日常とキャラ紹介
日常 海と幽霊と物理無効 上
アズモ・ネスティマスは基本的にいつも暇である。
アズモ・ネスティマスは沢畑耕司と一つの身体を共有して生きているが、生命活動を行うのは沢畑耕司一人だけである。
アズモ・ネスティマスは何もしない。
適材適所、などと都合のいい理由を付けて沢畑耕司に活動を一任しているが、本当はただ自分で動きたくないから任せているだけなのだ。
動く、食べる、話すなどといった行動の全てに面倒臭さを感じているアズモは耕司に生命活動を押し付けているだけに過ぎない。
アズモの身体を二人で共有していた時は、“自分の身体だから何かしらはしないといけない”という考えがあったため多少は活動を行っていた。
しかし、耕司の身体を共有するようになってからアズモのサボリ癖に拍車が掛かった。
とは言え、やる事は無いため時間を持て余している。
耕司の心の中に住むアズモは、そこに耕司の部屋を再現して住んでいる。
ほとんどの時間をゴロゴロしながら過ごし、耕司の記憶を元にして生成された漫画や小説を読んだり、ゲームやアニメを見たりして時間をつぶしている。
まるで引きこもりのような生活だ。
オタク気質のアズモは選り好みせず様々なジャンルの作品を手にする。
……が、そんなアズモにも苦手なジャンルが存在する。
それは――
「――出セェ! ココから出セェ!」
クローゼットががんがん揺れ、その奥から声が響く。
「……」
しかしアズモは耕司のベッドの上で寝返りを打ち、その声には応えない。
「鬼! 悪魔! 人デナシ!」
「私は竜だ」
アズモが本をペラリと捲りながら返答する。
無視をするつもりだったが、沸点が低いためつい声に応えてしまう。
「知るカア! 出セエ!」
再びクローゼットがガンガンと揺れる。
アズモは基本的に暇である。
アズモが時間を持て余している事をなんとなく察している耕司はそんなアズモのために、定期的に本に目を通すよう心掛けているがそれにも限界がある。
繰り返す時の中で時間的余裕が生まれたアズモは、ついに自給自足を始めた。
自分が主人公の小説を書き始めたのだ。
そして、それを同居人に読まれた。
同居人には悪気がなかったが、アズモは自身が主人公の夢小説を見られた事が許せず強硬手段をとった。
この時間が永遠に続くと思われたが、突如として終わりが訪れる。
「……!」
アズモは本を捲る手を止め、慌てて起き上がる。
「――よ、アズモ」
「コウジ」
「おっと」
沢畑耕司が部屋に入って来た。
自分の心の中だというのに、律儀にドアを開けて入って来た。
アズモが何度も自分の居る空間に誘ってくるため、耕司は自分の心の中に入る方法を会得していた。
目を瞑って横になりさえすれば、心の中に巣を作って寛ぐアズモの元に行く事程度は造作も無い。
耕司が来る事に気付いたアズモは、ドアが開く前から動き出し飛び付いた。
このアズモの突然な突撃にも、耕司は既に慣れており迷わずアズモを抱きとめる。
アズモが勢い余ってドアが完全に開く前に突進したことで酷い事になった経験から、耕司はドアをノックすることをやめていた。
「いつもタイミングばっちりだな」
「ふん。私を誰だと思っている」
「アズモだろ? アズモの事なら俺が一番詳しいぞ」
……沢畑耕司は気付いていない。
竜王家の女性達のスキンシップが極めて激しい事には気付いているものの、一番身近に居る竜が最もスキンシップの激しい竜だという事に気付いていない。
アズモは六年間耕司に触れられなかった反動からか、触れられるようになった今、とにかく耕司に密着したがる。
「コウジィ~! オタスケェ~!!」
「……なんかクローゼットから黒アズモの声が聞こえるんだが? そう言えば黒アズモは何処に行ったんだ? 俺がここにやって来たのに来ないなんて変じゃないか?」
「全部気のせいだ。ここには私一人しかいない」
「ソコの悪魔ニ封印サレタ~!」
「絶対もう一人居るじゃん」
些細な事だが、黒アズモ、すなわち耕司の異形化の核はアズモと全く同じ構造の身体を持っており、声帯も同じである。
そのため、そこから出る声も、本人の性格による差異はあるものの、基本的には変わらない。
それにも関わらず、耕司は聞き分ける事が出来た。
沢畑耕司には、アズモの声とそれ以外の声を即座に聞き分けられる能力を備わっている。
「大丈夫か、黒アズモ?」
「コウジィ~」
クローゼットを開けると直ぐに泣きっ面の黒アズモが耕司に飛び付いてくる。
「そんな奴放っておけ、私以外に優しくする必要はない」
「ソコの悪魔ヤバイ」
「全く……あれだけ喧嘩するなって言ったのに……」
「そいつが悪い」
「少シも悪クナイ」
オリジナルのアズモの出涸らしと、出涸らしの偽物が言い争いを始める。
出涸らしもそうだが、偽物の方にも「こいつと仲良くしよう」という気持ちがないため言い争いは終わらない。
一見、狭い空間で他人に見られたくものを製作しているアズモに原因があるように見えるかもしれないが、黒アズモには黒アズモ専用の部屋がある。
勝手にアズモの部屋に入り、勝手に読んでいるという事を考慮すると、どちらが悪いかは一概には言えない。
異形化で得られる力には様々な種類があるが、大別すると三つに分ける事が出来る。
強化系、領域干渉系、創造系の三つ。
一つとして同じ力は無いが、いずれも何かしらの代償を払うという事は共通している。
黒アズモは耕司が異形化した際におまけで生み出された精神体。
創造系の力により生み出された者達は、どんな最悪な形になろうと異形化者の願いを叶えるという義務感を持っている。
黒アズモはその中でも珍しく自我を持っているタイプである。
性質上、本来なら異形化者の不都合になるような事はしないはずであるが、黒アズモは更に珍しい事に異形化者の言う事を聞かないタイプだった。
「親族ニ最初のチューを取ラレたアホ」
「貴様……死にたいようだな」
「コウジ、オタスケ」
「いや、今のは明らかに黒アズモが悪いぞ?」
なんか面白くないからアズモとは仲良くしない。
黒アズモにはそんな考えがあった。
「コウジ放せ。その偽物が殺せない」
「それ聞いて放せる訳がないんだよな。……まあ、初めからここにはアズモを連れてくるために来たからちょうど良くはあるか」
アズモと黒アズモは犬猿の仲である。
それが同じ場所に住んでいるのだから、耕司の苦労は計り知れない。
そしてそれの一番良い解決方法は、どちらか片方を引き離す事である。
耕司は、ラフティリというもう一人の竜に「アズモを連れて来て」と呼ばれたから来ていた。
アズモは外で何が起こっているかが分かるため、本来ならこうして迎えに来る必要はないのだが……。
「やだ。絶対行かない」
アズモが渋るとこうして迎えに来るしか無かった。
「アズモは怖イノ?」
「黙れ。怖い訳がない」
「ジャア、イケルね……」
「……」
黒アズモが耕司の腕から飛び降りて、ベッドの上に乗る。
「コウジ、早クソイツを連レテケ」
「あ、ああ……」
耕司は「説得ありがとな」などと言いたかったが、そういう事を黒アズモに言うとアズモが怒る事を知っているため何も言わなかった。
「じゃあ行くかアズモ」
「……」
アズモは耕司の袖をギュッと掴む。
「嫌ならやめてもいいんだぞ。ラフティーには俺が言っておくから」
「嫌じゃない」
「でも怖いんだろ」
「怖くない」
「本当か?」
「本当だ。私を舐めるな」
「ホラー、行ッテラ~」
黒アズモが扉から出て行く耕司とアズモに手を振って見送る。
普段のアズモならそれに対して何かを言い返していたが、その時のアズモには何かを返す余裕などなかった。
アズモは死地に向かう気分で外に向かう。
それは、ちょっと前に外からこんな声が聞こえて来たからだ。
『――あっ、今日のロードショーで去年流行ったホラー映画がやるみたいだわ! たしか、海に行った人達が次々と海の中に引き込まれていくやつだわ! 見たいからアズモも呼んできてよ!』
アズモは霊的なものが大の苦手であった。
「ナンデ、アズモは自分も同じヨウなモノなのにアンナ怖ガッテ~? 殴れナイから~?」
一人残った黒アズモがそう呟き、その後直ぐに「マア、イイカ~」と言って横になった。
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