四十話 久しぶりに会いたい
クリスタロスギルド、クエスト受注カウンター、ギルド端にある十二列目。
そこで俺は朝からコラキさんに対してみっともない弁明を繰り広げていた。
朝はその日受けるクエストを探しに来る者や、依頼を出しに来る者、夜通し探索した成果を報告しに来る者、クエストを受けに来る者などでクリスタロスギルドは喧騒に包まれている。
所々で笑う声や、怒鳴る声、注意する声などが響き、クリスタロスという街の民度がこれでもかと詰まっていた。
「訳があって今はこんな姿になっているけど俺は耕司です、沢畑耕司なんですよ。信じてください。ほらこれ冒険者証です」
「確かにコウジさんの物なのですが……。わたしの知っているコウジさんは十七歳の男の子だったはずです。こんな五歳程の女の子ではないです」
「言葉では言い表せないくらいの事があったんですよ」
「何があったら性別が変わる上に十歳以上も若くなってしまうのですか?」
「ちょっと殺されて存在が消滅しそうだったので召喚獣に憑依したらこんな風に……」
「ちょっと殺された……!?」
説明をする度にコラキさんの顔が蒼白になっていく。
どう説明するのが正解だったのだろうか。
いやしかし、こんな事をどうやって説明すれば良いと言うのだろうか。
「信じ難い……。とても信じ難いのですが、この突拍子の無さは確かにコウジさん以外にありえない……。という事は本物のコウジさん……?」
「やっと分かってくれましたか。本物です」
気付くポイントに少し……いや、かなり違和感を覚えたが、分かってくれたのでよしとする。
心の中でどう思われていたのかよりも、今目の前で起こっている問題が解決した方が大きい。
「だけどその……コウジさんって女の子だったのですか……?」
「いや生まれも育ちも男ですよ。ちょっとここまで来る間に女子を数回か通っただけで根も心も正真正銘の男です」
「でも今は女の子ですよね? 生まれも育ちも男の子だったのかもしれないですが、育った結果が女の子……なのですね?」
「いや、これはまだ過程の一つですよ。その内男に戻ります」
「……? 全くこれっぽっちも分からないです。あと殺されたって……?」
あ、これ長くなるな。
時には全部を言わない方が楽な事もあるんだ。
そう思ったものの言ってしまった手前、俺には説明責任があるのもまた事実だろう。
「全部説明します。しますので、ちょっと別室に移動しませんか? 誰が聞いているのか分からなここで言うのは不味い気がするので」
―――――
「――なるほど? では今はスズランちゃんの身体に入っている……という事なのですか? なるほど? 魂竜に出来る事は俺にも出来るって言っていたのってそういう事なのですか?」
個室に移動し丁寧な説明を行った。
スタルギのおっさんに元の肉体に大穴を開けられた事、アズモと同じように魂だけの存在になれるためそれでも死にはしなかった事、とは言え魂体でいる事に時間制限があるため一時的にスズランの身体に入っている事、スズランの身体で「人間化」という力を使ったら女の子になってしまった事。
「昨日わたしの家の前で別れてからまだ十二時間も経っていないのに、どうしてそんなに色々な事が……」
「なんで、なんでしょうね……?」
注意しておきたいが、これは別に俺が望んでなった訳では無い。
色々やってしまっているせいで「こいつやば……」みたいな空気になっているのかもしれないが、別に俺が自発的にやっている訳では無く、全部受動的に起こった事だ。
スタルギのおっさんへの質問の答え方には間違った気がしなくもないが、今後の事を考えたら必要な事だったと言わざるを得ない。
夢の実現が困難と分かった以上、取れる選択肢は全て確認していきたい。
それこそ、命を投げ打つ事になったとしてもだ。
「……とりあえずは分かりました。いえ、本当は全然分からないのですが、考えても無駄な気がするので納得しておきます」
分かってくれたと思ったら、考える事を止めていただけだったという訳だったのか……。
だが正直そうしてくれた方が俺としても助かるので何も言えない。
「それでコウジさん……いえ、コウジちゃんの方が良いですか?」
「さんの方でお願いします」
「それでコウジさん……今日はクエストを受けに来たのですよね」
「はい。アオイロがだいぶ無理を言ってしまっていたようで」
竜が出るという曰く付きの噂を確かめるゲトス森の調査クエスト。
クエストを予約してきた張本人ことアオイロは「スズランさんと一緒なら私達がボディーガードとしてついて行く必要は無いですよね」と言い泥んこを連れて何処かに行ってしまった。
なんか、泥んこがスズランの身体から早く俺を追い出したいとかで、身体の素材になりそうな物を探しに行くとかなんとか言っていた。
俺の身体を錬成するとかなんとか言っていたような気がするが、泥んこは生命を作り出す事も出来るのだろうか。
あと、その身体になってしまっても俺はまだ人間を名乗る事を許されるのだろうか。
「はい、それでこれが調査クエストになります」
何故か少し怒った様子のコラキさんが数枚の紙を俺の前に置いた。
【ゲトス森の調査クエスト】
ゲトス森にて竜の目撃情報が寄せられたので調査を頼みたい。
水辺での目撃が多いと言われているので、そこを中心に探索してもらう。
下に載せた地図を元に指定の場所に赴き、竜が居るかどうかを確かめて来る事。その際、発見した場合は写真に収めてくる事。
紙にはだいたいそのような事が書かれていた。
隅の方に受注条件が載っており、そこには何度も変更を行ったのだろうか冒険者ランクと斜線がいくつも書かれていた。
一番古いのが冒険者ランク7、その7の上に斜線が引かれ6に書き直され、その6にも斜線が引かれ……と、今現在は冒険者ランク3が受注条件になっている。
竜に対する情報も噂レベルだが書かれており、雹水竜という通り名も記載されている。
――雹水竜。
水・氷を操るという事から付いた名前なのだろうが、シンプルにまとまっており正直恰好良い。
毎回思うが、こういった別名は誰が決めているのだろうか。
アズモなんて元々は天災竜という呼ばれ方をしていたらしいが、「それだとエクセレと被る」という理由で区別を付けるために急遽「魂竜」という名前になった。
なんと言うか、可哀想ではないだろうか。
雹水竜という名前だったら「氷と水を操る竜なのだろう」と直ぐに分かるが、魂竜という名前だと「よく分からない竜」という感じになってしまわないだろうか。
魂操龍とかの方が分かりやすくて恰好良いのではないだろうか。
他の兄妹と違って呼称がアズモだけ日本語というか漢字に直したら二文字になってしまうのも仲間外れ感がある。
……などと、ゲトス森の調査クエストの内容を見ていた俺は、スズラン監視の元、黒アズモと仲良くなる努力をしているアズモへと思いを馳せた。
「……食い入るように見ていますね。やはり同種として何か気になる事でもあるのですか」
「呼び名が少しは気になります。あと俺は人間ですよ」
「……まさかですけども、身近に雹水竜と関係のある方がいたのですか?」
コラキさんは「また言っているよ」みたいな目を一瞬だけ俺に向けた後、俺にそう聞いて来た。
「……水と氷のブレスを得意にする奴が居ましたね」
懐かしい奴を頭に浮かべる。
勉強は出来ないし、誰かを気遣うような事も出来ないガサツさがあるが、戦闘センスはずば抜けており、とりわけ水と氷の混ざったブレスを得意とする奴だった。
裏表がなくはっきりしている奴なので、苦手な人にはとことん苦手意識を持たれていただろうが、俺やアズモはそいつの事が好きだった。
「もしかしたら、その方かもしれませんね」
「まさか。こんな所に居る訳が無いですし、こんな大層な名前を貰えるような奴でも無いですよ」
「分からないですよ。人生何があるか分からないですから」
「……?」
何故かコラキさんが俺の事をガン見しながら言って来たが、真意は分からない。
……ただ、もしも俺が思い浮かべている奴が雹水竜だったら。
まさかこんな所に居る訳がないとは思うが、同じような特徴を持っている竜なので何か知っているかもしれない。
久しぶりに会いたいな……。
「……しかし、もしそうなったら、コウジさんは絶対に名乗らないといけませんね。コウジさんはその方だと分かるかもしれませんが、向こうは絶対に今のコウジさんの姿を見てもコウジさんだと分からないですから」
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