナナ、ナーン?!」
「所詮、人間の言葉なので」
「ナーン……」
猫型の魔物が項垂れる。
喋れないのが自分だけになっている事に気付いたからだ。
「なんか私とスズランさんで扱いが変わっていませんか?」
「痴れ者が……。お前如きに改めた言葉を使う訳がないと知れ、塵が」
「あれ、私なんかしましたっけ? 熱い友情を交わした覚えがある程度なんですけど」
「チッ。……スズラン様あんな奴放っておいて私と一緒に壁を作りましょう。私が丈夫な壁を作るので、スズラン様は装飾の方をお願いします」
「ナーン……」
猫型の魔物は項垂れながらも蔓を伸ばし、壁に花の模様を掘っていく。
召喚主の思いに応えるために姿形を全く別の物に変えた猫型の魔物は想像した物を形作る才能に富んでいた。
泥の魔物が触手を伸ばして壁を作り、猫型の魔物が華やかな装飾を施す。
その間、植物の身体を持つ魔物はぴょんぴょん飛び跳ねて文句を言いながら一人で城の作成をしていた。
―――――
「あいつ潜るのが上手すぎないか!?」
海から顔を出したコウジが、髪をかき上げながらラフティリへ文句を言う。
「あいつは曲りなりにも水龍の娘だからな。潜ってきた回数が常人とは違うのだろう」
私はコウジへそう返した。
「しかも夜だから海の中が全然見えないんだよな。こんな時に魔物でも出てきたら大変な事になるぞ」
「そこら辺は大丈夫だろう。何か出てきてもラフティリが海を凍らせたら終わりだ。……物理を無視するような何かが出てきたらこの限りでは無いが」
「あー……まあその時は俺達も物理を無視すればいいよな」
コウジが一瞬言葉を濁らせた後に私にそんな提案をしてきた。
全く心外だ。
コウジは私が幽霊を怖がっているとでも思っているのだろうか。
あんな遠くから精神攻撃を仕掛けてくるような腑抜けらが怖い訳がないのに。
「あとな、アズモさんや、そこからどいてくれないかな? 前が見にくくてしょうがないんだ」
「やだ」
私は今、コウジの後頭部に張り付いている。
これは決して怖いからくっついているという訳では無い。
たまたま今はこうしていたい気分だったから頭にくっついているだけ。
本当は顔に張り付きたいのを我慢して裏に回っているのだから文句を言わないでほしい。
「でもこれだとラフティーに追いつけないんだ」
「甘ったれるな。目が見えないのなら、心の目でラフティリを見れば良い」
「はいはい。じゃあ背中に移動しような」
「むっ……」
コウジが私の事を掴み、背中へ移動させる。
私は直ぐにコウジの頭によじ登った。
「アズモさんや……」
「やだ。ここが良い」
コウジは我儘な奴だ。
私が折れる訳ないというのにどうしてこうも諦めが悪いのだろうか。
「じゃあせめて手を目の前に置くのをやめてくれ。それか良い感じに手だけ透けてくれないか」
「そんな都合の良い事が出来る訳がない」
「本体はそんな都合の良い事をしているようだが」
「そうやってネットに書いてあった情報を鵜呑みにするのは良くないと思う」
「こいつ……」
――ブクブクブク。
その時、急に目の前の水が泡立った。
何か来る。
そんな予感が私とコウジに流れる。
「――むえー」
特徴的な鳴き声と共に浮かんで来たのはラフティリだった。
コウジに探し求められていた竜は巨大魚を背負って目の前に現れた。
「ラフティーか……」
コウジがホッと胸を撫で下ろすようにそう呟いた。
えらく危険な水着を身に着けた気に食わない奴。
ラフティリ曰く、何も着ていない方が泳ぎやすいらしい。
何も持たずに海に出掛けようとするラフティリを見て訝しんだコウジが「水着は持って行かないのか?」と聞いたところ、「え、水着? 泳ぐのに?」とありえない反応をしたため急遽コウジが金をラフティリに握らせて水着を買いに行かせた。
すると、ラフティリは「泳ぐためというより落とすための物ではないか?」と言いたくなるような水色の水着を持って帰って来た。
こいつはいくつになっても阿呆なのだろうか。
「亡者はいなかったけど、私を捕食しようとしてきた魚がいたから返り討ちにしてやったわ」
「狩猟民族みたいだな」
「あながち間違いではないわ!」
「俺の竜のイメージが崩れていく……」
私は少し驚いた。
十年前のラフティリならば、「むえー?」と言っていただろう台詞にしっかり返している。
直情的な変わっていないが、年相応の会話が出来るようになっている。
ずっと「むえむえ」言っているだけの奴だったのに。
「むえ……?」
そう思っていたら鳴き声が聞こえた。
ラフティリが不思議そうに後ろを振り返った。
しかしそこには、巨大魚がいるだけで誰もおらずラフティリは首を傾げる。
だが、私には見えてしまった。
「どうしたラフティリ?」
「誰かに触られた気がしたけど、気のせいだったみたいだわ」
「怖い事言うなよな。誰も居ないぞ」
ラフティリの肩に小さい手が乗っている。
子供の手だ。
姿は見えないのに、手だけがラフティリの肩の上に乗っている。
「……」
「なんかアズモが面白い顔をしているわ」
「ん、なんかあったのかアズモ?」
「ヒ……」
「ひ?」
「ヒャ……」
「ひゃ?」
叫びそうになったが耐えた。
聞いた事がある。
霊は見える人に対して強気に出る傾向があると。
ほとんどの人には見えないから、見える人が現れた時に意気揚々と驚かせて来る性質の悪さがある。
つまり、見えていないフリをするべきなのだ。
コウジとラフティリは白い手に気付いている素振りがない。
私にしかラフティリの肩に乗っている手が見えていない。
見えていない、気付いていないフリを私はするべきだ。
叫ぶ訳にはいかない。
「……」
「どうしたアズモ?」
「なんでもない」
私の事を心配するコウジに素っ気無く返し、白い手の行方を見守る。
白い手はラフティリの肩の上でしばらく止まっていたが、やがて動き出す。
少しずつ前に進み、落ちた。
ラフティリの胸の上に白い手が落ちた。
「……」
「アズモ?」
白い手はラフティリの胸の上で蠢く。
そして、一揉み、二揉み……。
「このエロガキが! ラフティーから離れろ!」
ラフティリの胸の上に落ちた白い手を叩き落そうとしてしまい気付く。
気付いている事を知らせてしまった、と。
よくない事がこれから起きてしまうかもしれない。
でも手はもう止められない。
ラフティリの胸がいいようにされるのが耐えられないばっかりに引き返せない事をしてしまったかもしれない。
しかし、私の思いとは裏腹に事は進んでいく。
――パシッ。
私の手が、白い手を弾き飛ばした。
触れられないと思っていたのに触れられた。
「ほんとだわ。なんか誰かの手が乗っていたわ」
「アズモに気を取られて全然気付いていなかったな」
「アズモが面白い顔しているから気付かなかったわ。……誰だが知らないけど、あたしの身体に許可なく触れた代償は高くつくわ」
白い手が空中で凍り付いた。
少し遅れて、ラフティリに背負われている巨大魚も凍り付く。
よく見ると、白い手は巨大魚の顔から伸びているようだった。
「仕留め切れていなかったみたいだわ」
倒すならちゃんと倒せ、阿呆が。
私がどういう思いで……とにかく心配したのだぞ。
なんて言いたかったが、口には出さなかった。
変にラフティリの事を気遣った発言をしたらどうなるか分からない。
直情的なラフティリは昂ったら感情の趣くまま良くない行動に走る。
アズモガードなんてされたら溜まったものではない。
私はあの一件を根に持っているのだ。
「……もしかしてアズモってあたしの事を心配してくれていた?」
……不味い。
ラフティリが成長してしまったせいで他人の発言の真意を汲み取るようになってしまっている。
誤魔化すしかない……。
「そんな事ないが? ラフティリの事なんかなんとも思っていないが?」
「ありがとだわ! 助けてくれて嬉しいわ!」
「助けてなんかいないが。埃を払っただけだが」
……不味い。
ラフティリの目が不味い。
「アズモ~!」
「これは不味いな。アズモガー――」
―――――
翌朝、クリスタロスギルドに巨大魚を連れた一行が現れた。
ラフティリは巨大魚を食べようとしていたが、アズモが「そんな物を食べようとするな」と言うと、ラフティリはしばらく考えた後に「分かったわ」と頷いた。
巨大魚を捕まえた際に、アズモに良くない事をしてしまったという自覚がラフティリにはあったためだ。
巨大魚を引き取ったギルドは激しく困惑した。
理由は、巨大魚が明らかに近海のヌシだったため。
更にその後、海に調査に行った職員達は更に驚く事になる。
何故か砂浜には街が築かれていた。
それからしばらくの間、クリスタロスで「砂浜には誰が街を作ったのか」という話題で持ち切りになったが、名乗り出る者は誰も居なかった。
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