四十三話 青と紫の森3


『…………良い。次からは一緒に――』


 死んでいってしまった奇主へと声を掛けた。

 届かなくなってから声を掛けるなんて卑怯な真似をしていると思う。

 それでも、そうしなければならなかったから許してほしい。


 夥しい量の血を流し冷えていく身体へと思いを巡らせ、閉じていた瞼を開く。

 返り血を拭いながらニコニコと微笑む人物を睨んだ。


 四肢を捥いで奇主と同じようにしてやりたい。

 抵抗の出来ぬようにしてから心臓を貫いて失血死させてやりたい。

 徐々に身体が冷たくなっていく感覚と、光が失われ何も見えなくなる感覚を味わわせてやりたい。


 怨恨から様々な思いが浮かんだ、その全てに蓋をして押さえ込み言葉を捻り出す。


「…………私の負けだ。お前の要求を呑もう」


 繰り返される今日という時間に私は勝つ事をやめた。


「――やっと……折れてくれたんだ。もう少し掛かるかと思ったけどそうならなくて良かったよ」


 台詞から目の前に立つ女は初めから負ける気なんて無かった事が分かった。

 この女の中で私が負けを認める事は確定事項だったのだろう。


 非常にイラつく。


 この女を殺し返したい。

 先程封じた思いが蘇って来るが、そう思ったところで私には何も出来ない。


 もう何千回と今日を繰り返した事でそれが出来ない事を知ってしまった。


 ……もしかしたら、このまま続けていれば、どこかで勝てる時が来たのかもしれない。


 しかし、そんな不確定な未来に賭けてはいられなかった。


「……私は、十七歳を超える訳にはいかない」


 奇主は阿呆だから自分の年齢を精神年齢で数えているが、私はそんな数え方をしていない。

 十七歳は十七歳だ。

 いくら私と同じ時を過ごそうが自分の身体で過ごしていない時などは無効である。


 が、それはそれとして私は十七歳を超える訳にはいかない。

 奇主が阿呆だから私がその年齢を超えている事を知った時に年上扱いしてくるかもしれない。


「ふ、ふふふふ……。ごめん、笑うつもりなかったのだけれど、あまりにも面白い事を気にしているから耐えられなかった。私達みたいな時間遡行者が年齢を気にするなんて思わなかったの」


 変質者のような恰好をしている女はおかしいと笑ったが私には切実な問題。

 そんな事を気にしなくて済むような頭だったら、こんなところで負けを認める訳が無い。

 相手が私と同じように繰り返す時の中で記憶のリセットがされない者だとしても勝つまで……相手が根負けするまでやっている。


 いくら不利だとしても簡単に負けを認める程、私は潔くはない。


「話を戻すけど、私の仲間になってくれる……という事でいいんだよね? そろそろ今回の世界が終わってしまうからそれだけははっきり聞いておきたいな」


 変態女は一頻り笑った後に私を見て……いや、厳密には宿主の身体から流れる血の量を見てそう言った。


「ああ。私は――アズモ・ネスティマスは時空龍の味方になる事を誓う」


 コクリと頷いた後にそう言うと、変態女は何処かからメモ帳のような物を取り出しサラサラと何かを書いて行く。

 そして書き終わったのか、紙をビリビリと破って私に投げてきた。


「……これは?」

「あなたのやる事を書き留めた物よ。その紙は時間がいくら戻ろうが絶対に無くならない。あなたがいつもいる所にでもしまっておくと良いわ」


 一、アギオ・ネスティマスの鎮静化。

 二、エクセレ・ネスティマスの鎮静化。

 三、テリオ・ネスティマスの魂戻し。

 四、――――


「パッと見ただけでもとんでもない事が上に三つ書いてある……」

「あなたならサワハタコウジにそれをやらせる事くらい造作も無いでしょう?」

「確かにコウジなら出来るが……」


 あの力を使わせずにこれらを全てやるのは難しいのではないだろうか。


「まあいい、やってやる。だからお前はもう殺しに来るな。私はいい加減明日に進みたいのだ。それとその恰好でコウジの前に現れるな変態。せめて下着を付けるくらはしてこい変態」

「好きでこんな格好をしている訳ではないのだけれどね……。なんと言うか、あなたの物言いは姉さんに似ていて少し苦手だわ」

「私が元祖だ」

「末子が何を言っているのかしらね……? ――なんて会話をしていたらもうそろそろ終わりが来たみたいだよ」


 変態女の指差す方を見ると、世界が崩壊していく様子が見えた。


 木、地、空、竜。

 目に映る物全てがキラキラと光りながら崩れていく。

 今回の世界が終わりを迎えようとしている。


 もう、何度も見た光景だ。


「はあ……非常に癪だがあの偽物と口裏を合わせておかなければ……」


 次の世界へと憂いを馳せて目を閉じた。



―――――



「――私の名前は沢畑耕司。ただの人間だ」


 否、私の名前は沢畑耕司でもなければ人間でも無い。

 アズモ・ネスティマス。

 竜王家、ネスティマス家に生まれた私の名前。


 奇主であるコウジが「自分の存在を強く想像する」といった目的から自己の紹介文を解放の開合とした。

 コウジの能力は魂体化。

 私という器から抜け出すために編み出された。


 非常に気に食わない力。


 非常に気に食わない力だが、この力は使える。

 どんなに強い肉体を持っていようが、他を寄せ付けない技の使い手だろうがそんな物はお構いなしに魂での肉弾戦を強要する力。


 だからコウジよりも強い私がその力を使う。


 スズランの身体からコウジと私の魂を解き放つ。

 コウジはこの動作を行っている時に一瞬だけ意識を失う。

 まだ完成していない不完全な力であるが故に生じたほんのわずかの隙。


 その隙に出力を上げ、コウジの魂体と意識を乗っ取る。

 魂を融合させ、揺らいだ存在である私を定着させる。


「――痛い思いをさせて悪かったスズラン。もう還って休んでもらっても構わない。ここからは私が引き継ぐ」


 スズランは今ここで何が起こっているのかを飲み込むのに時間が掛かっているようで目を白黒させていたが、私の声を聞くと全てを理解したようで顔を輝かせて口を開く。


「――」


 スズランの言葉を聞く前に私は飛び去った。

 生憎、私には時間が無い。


 戦闘面に置いて私はコウジよりも強いが、魂の強度では決してコウジには敵わない。

 この世界に魂の強度でコウジに勝てそうな存在は何人いるのだろうか。

 私の知る限りでは、変態のコスプレをしたあの女と私の本体の二人だけ。


 数多の者に心を折られては自己修復して進んでいくしかない業を背負ったまま数千年の時間を一人で過ごすか、何千何万人もの他人の魂が混ぜられても崩壊や霧散する事がなく未だに暴走を続けるくらいをしてやっと相手が務まる。


 手段を選ばなければ、目の前の敵を倒すくらいは造作もない。

 コウジを異形化させたり、アオイロに身体を返したりすればどんな敵でも倒せる。

 だが、勿論それはしない。


 やってしまうと破滅の道を辿るからだ。


 壊滅的な被害を出さずに済み、何をしでかすか分からない他人に頼る事もなく、なおかつリスクが少ない手段がこれだ。

 私がコウジの解放を使い、戦闘を行う。


 五分も乗っ取りを行っていると、コウジの魂と混ざってしまい戻って来られなくなるというちょっとしたリスクはあるがあんな野良竜にそんな時間は要らない。


 やっと進む事が許された。

 今更何回か昨日に戻る程度なら気にしないが、今日は本気でいかせてもらう。


 スタルギのアンケートイベントと、雹水竜に遭遇して襲われるイベント。

 何も欠ける事なくこの二つのイベントがある今日を突破しようとしたら何十回分の時間が取られるか分かったものではない。


「――覚悟は出来ているのだろうな」


 おろおろと狼狽える水色の竜の前に降り立った。

 雹水竜とかいう贅沢な名をもらった竜は先程までの猛攻が嘘のように何もして来ず、私の接近を許した。


 何かした所で今の私には何も効かない、とは言えだ。

 何も起こらずに近づけるとは思っていなかったのもまた事実。


 ……一見不可解な行動理由の予想はついているが、確証はない。


「思い出せ」


 手のひらを雹水竜の胸部辺りに置いた。

 竜は私に触れられても驚くだけで何もしない。


「魂衝波」


 手のひらから衝撃波を発生させ、雹水竜の魂を震わせる。

 いつか漫画で読んだ発勁という技を私なりに解釈して魂体時に使えるようにアレンジした技。


 手のひらが触れている箇所を中心に衝撃が身体全体に広がり抜けていく。

 普通ならば、今まで味わった事のない感覚に言い知れぬ恐怖を覚え、対処のしようの無さに絶望するところだろうが……。


 さあ、どう来る。


「――――ムワア!!」


 雹水竜は衝撃を加えられた初めは諸に攻撃を食らったようで呻き声をあげていたが、衝撃の流し方を知っていたのか途中から私の放った攻撃を往なした。


「驚いた。まさか対応してくるとは」


 水色の竜は成体になり切れていない半端な竜だと思っていたが、咄嗟の出来事に対応するための胆力を持ち合わせていたようだ。


「ムワァ!」


 一声鳴くとデカイ身体が木に当たるのも厭わずに翼を広げ、雹水竜は飛び立つ。

 口から冷気を漏らしながら息を大きく吸うと、極寒の魔力が混ざった水ブレスを私の立つ地に向け放った。

 木や地面に当たった水が衝撃で氷に変わり、そこを起点となり衝撃が伝播し森を包んでいた水が凄まじい勢いで凍っていく。


 中に森を閉じ込めたスノードームが出来上がった。


「……そんな物に私が閉じ込められるとでも思ったか?」

「――ムエッ!?」


 魂の込められていない物は私に触れられない。

 普通ならば人を閉じ込められる氷の檻も私にとっては空気と変わらない。


 驚く雹水竜の尻尾を両手で掴み、力任せに氷へと投げつけた。


 バリンと氷の割れる音が森中に響き、氷山が崩れ落ちる。


「……このくらいか、私の役目は」


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