三十七話 「今のコウジの姿ヲ思イ出セ」
「いけスズラン! 蔓の鞭だ!」
「ナーン!」
紫色の髪を片手で払い靡かせたアズモがスズランに命令し、スズランが頭の上に咲かせた赤い花から蔓を伸ばしてアズモの指差す方向に攻撃する。
「ウワァー!! コウジお助ケ~!!」
蔓攻撃に翻弄される紫髪の子が涙目で俺の元へ飛び込んで来たので受け止めた。
「……ッチ」
黒アズモが俺に保護されたのを確認したアズモが面白くなさそうにスズランへ「止まれ」と命令した。
「何してんだお前ら……」
俺達は気が付くまでスタルギのおっさんと死闘を繰り広げていたはずだ。
おっさんに身体を壊されて戻る器の失くした俺達は苦肉の策でスズランの身体に入る事を決め、次目覚めた時はどうなっているだろうか……などと考えながら意識を手放した。
そしてつい先ほど目覚めた。
飛び込んで来た光景はアズモがスズランを使って黒アズモを虐める光景だった。
言われるがまま黒アズモを抱きしめたが、条件の理解は全く出来ていない。
「むっ。スズランという器に害虫が入って来ていたから駆除しようとしていただけだ」
「アイツラ目覚めてカラずっとヤバイ!」
「ナ~ン~」
「なるほどな……」
ふん、と鼻を鳴らし「当たり前の事をしていただけだが?」という反応をするアズモ。
俺に泣きつきアズモ達の非情さを訴えかけてくる黒アズモ。
アズモの足元で転がり、嬉しそうにじゃれつくスズラン。
状況は完璧に理解した。
一先ず、スズランの身体へ避難する事は成功したようだ。
ここはスズランの精神世界なのだろう。
日本に居た時の俺の部屋を模倣するアズモと違い、スズランの世界は俺とアズモが育った竜王家を模していた。
スズランがこの部屋に入った事は無いはずだが、窓から部屋の中を再現出来る程よく見ていたのだろう。
恐らく、俺よりも先に目覚めたアズモが、俺と同じように「避難に成功したか」と安堵した所で黒アズモに「ヨウ」とか声を掛けられてブチギレしたとかだろう。
黒アズモは俺の心に巣食った悪魔みたいなものだから俺が居る所に居るのは当然だと思うが、アズモはそれが嫌だったらしい。
ちなみにアズモがどれだけキレているかは口癖を見ていれば分かる。
む。と言っている時は「これからキレるぞ」、または「既に少しキレているぞ」という状態なので取り扱いに注意する必要がある。
むっ。と言っている時は「私はこれ以上なく怒っているぞ」、または「絶対に許してはいけないぞ」という割と怒っている状態なのでご機嫌を取る必要がある。
むっ! と言っている時は「こいつを殺す」という意思を持っている時なので確実に止める必要がある。
今回は第二段階なのでご機嫌を取る必要がある。
そんなアズモとは対照的にじゃれている白猫ことスズランのなんて可愛い事か。
久しぶりにアズモに会えた事から嬉しさが爆発したのか「構って~構って~」と言いながら白いお腹をアズモに見せている。
アズモはそれに気付いていないのかスズランの求愛行動をガン無視していた。
「むっ、何か言いたげな顔をしているな」
「何か言いたいんだから当然だろ……」
胸にしがみついている黒いアズモを抱えながらアズモの元まで歩き、むくれアズモも抱き抱える。
「放せコウジ、こいつを殴れない」
「アズモ……」
血の気が多いアズモの言動に言葉を失くす。
機嫌を取るなんて考えていたが、本当にそれで良いのだろうか。
この小さなアズモは七歳まで俺と一緒に生き、俺にくっついて日本にやって来て一か月過ごし、異世界に戻って来て体感二年以上の時を生きた。
合計すると九歳くらい。
要は小学校三年生くらいの女の子だ。
……果たして本当に甘やかしてばかりで良いのだろうか?
アズモは子供。
俺は大人。
他にアズモの面倒を看られる人は居ない。
「そうか……。そうだよな……」
気付いてしまった。
「コウジ?」
「ウン?」
「ナーン?」
俺はアズモの保護者なんだ。
「アズモ、俺言ったよな……」
「む?」
「喧嘩するなって確かに言ったよな」
「これは喧嘩では無い。正当な主張だ」
「いいや、喧嘩だ。スズランを使って弱い物虐めをしていたな」
「していない」
「弱イ物イジメ? 僕弱イ者?」
アズモはあくまでも白を切るつもりのようだ。
「そうか。アズモがその気なら俺にも考えがあるぞ」
「む……」
心が痛いが、これも躾け。
時には心を鬼にする必要がある。
「アズモが喧嘩してばかりだと、俺はアズモの事をほんの少しだけ嫌いになってしまうかもしれない」
意を決しそう言った。
これもアズモの為だ。
心が物凄く痛むが、アズモの成長の為ならこのくらいは耐えなければならない。
「…………!?」
アズモは衝撃を受けているようで言葉が出ない。
「この私の偽物と喧嘩してばかりだと私の事をほんの少しだけ嫌いになる……? コウジが私の事を嫌いになるのか?」
「ああ……」
「私の事を大好きなコウジが私の事をほんの少しだけ嫌いに……?」
「ああ」
「今の親愛度が上限の100だとしたら97くらいに減るという事か……?」
「ああ」
「そんな馬鹿な……」
アズモの声がわなわなと震える。
だいぶ効いているようだ。
「だから喧嘩は止めてくれるか?」
「分かった……。こいつ嫌いだけどコウジが言うなら仲良くする」
「よく言った。頑張ったなアズモ」
「凄く頑張った」
やはり時にはぶつかる事も大事だったようだ。
アズモは賢い子だ。
こちらがどれくらい止めて欲しいかをしっかり伝えたらそれに応えてくれる。
「ナンダコイツら……。せめて僕を放シテくれないカナ」
「ナーン」
―――――
「という訳で、なんとか死亡フラグの一つは回避出来たな」
「本当に回避出来たと言えるのだろうか」
公園で俺の事を襲って来たおっさん事、スタルギのおっさん。
今までだと、あのおっさんには明日襲われて殺される流れだったらしいが、今回は前日の夜中にばったり会って例の質問をされた。
恐らく今回もまた質問の答えは間違っていたのだろうが、なんとか生きている。
「もしもあの時あの場で、時空龍の味方だって言っていたらどうなっていたんだろうな」
「無限龍と言っても光線龍と言っても襲われた。そこから見るに時空龍が答えなのかもしれないが、私はそれが答えとも思えない。やはり私の名前を出すのが正解……」
「一理アル」
「うーん、となると、あのおっさんはアズモの事を知っているのか? いや、でも何処かで会った記憶なんて無いしな……」
スタルギ・プラーガ。
やはり聞いた事の無い名前だ。
「一方的に知っているだけだろう。なんて言ったって私は悪い意味で有名人だ」
「まあ、その線が一番有り得るか」
「魂竜ッテ言っテたクライだしナ」
竜王家の事情に詳しいおっさんか……。
いや、怪し過ぎるだろ。
怪しいが……。
「アズモも黒アズモもあのおっさんの事は知らないんだよな?」
「ああ」
「ウン」
……二人は何も教えてくれない。
「まあそうだよな」
全く知らないという事も無いのだろうが、俺に教える程重要な情報という訳でも無いのだろう。
「本番は今日だ」
「今日何カガ起コル。今日を乗り越エル方法ヲ考えテおくノガ良イ」
「俺を殺しに来る奴がもう一人いるんだよな?」
スタルギのおっさんとは別の誰か。
どこのどいつなのかは全く分からないが、俺じゃ敵わないような誰かというのは確かだ。
「だが、今回は大丈夫では無いかと私は思っている」
「それはどうしてだ?」
「今のコウジの姿ヲ思イ出セ」
「あ、ああ……そういやそうか」
「ナーン?」
アズモと黒アズモの間にゴロゴロ転がって無邪気に伸びをしていたスズランを見た。
俺は今、スズランになっているんだ。
厳密にはスズランの身体を間借りしているだけに過ぎないが。
襲撃者もまさか俺が白猫になっているとは思わないだろう。
「新しい身体が見つかるか、俺の身体が戻るまで暫くスズランの身体を借りるな」
そう言ってスズランのお腹をわしわしと撫でた。
「ナ~ン~」
「ん。外が騒がしくなってきたようだ。そろそろ起きた方が良いかもしれない」
スズランを膝に乗せて可愛がっていると、アズモがそう言った。
「そうか、アズモ達はどうするんだ?」
「私はここでこいつと仲良くする練習をする」
「仲良クスル」
「……すまない、スズラン。二人が喧嘩しないように見ていてくれないか?」
「ナーン!」
スズランの頼りになる鳴き声を聞き、その場を後にした。
―――――
「あり得ないはずなのですが、ここからコウジ君の気配がするんですよねー。なので突入しようかなと」
「ゴギュギュ」
「おや、邪魔するつもりですか」
「ゴギュ」
起きると、小人と泥の塊が争いを始めそうな場面が待ち受けていた。
「ナ゛ー゛ー゛ー゛ン゛」
鳴き声を上げながら伸びをする。
結構寝ていたようで身体がだいぶ固まっていた。
「えっ……」
「ギュッ……」
俺の様子を見たアオイロと泥んこが絶句する。
意図せず小競り合いを止める事が出来たようだ。
「ナ゛ーン」
俺はそんな二人の様子を見て、もう一伸びしながら鳴いた。
やけに鼻に掛かったような声で鳴いているイメージだったが、俺が鳴くとだみ声になってしまうようで変な声が部屋に響く。
「えっ、スズランさん……じゃないですよね? なんか凄くコウジ君の感じがするんですよね。私のコウジ君センサーがビンビンに反応しているのですが、認めたくないという気持ちが湧いて仕方ないんですけど……」
「ゴギュゴギュゴギュゴギュギュギュギュ……!?」
アオイロは信じられないという様子で俺の事を見つめ、泥んこは俺の元まで寄って来て確かめるように触れて来る。
「
「……ゴギュウウウウ!!!」
姿が変わったおかげか、アオイロ達と目線が合うだけでなく何を言っているのかより分かるようになった気がする。
泥んこが「貴様! スズラン様を何処にやった!?」と怒っているように聞こえた。
「
「
言葉がちゃんと聞こえるのがなんだか不思議だったので、呑気にそう返すと泥んこが激昂するのが分かった。
今までよく分かっていなかったが、泥んこにとってスズランは凄く大事な存在だったようだ。
「
「……
「
「
ふん、と言って泥んこが離れていった。
スズランの足元に広がっている姿をよく見ていたから主従関係でも出来上がっているのかなどと思っていたが、もっと凄い関係になっていたようだ。
俺が知らない所で何があったのか気になるが、怖そうな気もするので知りたくない。
「え、あの、ちょっと待ってください」
口を半開きにして固まっていたアオイロが言葉を紡ぎ出す。
「え、なんでコウジ君がスズランさんになっているんですか……?」
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