四十二話 青と紫の森2
――誰か来た。
あれから――この森に飛ばされてから一か月くらい経った気がする。
来たばかりの頃は度々人が来ていたけど、ある時から全く人が来なくなって独りぼっちの時を過ごした。
一人で過ごす夜はとても寂しいものだった。
小さい頃から誰かと一緒に寝る事が当たり前だったから、とても寂しかった。
寂し過ぎて、何度泣いたか分からない。
誰も居ないこの森で孤独感と焦燥感に駆られ、何も出来ずに一人で泣いた。
でも、ある時から泣かなくなった。
慣れてしまったのだと思う。
どうしてパパがこの森にあたしを飛ばしたのか、残して来た友達がどうなっているのか、家族があのあとどうなったのか……気になる事は沢山ある。
でも、気にしてもどうにもならない。
いくら考えても状況がよくなる事なんてない。
だから考える事をやめた。
やめたら少し楽になった。
だけど、寂しさは確かに残っていた。
『――少しの間隠れていてくれ!』
あたしは良い子だから言いつけを守って誰にも会わないようにしていたけれど、それも限界になって来た。
――誰かに会いたい。
その気持ちを持ってしまったから、人が来ても隠れるのをやめた。
誰かと話したかった。
何も持たずにここにやって来たから外がどうなっているのか全く分からない。
色んな事を聞きたくて、誰かと話したくて、寂しさを埋めたくて人前に出てみた。
なのに、結果は……。
『う、うわああああああああ!! 出たぁああああああ!!!!』
望んでいたものなんて何一つ得られなかった。
みんながあたしから離れていく。
腰を抜かして、荷物を置いて、震えながらゆっくり離れていく。
まるで怖いものにでもあったみたいな反応をして去って行く。
……どうして?
……ねえ、あたしは何かをした?
どうしてもそう思ってしまう。
「――雹水竜は俺達の味方じゃなかったのかよ……!!」
誰かがそう言いながら落下していく。
あたしと同じ翼を生やした誰か。
……久しぶりに誰かがやって来たと思ったのに。
よりにもよって竜がやってくるなんて思いもしなかったわ。
誰かは分からないけど、竜は敵。
味方だなんて笑わせる。
家族を襲いに来た奴等がのこのことここまでやって来たんだ。
絶対に許さない。
「――――――――ムワァァァァァァァァァァァ!!!!」
そう誓って高く叫んだ。
様子見のブレスを避けられずに落下していく誰かへ対して本気のブレスを放つ。
正直弱そうに見えるが、絶対に手を抜きはしない。
相手は竜だ。
何を隠しているのか分かったものじゃない。
昔馴染みから「教えてくれ」と懇願された事のある、人を吹き飛ばす水ブレス。
それを凍る水ブレスへと進化させた。
水に氷を混ぜるなんていう芸のない物ではなくなく、パパとママの血を引くあたしにしか出来ない過冷却水ブレス。
人を凍てつかせ、砕き、彼方へと吹き飛ばす必殺のブレスが確かに敵に命中した。
―――――
聞いていた話と違う。
風穴の開いた翼から漏れる赤い血が凍り体き、動きを阻害する。
「――――――!!!」
頭の中ではスズランの悲痛な叫びが木霊していた。
またこれだ、と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
雹水竜に与えられた痛みはこの身体の持ち主であるスズランへとダイレクトに響いて行く。
ただでさえ苦手な水に全身を凍らされていくのは想像を絶する痛みに違いない。
だから本当に申し訳ない。
憑依している俺は痛覚に疎い。
スズランの受けている痛みの半分も伝わってこない。
――ごめん、スズラン。本当にごめん。
頭の中で何度もスズランに謝る。
痛覚に疎いから限界を超えて身体を動かす事が出来る。
そのため本来ならば、痛みで満足に身体を動かす事の出来ないスズランの代わりに俺が身体を動かして雹水竜の攻撃を避けなければならない。
それなのに避けられない。
何処までも追って来るブレスを俺は避けられない。
熱湯が身体を焼き、冷水が体温を奪っていく。
パフォーマンスが悪くなり、避けられていたものですら避けられなくなる。
雹水竜は味方だと思っていた。
俺が前の世界戦で殺された時、雹水竜は俺を助けようとしてくれていたらしい。
アズモがそう言っていたから雹水竜は俺の味方なんだと勝手に思っていた。
だけど違ったんだ。
雹水竜は味方でもなんでもなかったんだ。
「――クソッ! こんなはずじゃ……!!」
そんな言葉が口から漏れた。
雹水竜は想像以上に強かった。
味方だと思っていたし、もしそうじゃなくても逃げる事くらいは出来ると信じて疑っていなかった。
それなのに現実はどうだ。
姿を認識してからものの数分で翼を持ってかれた。
あの冷たいブレスが俺の考えを完膚なきまでにズタズタにしていく。
思い通りにいかない。
竜が俺の敵になるなんて思う訳がないだろ……。
片翼を穿たれ落下していくしかない身体を木の葉が撫でていく。
目まぐるしく変わる視界と迫る地面、落下する俺へ正確に撃ち込まれるブレス、頭の中で響き続けるスズランの悲鳴。
状況は絶望的だった。
思考を必死に巡らせ、どうすればこの危機を乗り越えられるのかを考える。
どんな絶望的な状況だとしても簡単にくたばるつもりなんてない。
ふと、視界を覆いつくす程の葉の向こう側に木々を凍り付かせながら徐々に近づいてくる特大のブレスが見えた。
追尾してくるブレスを避ける事で精一杯で気付いていなかったが、あれに当たったらやばいのではないだろうか。
そう思った途端に視界がクリアになる。
舞う葉、折れる枝の断面、凍る空気、近づく地面、迫るブレス。
視界に写る全ての光景が速度を落とし緩やかになっていく。
『――――――――!!!! ――――!!』
その中で、スズランの悲鳴だけが速く、大きくなっていく。
あんなの一体どうすれば……。
『――――もうキレた』
アズモがポツリと呟いた気がした。
『……あのアホ「そんな……どうして…………」とか言って激しく後悔していた癖に今回も殺しに来やがった』
いや、気のせいじゃない。
確かにアズモがボソボソと何かを呟いている。
『――――――――!!!!』
しかし、頭の中はスズランの不安な声で支配されているため何を言っているかまでは分からない。
ブレスに晒された直ぐ傍の木が凍り、パキンと音を立てて砕け散った。
『――――――――ナーン!!!!』
『だいたい前回も手を貸すのが遅かったのだ。どうしようも無くなってから慌てて水鉄砲みたいな腑抜けブレスを放つからこんな事になった』
スズランの声に紛れてアズモの声が聞こえる。
「――聞こえるかアズモ!! さっきから喋っているみたいだが、なんか考えでもあるのか!?」
どうにかなればいいと、一縷の望みをかけてアズモに問いかける。
――その瞬間、奇妙な事が起こった。
必死の思いで俺がアズモの名前を叫んだ瞬間、眼前にまで迫っていたブレスがあらぬ方向へと飛んでいき弾けた。
バーン、とまるで花火でも撃ちあがったかのような音が森に響き、氷の結晶が上空を舞う。
「……考えならある」
目の前で起こった出来事が飲み込めずに固まっていると、口が動いた。
アズモが喋っている。
「身体を少し借りる。……ああ勿論だが、借りるのはスズランの身体では無い。私はこの身体の使い方が分からない」
アズモがゆっくりと口を動かし、おかしな事を言う。
――じゃあ、誰から身体を借りるつもりなんだよ。
口を動かす代わりに頭の中でそう言うと、心の声が聞こえないはずのアズモが俺の話し終わったタイミングで口を開いた。
「――
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