二十四話 懐かしくて大事な思い出


 飛ぶのを止め、少しずつ下降する。

 街から出て周りに人が居ないのを確認してから、翼を出して羽ばたき、ここまでやって来た。


 落ち込んでいたとは言え、ここまでの道中、辺りを警戒するのは怠っていない。

 この森に竜が居るかもしれないからというのもあるが、誰かに飛んでいる所を見られたら何を言われるか分からないからだ。

 細心の注意を払ってここまでやって来たが、竜の姿は無かった。


「何も居ないな……」


 湖の傍に降り立ち辺りを見回したが、竜の姿はおろか魔物の姿一つ無かった。

 肩透かしを食らったものの、クエストを引き受けた手前、調査はしっかり行っておく。


「ところで、スズランと泥の子は呼ばないのですか?」


 周囲の探索を行っていると、アオイロがそんな事を言って来た。


「大勢でぞろぞろやって来たら竜が驚くかもしれないだろ」

「竜ってそんなナイーブな心を持っているものなんですか」


 スズランと泥んこは飛ぶ前に還しておいた。

 いくら生物として高位に位置する竜であっても、根っこの部分は他の生き物とそう変わらない。

 住処に知らない奴等がぞろぞろとやって来たら身構えるのは人も魔物も竜も共通。


 少なくとも、俺が一番知っている竜は知らない人がぞろぞろやって来たら絶対に顔を出して来なくなる。

 心の中で雹水竜がそうじゃない事を少し祈っているくらいだ。


「竜にもそれぞれの個性があるもんなんだよ」


 湖の周りを隈なく見て回りながら、アオイロにそう返した。


 人見知りの激しい竜。


 我儘で手のかかる竜。


 少し怖くて娘思いの竜。


 人間嫌いで殺気の凄い竜。


 無口で何を考えているのか分からない竜。


 他にも、自分の事を我とか言う親馬鹿の竜とか色々だ。


 ――そう言えば学園にいた頃に、我儘で手のかかる竜達と今居る森みたいな場所で何かを話した覚えがあったな。

 確かあの時、あいつは……。


『狭い! 狭すぎるわ! ここじゃ好きに暴れられないわ!』


 ひたすら文句を言って木々をへし折っていたような気がする。


『落ち着け。というか大人しくしろ。一応今、勝手に忍び込んでいる状況なんだから痕跡を残すな。また生徒指導室にぶち込まれるだろうが』

『むえー……』


 そして俺は憤るあいつの保護者として宥めていたっけ。


『まあまあ。全身魔物化を使えないのは相手の組も同じだし、君達のように大きな魔物を相手取る必要がなくなるからね。悪い事だけではないよ』

『私達でその分をカバーします』


『もっと広いステージが良かったわ!!!』


 納得のいっていない我儘竜娘を見たあいつらがそうフォローしてきて、首根っこを俺に掴まれたまま我儘竜娘が納得いってないと大声で叫んだ。

 あの後、大声を聞いた先生が凄い勢いでやって来て大変だったな……。


 懐かしくて大事な思い出。


 そうだ。ゲトス森はあの時の森と同じかそれ以上に竜が住むには鬱蒼とし過ぎている。

 少し開けた場所が何処かにある訳でもなく、背の高い深緑の樹が続く。

 敢えて言うのならば、熊で精一杯といった感じの広さしかない。


 時折聞こえる魔物の遠吠えと、流れる水の音、木々を縫うように吹く風の音だけが森を支配する。


 天気は良いが、葉のせいで光が届かない。

 似たような木が続くせいで俺一人では迷ってしまいそうな森をアオイロの指示の元、歩いて行く。


 ここに住む魔物は賢いようで、気配はするが姿を見せる事は無い。

 度々この森へ空から侵入して来ては、熊を倒して持って帰る俺を遠ざけているようだ。


 雹水竜が出たとされる湖をはしごすると、慌てて逃げたのだろうか食べ掛けの木の実が錯乱している事が何回かあった。


 悪いなと思いながら、震えながら木の陰に隠れる小さな魔物達に気付いてないフリをして通り過ぎていく。


「良いんですか。貴重な冒険者ランクポイント達ですよ」


 肩の上に座るアオイロが勿体ないとでも言いたげに呟く。


「もうランクを上げる意味なんて無いからな」


 旅をする為の路銀稼ぎとゲトス森の調査クエストを受ける為に冒険者生活を始めた。

 お金は十分稼げたし、クエストを受ける事も出来た。

 これ以上魔物を狩る必要は無い。


 これから先、何かのクエストを受けたくなってランクを上げる必要が出て来たとしても、その時は人間を倒せば良い。


「やっぱりコウジ君ってこちら側ですよね」

「物騒な事言うなよな」

「照れないでくださいよ」


 平常運転のアオイロの言葉を聞き流して、目撃情報が出た最後の湖までやって来た。

 ここで噂が本当か嘘だったのかがはっきりする……が。


「冒険者ランクを3まで上げる必要は無かったな」


 青く澄んだ湖を見ながらそう呟いた。

 ここまでずっと地面を注意深く見てきたが、それらしい足跡は一つも見つからなかった。


 竜が存在出来る広さなんてなく、姿も視認出来なかった。

 痕跡も何も無く、ただ同じような木が続き、時々湖が出て来るくらい。


 やはりこの森に竜は居ない。

 噂は噂でしか無かった。


「……帰ろう。そしてこの街から出よう」


 踵を返し、最後の湖から遠ざかろうとした。

 あまりよく見ていないが、別にいいだろう。

 コラキさんに「竜は居なかったです」と言って終わり。


 居ない存在を探し続けるのは空しくなる。


「……生徒指導室」


 右肩からそう聞こえた。


「あの時は私がまだ教師をやっていましたね。誰かには負けるかもしれないですが、私はコウジ君の台詞をよく覚えていますよ」

「突然どうしたんだよ」


 よく分からない事を言い出したアオイロにそう返す。


「クラス対抗戦。整備中の対戦エリアに生徒が忍び込むという事件が起こりましたね」


 足が止まる。


 そう言えばアオイロは「オミムリ」という誰かになりすまし、スイザウロ学園初等部で一年一組の担任をしていた時期があった。


 事件が起きた当時、オミムリはまだ学園に居て、生徒指導部のディスティア姉さんが居なかった。

 あの時、何かと事件を起こす俺達十五組が生徒指導室にお世話になる時は、手の空いた教師が交替でやって来た。


「放課後、明日の授業資料をまとめ、どこの部活の顧問もしていなかった私は帰ろうとしていたんですけどね。何処かの誰かさん達がやらかしていたようで残業を押し付けられました」

「……」


「正直、押し付けて来た教頭を殺して分身の一つにしようかなとか思っていたんですが、そんな事をしたら教師で居られなくなるので耐えましたね。生徒指導室のドアを開けたらコウジ君が居たので全てを許しましたが」

「悪かったよ。……けど何が言いたいんだ?」


「『おい、起きろよ。先生が来たぞ』」

「ああ……」


 そう言えば、結局あの後捕まったんだっけ。

 生徒指導室に連れ込まて過ぎてすっかり忘れていた。


 フィドロクア兄さんの娘、ラフティリ・ネスティマス。

 ただでさえ声の大きいラフティリが絶叫するから、その声を聞きつけた先生が直ぐにやって来た。


 気付いたらブラリとスフィラは何処かに消えていたし。


 暴れるラフティリとそれを嗜めていた俺だけが確保され、そのまま生徒指導室にぶち込まれた。


 その時、監督にやって来た先生がオミムリ。

 つまりは、アオイロだった。


「はぁ……また君達ですか。今度は何をしたのですか?」


 肩からいつかの声が聞こえる。


 片手で眼鏡を押さえ、溜息を吐きながらオミムリの姿を想起する。


『むえっ!』


 うたたねしていたラフティリの頭をパシンと叩き、無理やり起こした。


『なんで叫んだのか言ってやれ、ラフティー』


 ラフティーと呼ぶのは、そう呼ばなきゃラフティリの機嫌が悪くなるから。

 ラフティリは仲の良い人達には愛称で呼ぶ事を強要してくる。

 家では「ティーちゃん」なんて更に砕けた呼び方をされていたらしい。


『……!』


 直前まで寝ていた癖に寝起きが良いラフティリの目には直ぐ光が灯った。



『森林ステージが嫌だったからだわ! あれじゃ狭すぎて暴れられないわ! せめて――』



「――湖を用意しろ」


 ラフティリ・ネスティマス。

 水龍フィドロクア・ネスティマスの娘。


 ラフティリは父親の特性を受け継いだのか、水場を好む。

 いつかは学園にある噴水で泳いでいた所を確保されていた。

 その割には、風呂はあんまりのようで、サッと入ってサッと出て行くのでよく「ちゃんと浸かれ」ってアズモが怒った。


 水棲の竜は水場で真価を発揮する。

 水の中から一方的に攻撃をしてきて、侵入して来た奴には圧倒的な遊泳力で立ち向かう。


「……まさか、まさかな」


 そんな言葉を呟きながらも身体が勝手に動く。


 水棲の竜。

 雹水竜の特徴を聞いて勝手にその可能性を排除していた。


 何でもかんでも凍らせてしまうような竜なら湖では過ごさないだろう。

 住処を凍らせてしまうかもしれないから、と。


 恐る恐る、湖の中へ視線を向ける。


 木の影に隠れた暗い湖。

 だが、綺麗でよく澄んでいる。


 縁に手を掛け、顔を近づけて中を覗き込む。



 ――何かと目が合った。


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