三十八話 まるで俺が人間じゃないみたいだな
「――つまり、コウジ君はあの老害に肉体を殺されてどうしようもなくなったから仕方なくスズランさんの身体に入っている……という事ですか。なるほど……なるほど、なるほど。事情は分かりました。とりあえずお礼参りに行って来ます」
「
「
部屋を出て行こうとするアオイロと泥んこを必死に止めようとした。
が、鳴き声をあげるだけで身体は上手く動かなかった。
あっ、この身体って……。
人型だった時の癖で普通に立って歩こうとしていたが、今の俺は四足歩行する別の生き物。
人間だった時のように追いかけようとしたら当然……。
「
床の上をズザーっと滑った。
「
背後でダイナミックなズッコケ音が聞こえた為か、泥んこが心配した様子で戻って来てくれた。
「
「
スズランがコケたと思って戻って来た泥んこが、スズランではなく俺がコケた事に気付き離れていく。
「
「
そうこうやっている内にアオイロがドアノブに飛び乗り、自重でドアを開けようとしていた。
このままでは、この街で大乱闘が起きてしまう。
「
正直あの二人でスタルギのおっさんに勝てるとは思えないし、行って喧嘩を仕掛けても殺されるだけだろう。
しかもおっさんに負けるとしても、街は壊滅的な被害を受ける事が確実だ。
今のアオイロに何か出来るとは思わないが、泥んこはスズラン並に強い。
泥んこの戦闘している所を見た事が無いので憶測に過ぎないが、この街の地形を変える事くらいは容易いのでは無いだろうか。
だいたいアオイロが泥んこを連れて来た時に「街の守り神をしていた魔物を捕まえて来ました」とか言っていたし。
こうなったら一か八か……。
「……
歩けないのなら飛べば良い。
この身体で俺の思い描く姿になれるのかは分からないが、竜の魂は健在。
翼さえ生えれば後はどうにでもなる。
「ナ゛ーン」
身体にゾワゾワする感覚が芽生え、思わず鳴いた。
形が拡張されていくのが分かる。
「おやおや……」
ドアノブに立ったままのアオイロがこちらを見ているのが分かった。
額に一筋の汗が流れているように見える。
「ゴギュ……?」
俺を見捨てて離れていった泥んこも振り返る。
「毎度どうしてコウジ君はそう……生物として反則的なんですか」
身体の変化が終わった。
アオイロも泥んこも黙って眺めていたので何に妨害される事なく変身する事が出来た。
背中に頼れる物が現れたのが分かる。
視界の端に黒い鱗に覆われた小さな翼が写っていた。
それと同時に身体のあちこちに違和感が現れた。
白い体毛に混ざる黒い鱗。
猫の物とは思えない鋭利で硬質な爪。
先の尖った黒くて長い尻尾。
頭が重い。
尻も重く、四本の足が更に重くなったのが分かる。
「
床にぐしゃっと広がった。
身体が物理的に重すぎて支えていられない。
これじゃ飛ぶのも無理だ。
「まあ流石にそこまで都合よくはいきませんか。では私達は行きましょう」
「
俺の変身する様子を眺めていた二人が踵を返して出て行ってしまおうとする。
こうなったら最終手段だ。
――助けて、スズラン!
身体の持ち主に頼る事にした。
アズモと黒アズモの事をよろしくした手前、頼るのはどうかと思っていたがこうなってしまっては仕方が無い。
「ナーン!」
口からやけに鼻にかかった鳴き声が飛び出た。
続いて地面にぺしゃっと広がった身体が持ち上がり、そのまま床を跳ねる。
その場から飛び上がり、翼を広げドアの前まで滑空し、ドアノブに乗っていたアオイロが口に咥えられる。
「ぐえっ」
アオイロを照明に向かって放り投げ、頭から伸ばした蔓で縛りあげる。
アオイロは何も出来ずに地面に落下した。
オーバーキルだ。
簀巻きになったアオイロは完璧にノビていた。
「ナ~ン~」
この身体の持ち主であるスズランが楽しそうに鳴く。
新しい力を使えるのが楽しくて仕方が無いといった様子だった。
「ゴギュ……」
「ナーン?」
「ゴギュゴギュ」
「ナーン」
続いてスズランは泥んこの方を見たが、いつの間にか作ったのか泥んこは触手で握った白旗をフリフリと振って戦う意思が無い事をアピールした。
一瞬で場がスズランに支配された。
スズランは頭から生やした真っ赤な花を開花させ、花の中心に目を生成し、その目でギョロギョロと辺りを見渡す。
まるで、まだ戦いたりないとでも言っているようだった。
『スズラン! タスケテ! アズモがヤバイ!』
「ナーン」
辺りに殺気を放っていたスズランだったが、頭の中で響いた黒アズモのSOSに応え引っ込んでいった。
同時に真っ赤な花も萎み、翼が消え、元の白猫に戻った。
―――――
「あっ、んっ、そこ、もっと強く噛んでください」
「
アオイロに絡みついた蔓を歯で噛み切ろうとしていたら、目を覚ましたアオイロが身体をくねらせ変な事を言い出した。
スズランがアオイロに個人的な恨みを持っているのかどうかは分からないが、かなりきつく縛り上げられている。
「
叫んでいたら歯が滑り、アオイロを真っ二つにしそうになった。
「あっ……///」
アオイロも堪らず断末魔のような声を上げているようだった。
「うーん……コウジ君にやられるなら別に良いんですけどね、スズランさんの見た目なのがちょっと頂けないです」
「
「ちょっとあの、試しに『人間化』って呟いてもらって良いですか?」
「
それだとまるで俺が人間じゃないみたいな言い方だな。
「なんで『俺は人間だが?』みたいな顔しているんですか? 今のコウジ君は獣畜生ですけど自覚ないんですか……?」
「……?」
「とりあえずやるだけやってもらって良いですか?」
「
流石に俺でも今の俺は生物学的に見たら人間じゃないというのは分かる。
だが心は人間だ。決して猫では無い。
竜の心も持っているが俺はれっきとした人間だ。
なんで人間の俺が「人間化」などと言わないといけないのかという不満はあるが、手が無いのは不便なので一縷の望みをかけて人間化する。
「
瞬間、身体がゾワゾワするのが分かった。
ただ今回は無い物が増えるのではなく、身体その物の形が変わる感覚。
身体がゴキゴキと変な音を鳴らしながら変わって行く。
丸まった身体が真っ直ぐに伸ばされ、足が伸びていく。
体毛が溶けるように消えていき白い肌を生成する。
関節が根っこを地面から抜くような音を鳴らして動く。
顔が丸く大きくなり、真っ赤な花の代わりに赤髪が生えて来る。
「あぁ、やっぱり出来るんだ。スズランさん達が私に言われて嫌々練習していた人間化をこうもあっさり……」
アオイロが何かを呟いたのを頭の上に生えた猫耳が捉える。
「へえ、人間化の練習をしていたんだな。……ん、スズランさん達って事は?」
声帯が人間の物になり、言葉を喋れるようになる。
身長が低いためか、少し視線が低いのは気になるが直に慣れるだろう。
「
「あ、なんでも無いです」
泥んこも人間になってみたいとか思うんだなーと思い視線を向けてみると、ガンを付けられた。
アオイロが言う通り本当に嫌々人間化の練習をしていたのだろう。
「しかし、薄々思っていたが……」
姿見の前に立ち自分の姿を頭の先から確認する。
まず目に付くのが猫耳。
赤い髪の間からちょこんと二つの白い猫耳が生えている。
いたずら好きそうな猫目に長くて白い睫毛、白い眉。
白い頬に、白い猫髭、細い口。
五歳児くらいの白い身体。
そして――
「また付いて無い……」
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