三十九話 「だから俺はお嬢ちゃんじゃねえって」
クリスタロス地下にて。
「人間化を覚えましょう」
私は意気揚々とそう言った。
スズランさんと泥の子に人間化してもらい、コウジ君の周りに居てもらえば変な虫が寄り付かずに済む。
そんな魂胆と、コウジ君の話し相手になって欲しいという思いから出た言葉だった。
なんせ私ではコウジ君の心を癒す事が出来ない。
耐え難い現実の数々によって徐々に消耗してきているコウジ君の心に支えになって欲しかった。
あの受付嬢にでも癒してもらえば良いと思っていた時もあったが、あの受付嬢は心が弱すぎるから駄目だった。
「ナーン?」
「ゴギュルルル」
が、しかし、私の思いとは裏腹に二人は人間化に対し乗り気では無いようだった。
「ナーン、ナーンナーン」
「ゴゴゴ、ギュルル。ゴギュ、グギュウ」
スズランさんは「どうして人間にならなきゃいけないの?」と言い、泥の子は「人間の言葉を喋るために人間化。はあ、そんな事の為にどうしてわざわざ苦労しなければならないのか」と言いだした。
「え、人間になれるんですよ? 人間になりたくないんですか?」
「ナーン!」
「ゴギュ」
いや! なりたくないです。と返された。
「コウジ君と同じ種族になれるんですよ?」
不思議で堪らなかった。
私はコウジ君と同じ種族になりたくて必死で頑張った。
人間に擬態するのではなく、人間そのものになる。
夢を叶える為に必要な力だったから存在が書き換わってしまう程の努力をして見つけたたった一つの方法。
人間になってしまえば、人間の街で普通の人間として生きていく事が出来るのにどうしてそんな反応なのだろう。
先程出会ったばかりでコウジ君の良さが分からない泥の子はまだしも、スズランさんまでもが人間になりたくないという理由が分からない。
「ナーンナーン、ナーン」
「確かに人間は弱いですけども、弱さなんてどうとでもなるじゃないですか」
「ナーン、ナーン!」
「おまけにその姿はコウジ君が願ったもの……と。何を言っているのかさっぱり分かりませんね。別にコウジ君は特別猫が好きだったりはしなかったはずですよ」
「ナーン?!」
私の台詞を聞いて「そんな馬鹿な?!」とでも言っているかのように飛び跳ねたスズランさんを見て「畳み掛けるならここだ」という確信を得る。
「前提として、コウジ君は皆の事が好きですよ。コウジ君にとっては花も猫も泥も好きな事に変わりは無いです。ただ……」
「ナーン……?」
「ゴギュ」
「それはあくまでも好きな物です。愛される物では無いです」
「ナ、ナーン……!?」
「ゴギュン」
衝撃を受けるスズランさんと、「だからどうした」とでも言いたげに鼻みたいな物を鳴らす泥の子。
泥の子には全く響いていないようだが、それはスズランさんを落とせてしまえばどうとでもなるので今は無視する事にした。
将を落とせば馬も勝手に落ちる。
「愛が欲しくないですか」
これで決まり。
「ナーン!」
スズランさんを懐柔する事は造作も無かった。
コウジ君が完全に打ちのめされて部屋に引き籠っている間、私達はコウジ君の冒険者ランクを上げる傍ら人間化の練習を行った。
が、スズランさんは年齢相応に飽きっぽかったためそこからが大変だった。
全く成功の兆しが見えないためにスズランさんは練習のやる気を失くしてしまっていた。
それとは対照的に、年の功なのか習得までがかなり早かった泥の子。
スズランさんはそれを見て更にやる気を失くした。
もう駄目だと思っていたが……。
「別の身体、それも異性の身体になったというのになんだか妙に慣れていますね」
姿見の前に立ち、赤い髪を結ぶコウジ君に対しそう言った。
「何を期待しているのか分からんが、俺はもう『女の子になっちゃった……!?』みたいな新鮮な反応をする事は無いからな。…………あれ赤い髪だと思っていたが、髪の内側は白色だったのか」
―――――
ゲトス森に住み着いたと噂される氷を操る竜。
空気を凍らせたり、水の息吹で物を燃やしたりと摩訶不思議な現象が数件報告されているが、どれも証拠がなく存在の証明が出来ていない。
目撃談から雹水竜と名付けられた魔物の存在証明を行うクエスト、ゲトス森の調査クエスト。
竜が目撃された事により絶好の狩場であるゲトス森は封鎖された。
冒険者から不満が上がり、説明対応に追われ、万が一に備え竜対応が可能な人間以外の種族の誘致もしなければならない。
クリスタロスギルドはそんな現状を早急にどうにかするべく、多額の報奨金を付け竜の不在証明をする調査クエストを発行した。
ギルドにとって一番良いのは噂が噂でしかないという事。
もし本当に竜が居た場合は有事に備え然るべき機関に報告をし、討伐もしくは撃退が可能な部隊の派遣を待つ事になる。
十年前、魂竜が出現する以前は部隊の派遣を待つ必要が無かった。
竜の対応は我ら竜が行う。
竜王ギニス・ネスティマスのその発言により、竜災や竜の目撃が上がった場合のほとんどは竜王家から一人、事態の対処が可能な竜がその場に赴き調査・討伐・撃退と解決を行っていた。
だが、魂竜の出現、光線龍のテロ組織入り、竜王一家の内乱などにより竜王家は社会からの信用が失墜。それにより竜対応が竜に任せられる事は無くなった。
竜にはこれ以上何もさせるな。
それが今の世論になっている。
その為、現在の竜が出た際の対応は魔族・魔物・獣種などが行っている。
しかし、大抵の街ではそれらを呼ぶ事が金銭や時間的な問題から困難である為、調査程度は人間が行っている。
竜王家は世間への負い目があったため対応を無償で行っていたが、その他の種族は金銭を要求する。
高位種である竜の対応は命に係わるので皆ただで受ける訳が無かった。
……そんな竜の調査クエストをコラキさんがとっておいてくれた――厳密にはアオイロが取るようにコラキさんを脅したのかもしれないが――ので、それを受ける為にクリスタロスギルドへ久しぶりにやって来たのだが、問題が発生していた。
「ここはお嬢ちゃんのような可愛い子が来るような場所じゃねえぞ。お家に帰りな」
俺を静止し、帰る事を促して来る面識の無い大男。
「だから俺はお嬢ちゃんじゃねえって言っているだろ!」
そんな大男に対して俺はイライラしながらそう返していた。
「ひゅー、可愛いね君。そんなおっさん放っておいて俺とご飯に行こうぜ?」
「おいおい、相手の見た目は五歳くらいだぜ?」
「俺は余裕でいける」
「ギャハハ! やっぱおもれーなお前!」
「十年後を見据えて俺も今の内に仲良くなっておくか」
椅子に腰かけた冒険者共が面白そうに声を掛けて来る。
人によっては近づいて来る上に触ろうとしてくるため気持ち悪い。
「おいお前らも笑ってないでこの小さい子に帰れって言ってやれ」
「お嬢ちゃ~ん、俺とデートしようぜ~」
「俺なら友達じゃ出来ない遊びを教えてあげられるよ」
大男が回りに声を掛け、周りが面白がる。
治安が悪すぎる。
こいつらは異性だったら誰でも良いのか?
いや、俺は見た目が女の子なだけで、中身は男なんだが。
いつもはこんな風に絡まれたりはしないのだが、性別が変わった影響なのか、小さくなって弱そうに見えるからなのか。
「……殺しますか?」
肩の上に座るアオイロが沸々と殺意を顕わにする。
「やめろ。騒ぎは起こしたくない」
「では少し力の差を思い知らせましょう」
「この身体の扱いにまだ慣れていないからそれもやりたくない」
「なら私が……」
「やめろ。何もするな」
慣れた身体でも力の加減を間違えて怪我させてしまったばかりだ。
力の出力の加減も分からないスズランの身体で何か事を為すと殺めてしまうかもしれない。
というか話の流れで何もするなと言ったが、今のアオイロに誰かをどうこうする力があるのだろうか。
何も出来ないように身体を奪ったはずだが……。
「ゴギュゴギュ」
アオイロを更に弱体化させた方が良いのか考えていたら、泥んこが唸った。
俺の前にスッと現れ泥溜まりから手のような物を伸ばす様はまるで「しょうがないからここは何とかしてあげます」と言っているようだった。
「お前のような屑が居るから冒険者全員のイメージが悪くなんだよ。引っ込んでろカスが」
「押し付けか? 冒険者なら言葉じゃなく力で言い聞かせてみろよ」
「なんだ? やるってか?」
「はっ、ちょうどいい! 前からお前の価値観の押し付けにはうんざりしてたんだよ!」
いつの間にか揉めだした大男と見境の無い男へ泥で出来た触手が伸びる。
「お、おい、あの泥みてーなのって……」
「ああ、なんか聞いた事あるぜ。高ランク冒険者を狩りまくるやべー召喚獣がいるって噂」
「だがその噂は白い獣と武器を喰らう泥となんかひたすら煽ってくるうるせー奴のトリオだって聞いたぜ?」
「じゃあ違うのか……? 確かに白い獣もいねーみたいだしな」
遠巻きで見ていた冒険者達がヒソヒソと何かを話し始める。
微かに聞こえて来た内容から状況を察した。
「俺が情報収集している間にお前らは一体何をしていたんだ?」
「何もしていないですよ」
小声でアオイロに何をしていたのか聞いたら白々しい顔でそう返された。
「ゴギュッ」
そんなやり取りをしている内に泥んこが動く。
巨大な泥の腕が睨み合いを行っていた冒険者二人の首を掴み宙に浮かせた。
「がっ?! ぐっ!?」
「なっ! んだ、これは?!」
二人は自身の腕よりも太い泥の指を必死に掴み苦しみながら抗った。
「ゴギュギュギュ」
泥んこの鳴き声には静かな怒りが含まれていた。
敬愛するスズランの姿を貶された恨みだろうか……なんて悠長に考えている場合では無い。
「泥んこ止まれ。やり過ぎだ」
「ゴギュン」
俺が一声かけると泥んこはフンと言いながら二人を解放した。
解放された二人は地面に蹲り、必死に空気を吸おうとする。
首元には真っ赤な跡が残っているが大事には至らなかったようだ。
俺の召喚獣達は加減を知らない。
人間じゃないから人間の耐久性が分からない。
「お、おい、見たか今の!?」
「やっぱりあいつらが例の奴等なんだよ!」
「よく見てみたらあの赤髪の嬢ちゃんの肩にちっちゃいのが乗ってるぞ!」
ヒソヒソ言いながら状況を見守っていた冒険者達が騒ぎ始める。
喧噪を聞きつけギルド職員達がこちらに向かって来ているのが分かった。
「て、事はあの赤髪のって……?」
「ああ、かもしれねえな。髪は確かに赤だが、肌が真っ白だ」
「だが姿が完全に人間だぞ?」
「変化する事が出来るって事だろ。強くて才能のある一握りの魔物なら人間になる事が出来るって聞いた覚えがある」
「しかし確証がねえな。何か類似点でもあれば分かりやすいんだが……」
騒ぎが大きくなり、いよいよ収集がつかなくなってきた。
ふと向こう側を見たら駆け寄って来る職員の中にコラキさんの姿が見えた。
……しかたないか。
「…………ナ゛ーン!」
周囲を見回し鳴いた。
「お、おい、あの鳴き声って!」
「ああ、ちょっと声が汚ぇがやっぱりあいつ白い獣の変化した姿だ!」
「話によれば一方的に高ランク冒険者を倒した上に降参した奴をいたぶって楽しんでいたらしいぜ!」
「逃げろ! 目を付けられちゃたまらねえ!」
俺達を囲っていた冒険者達が蜘蛛の子を散らすように散らばっていった。
直ぐに先程までの喧噪が嘘だったように静かないつもの雰囲気が戻って来る。
こちらに向かって来ていたギルド職員が肩透かしを食らったかのように持ち場に戻っていった。
「ゴギュン」
「35点って言っているみたいです」
「俺に再現性を求めんな……」
気を取り直してクエスト受注のためにカウンターへと向かって歩いて行く。
例によって俺の目指すカウンターに寄り着く人は全くいないためそこだけ不自然に空いていた。
「おはようございます。すみません、朝から騒ぎを起こしてしまって……」
コラキさんにそう声を掛けたが、こちらを見るコラキさんの目は怪しい者を見る目をしていた。
まるで初めて出会った時と同じようなこちらを試す視線だ。
「コラキさん?」
不安になり名前を呼ぶと、コラキさんは首を傾げた。
「わたし達って何処かでお会いした事がありましたか……?」
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