三十四話 「どこの陣営の竜だ」Ⅱ


「――お前さんはどこの陣営の竜だ」


 懐から携帯灰皿を取り出し、まだ半分の長さにも達してしていない煙草を放り入れる。

 淡い青色の着物の袖に手を入れ、俺を見据える目には鋭い光が宿っていた。


 公園で俺に襲い掛かって来た名前も知らないおっさん。


 ボサボサの長い髪を髪留めで雑に纏めた姿からは想像が出来ない程の実力を持った古強者が俺に問う。


「無限龍か、光線龍か、はたまた時空龍か……」


 どこの陣営の“竜”。

 俺は竜の力を持ってはいるが、見た目は普通の人間でしか無い。

 だが、このおっさんは公園で会った時に「竜の匂いがする」とか言い、俺の正体を看破した。

 それに心を乱された俺は目の前で竜の翼を現しその場から逃げ出そうとした。


 今更、「いや、普通の人間ですよ」と言った所でもう何も信じてはもらえないだろう。


『来たぞ。選択を誤るな』


 俺の背に隠れたアズモが俺の心の中へそう語り掛けて来た。


 ――ああ、この選択を間違えたら俺達は死んでしまうんだろう?


 そう台詞を思い浮かべた。

 前まではよくやっていたが、久しぶりにこの仕方で会話をした気がする。


 ミス=死。

 おっさんがこの質問を俺にしたのはこれで三回目らしい。

 アズモ達がそう教えてくれた。


 一回目は光線龍と言い殺され、二回目は「世界で一番可愛いアズモを救いにやって来たただの人間」なんて回答をして見逃されたとの事だ。

 一回目はまだしも、二回目の回答は絶対違うと思う。

 全く……。


 ……さて、アズモ。

 今回はなんと答えようか。


『……まさか、私の名前を出さないつもりなのか?』


 ああ。

 だって、どうせループするなら他にどんなパターンがあるのか見ておきたいだろう。

 もしかしたら、アズモの名前を出すよりも良い未来に繋がる答えがあるかもしれないし。


 それに、俺は今回の事も忘れてしまうのかもしれないが、アズモは覚えていてくれるんだろう。


『また私にコウジが死ぬ所を見させるつもりか?』


 ……それなんだが、ループの云々の件で俺は一つ納得いかない事がある。


 実際にこうしてアズモが言った通りの質問が出されているし、アズモが俺に言っていた事を疑っている訳では無いんだが。


『なら何に納得出来ていないと言うのだ』


 何かって、そりゃあれだろ。


 アズモは俺が殺されたと言ったが、俺はそれで本当に死んだのか?


 俺は殺されたくらいで死ぬのか?


 あの時アズモが言っていた事で全てだとはどうしても思えないんだ。


 というか、俺と少しでも長く楽しい話がしたいからってだいぶ説明端折っただろ。


『……そんな事ない』


 なら、決まりだ。


「――俺は無限龍の陣営だ」


 竜王家長男、無限龍、アギオ・ネスティマス。

 ネスティマス家で一番の強さを誇るアギオ兄さんはネスティマス家の起こした不祥事の仲裁や火消しの為に昼夜問わず世界を飛び回り精力的に活動している竜だ。


 俺がアズモと別れる事となったあの日もアギオ兄さんは家族を守る為に会場全体が見渡せる所に陣取り俯瞰していた。


 日々何をしているのかを具体的には知らないが、悪い事はしていないはずだと信じている。


 少なくとも、光線龍と答えるよりはましだろうが、さあどう来る。


「無限龍の陣営か……」


 取り敢えず瞬殺されるような答えでは無かったようで、おっさんは目を閉じ考え事を始める。


「何故無限龍の陣営がクリスタロスに来たのか、あの時の約束はどうなったのかと色々聞きたい事はあるが……」


 おっさんが目を瞑ったまま、ポツポツと言葉を紡いでいく。


「ただ、俺は無限龍に言ったな」


 ……おっさんがよくない気配を纏い始めた。

 言葉を喋る事に声が段々と剣呑になっていく。


「クリスタロスは俺の場所だ。厄介事を持ち込んだら容赦はしないと」


 思案するのを止めたおっさんが目を見開く。

 赤く光る瞳には殺気が混ざっていた。


「お前さんはここに何をしに来た。何故、あのクエストを受けようとする」


 そう言った瞬間、おっさんの身体が揺らいだ。


「……っ!」


 それを見た俺はほぼ反射で後ろへ跳ぶ。


 直後、地面の爆ぜる音が響いた。


 後ろへ跳びながら、次弾に備えたが追撃が放たれる事は無かった。

 舞い上がる土煙がおっさんの姿を隠すが、濃密な殺気はちっとも隠せていない。


「お前さんは何者だ。一体何処から来た。質問に答えろ」


 煙の向こうから声が聞こえる。

 その声には俺を逃がすつもりなど含まれていない。


『だから言ったのだ』


 アズモの声が聞こえる。

 苛々した口調には「私の名前を出せばこんな事にはならなかった」という気持ちが多分に含まれていた。


 ――だが、俺はまだ生きている。


 アズモにそう返した。


『時間の問題だ』


 さあ、それはどうだろうな。

 あのおっさんは俺を一瞬で殺せる。


 それなのに、今の一撃で俺を仕留めなかった。

 つまり会話を続けるつもりがあるって事だ。


『聞きたい事が全部聞けたら用済みになる』


 聞きたい事があるのは俺達も同じだろ?


 何も得られずに次に進むのは時間が勿体ない。


『コウジには時間も記憶も残らない』


 だが、アズモには残るんだろう?

 俺は少しでも早くアズモと同じ時間を過ごしたいんだよ。


 俺はその為なら戦える。


『馬鹿者め……』


 なんとでも言え。


『戦うなら全力で、だからな』


 ああ。


「……人に名前を名乗る時は自分から名乗るっておっさんは習わなかったのか?」


 アズモとの会話を終え、おっさんに集中する。

 まだ晴れない煙の向こうに片手を構えるおっさんの影が見えた。


「……ああ、こりゃ失敬。娘にそう教えていたのに名乗るのを忘れていた」


 煙の向こうで腕が下がる。


「俺はスタルギ。スタルギ・プラーガという名前だ。覚えても覚えなくてもどちらでも良い」


 スタルギ・プラーガ。


 早速一つ知らなかった事を知れた。

 おっさんの名前はスタルギ。

 きっと、今まで一度も聞いた事が無い名だろう。


「意地でもその名前を覚えてやる」


 一歩一歩確実に進んで次に繋いでいく。


「俺の名前は――」


 後は戦い方を知れたら上出来と言って良いだろうか。


 さて……。


『――魂竜アズモがやっている事は俺も出来ます』


 先程コラキさんに言った言葉を心に浮かべる。


 魔物にのみ使える能力の内の一つである『解放』。

 異形化の対になるかのようなこの能力は何かを犠牲にする事なく使用者に絶大な力を与える。


 異形化で得られるような超常な力には劣るが、自分が有利に戦えるような場を作り出したり、別の場所に移動する為の便利な力であったり、身体を強化したりと使い方は使用者によって多岐にわたる。


 それを使うと、俺は魂竜アズモと同じような事が出来るようになる。


 そしてそれを起動する為に俺が考えた台詞は――


「俺は沢畑耕司。ただの人間だ――」


 名前。

 初見じゃ絶対に対応出来ない禁じ手。


「――ほお、お前さんもそうやってその力を使うのか」


 煙が煌めく。

 ……いや、正確には、煙の向こうでおっさんが何かをした。


 間もなくして、光の弾が煙を抜け出し、そのまま俺を貫く。

 腹に穴を開けられたのが分かった。

 貫くと共に、腹の中を焼かれ修復不可能な傷を付けられた。


 どこからどう考えてもこれは致命傷だろう。


 身体が支えられず、後ろ向きに倒れていく。


 どうやら、過去に俺のように力を行使する奴に遭遇した事があったのか学習済みだったようだ。


 ……まあ、だからどうしたという話だが。


 魂竜アズモは無差別に魂を奪う天災。

 自身に触れた者の身体から魂を抜き取って去って行く。

 非常に迷惑な存在だ。


 それだけでも充分迷惑だが、魂竜アズモには更に厄介なポイントがある。

 それは実体が無い所だ。


 身体が無いから、何の攻撃手段も防衛手段も通さない。


 そして俺は、そんなアズモと同じ存在になれる。


「遅かったな。俺にはもう何も通じないぜ」


 地面に倒れた俺の身体を背にし、そう言った。


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