二十九話 「ここに来るのは二度目ですね」
「あれ、お風呂に入っていたのですか? 最近は部屋に籠ってばっかりだったのに珍しいですね。ああ、もう少し早く帰って来ていれば偶然を装って……おや」
帰って来るなり変な事を口にするアオイロが何かに気付き、言葉を止める。
「ナーン!」
アオイロと同じように何かに気付いたスズランが嬉しそうな声を上げて寄って来る。
「ゴギュ?」
新参者の泥んこだけがよく分からずに気の抜けた声を漏らした。
「心配をかけてごめんな皆。俺はこの通りもう大丈夫だ」
三匹の召喚獣に今日までの事を謝り、窓枠に足をかける。
「ちょっと急用が出来たから出掛けて来る」
そう言い窓から飛び降りると、上からスズランの鳴き声が聞こえた。
申し訳ないと思いながらも、空気抵抗を減らし加速していく。
早く行かなければ、帰ってしまうかもしれない。
「なんか俺、前もこうして誰かの声を聞きながら窓から飛び降りた記憶があるな……。というか、今の状態で俺って空を飛べるのか?」
この世界に戻って来る前の事を思い出し、不安を口に出す。
「問題無い」
胸の方から聞こえた声に「そうか」とだけ返し、翼を生やす為の言葉を呟こうとする。
もう起動の為のワードなんて呟かなくても翼の出し入れくらいなら楽に出来るが、今日は呟きたい気分だった。
「魔物化」
ワイシャツがまた一枚犠牲になった。
―――――
クリスタロスギルド裏門。
職員用の出入り口から出て来る影が一つ。
濡れたような黒羽を携えている職員である事を確認する。
闇夜に紛れて迫り、手を引き暗闇へと誘う。
「きゃ――」
急に手を引かれた職員は悲鳴を上げそうになるが、自分で慌てて口を押えた。
上に立てた人差し指を口の前に持って来ている事に気付いてくれたようだ。
「内緒話が出来る所に行きましょう」
そう言い、手を繋いだまま羽ばたく。
俺の言っている意味を理解したギルド職員はその綺麗な羽をぎこちなく広げ、バサバサと動かした。
街路から浮かび上がった二つの影が、夜に紛れ溶けていく。
これから話す事のシミュレーションをしてきた。
今までずっと隠してきた事を今日打ち明ける。
怖がらせてしまうかもしれない。
嫌われてしまうかもしれない。
距離を取られてしまうかもしれない。
関係を続けていくのなら避けては通れぬ道だ。
……だいたい、魔物の国に行きませんかって言っときながら、自分の正体も打ち明けないのは間違っている。
あの時はこの世界の事をよく分かっていなかったから、この人の覚悟の全部を知れていなかった。
だが、今はもう違う。
目的地には直ぐ着いた。
この街を象徴するカラフルな外壁。
周囲を魔物の溢れる平野や森、ダンジョンに囲まれた街ではこの防護壁が何百年も敵対勢力から守ってくれた。
ただの一度も落ちた事の無い街、そこがここクリスタロスだ。
その外壁の天辺には、周囲の様子を一望出来るよう人の歩ける道が出来ている。
ただ、この外壁を作った者は恐らく人間では無いのだろう。
階段や梯子など上る為の物が一切用意されておらず、普通の方法では人間は上る事が出来ない。
それこそ、翼でも持ってない限りはここに来る事は不可能だろう。
「……ここに来るのは二度目ですね」
黒い翼を畳んだギルド職員……コラキさんが、微笑みながら俺へ語り掛ける。
「はい。今日で二回目です」
初めて会った時と今回で二回。
少なくとも俺の記憶ではその回数で合っている。
「……お出掛けに行った後、しばらくギルドへ顔を出さなくてごめんなさい」
コラキさんと別れた後、俺は公園に行った。
そこで変な奴等に絡まれて、異形化しそうになって気絶した。
正体がバレたと思った俺は言いふらされる事を恐れ、部屋に引き籠った。
テレビでニュースを見たり、コラキさんと一緒に買いに行ったスマホで動画を見たりしてこの世界で今起こっている事をひたすら調べていた。
「気にしていないです……と言ったら嘘になりますね。でも……良いです。こうして元気な姿を見せに来てくれただけでわたしは嬉しいです。ずっと、大丈夫かなと心配していましたから」
「……っ」
善意が心に突き刺さる。
俺はなんでこんなに優しい人を傷つけてしまったんだろう。
この世界で新たに知る事はどれも俺にとって辛い物だった。
それに心をやられ、自分の事だけでいっぱいになり、周りの人の事を全く見れていなかった。
「本当にごめんなさい!」
「……! 顔を上げてください!」
頭を下げ、深く謝る。
俺は自分の事だと一人で背負い込みやすい。
人に言わずに一人で処理しようとして、結果的に周りを困らせる。
駄目な人間だ。
不安事は漏らしても良い。
そう教えてもらっただろうがよ。
自分の身体に戻っても同じ間違いを犯していたんだ俺は。
「もう気にしていませんから! 顔を上げて!」
「いえ、これは別の件での謝罪です!」
「別の件、ですか……?」
「俺の正体についてです。その前にこいつを見てください」
面を上げて身体を真っすぐにする。
そして、腹にひっついていた奴を引っぺがした。
「む」
「…………っ!?」
コラキさんはずっとこいつの存在に気付いていなかったようだ。
俺に首根っこを掴まれて空中で大人しくしている奴を驚いた様子で見つめている。
「……か、隠し子? でもそれにしては顔が全く……」
隠し子なんてとんでも無い。
それに本当の親父顔の方がもっと似ていない。
「この子を知っていますか?」
「知りませんけど……」
「もっと近くで見てみてください」
コラキさんへとグイっと近づけ、見やすいようにする。
夜で暗いとは言え、コラキさんの種族なら問題なく見えるはずだ。
「……」
差し出された奴は俺に抱えられたまま脱力していた。
「……面影があるような無いような。もしかして……いえ、でも彼女にしてはこの子は小さすぎる……」
何か引っかかるものがあったようだ。
しかし、信じられないといった様子でその説を否定する。
「竜王家……ネスティマス家はご存じですよね」
「ええ、はい……。竜の家族の事ですよね。この世界で一番強いとまで言われている一家」
もしかしたら俺は物凄く当たり前の事を聞いたのかもしれない。
個々が強すぎて、社会に与える影響が強い為、何かと世間を騒がせている竜王家の事を知らない人なんてこの世界では居ないまであってもおかしくない。
常識的な事をしっかり知っているかの確認。
今俺が聞いた事はそのレベルの事だったのかもしれない。
そう思いながらも、俺は言葉を続ける。
「親父のギニス・ネスティマスから始まって、母さんのアグノス・ネスティマス、長男のアギオ・ネスティマス、長女のエクセレ・ネスティマス、次男のテリオ・ネスティマス、次女のイリス・ネスティマス、三男のエレオス・ネスティマス、三女のディスティア・ネスティマス……。兄妹は全員合わせて66人。68人の竜からなる家族は、一人一人が一国の戦力に匹敵する力を持っていて……非常に危険な一家」
「…………え……な、なにを言って。……親父、母さん…………?」
「……そんな最強の一家にも一人では生きられない子が居た。その子は他の兄妹と同じように特別な身体を持ち、他の兄妹には無い枷を持って産まれたせいでそれまでのネスティマス家からは信じられない程の弱さしか持っていなかった」
「ま、まさか……」
コラキさんが、俺の手に抱えられている奴から視線を外し、俺の背中、黒く輝く翼を捉えた。
何か盛大な勘違いをしていると訂正したくなるが、もう少し続ける。
「だけど、その子はふとしたきっかけにより、生きられるようになった。一人では無く、二人という制約付きで。やっと、他の兄妹と同じように生きられるようになった……はずだった。その子は異形化してしまったんだ。長女のエクセレ・ネスティマスと同じように」
両手で抱えた奴を引き寄せて、抱きしめた。
「この子の名前はアズモ・ネスティマス。天災竜の内の一人、魂竜アズモ・ネスティマスだ」
「……そ、その子が魂竜? アズモってでもそんな、それが本当ならそんな小さな子のはずが……」
コラキさんの視線が俺に抱えられたままのアズモに戻り、狼狽え始める。
「こいつはアズモであって、アズモ本体では無いからまた別の存在って言っても過言では無いんですけどね。おまけに消耗を抑える為だとかで二歳の頃の姿をしているからテレビで報道されている時の姿よりも若いです」
「ど、どういう事なの? わたしちっとも理解出来ていないかもしれないです。その子が竜王家の、アズモ・ネスティマス……?」
アズモの脇をトントンと叩き、これから喋ってもらうぞと合図を出す。
アズモは面倒そうに「ん」と返して来た。
「……私の名前はアズモ・ネスティマス。竜王家末子、アズモ・ネスティマスだ」
「……喋った。本当に魂竜アズモなんだ……」
「はい。……そして、俺はこの子を助ける為にこの世界に戻って来た、ただの人間です」
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