三十三話 「また明日」


「本当に、本当に……本当にコウジさんはどれだけわたしを驚かすつもりなのですか……? どうしてそんなにわたしにとって都合が……」


 世間を騒がせている災害竜の内の一体、魂竜アズモ。

 その魂竜アズモから切り離されて俺について来た搾りかすみたいなアズモをコラキさんに見せた。


 コラキさんは初め信じられないという表情をしていたが、小さなアズモが自分の名を名乗ると次第に表情を変えていき、今は何かに縋るような切実な表情をしていた。


 そのまま少しずつ近づいて来て、わなわなと震える手をアズモに伸ばす。


「……」


 しかし、アズモが無言で背中側に移動した事でその手は空を切った。


「この子お触りNGなので……」


 背中側に移動したアズモが落ちないように片手で態勢を整えてあげながら、コラキさんにそう言うと、コラキさんはハッとした表情を浮かべ手を引っ込め離れた。


「あ……ごめんなさい。わたしは無意識で何をして……。そう、ですよね。魂竜アズモですもんね。触れたら魂を取られてしまいますよね……」

「いや、そんな事はなく、アズモは人見知りが激しいので、急に知らない人に触れられると驚いちゃうんですよ」

「え、あ、そういう……。繊細な子なのですね……」


 背中側に移動したアズモは俺の身体をよじ登り肩から顔をひょこと出していたが、コラキさんと目が合ったのか隠れてしまった。

 だが、少しすると恐る恐るといった様子でまた顔を出して来る。


「なんだか不思議ですね。とても災害竜と言われ恐れられている子には見えないです」

「あー、なんて言えば良いのかが分からないんですけど、こいつは魂竜と呼ばれているアズモとはまた別のアズモなんですよね。アズモの一部ではあるんですけど、本体では無く子機みたいな」

「はあ……よく分からないですけど確かに、今現在も魂竜は活発的に動いていると言われていますしね」


 コラキさんはアズモから目を離せないらしく、ずっと俺の右肩辺りを見ている。

 やはりその表情は何故か縋るように切実なものだった。

 勿論そんな事に慣れていないアズモはとても居づらそうにしている。


 まさか、知り合いが魂竜アズモの被害に遭ったとかなのだろうか。

 もしそうだったら場合、俺は一体どうすれば……。


「あ、あの!」


 最悪の事態を想像していると、コラキさんがそう声を掛けて来た。


「魂竜アズモそのものじゃないって事はなんとなく理解しました! そ、それで、その! その子もやっぱり魂を集めたりは出来るんですか!?」


 一体どうしてそんな事を聞いて来るのだろうか。

 そう思ったが、そこまで必死に聞かれたら答えない訳にはいかないので、顔を右に向けアズモと顔を見合せた。

 アズモはフルフルと首を横に振った。


 だいたい予想はついていたが、やはりこの小さなアズモにそんな力は無いらしい。

 出来る事と言えば、喋る事と俺にひっつく事くらいだろうか。


「出来ないみたいです」

「…………!」


 出来ない事を告げると、コラキさんは目を見開く。


「…………そう、ですか……。そう、ですよね……そう上手い話がある訳……」


 そして、目を伏せ、声を絞り出した。

 凄くショックを受けているように見えた。


 アズモに何を期待していたのか分からないが、穏やかな話では無いような気がする。


「うーん、その……これを言うとまた同じ事を言われると思うので言いづらいんですが、魂竜アズモがやっている事は俺も出来ます」


 恥ずかしいのを紛らわす為に呑気に俺の肩から顔を出していたアズモの頬を右手でムギュと押しながらそう言った。


「……本当に?」

「はい」

「…………」


 コラキさんは暫く固まった後、再び声を絞り出す。


「どうしてコウジさんは自分の事を人間って言い張っているのですか? ……でもすごく有難いです。本当にわたしとってどこまで都合が良いんですかあなたは」


 コラキさんは腕を後ろで組み、今まで見た事の無いような表情を浮かべた。


「あの日、わたしの前に来てくれてありがとうございます」


 とびきりの笑顔を浮かべていた。



―――――



 それからコラキさんから色んな話を聞いた。

 アズモを人に見せない方が良い事、魂竜アズモがやっているような事が俺も出来る事を言わない方が良いと言う事、その他、個人的な話も聞いた。


 コラキさんの身の上話だった。


 黒い翼のせいで友達が出来にくかった事、姉弟の事、お母さんの事、それから……ダンジョンから帰って来ないお父さんの事。


『もう父が亡くなってしまっている事を受け入れているつもりです。……ですが、同時期に魂竜アズモが出現したので、もしかしたら父も魂竜アズモに囚われた一人になっているのではと考えてしまうのです。もしもそうだった場合、謝りたい事があります』


 ……だから、冒険の途中で父にあった際は会わせて欲しいです。

 コラキさんは俺にそうお願いしてきた。

 勿論、断る理由が無かった俺はそれを了承した。


 それと同時に、俺は自分の持つ力の意味を少し理解した。


 俺は誰かの生死に関われる力を持っているんだ。

 そう気付いた。


「……俺の為に雹水竜のクエストを予約してくれたんですか?」

「はい、なので早めに受けてくださいね。今日もそのクエスト目当てで来ていた人達が居たので。それと家まで送っていただきありがとうございます」


 話をしながらコラキさんを家まで送った。

 だいぶ話し込んだおかげで時間も遅くなっていたため、女性一人をこの時間に歩かせるのは不味いと思ったからだ。


「クエストは明日にでも受けに行きます」

「もしかしたらコウジさんのお友達の竜かもしれませんね」

「俺をなんだと思っているんですか。竜の家族は居ても、竜友達なんて居ませんよ?」

「それはそれで……。でも、クエストを受けるという事は明日も会えるのですね」

「ですね。明日から冒険者に戻ります」

「なら、じゃあまた明日」


 玄関の前に立ったコラキさんが手を振る。


「はい、また明日」


 俺も手を振ってコラキさんに応えた。


「アズモちゃんもまたね」

「……」


 あれからずっと俺の背中に隠れて様子を伺っていたアズモだが、まだコラキさんに慣れていないらしく引っ込んでしまった。

 しょうがないので、俺が二倍分手を振ってその場を後にした。


 また明日、か……。

 帰路を辿りながらその言葉を反芻した。


「……なあアズモ、これで未来は変わったと思うか」


 心の中で二人のアズモと会話した時の事を思い出す。


 この世界は繰り返されている。

 話によれば、今は四週目らしい。


 そして二人は、俺が明日殺されると言っていた。

 絶対に避けたい未来だ。


 殺しに来る奴は二人居る。

 一人は公園で襲い掛かって来たおっさん。

 もう一人は何処の誰かも分からない奴。


 一人は選択肢を間違えなければ回避が出来る。

 もう一人は回避方法がまだ分からない。


 ただ今回そいつが来るとは思えないとも二人は言っていた。


 どういう事なのか詳しく知りたかったが、変に情報を与えて混乱させたくないから確定したら教えると言われた。


 ただ、アズモは俺に「もっと人と関われ」と言っていた。


 だからという訳では無いが、ずっと謝らなければと思っていたコラキさんに会いに行った。


「分からない」


 コラキさんと話している間ずっと黙っていたアズモが喋った。


「まあ未来は分からないか……。ただ、死ぬ前にコラキさんに謝れたのは良かった」

「ふん。まあ私の敵にはならなそうだからあの受付とはいくら喋っても良い」

「なに意味の分からない事を言っているんだアズモは」

「強者のよゆうというやつだ」


 ふむ、どういう事なのだろうか。

 よく分からないが、そんな理由で黙って見ていたという訳なんだろうな。


「ところで、俺の記憶だと一か月に三十分しか喋れないと言っていた気がするが大丈夫なのか?」


 小さいアズモは本体から切り離された魂だけの微弱な存在だ。

 それ故に、姿を現す事も喋る事も限定的にしか出来ない。

 一か月に三十分という僅かな時間でしか俺と何かをする事は出来ない、アズモはそう言っていた。


「今の私は割と自由に喋ったりする事が出来る」

「と言うと?」

「私はここでもう二年以上の時を過ごした。それにより、私はコウジの一部として定着したようだ」

「えーっと、つまり?」

「昔、私の身体に居た誰かと同じように過ごす事が出来る」

「俺と同じになったって事か」

「ああ」


 アズモの身体に居た誰かと言うのは俺の事だ。

 俺の知らぬ間に立場が逆転していたという事か。


「まあ取り敢えずは分かったが、一応あまり姿を見せないようにしとけよ。お尋ね者なんだからな」

「むっ」


 遠回しに俺の身体に戻れと言ったら、アズモが抵抗するようにギュッと力を込めた。


「おいこら、流石に我儘言うな」

「私は何も言っていない」

「行動がうるさい」

「私はうるさくない」


 くだらない話をしながら歩いた。

 夜も深いからか歩いている人はおらず、そもそも俺にくっついているアズモの顔なんて見えやしないだろう。


 なんて思って歩いていたら、誰かから声を掛けられた。


「――よう、一週間振りか?」


 その人は、街灯の下で煙草を吹かしていた。

 この場には俺とアズモとその人しか居ない。


「随分と楽しそうに話していたみてえじゃねえか、俺も混ぜてくれよ」

「……!?」


 話し掛けて来た誰かの顔を見ると、知っている顔だった。

 公園で俺に襲い掛かって来たおっさん。


 つまり、明日俺の事を殺すかもしれない奴だ。


 自然と身体が強張り、厳戒態勢へと入る。


「そう警戒しなさんな。ここでお前さんと戦おうなんて気持ちは微塵も無い」

「……」


 俺はもう、この言葉が嘘だという事を知っている。

 行動を間違えたら、このおっさんは俺の事を躊躇なく殺して来る。


 警戒を解ける訳が無かった。


「まあ落ち着けって、俺はただお前さんに質問をしに来ただけだ」


 来る。

 二週目で俺が死んでしまう原因となった質問。


「――お前さんはどこの陣営の竜だ」


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