三十六話 「俺達は十分頑張った」


 家族が嫌いだ。

 疼く手と足がその気持ちを強くさせる。

 そんな物はもうとっくのとうに消え去ったのに幻肢痛が付き纏う。



 ――どうして俺から奪った。


 ――お姉ちゃんが困っていたから。


 ――俺はどうして奪われなければならない。


 ――家族だから。


 ――家族だから何だ。


 ――家族だから困っていたら 助け合うんだよ。



 どいつもこいつも話なんて通じない。

 濁った瞳は俺自身の事なんて見ていない。

 肩書きしかそこには映っていない。


 ――どうして俺から奪った。


 ――奪ってなどいない。寧ろ与えた。これで少し平和に近づいた。


 ――いいや、お前は俺から大切な者を奪った。


 ――そうか。だが、平和の為にこれは不必要だった。



 どいつもこいつも壊す事しか出来ない。

 何でも出来る程の狂った力を持っているのに良い事に使わない。

 奪う事しか出来ない。



 ――どうして何もしなかったんだ。


 ――それが責務だからさ。


 ――お前は何もしていない。それを負う必要なんか全く無い。


 ――家族がやった事は私にも責任があるからさ。


 ――それで良いのか。


 ――構わない。耐える事なんてもう慣れたからさ。



 どいつもこいつも嘘つきだ。


 俺はお前らが嫌いだ。


 家族なんか大嫌いだ。



―――――



「そこに居たのは魂竜だったのか……? …………いや、待て。改めて見てみたらお前さんのその透き通った身体は例の……」


 スタルギのおっさんが屋根の上でうわ言のように何かを呟いている。


 距離があるが、俺の耳なら拾える距離だ。

 しかし、その言葉は頭を通り過ぎていく。


 アズモの名前が出ていた。


 俺は気が気でなかった。


 この身体には無いはずの心臓がバクバクいっている気がした。


 アズモは、魂竜アズモは世界の敵。

 コラキさんと約束したはずなのに、俺はどうして……。


 ……いや、そうか。

 俺はもう今回・・を捨てているんだ。


 俺は心のどっかで、おっさんの強さを見て色々知れたからもういいやと思ってしまっているんだ。


 ああそうだ。実際、俺の命はもう長くないんだ。


 俺はそれを自分の両手を見て悟っていた。


 身体の透明度が少しずつ上がってきている。


 一見無敵なこの状態には厳しい制限がある。

 この状態で居られる時間は極端に短い。

 持って五分といった所だ。


 肉体という器を抜け、魂だけとなったこの姿はただそこに存在するだけでとてつもない精神力を消費する。

 まあ考えてみたら当然だ。

 零れないように支えてくれていた器から抜け出しているのだから。


 時間が経過する毎に俺のこの身体は空気に混じって何処かに消えていく。


 しかも、その器ももう……。


 ……俺、結構頑張ったよな。

 次はより先まで進めるように……。


「――ここに居るのが魂竜アズモだったら何だと言うのだ」


 諦めかけていたら声が聞こえた。


「……アズモ?」


 アズモが俺の肩から乗り出して言っていた。


「ああそうだ、私は魂竜アズモだ。で、それがどうした」

「あ、おい、止まれって。どうしてムキになってんだ」

「私達にはもう時間が無いのだ」

「ああ……そうだな。でも、もういいだろ。俺達は十分頑張っただろ――」


「――生を諦めるな! 次があるから何だと言うのだ! 私にまた一から今まであった事を説明させる気か! 私は早くコウジと何ともない日常を送りたいのにコウジは違うのか!」


 耳にアズモの絶叫が至近距離から届いて来た。

 アズモの声は俺の耳から入り、頭から全身に流れ、身体を巡って行く。


 コウジは違うのか……か。


 そんなの決まっている。


「――俺も、俺も同じ気持ちに決まってんだろ……!」


 すまん、アズモ。

 いつもいつも発破をかけてもらって。

 アズモは俺の燃料だな。


『ふん。ハイオクだぞ』


 俺は高級車でも何でも無いんだけどな。


「とは言え、どうするか……」


 考えを切り替えたのは良い物の絶望的状況は変わらない。

 このままだと死ぬ事に変わりは無い。


「――そうか。この子が竜王家末子、アズモ・ネスティマスだったのか」


 考えを巡らせようとすると、直ぐ傍から声が聞こえた。

 スタルギのおっさんの声だ。


 目はまだやられたままだから見えないが、確かにおっさんがそこに居る。


「良い、逃げるな。俺にもうお前さんらをどうこうする気は無い」


 逃げようとすると、おっさんがそう言った。


「顔をよく見せてくれ。目は開けられるか?」

「……まだ無理だ」


 狼狽えながらもそう返した。

 おっさんから漏れだしていた濃密な殺気が消えていたからだ。


「サワハタコウジと言ったな。お前さんは魂竜とっての何なのだ」

「俺はアズモの……相棒だ」

「魂竜の相棒はこれから何をする気だ」

「……アズモを助けに行く」

「…………ほう」


 おっさんはたっぷりと時間を掛けてそう呟いた。

 俺達には時間が無いというのに悠長なおっさんだ。


「初めからそう言ってくれれば良かったものの……言えなかった理由でも何かあるのか。……まあそう言っていた所で素性も知らない奴の言葉なんて俺には響かねえが。だがそうか、お前さんは魂竜の相棒なんだな。ネスティマス家という訳でも何でもなく」


 何を聞いてきているのか、おっさんが俺から何を知りたいのか少しも分からない。


「俺は竜王家では無いが似たような物だ」


 質問に対する適した答えが思いつかずにそう返した。

 俺はネスティマス家の一員ではあるが、本物の家族という訳では無い。

 名誉家族みたいなもんだろうか。


「カッ、ハッハッハッハ! 家族みたいなもんか! なら良いだろう!」


 おっさんが急に高笑いをしてそう言う。


 何が良かったのだろうか。

 急に笑い出すからアズモがビクッとして震えていた。


「暫くしたらまた会いに来る。お前さんは……そうだな。早くゲトス森の調査クエストに行ってこい。じゃあ達者でな」


 直ぐにおっさんの気配が消えた。


「行ったみたいだ」


 周りを確認したアズモが俺にそう言った。


「みたいだな。さて、俺達はどうするか……」

「私に考えがある」


「――来い、スズラン」


 アズモがスズランの名を呼ぶと、直ぐに答えが返って来る。


「ナー……!? ナーン!? ナーンナーン!」


「なんでスズランを呼んだんだ……? スズランのめちゃくちゃ困惑している声が聞こえるぞ?」

「目の前にコウジの死体が転がっているのだから困惑するのも当然だろう」

「死体とか言うな。俺はまだ生きているぞ。まあ、肉体の方は確かに死んだのかもしれないが……」

「ナーン……」


 スズランが鳴きながら、俺の足に手を添えて来たのが分かった。

 まるでこれから死ぬ主に「行かないで」と言っているようだった。


「落ち着け、スズラン。コウジは死なない。無論、私もだが」

「ナーン……?」

「取り敢えずコウジの死体を回収してくれ」

「ナーン」


 俺は目がまだ回復していないから分からないのだが、俺の身体はそんなにどうにもならないレベルの致命傷を受けていたのだろうか……?

 少し不安になって来た。


 バクッと何かを丸呑みする音が聞こえ、俺の肉体が回収されるのが分かった。

 俺の肉体は今頃、アオイロの本来の身体と同じようにスズランの居る場所に保管されたのだろう。


「よし、じゃあスズラン」

「ナーン」

「身体を貸せ」

「ナーン……?」

「ああ、なるほどそういう事か」

「コウジは分かったみたいだぞ」

「ナナーン……」


 アズモの言っている事が分からなくて落ち込むスズランが可哀想だったので、アズモの代わりに説明する事にする。


「俺用の身体をアオイロの時のようにスズランの力で用意してくれって事だと思うぞ」

「ナーン!」


 アオイロは何をするか分からない為、弱体化させる事にした。

 アオイロとの戦いで身体から魂を引き剥がす事に成功したので、スズランが用意した花人形のような物にアオイロを入れた。

 その結果が今のアオイロだ。

 あいつはそこから更に「人間化」とかいうものを使って、花人形から小人に変わったが。


 要は俺にもアオイロのような身体を用意してくれという事だろう。


「違う」

「すまん、スズラン。違うみたいだ」

「ナーン……」

「弱い身体では何も為せなくなってしまうだろう」

「確かにそうだが……でも他に方法が無くないか?」

「あるだろう。スズランの身体に入る、という方法が」

「あー、その手があったか」

「ナーン!?」


 スズランは生物的に俺よりも強い。

 その為、俺がスズランの身体の中に入る事は強化とも言える。


「もう時間が無いぞ、コウジ」

「ああ分かっている。すまん、スズラン、少しお邪魔する」

「ナーン……。……ナーン!」


 ひたすら困惑していたスズランが「バッチコイ」と言っているような気がした。

 どうやらスズランも覚悟を決めたようだ。


 やっと回復して来た目でスズランが居る場所を見る。

 白い猫が地面に座ってこちらを見上げていた。


 あんな小さな身体に三人も入れるのかと一瞬思ったが、スズランの本来の姿が脳裏を過るとそんな考えは直ぐに消えた。


 スズランを両手で持ち上げ、頭をスズランの頭とくっつけた。


「解除」


 解放を解き、身体の形を保つのを止める。


 アズモ以外の身体に入るのはこれが初めてだが上手くいくだろうか。

 などと一抹の不安を抱えたものの、何故だか失敗する気はしなかった。


 身体が崩れ粒子のようになっていく。

 意識が薄れ、何も考えられなくなる。


 次目覚めた時はどうなっているだろうか。


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