二十八話 「私がメインヒロインなのに……」


「私がメインヒロインなのに……」


 いじけたアズモがひたすらその言葉を連呼する。


 口ではこんな事を言っているが、しっかり俺の膝の上に座り自分の領地だと黒アズモに主張していた。

 おまけに両手で俺の両手を掴み、自分をホールドさせる事も抜かりなくやっている。


「元気出せよ」


 口では不機嫌さを演出しているが、明らかにご満悦状態のアズモへ一応励ましの言葉を掛けておく。


「チビアズモ元気出セヨ」

「なんだ貴様」


 軽々しく頭を撫でてくる黒アズモの手を振り払い殺気を放つアズモ。

 放したら何をするのか分かったものじゃないので、アズモのお腹に回した手をどける訳にはいかなかった。


「元気だなアズモ」

「元気じゃない」

「チビアズモ元気出セヨ」

「元気だが?」

「どっちなんだよ」


 実はこいつら仲良いんじゃないか。

 なんて思っても決して口には出してはいけない。


「さて、そろそろどうしてアズモがここに居るのかを教えてもらえないか」


 ここが何処なのかは未だに分からない。

 だが、薄っすら察して来た。


 ここは俺の夢……いや、心の中なんだろうな。


 先程からアズモを煽る事に余念が無い黒いアズモ。

 こいつはアズモが言う通りに異形化の本体か何かなのだろう。

 異形化という力にあまり良いイメージは無いが、黒アズモから害意のような物は一切感じられない。


 俺に力を授けたいという純粋な思いしか感じられない。


 そして俺に抱えられているアズモ。

 俺の記憶の中にあるアズモと全く同じ姿の七歳のアズモだ。

 こいつは俺がアズモの身体から離される時に、俺と離れたくなくて無理やりついて来たアズモ本体の魂の一部。

 いわば、アズモの搾りかすのようなものだ。


 先程から黒アズモがこのアズモの事をチビアズモと言っているが、その呼び名は言い得て妙だ。


 だが、本体から切り離されたこの状態のアズモは存在が希薄で、外に出る事はおろか、こうして俺の中で姿を現す事すら満足に出来ないと言っていたはずだ。


「一か月に一回会えるかどうかと言っていなかったか? まだ三週間くらいしか経っていないぞ」

「ふむ……。その言葉に間違いは無い。私は儚い系ヒロインだからな」

「じゃあ何故……」

「それは…………。ああ、今回は一緒に戦うと決めたな。私がこうしてここに居られるのは……」


 アズモが珍しく言い淀む。

 アズモがこんな風に言うのを躊躇ったのは、過去に一度だけだった。

 あれはそうだ、竜王家が裏でアズモに何をしていたのかを言う時。


 つまり、この後言われる事はそれに匹敵するレベルの――


「――もう一か月どころか、二年以上が経過しているからだ」


「……そうか。……なるほどな」


「あまり驚かないのだな」

「心の準備をしていたからな。だいたい、この世界に戻って来てから俺は驚いてばかりだ。もう驚き疲れた」


 竜が嫌われていたり、アズモが異形化したり、殺されかけたり、異形化しそうになったり。

 俺の許容量なんて軽く超えて来やがる。


「それで、なんで二年も経過しているんだ?」

「時が繰り返されている」

「時がねえ……」

「今回で四回目だ。前回、三回目はコウジが殺されて終わった。このまま行くと、明日コウジは殺される」

「……やっぱ驚いて良いか?」


 どうして二年も経過しているんだ?

 俺が殺された?

 明日俺が死ぬ?

 四回目?

 時が繰り返されているってなんだ?

 どうして俺がそれを知らないのにアズモはそれを知っている?


 何が起こっているんだ……?


「一回目、そこのそいつに唆されて異形化したコウジが竜王家狩りをした」

「イエーイ」

「いや! 待て待て待て!! 流石に驚くぞ!!?」

「ボスラッシュみたいだった」

「畳み掛けるんじゃねえ!!!」


 また俺の許容量がオーバーした。


 今言われた事の全てが受け入れられない。


「嘘だよな……?」

「残念だが……」

「本当ナンダヨナ」

「ええ……何で俺がそんな事に? だいたいなんで俺が異形化したくらいで竜王家の面子に勝てるんだよ? アギオ兄さんとか、エクセレとか、テリオ兄さんとか、ディスティア姉さんとかにどうやって勝ったんだよ……」


 竜王家は無敵の集団だ。

 死なない長男に、天災の長女、指からレーザーを撃つ次男に、死者を操る三女、そして……誰も敵わない親父。


「待て、本当に待ってくれ。一から状況を整理したい……一回目はどうしたんだ?」

「一回目は今と同じタイミングでコウジを取り込みに来たそいつにコウジが負けた」

「イエーイ」

「ええ……。いや、というか、黒アズモにもその記憶があるのかよ」

「アル。アルヨネ。チビアズモと同じだモンね」


 アズモと同じ?


 言われる全てが飲み込めない。

 一つずつなら時間を掛ければ受け入れられたかもしれないが、全部一気にやってくる。

 それも物凄く重い物が一気にのしかかってくる。


 ……だが、驚いて中断してばかりでは会話が進まない。


「はああああ…………。細かい事は気にしないようにする。いや、全然細かくは無いんだけどな! でも、気にしていたらキリがないからな!?」


 大きく息を吸って、吐いた。

 聞く態勢を整え、受け入れる準備をする。

 これはもうやけに近い。


「アズモが一緒に居てくれるんだろ!? 一人なら駄目だったかもしれんが、アズモが一緒に居るなら全部受け入れてやるよ!」

「ああ。私も一緒だ」

「僕ハ?」

「ああ、黒アズモも一緒だな! アズモが二人も居るなんて心強いぜ!!? クソ、どうしてこんな事に!!」

「む。私一人で充分だぞ」

「でもチビアズモ失敗してル」

「貴様……」

「ほら、喧嘩するんじゃねえ! 黒アズモもこっち来い!」


 片手を伸ばし、黒アズモも膝の上に座らせる。

 アズモと黒アズモの二人を膝の上に乗せ、二人に手を回す。


 俺はアズモと一緒にいれば何でも出来るんだ。

 だからアズモは多い方が良い。


「それで、一回目はその後どうした? 俺が異形化してどうなった? 俺はどんな力に目覚めて暴れ回ったんだ?」

「力の詳細は教えない方が良いだろう。それを知ってしまったらいつかコウジがそれに縋ってしまうかもしれない。そしたらまた繰り返し」

「僕モソレは嫌ダね。だから言ワナイヨ」

「ふん。……ただ、アギオ兄上にも勝てる力だったという事は確かだ。そしてどうして竜王家を相手にする事になったのか。それはコウジが異形化して一番に倒した相手が竜王家の一人だったからだ。勿論、竜王家はそれを許さなかった」

「あれは誤算ダッタ。コウジの願イを叶えられなくナッタ」


 竜王家は強い絆で結ばれている。

 それは千年以上前に異形化してからずっと暴れ回っているエクセレに対する竜王家を見れば確かだという事が分かる。


 どれだけ悪い事をしたとしても、あの一家は家族を見捨てない。


「見た事も無い兄上や姉上が順に襲い掛かって来た。そして異形化したコウジはその全てを返り討ちにした。コウジが言った通り、エクセレや、ディスティア姉上も倒した」

「異形化した俺強すぎるだろ……」

「ああ。あれは最強という他無いだろう。対竜王家を考えるのなら、あの力が一番強い。……だが、その快進撃は急に終わりを迎えた。コウジがアギオ兄上を倒すと、時が戻ったのだ。一日前に」

「一日前にか?」

「ああ。……いや、私の言った事は間違っては無いが、この言い方だとややこしいか。時は今日のこの日まで戻った。だが、一気に戻るのではなく、一日ずつ前に戻っていった」

「一日ずつ……何故そんな小刻みに」

「さあな。時を戻した奴が脳筋だったのだろう」


 一日ずつ前に戻した奴が居る。

 この世界には時を戻せるような力を持った奴が居るのか……。


 アズモの話では二年以上の時が経過しているらしいから、700回以上もその力を行使した事になる。

 何を消費して力を行使しているのかは分からないが、とんでもない量の何かを消費したのは確かだろう。


「そして二回目が始まった。こいつが懲りずにコウジを誑かしに来たんだ」

「来チャッタ」

「……一回目、異形化したコウジには私の声なんてちっとも届かなかった。歯痒い思いをした。だから二回目はコウジが異形化しないよう、今回みたいに私が出張って来た」

「来ヤガッタ」

「この黒い奴を退治して、今こうして話している内容をその時のコウジにも話した」

「退治サレチャッタ」


 アズモが真面目に語り、黒アズモが楽しそうに茶々を入れる。

 アズモは少し……いや、かなりイライラしてそうだが、なんとか耐えて話を進める。


 アズモにも黒アズモにも、一回目の記憶が残っているのは確かのようだ。

 しかし、なんでこの二人にだけ記憶があって俺には無いんだ。

 俺とこの二人の違いはなんだ?


「だが、その時は選択を間違えた。タイムリープした事にコウジが気付いていないようだったから『これは私に宿った力なのか?』と勘違いして良い気になった私が余計な事を言った」

「アレは僕モドウカと思ウ」

「明日、コウジはある奴から質問をされる。『どこの陣営の竜だ?』という質問だ。二回目の私は『光線龍と言え』と言った。コウジはそれに従い……そして殺された。一瞬だった」

「その選択肢、ホントに有り得ナイ」

「俺が殺されたのって三回目が初めてじゃなかったのか……?」

「シレっと二回目でも死んでいる」

「ええ……」


 何をどう間違えたらシレっと死ぬんだよ。


「あれは私にとっても黒歴史だからあまり掘り返さないで欲しい」

「あ、ああ……」

「ドウカと思ウ」

「黙れ」

「あー、分かった分かった。で、三回目はどうしたんだ?」


 戦いが始まりそうな兆しを察知して、アズモに続きの話を促す。


「三回目。反省した私はあまり何かをせずに見ているだけに留める事にした。やった事と言えば、こいつを裏で追いかけ回したくらいだ」

「厄介。力を授ケルのに失敗シタ」

「ふん。だが、まあそれも間違いだったのだろう……。コウジは心を病んで行った。心配で何度か声を掛けそうになったが、耐えた。そして最後、殺されて終わった。これが今回までのあらましだ。更に詳しい事はその時々に言う」

「そう、か……。なんと言うか……俺ってアズモが居ないと駄目なんだな」


 心を病む。

 まあそんな気はしていた。


 本当にここまでずっと辛かったから。

 これ以上何かあったら弾みで何処かに落ちてしまってもおかしくは無い。


「ありがとな、アズモ。俺の前に現れてくれて。黒アズモもありがとな」


 そう言い、両手に少し力を込める。

 アズモは歯痒そうに、だが確かに嬉しそうに身体を震わせ、黒アズモは楽しそうに笑っていた。


「今回は二人が俺に力を貸してくれるんだろう」

「ああ」

「ウン」

「なら、今回は大丈夫だな」


 死なないように立ち振る舞いアズモに会いに行く。

 ……って、ややこしいな。


 小さいアズモと黒アズモを抱えながら、どんな決心しているんだか。

 ただ、何故だかアズモ達が居てくれると全てが上手くいくような気がした。


「さて、俺は何をすれば良いんだ。アズモがこうして出て来たって事は何かやるべき事があるんだろう?」

「ああ。……私が言うなって言われるかもしれないが、一つだけ」

「気にせずに何でも言ってくれ」


「コウジはもっと周りの人……この世界で出会った人達に興味を持つべきだ。コウジの周りに居る人達は敵では無く、味方だ。コウジはもっと周りの人達を頼って良いのだ」

「……そうか」


 確かに俺は、この世界に戻って来てからずっと、一人でどうにかしないといけないと考えていた気がする。

 俺の事なんて何も喋らずに、隠してばっかりで壁を作っていた。


 でも、そうだよな。

 一人じゃ何も出来ないもんな。

 出来ないなら誰かを頼るべきなんだ。


 でも、なんだろうかこの気持ちは……。


「お前ガ言うナ」


 俺の気持ちを黒アズモが代弁した。


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