四十一話 青と紫の森1


 ゲトス森。

 クリスタロスの近くにあるこの森は背の高い青と紫の木で構成されており、資料でしか見た事が無いが地球でいう針葉樹林に似ている。

 ただ、この木の背が高いのは日を浴びる為ではなく、濃密な魔素を受けているからだ。


 針葉樹に似ていると言ったが、それは高さだけの話で太さは全く違う。


 肥沃な土地で育ったここにある木達は長くて太い。


 街の近くにあるためここには大量の冒険者が訪れ、大量の魔物を倒していく。

 クエストの依頼品や、武器や防具の素材になる物は回収されるが、それ以外の物は放置されていく。


 それを微生物が回収し、濃密な魔素の混ざった土壌となり、濃密な魔素を吸収した青色と紫色の木が果実を落とし、草食の魔物が繁殖し、それを得物とする肉食の魔物が産まれ循環していく。


 そんな生命のサイクルが目覚ましい青と紫の森の上を俺は飛んでいた。


「この身体凄いな」


 一種の生命の神秘が視界の下には溢れていたが、今の俺にとってそんな事はどうでも良かった。


「一時は飛ぶ事が出来なくなって移動手段が歩きか走りのみになるかと思ったが……杞憂だったな」


 走って行くのが怠かったので、試しに魔物化を試してみたら白い翼が生えてきた。

 翼が生えて来るのと同時に頭の上に赤い花がにょきにょき生えて来たが、そんな事は些細な問題だ。

 何かを放出しそうなエネルギーを頭の上から感じるが、感じるだけで別にビームが撃てたりはしない……と思う。


 確かにスズランは昔、花の先からビームを出していたような気がしなくもないが、その時の花の色は赤色では無く白色だった。

 頭の上に生えている花の色は赤なのでビームは出ないはずだ。


 え、じゃあこの花からは何が放出されるんだ……?

 と、一瞬思ったが怖いので考えないようにしている。


「しかし、それにしても……森ってどこもかしこも同じ景色過ぎないか?」


 アズモの話によれば、三週目……つまり、前の週の俺は雹水竜の元まで辿り着けたと聞いたが、本当にこんな広大な森から目的の竜を探し出す事が出来たのだろうか。


 そうだ、アズモはこの森に竜が居る事を知っている。

 俺と違い、繰り返される世界の情景を記憶しているアズモにはこの森を探索した記憶が残っている。


「アズモ。雹水竜の居る場所を教えてくれ」


 心の中にいるアズモへそう声を掛けた。


『私に分かると思っているのか』


 しかし、帰って来た答えは思いもよらないものだった。


「この森に雹水竜が居るって言っていただろ? なら知っているんじゃないのか?」

『雹水竜が居る事は知っている。だが、何処にいるかまでは知らない』

「見つけたんじゃなかったのか?」

『発見した』

「なら分かるだろ?」

『こんな何処もかしこも同じような景色が広がる森で詳細な位置を覚えている訳がないだろう』


 俺と全く同じ感想じゃねえか。


『今、『こいつループしている癖に使えないな』って思ったな。ループしているからと言って何でも知っていると思ったら大間違いだ。ループ持ちでも能力を十分に活かせきれなくて同じような理由で時が戻る漫画や小説だって沢山あるだろ。私もその一人なだけだ。それにまだ四回目なのだ』


「思っていない」


 なんか物凄い早口で言い訳してきたなとは思ったが、それは口に出さないでおいた。

 今の俺達の状態なら考えが筒抜けになる事がないため余計な火種は撒かない。


『絶対思った。それに今「こいつ凄い早口だな」って思ったな。スズランの身体に入って念話が出来なくなったと思っていたら大間違いだからな。私が何年コウジと一緒に居たと思っているのだ。考えている事なんて全部想像出来る』


 今のアズモには俺の考えている事が伝わらない。

 アズモ曰く、今の俺達はスズランの身体を間借りしているだけであり、宿主でも憑依者でもないただの客人に過ぎないから考えている事が言葉として心の中に浮かび上がって来ない……らしい。

 正直、言っている意味は分からない。


 アズモの身体に憑依している時も言葉が浮かんでくるというよりかは聞こえて来るという表現の方が近かった。


 同じ憑依者でも受け取り方が違うのだろうか。


「こいつ凄い早口だな、は正解だな」

『泣く。私は今から年甲斐もなく喚き散らす』

「年齢相応だぞ」

『舐めるな。一人前のレディーだ』


 ふむ……。

 知らないうちに背伸びしたいお年頃に突入していたようだ。

 曲がりなりにも竜王の娘なのだからアズモも王女ではあったりする。


 たまにはお姫様扱いをしてあげてもいいのかもしれない。


『今、『半人前のガキだろ』って思ったな』

「正解率が低すぎる。『考えなんか筒抜けだが?』って強がるのをやめなさい」

『う~……』


 アズモが年相応の反応をした。

 俺の考えがが伝わって来るのが当たり前だったアズモは今のこの聞こえてこないこの状況が不安でしょうがないらしい。

 出来るだけ独り言をするようにしろ、と言って来た始末だ。


「……はあ全く。言葉は聞こえて来なくなったのかもしれないが、俺の気持ちがアズモから離れる事は無いから安心しろ」

『……! 言った! 言質!』

「ああ、言ったぞ。満足したか?」

『久しぶりに満足した』


 こんな甘やかしてばっかりいるから割と我儘に育っちゃっているんだろうな……。

 時には厳しくしないといけないと分かっているつもりだが難しい。


『そう言えば、雹水竜は湖の中に居るぞ。三週目のコウジが『ま、こんな所に居る訳ないだろ』と軽い気持ちで湖の中を覗いたら雹水竜と目が合って竦みあがっていたのを思い出した』

「ナイスだ、アズモ。よく思い出した。湖の中だな」


 本当は初めから忘れていなかったんじゃないかという思いが無い事もないが、そんな指摘をしたらアズモがへそを曲げる事が分かっているので言わない。

 これが年頃の女の子と仲良くやっていくコツというものだ。


「竜が潜っていられるような大きな湖なら空からでも探せるな。あそことか、あそこの湖をしらみつぶしに当たれば良いわけだ」


『その通りだ。……だが、忘れるなよ。今日は三週目のコウジが死んだ日だ。この森でコウジは殺された』


「分かっている」


 スタルギのおっさんの死亡イベントを乗り越え少し気が緩んでいたが、まだ終わっていない。

 むしろこれから始まると言っても過言ではない。


 全身に数字が書かれた日本刀持ちの半裸女。

 そいつが色々意味深な事を言って俺を殺してくるらしい。


 ――あなた達は現実を知る必要がある。

 とか言っていたとかなんとか。


 アズモは余程何かを警戒しているのか時々情報を出し渋ったり、はぐらかしたりするので本当か嘘なのかは分からない。


 ……でもまあ、察するに俺が異形化するのを避けているのだろう。


 恐らく、俺の在り方が変わってしまう程の何かがこの街には隠されている。


『もしもあの女が出てきたら……』

「すぐに解放を使えば良いんだろ?」

『ああ。魂体になってしまえば私達は何も通さず、殺される事も無い』

「何回聞いても思うが、それなら日にちをずらせば良いんじゃないか?」

『いや、雹水竜がいつまでこの森に居るか分からないからそれは出来ない。それに、私の直感が雹水竜には今日会えと告げている』

「……へいへい」


 半裸女に襲われた時、雹水竜は俺達の味方をしようとしていたらしい。

 それがあるからアズモは雹水竜に会おうとしているのだろうが、果たしてそれだけなのだろうか。

 他に何か知っている事はあるのではないだろうか。


 だが俺としても竜に会うのは賛成なのでわざわざ反論したりはしない。


「なんで雹水竜は俺達を助けようとしたんだろうな」

『さあな、同族だと思われたのではないか』

「いや、それはおかしいだろ」


 助けようとした理由が知りたい。

 人間から嫌われる竜がどうして人間を助けようとしたのか。

 人間に友好的な竜なのだろうか。


 何があって人間に友好的になったのか。


 どうしてゲトス森に住み着いたのか。


 完全に野良の竜なのか、竜王家と関わりのある竜なのか。


 ……この時代に、竜王家の息がかかっていないかもしれない竜と巡りあえるのは大きい。


 もう竜王家の中で誰が味方か、誰が敵なのかが分からない。


 野良で何十年も生き、知識を蓄えた竜なら……。


 魂竜の居場所を知っているのではないだろうか。


「――――――――――――――ァアアア!!!!」


 雹水竜の居そうな湖に当たりをつけながら飛び回っていたら森を震わす咆哮が聞こえた。


 考え事を止め、音源地に視線を向けると水色の竜が見え、それと一緒に透明な細い水のブレスが俺目掛け飛んでいる事に気が付いた。


「――っ!?」


 一秒後、顔の直ぐ傍を水が通っていった。


「今のはやばかっ――」


『上に飛べ!』


 アズモに言われるまま上昇した。

 直後、アズモが言っていた意味を理解する。


 避けたと思った水ブレスが戻ってきており、俺の居た場所を通過していく様が写った。


『油断するな! 続々と来ているぞ!』


 透明なブレスが次々と俺目掛け飛んできているのが分かった。


『ナ、ナーン……』


 スズランの鳴き声が聞こえ、身体が強張るのが分かった。


「全部避けるから大丈夫だぞ! 心配するな!」


 スズランは水が苦手だ。

 無数の水ブレスに狙われた事で、俺に身体を委ねていたスズランが怖がっている。


 スズランを安心させるため叫び、翼をはためかせブレスを必死に避ける。

 しかし、いくらかは避け切れずに身体を掠めていった。

 身が焦げるような熱さの水や、当たった瞬間に弾け身体に纏わり付き凍る水など多彩なブレスが止む事なく放たれる。


『ナーン……』


 ブレスが身体を掠める度に、身体のパフォーマンスが落ちるのが分かった。

 身体がブルブルと震え出す。


『ナーン…………』


 スズランは昔の事を思い出しているようだ。

 頭の中に周囲を水で包まれ、身体を魚に食いちぎられる映像が浮かび上がってきた。


 白い翼が凍っていき、飛ぶのが難しくなるがブレスは止んでくれそうにない。


「スズラン! 大丈夫だ! いつもの調子を取り戻せたら避けられる!」

『……』


 呼びかけてもスズランは答えない。

 完璧に委縮してしまっている。


 それでも水ブレスは容赦なく放たれ、凍った翼を貫く。


「雹水竜は俺達の味方じゃなかったのかよ……!!」


 落下しながら思わずそう叫ぶと、それに応えるように雹水竜が咆哮を上げた。


「――――――――ムワァァァァァァァァァァァ!!!!」


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